藤堂葵と朝チュン
誰かが私の頭を撫でた気がして、ぼんやりとした意識の中、目を開ける。
「あれ、」
視界に入る天井に違和感。自室のものではない。それに鼻を掠める匂いも、自分の家のものではない。覚醒しきっていないとろけた脳を必死に働かせながら考え、寝返りを打った時に頬に当たった枕の匂いで気づく。
「そうだ、ここ、藤堂くんの家だ‥‥」
気づいて飛び起きれば、確かに昨日お泊まりした彼氏である藤堂くんの自室で。バクバクと心臓が弾み始めた。
『家族が旅行でいないから、泊まりにこいよ』
と誘われて二つ返事で返した。家族がいない、泊まり、つまりそういうこと。
昨日の出来事を思い出すと恥ずかしさがぶり返すので、どうにか忘れてしまおうと彼の香りがする枕から顔を離して布団から出る。
隣で一緒に眠ったはずの藤堂くんはいなくて、寂しいような、でも、どんな顔をすればいいかわからないから丁度いいような複雑な気持ちで立ち上がる。
畳の上をゆっくり歩いて、リビングのある部屋へ向かう。テレビの音と、水音、それと私の足音、ないまぜになった生活音の中に私の鼓動が重なる。
この先にいるだろう扉の前、一つだけ深く呼吸をしてゆっくりとドアノブを開けた。
「おーおはよ」
私の存在に気づいた藤堂くんは黒いエプロンを着ていた。彼は「ねぼすけ」とフッと笑う。
「おはよ、ございます」
「なんで敬語」
「なんとなく、え、あっ、今何時?」
「10時」
「うそ」
「ほんと。ぐっすりだったぞ」
コンロの火を止めた藤堂くんはちょっとだけ気まずそうに視線を逸らしながら頭を掻いた。
「体、つらくねぇ?」
「だ、大丈夫。藤堂くんは?」
「余裕。なんならランニングしてきた」
「す、すごい」
「野球部舐めんな」
体力、あるんだなぁと素直に尊敬してしまう。対する私はまだ、ほんのちょっとだけ怠い。
「本当はお前が起きるまで横にいるべきだったんだろうけど、こう、なんだ、その‥‥」
「いいよいいよ、全然」
「わりぃ」
言わんとすることはなんとなく分かる。「次、は、私も頑張って起きる」と途切れ途切れに伝えれば「おー」と視線をコンロに戻してしまった。長い髪から覗く耳がほんのり赤いのは見なかったことにしよう。
「いい匂い」
「朝メシ、和食でよかったか?」
「藤堂くんが作ってくれるの?」
「作るつっても味噌汁と卵焼きくれーだぞ」
藤堂きんは味噌のいい匂いに満ちた湯気の中で微笑むと慣れた手つきでフライパンに油を引く。
「料理できるんだ」
「姉貴にやらすと爆発するからな」
「爆発‥‥」
「卵焼き、出汁だけどいいか?」
「うん、なんでも食べる。ありがとう」
返事のかわりに彼の手のひらが優しく私の頭を撫でる。大きくて厚くて暖かい彼の手に幸福を感じながら目を瞑った。