「スカシ! それワイのタコ焼きやで!」
「そうなのか? 名前は書いてなかったが」
「ワイが真心込めて大事に焼いとったタコ焼きなのわかっとったやろ!」
「それは、悪かった」
「その言い方ぜんっぜん悪いと思っとらんやん! まだ食べるには早いんやって!」
「まぁまぁ鳴子くん、他のタコ焼きもあるんだし」
「せやった! 焦げてまうやん!」

 賑やかだなぁ。外はあいにくの雨模様だけど、部室は鳴子くんの誕生日パーティーで賑わっている。
 巻島さんが居ないのは寂しいけれど、金城さんや田所さんが来てくれたおかげで、巻島さんの不在を嘆かずに済んでいるのかもしれない。小野田くんも鳴子くんと今泉くんの間で今日は楽しそうだ。
 タコパを提案して正解だったなぁ。主役だと言うのにタコ焼きがあることを知って、張り切って仕切り出した鳴子くんは部員にタコ焼きの極意なるものを伝授している。その合間に今泉くんがタコ焼きをつまみ食いしたことにご立腹だ。どうやらまだ食べるのが早かったらしい。

「椎名、お前は混ざらないのか?」
「見てるだけで微笑ましいなぁって」

 騒がしい後輩たちを眺めていたら田所さん特製オリジナルサンドイッチを紙皿に乗せた青八木くんがやってきた。視線で後輩達のことを言ってるのがわかる。混ざりたい気持ちはあるけれど、はしゃぐ鳴子くんをこうして見てるのも捨てがたい。

「お前らしく、ないぞ」
「えぇと」
「もっと積極的にいってもいいと思う」
「いやいや、それはちょっとね」
「見てるだけじゃなにも変わらない」
「……わかってるけど」

 青八木くんの言うことは最もだけど、なかな行動には移せない。そもそも彼がこうして言ってくるのはかなり珍しく、それが気恥ずかしくも少しだけ嬉しくて笑ってしまう。

「なにかおかしなことを言ったか?」
「ううん、青八木くんにまで言われちゃったなぁと」
「純太と古賀に言われても動かなかったお前が悪い」
「あー」
「二人も心配してた」

 青八木くんの言う通り、二人にも似たようなことを言われたことがある。
 アピールしなくていいのか、もう少し押してみてもいいんじゃないか、鳴子はモテるはずだから、うかうかしてると彼女が出来るぞと手厳しいことを言われたこともあった。
 確かに鳴子くんは男女問わず友達が多い。交友関係は同学年だけに収まらず、2年3年にも知り合いがいると聞く。前に、見知らぬ女子の先輩からジュースを奢られていたのを見掛けたこともあった。
 人懐っこく、誰に対しても物怖じしないのは彼の良いところのひとつだ。
 いつだって周りを明るくさせてしまう。

「椎名さーん! たこ焼き出来ましたわ!」
「わ! 食べる!」
「椎名」
「今日は誕生日をお祝いしなきゃでしょう?」

 鳴子くんに呼ばれ、混ざりにいく決心を固める。青八木くんの「ここまで言ったのだから行動するべきだ」とでも言いたげな視線に言い訳をして、後輩の輪にお邪魔させてもらった。

「はい、椎名先輩どうぞ」
「ありがとう、幹ちゃん。鳴子くん、誕生日なのにごめんね」
「これくらいお手のモンですわ! スカシになんて任せられへんし、小野田くんは手付きか危なっかしいし、それにワイが作るのがいっちゃんウマいに決まっとる!」
「確かにねぇ。じゃあ本場のたこ焼きいただきます」
「どんどん焼くんでジャンジャン食ってくださいね! 先輩らもはよ! なにをぼうっと見とるんですか!」

