アプローチ下手な桐島秋斗


同じクラスの桐島秋斗は人をいじるのを生き甲斐にしている。
見た目はクールで大人びているのに、大阪出身ということもあってか、どうもお笑いに厳しく、どんな話でも「それオチは?」とオチを求めてくるし、ないとなると「つまんな」とか「しょーもな」とか一刀両断する。
そのくせ、自分から絡みにいくのだから厄介だ。野球のために引っ越してきた彼は部内でもそうらしく、「ダントツでオモンない」巻田をイジりまくっている。
野球部の一年は巻田に感謝していると噂だ。
面白くないままでいてくれ、と謎のお願いまでする始末。
しかし、残念なことに巻田は一年で桐島は二年。日々の学校生活に巻田はいない。となると彼はまた別のいじりがいのあるターゲットを探すことになるのだが、俺の見立てによるとどうもミョウジさんに目をつけたらしい。

苗字名前さんは帰宅部の女の子で、特に桐島と接点はなかったが前期の席替えで彼の隣になったのが運の尽きだった。
それは、それは、毎日絡まれている。
周りのみんなも「あんまりいじってやるなよ」とか「相手したら負け」とか散々な言いようだが、誰もが心の中で「ありがとう苗字さん。避雷針になってくれて」と感謝していた。
彼女は優しいから、絡んでくる桐島に対し、めんどくささを滲ませながらもちゃんと相手をしてあげている。偉い。しかし、それが逆に桐島を調子に乗らせているのか、どんどん絡んでいく。
ちょうど後ろの席に座るオレはその二人のやりとりを見るのがいつしか日課になっていた。
首は突っ込まない。面倒だから。
そんな中、気づいたことが一つだけある。

「そんなプンプン怒ってたら一生彼氏できへんよ」
「誰のせいよ誰の!」

この男、苗字さんに対してセクハラまがいの恋愛的発言がやたら多いのだ。他の女の子に絡んでいるのを見たことがあるが、恋愛要素は皆無だった。無論、他の男や巻田に対してもそうなので、これは苗字さんに対しだけ発動されるらしい。興味深い。

つらつら、スラスラ、ペラペラと良くもまぁそんなに口が動くもんだと感心しながら耳を澄まして二人の会話を聞いていると、やっぱり桐島から恋愛ネタをふっかけている。
今も苗字さんの読んでいる本を覗き込みながら「恋愛漫画?」と鼻で笑っている。

「そんなんの何がおもろいん」
「読んでてドキドキするじゃん」

無視する選択肢は彼女にないらしいが、でもやっぱり鬱陶しいのかム、と口をひん曲げて「うるさいから黙ってて」と強気な姿勢をとっている。いけいけ、と心中で応援していると桐島がもう一度鼻を鳴らした。

「これやからキスの一つの経験もない女は。フィクションにときめきを求めるんやからアカンわ」

訴えたら勝てるんじゃないか?と思う発言。なんて返すんだろう、と彼女の言葉を待っていると、パタン、と漫画を閉じた苗字さんは「え?」と首を傾げた。

「あるけど」
「は」

時が止まる。気温が下がる。ミョウジさんは気づかない。

「キスの一つや二つ、あるけど」
「い、いやいやいやいや」

桐島は首と手をブンブンと横に振って「ないないないない」と謎の否定をしている。

「嘘つかんでええねん」
「嘘じゃないし」

あっけらかんと言う苗字さんに対し桐島は、まるで裁判、尋問かのような面持ちで、その長い足と手を組んで「誰とや。言うてみ」と圧をかけた。

「内緒」
「内緒やない。言え」
「何でそんな必死なの。言わないったら」
「別に必死やない」

必死だろ、だいぶ。と心の中でツッコむ。

「言わないし」
「言えんの?おらんからやない?何?嘘ついたん?こんなしょーもない嘘を?」
「嘘じゃないし」
「なら言え。いつ、誰と、どこでしたん。言え」

側から聞いていてもめんどくさい質問、ミョウジさんからしたらたまったもんじゃないだろう。「えぇ……」と困惑した後、記憶辿るように目線を上にやった。

「たしか、4歳くらいの時?保育園の友達とした」

一瞬、桐島の顔にあからさまに安堵の色が浮かんだがすぐに「それって男?名前はなんて言うん?」と捲し立てる。苗字は流石に恥ずかしくなったのか「言わない!」「覚えてない!」とそっぽを向いてしまった。
組んでいた手を解いた桐島が肘をつき頬に手を当てる。

「て言うか、そんな義務教育前のキスをカウントするなんて恥ずかしくないん?」
「う、うるさいなぁ!桐島に関係ないじゃん」
「……」

お。ちょっと桐島の顔が歪んだ。傷ついた、とまではいかないが、それまでの人を馬鹿にした笑みを引っ込め、面白くなさそうな顔をしている。

「関係ないことないやろ」

え、あれ、これ、もしかして。桐島ってもしかして?と、一つの仮説が浮かんだ。やたらと絡むのも、恋愛ネタばっかり吹っ掛けるのも、もしかして、苗字さんのこと、好きだったり……と、ラブコメの波動を感じる。

「え、なに?桐島って私のこと好きだったりするの?」

苗字さんも同じことを考えたのかおふざけ半分でニヤニヤと桐島の方を見て笑った。

めっちゃ、チャンスでは!?いけ!と思ったのに、我に返ったのか桐島は、いつもの人を食ったような顔で「んなけあるか」「アホ」「おもろいからに決まっとるやん」と矢継ぎ早に言い放つ。もはや必死だ。その必死さが逆に怪しいのだが苗字さんは気づくことなく「桐島が私のこと好きなわけないか」と着地点を見つけてしまった。

絶好のチャンスを逃した桐島だが、そんなことはおくびにも出さないで「ははは」と笑った。
授業開始5分前の予鈴がなって教室がざわめき出す。話は終わったと言わんばかりに恋愛漫画を片付け、リュックから教科書を取り出し始めたミョウジさんに桐島が「なぁ」と話しかけた。

「キスした男、今どこの高校通っとるん?」

それはそれとしてしっかり嫉妬はしてたらしい。お前、やっぱ好きだろ苗字さんのこと。




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