 幹ちゃんから手渡された紙皿にはたこ焼きが行儀良く並んでいる。熱々のたこ焼きの上にはソースとマヨネーズと青のり、それに鰹節が舞い踊っている。

「あ、熱いんで気ィ付けてください。椎名先輩、猫舌やったでしょ?」
「うん、ありがとう」

 爪楊枝に手を伸ばしたら、再びたこ焼きを焼き始めた鳴子くんから注意が飛んできた。猫舌なのはその通りなのだけど、まさか鳴子くんが覚えていてくれるとは思わず、頬が熱を持つ。
 たこ焼きをひとつ爪楊枝で持ち上げて、そうっと息を吹き掛けた。息で鰹節が飛ばないように、食べ頃になるまで冷めるように。
 周りは既にたこ焼きを頬張っていて、ワイワイと賑やかしい。
 最後に唇で温度を確認して、そっとたこ焼きにかじりついた。カリカリの触感に反して、中はとろとろだ。中はまだ熱くて、口の中で冷ましながら飲み込んだ。ソースとマヨネーズの塩梅もちょうどいい。

「……美味しい」
「でしょう? ワイが焼いたんやからウマいに決まっとりますよ!」
「うん、すごく美味しい。今まで食べたなかで一番だよ」
「ほんなら良かった。ささ、まだまだ沢山焼くんでどんどん食ってください!」
「ありがとう。鳴子くんもちゃんと食べてね」
「そら勿論! 焼きながら食ってますよ!」

 お世辞抜きに、過去に食べたどのたこ焼きよりも鳴子くんの焼いてくれたたこ焼きは美味しい。周りを見ても本当に美味しそうに食べているから好きな人補正は入ってないはずだ。

「鳴子くんの家はこんなに美味しいたこ焼きを食べてるんだねぇ、いいなぁ」
「先輩もやってみます? 今なら手取り足取り教えてあげますよ」
「足は必要ないだろ」
「スカシはほんまアホやな。会話の流れなん聞いとってわからへんの? スカシにはわからんか」
「な、鳴子くん」
「流れだろうとなんだろうと、足は必要ないはずだ」
「ちょ、ちょっと待って。鳴子くんが教えてくれるのなら挑戦するから」

 鳴子くんと今泉くんは隙あらば言い合いを始めるから、慌てて口を挟んでやり取りを止める。後少し遅かったら小野田くんがもっとワタワタしていたことだろう。
 流れでたこ焼きの焼き方をレクチャーしてもらうことになったけど、大丈夫かな? たこ焼きの種は鳴子くんが焼くことに決まってからさらっさらの物に変わってしまった。これ本当に固まるのかな? ってくらいにさらさら。元の種に鳴子くんがだし汁を足してしまったのだ。

「ほんなら先ずは油引くとこから――」

 手招きされたので紙皿を置いて、鳴子くんの横へと移動する。
 隣ってなんだかすごくドキドキする。気取られるわけにはいかなくて、鳴子くんの説明に耳を集中させた。

「ほんでこうやってくるんと返すんですわ」
「え? もういいの?」
「中に押し込んでくイメージですよ」
「うーん、難しくない?」
「勢いでガッとやったらええんですって。ほらこうやって」
「わ」

 鳴子くんの手解きを受けて、一からたこ焼きを焼いていく。油を引いて、言われるがままにやってみるとなかなか楽しい。これなら家族で挑戦してみても楽しめそうだ。
 問題はひっくり返す作業。お手本として鳴子くんが見せてくれたものの、なかなか彼のようには上手く返せない。手付きが覚束なかったせいか、鳴子くんが私の手首を掴んでくるんとひっくり返してくれた。
 それはもう簡単にたこ焼きはひっくり返ったものの、私自身もひっくり返りそうだ。
 手首を掴まれるってなかなか経験したことなくて、気恥ずかしい。
 鳴子くんはそんな私に気付くはずもなく、手首を掴んだままたこ焼きをひょいひょいと返していく。

「こんなもんですわ。コツ掴めばあっという間に上達しますよ」
「う、うん。やってみる」
「ほんならどうぞ。ワイが見とりますから」
「わかった。上手く出来なかったらごめんね」

 鼓動と格闘していたらパッと手首が解放された。安堵すると共にほんの少しだけ惜しい気持ちにもなる。
 促されて挑戦してみるも、たこ焼きを返す感触を覚えてるはずもなく、最終的に鳴子くんが全部やってくれた。

「先輩、案外不器用なんですね。普段あれこれぱぱっとやってまうから知らんかったわ」
「せっかく教えてくれたのにごめんね」
「謝らんといてください。先輩が出来んのならワイがやればええんですから」
「こんなはずじゃなかったのになぁ。あれ? そう言えばみんなは?」
「先輩が真剣にたこ焼き返しとる間に買い出し行く? とか言うてましたよ」
「えっ!?」

 鳴子くんとたこ焼きしか見てなかった。気付いた時には部室に私たち二人しかいない。
 これは、絶対に手嶋くんたちに謀られたような気がする。空気の読める幹ちゃんが今泉くんや小野田くんを連れ出してくれたんだろう。金城さんや田所さんも自主的に空気を読んでくれたに決まってる。
 今日は鳴子くんの誕生日をお祝いするって青八木くんに宣言したのに、せっかく顔を出してくれた金城さんや田所さんにも気を遣わせてしまった。これはもう外堀から埋められているとしか思えない。

「急に黙ってどうしたんですか?」
「ううん、全然気付かなかったから。金城さんや田所さんまで行くことなかったのにと思って」
「おっさんら、引退して鈍っとるって言うとったから任せとけばええんですって。椎名先輩はワイと二人で留守番イヤでした?」
「〜っ、そんなことないよ!」
「ほんなら良かった。冷めたら勿体無いんで先に食いますか」
「うん、食べる」
「まだ熱いんで、火傷せんとってくださいよ」
「大丈夫だって、こうして冷ませば食べられるから」

 腹を括るべきか、告白云々はもう置いといて二人の時間を楽しむべきか悩んでしまう。これで行動しなかったらあの三人に後からなにを言われるかわかったものじゃない。それも嫌だけど、貴重な二人きりの時間を失いたくないもない。
 鳴子くんとお喋りしながら、たこ焼きのひとつをそうっと冷ます。唇で温度を確認して、後は中の温度に気を付けながら食べるだけ。

「先輩、ちょい待ち。それワイにください」
「え? でも冷ましちゃったから。それにまだ沢山残ってるよ?」
「先輩のヤツが無性に食いたくなったんですって。せやからいただきます」
「あっ」

 口を開いたところで鳴子くんから待ったが掛かった。言葉と共に再び手首を掴まれて、物理的にも止められてしまった。
 冷ましたやつが食べたいって言うけど、これ唇に触れたやつだよ? 伝えられるはずもなく、私が冷ましたたこ焼きはあっという間に鳴子くんに食べられてしまった。
 私の唇に、触れたたこ焼きなのに。

「ん、ウマい。これはこれでいけるやん」
「……」
「先輩? また黙ってどうしたんですか?」
「だ、だって……鳴子くんが」
「怒っとります?」
「怒ってなんかないよ。ただ……」
「ワイのこと意識したでしょ?」
「なっ、なんで」

 バクバクと心臓がうるさい。何故か手首は解放されず、至近距離で鳴子くんが笑う。いつもの快活な笑みじゃなくて、なんと言うか、なんて言うの? とにかく私が見たことのない表情で笑った。どちらかと言うと今泉くんをからかってる時みたいな表情だ。
 反応を窺うように、ある程度相手の反応をわかっていそうな笑みにみえる。

「なんでってそら決まっとるやん」
「え?」
「この状況やってワイがお願いしたんですよ。誕生日会してくれるんやったら先輩と二人きりの時間くださいって、パーマ先輩に」
「いつの間に!?」
「パーマ先輩、すぐ許可くれたんで期待しとったんですけど」
「き、きたい?」
「ワイのこと個人的にお祝いしてくれる気ぃありましたよね? 勘違いやないと思うんですけど」

 ずい、と鳴子くんが私に詰め寄る。
 手首が掴まれたままなので、距離を取ることも出来ない。なんで? どうしてこうなった? 鳴子くんがこう言うってことは手嶋くんたちはわかってたってこと? だからあんなに押せ押せ言ってたってこと?

「せんぱーい? 聞いとります?」
「う、聞いてる」
「ほんなら質問の答え、ワイにください」

 一向にみんなが戻って来る気配はない。
 鳴子くんに詰め寄られ、私が観念するのは三秒後のことだった。 

レイラの初恋様より

ハッピーエンド三秒前

prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -