悲恋です。苦手な方は閲覧注意


『ねぇ、蓮二ーれーんーじー』
「お前はいつまでここにいるつもりなのか」
『だって暇だし』
「生憎俺は暇ではない。他を当たるんだな」
『やだ。蓮二じゃないと相手してくれないんだもん』
「仁王や丸井はどうした?比較的仲良くしてただろ」
『仁王には無視されたのー。無視とか酷くない?』


家に帰ると隣家の凛が自室に居た。
こうして家まで訪ねてくるのは久方ぶりのことで驚きを隠せそうにもない。
そのせいで言うべき言葉すら掛けてやれなかった。
驚く俺に対し彼女は悪戯が成功したかのように笑う。


『蓮二は相変わらず真面目だね』
「至極当たり前のことしかしていないが」
『だって大学も決まったでしょう?卒業だって蓮二は大丈夫だろうし少しは遊べばいいのに』
「大学が決まっていようが卒業が決まっていようが勉強をしなくて良いことにはならないだろう。そんな風だから冬休みも補習付けだったんだぞ」
『仁王も丸井も一緒だったからヘーキヘーキ』
「そういう問題ではない」


机に向かう俺を先程からずっとからかっているが何故ここに来たのか理由がさっぱりわからない。
付き合いは長いものの彼女が仲良くしていたのは仁王や丸井、それに赤也だ。
こんな性格だから仁王達とは馬が合ったのだろう。
悪ノリして赤也と共に弦一郎に叱られることもあったくらいだ。
高校に入ってからは特に俺との関係は希薄になっていた。
部活を引退してからは話すこともそう多くはなかったはずだ。


『と言うか蓮二は何で制服で帰ってきたの?二月頭から自由登校だよね?』
「…少しな、用事があっただけだ。そう言うお前は何故制服を着ている。補習のおかげで卒業は決まっているのだろう?」
『え、知ってたの?』
「お前の情報など調べずとも親経由で入ってくる」
『あーそっか。おばさんからかぁ』
「それで?」
『あーなんだっけ?あ、友達とバレンタインのチョコレートを買いに行くのに制服を着たんだと思う。ほら、卒業しちゃったらもう着れないでしょ?』
「そう言うことか」
『そうそう』


人のベッドを占領し質問に屈託無く答えているがその買ったチョコレートを渡しに行かなくても良いのだろうか。
そんな余計な疑問が頭を過る。


「チョコレートは渡せそうなのか?バレンタインは明日だが」
『え!嘘!』
「嘘を吐く必要が無い」
『本当に?』
「あぁ。今日は13日の土曜日だ」
『うわぁ、本当だ』


スマートフォンを開いて日付を見せるとやっと納得したようだ。途端に表情を曇らせて頭を抱えている。


「急に元気がなくなったな」
『だって、うわ、マジかぁ』
「普通に渡せば良いのではないか?お前が無理と言うならば俺がお前からと言って渡してこよう。丸井か仁王に頼んでやってもいいぞ」
『うーん』
「何を悩むことがあると言うんだ」
『笑わない?』
「それは約束出来ない」
『蓮二って私にだけ意地悪するよね!』
「付き合いの長さ的に仕方無いと思うが。早く言わないと追い出すぞ」
『ぐ』


凛の視線がきょどきょどと左右に揺れる。どうやら相当俺には言いたくないことらしい。
いつまでもこうしてるわけにはいかないので強制的に先を促す。


『…れ、蓮二に』
「俺?」
『蓮二に渡そうと思ったの!最近仲良く出来てなかったから!それで!それでね!』
「…そうか」
『無理やり人に言わせたんだから明日は付き合ってよ!』
「話が変わってないか?」
『もうまたそうやって意地悪言って!』


俺に渡すチョコレートだから言い淀んでいたと言うことか。
渡すだけならば最初から素直に言えばいいものを。ついからかってしまう俺も俺だが素直になれない凛も凛だ。
そうか、俺へのチョコレートだったのか。


『蓮二?何かあった?』
「いや、何でもない。せっかくの日曜日だ。久しぶりにお前に付き合ってやろう」
『本当に?みなとみらいに行ってもいい?』
「…」
『前言撤回は無しね!じゃあまた明日!』
「では10時に迎えに行こう」
『あ、せっかくだから制服ね!制服デート憧れだったの!』
「…」
『言ったもん勝ちなので!蓮二は私に付き合うって約束したんだから!』
「まだ何も言っていないが」
『私が何も言わなかったら断ってた癖にー。じゃあね!』
「あぁ、また明日」


そうか、制服デートも憧れだったのか。
ならば三年のバレンタインを待たずとも…。
あぁ、そうだ。凛を待たせたのは多分俺だ。
中学三年の全国大会決勝、あの敗北の後高校三年間は部活に専念すると決めたのだった。
明日は気の済むまで付き合ってやろう。
凛のことだから気が済むことがなさそうだが、せめてもの気持ちとしてしっかりと向き合おう。


『蓮二?今お母さんと話してなかった?』
「お前がいつまでも降りてこないからだろう?」
『だって準備に時間が掛かったの!』
「制服ならばそこまで時間掛かることも無いと思うが」
『髪型とか色々あるでしょ!』
「そうか、一つ勉強になったな」
『結局変わってないみたいな風に人のこと見るの止めてよね!』
「事実だろう?」


よく見ても昨日と寸分も変わらなく見える。
それに何を言ってもくるくると表情を変えて言い返してくる凛が悪い。そのせいで一言二言多くなるんだ。
この先赤也のことを気軽には叱れないな。
好きな女子相手だとなかなかいつも通りの自分が出せないのは俺も同じだ。


「入場チケットを二枚お願いします」
「二枚ですか?」
「はい」
「わかりました。二枚ですね」
『蓮二まーだー!』


遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
よほど嬉しいのかはしゃいで少しもじっとしていない。
料金を払いチケットを二枚受け取って入場口で待機してる凛の元へと向かう。


「二枚ですか?」
「お願いします」
『蓮二凄いよ!水槽が大きい!』
「…わかりました」
「すみません、お手数掛けます」


今時の小学生でもここまで人目を気にせずにはしゃいだりしないだろう。
怪訝そうな表情の係員に頭を下げて凛の背中を追う。
水族館に来たのは俺も久しぶりだ。
凛に気付かれない程度には楽しむことにしよう。


「初めて来たのか?」
『んーん、中学生の時に家族で来てるよ』
「そうは思えないはしゃぎっぷりだな」
『またそうやって鼻で笑って!』
「予測するならば俺と一緒だからと言うところか?」
『〜っ!わかってて言ってるよね!』
「反応するお前が悪い」


中学まではこうして軽口を叩き合うこともあった。関係が変化したのは高校に入ってからだ。
部活の休みでも凛の誘いを断ることが増えた。
論理的な観点からテニスを研究したり、それに付いて貞治と会って語ることの方が多くなっていた。
次第に凛が丸井達と仲良くなるのも当たり前のことだ。俺はそれを良しとした。
決して自惚れていたわけじゃない。
凛の気持ちは昨日まで定かではなかった。
それでも自分の気持ちよりやりたいことを優先したのだ。
そのツケが今回ってきてるんだろう。


『食欲無いの?さっきからぼーっとしてるけど』
「いや、そういうわけじゃない」
『ならいいけどさ。これ美味しいよ?』
「あぁ、俺もお前がそう言うと思っていた」


水族館を回って遅い昼食にと調べておいたカフェに入る。
凛の好きそうなランチプレートを提供しているから気に入るのは当たり前だ。
けれど、あまり食欲は湧かない。
凛の満足そうな笑顔を見てただけで良かった。


「あの、気に入りませんでしたか?」
「すみません、美味しかったのですが」
『すっごく美味しかったです!』
「また来てくださいね」
『勿論!絶対に来ようね蓮二』
「…あぁ。また来ます」


カフェを後に海沿いの公園を二人で歩く。
さっきまでの会話はどこかに消えたかのように静かだ。
凛は鼻唄混じりに海を眺めながら横を付いてくる。


『渡したいものがあるの』
「そうか」
『あれ?何で持ってないんだろ?朝はちゃんと覚えてたんだよ?あれ?』
「お前が渡したいものはこれだろう?一週間前に買ったチョコレート」
『そうそうそれ!何で蓮二が持ってるの?』
「お前の母親から預かってきたものだ」


どう話を切り出せばいいのかと悩んでいたら先に凛が口を開いた。
どうやらまだ矛盾には気付いていないらしい。


『この紙袋どうしてこんなにぐしゃぐしゃなの?何か汚れてるし』
「粗方お前が雑に扱ったせいでは無いのか?」
『そんなことない。大事に抱えて買ってきたし』


言うか言わまいか、これを指摘していいものか昨日から一睡もせずに俺は考えた。
今のこの状況をこのままにしておいても良くないことなのはわかる。
かと言って、凛の表情を曇らすこともしたくない。
けれど、俺は言わねばならない。


「…凛、昨日お前は俺に何と言った?俺はお前に何故制服を着てると言ったんだ?」
『え?えっと昨日?昨日でしょう?チョコレートを買いにって蓮二に言ったよね?』
「だが実際そのチョコレートは一週間前に買ったものだ」
『あ、れ?』
「お前は何故制服を着ていたんだ?」
『でもチョコレートを買いに行った、よ?』


ギリギリと心臓が締め付けられる。
何も知らない彼女に現実を突き付けることが俺をも苦しめるのは覚悟していた。
いっそこのまま側に居てもらうことも一旦は考えた。
だが、何かの拍子でそれを自覚されるのも怖かった。
俺ではない誰かが要因で知られたくはなかった。
ならば真実を告げるのは俺しかいない。


「その日のことを良く思い出せ。チョコレートを買って大切に持ち帰ってきた。家まで帰れたのか?」
『そんなの、当たり前でしょう?どうしてそんなこと』
「本当に?駅から出て真っ直ぐ家に帰れたのか?よく思い出せ」
『…友達と駅でバイバイしてそれから、お母さんに頼まれたからコンビニに寄った。牛乳とお水買って来てって』
「その後は?」
『それから…それから?』


笑っていてほしいと願うのに凛の今の表情は真逆だ。不安げに瞳が揺れる。
安心させてやりたいのに俺は触れることすら出来ない。


『あれ?…どうして?蓮二、私何でわからないの?』
「…急いで信号を渡ろうとしたんだろうと聞いた。その際、大事に抱えていたチョコレートを落としたのだ。取りに戻るには遅かった。それでもお前は…取りに戻ったそうだ」
『そうだ。蓮二が絶対に喜ぶからって買ったから。どうしても諦めたくなくて…それで』
「…曲がってくるトラックに轢かれた。内輪差に巻き込まれたんだ。スピードは出てなかったものの、ブレーキを踏んだ時にはお前はもうタイヤの下だった」
『…嘘。何でそんな意地悪言うの!』
「では何故お前はここ一週間の記憶が無いんだ。昨日俺が制服を着ていた理由を聞いたな?あれはお前の」
『聞きたくない止めて!』
「…すまない」


声を荒らげる凛に足を止めるものは居ない。周りのカップルは至極幸せそうに見える。
ショックを受けた表情を見せると凛は両耳を塞いでしゃがみこんでしまった。


「赤也は泣きすぎて目を腫らしていたぞ。丸井と仁王の目元も赤くなっていた。お前の家族もだ。俺の姉達も知らせを聞いて帰ってきた」
『…蓮二』
「黙っていようと思ったんだ。気付かなければお前は側に居てくれるから。それならそれで良いと一度は思ったんだ。けれど、いつかは気付くだろう?知らない間に二度目の別れが来るのは耐えれる気がしなかった。これは俺のエゴだ。すまない凛」


凛は俺以外には誰にも見えていなかった。
家を訪ねた時の凛の母親の反応も不思議そうであったし、チケットを二枚分係員に渡した時も首を捻っていた。
カフェの店員もそうだ。食欲は湧かなかったものの俺は出された全てを残さず食べた。
残ったのは凛の分だ。
すすり泣く声が聞こえてくる。


『私、本当に死んじゃったんだね』
「…そうだ」
『ならそうやって昨日言ってくれたら良かったのに』
「喜ぶ顔を見たかったんだ。憧れていた制服デートに付き合ってやりたかった。すまない、全部俺の責任だ」
『私、ただ蓮二に喜んでもらいたくて。仁王も丸井もそれが良いって背中を押してくれて』
「俺ももっと早く素直になっておけば良かった」


しゃがみこんだままの凛がゆっくりと顔を上げる。
泣かせたくなかった。こうなる前に一緒に遊びに来れば良かった。丸井達に任せずにもっと凛と向き合っておけば良かった。
後悔したって遅い。そんなことは自分が一番理解している。
握りしめた手のひらに爪がきつく食い込む。


「すまなかった」
『蓮二?泣いてるの?』
「いや、…どうだろうか。案外そうかもしれないな」
『蓮二が泣くなんて小さい頃お姉さん達にからかわれた以来じゃない?』


目頭が熱くなる。泣きたいのは俺ではない。
…俺ではないはずなのに一筋の涙が頬を伝う。
余程俺の涙が珍しかったのか凛は立ち上がり俺の頬へと手を伸ばす。


『泣かないで。蓮二に泣いてほしくないよ』
「あぁ、すまない。わかっている」


凛の手が俺の頬に触れることなくすり抜けていく。
もう触れることすら叶わない。
手を繋ぐくらい断らずしてやれば良かった。
どれだけ後悔したって遅い。
俺はもう何もしてやれないのだ。
それを今になって痛感することになるとは…。


『ねぇ、蓮二。最後にお願いがあるんだけど』
「最後などと言ってほしくない」
『うん、私も嫌だよ。でもいつまでもこうしてはいられないよね?蓮二のこと困らせたくないし』
「俺は…困りなどしない。お前がここに居たいのなら好きなだけ居てくれて構わない」
『んーん、それはダメ。だからね最後のお願いを聞いてほしい』


つい先程まで事実を受け止めることが出来ず大声で否定し泣いていたと言うのに、それが嘘かのように今の凛の声色は穏やかだ。
泣いてほしくない。だがこうして死を受け入れてほしくもなかった。
凛は俺の前から消えようとしている。
そんなこと到底受け入れることは出来ない。
最後などと、悲しいことを言ってほしくなかった。
我ながら矛盾している。少し前まではこうなることも想定していたのにだ。
知らないうちに事実を知って消えるくらいなら俺が知らせたかった。
彼女が俺の目の前から消えると思った途端、それすらしてほしくなくなった。
凛は諭すように穏やかに頬笑む。


『蓮二、考えてみてよ。もし今の蓮二が赤也だとしてね。あの子はきっとこの状態を蓮二に相談するよ?』
「赤也に幼馴染みはいない」
『じゃあ好きな女の子でも彼女でもいいよ。彼女なら今いるし。蓮二のこと尊敬してる赤也は絶対に相談してくる。そしたら蓮二は赤也になんて言う?蓮二のことだから彼女の願いは叶えるべきだってアドバイスするでしょ?』
「それは」
『ほら否定出来ない。だから蓮二は私の最後のお願いを聞く義務があるんだよ。ね?』


泣き声はどこへ行ったのか。今の凛は過去で一番落ち着いているように見える。
赤也に対してのアドバイスなら凛の言ったようにするだろう。
最後のお願いならば叶えてやるべきだと。
それは自分が当の本人じゃないから言えることだ。


『蓮二お願い』
「だがお前はいってしまうのだろう?」
『意外と残っちゃうかもよ?』
「いいや、お前は昔から思い切りだけは良かった。その様子では居なくなるに決まってる」
『思い切りだけってだけが余分だよ!もう!…蓮二のおかげでちゃんと自分が死んだこと理解出来たし最後に一緒に遊べたからさ。いいの。今こうして笑えてるし?』
「…俺は」
『いいや言っちゃおう。今のままじゃ蓮二が死ぬまで成仏出来なさそう』
「凛、そういうことは」
『軽い気持ちで言ってないし非常識でもないよ。私実際に死んでるんだから。だからね最後にキスして蓮二。お願い。ファーストキス経験してみたかったんだよね。相手が蓮二なら幸せに死ねるよ』


渋る俺に反して凛はどこまでも普段通りだ。もう割りきってしまったのだろう。
この思い切りの良さは凛の長所だ。
目を閉じてじっとただその時を待っている。
まだ気持ちの踏ん切りが付かないと言うのに、お前はそうやって俺を置いていってしまうのか。


『ありがとね。私ね、蓮二の幼馴染みで良かった。勉強わかんなくてもいつもわかりやすく教えてくれたしさ、丸井達とも仲良くなれた。思い残すことって考えちゃうとまだやりたいことは沢山あったけど、最後に楽しいデートが出来たから悔いはないよ。親不孝しちゃったなとは思うけど…だからさ。お願い』
「俺も最後にお前の気持ちが知れて良かった。もっと早く気付いてやれば良かったんだ。すまなかった」
『謝らないでよ。それは私も同じだもん。お互い様だよ?丸井と仁王に言われても行動出来なかったんだし。…赤也とさ、三人には謝っておいてね』
「わかった」


凛はこれ以上口を開く気がないらしい。
じっと俺の気持ちの整理が付くのを待ってるようにも見える。
赤也が相談してきたらどうするか。
間違いなく俺は彼女の願いを聞いてやれとアドバイスしたことだろう。
ならばその通りにしなければ。
俺が凛を送ってやらなければ。


そっと凛との距離を縮める。
スンとどちらかの鼻が鳴った。
腰を屈め、凛の唇へと自分のそれを重ねる。
最初で最後の口付けは、実体がないはずなのに柔らかな感触を唇に残した。


『ふふ、ありがとう蓮二』
「…あぁ」
『泣かないで』
「これは嬉し涙だ」
『そっか、それならいいんだ』


嬉しそうに、それでいてどこか照れているかのように凛は微笑んでいる。
反して俺は笑ってやることが出来ない。
凛の姿が薄く霞んでいるからだ。
涙を堪えようと鼻の付け根を押さえてみても止まりそうにもない。


自分の姿が透けていることを凛も理解したようだ。ひらひらと自身の手を透かしている。
俺はそれを直視することが出来ない。
早くも決意が揺らいでいる。


『そんな顔をしないでよ。蓮二は何も悪くないよ。私がしくじっただけなんだから』
「だが」
『いいの。丸井達のこと見ててあげてね。赤也もさ、よく見ててあげて。ただでさえ私達卒業しちゃうんだから』
「あぁ、わかった。約束する」
『後は蓮二もだよ。もう泣かないって約束してね』
「それは…」
『この先泣いて過ごすなんて許さないんだから。あ、それと私の分まで長生きしてね。沢山沢山楽しいこともして』
「最後の最後のまで俺に無理を強いるのだな」
『蓮二はいつも私のワガママ聞いてくれたからさ。約束だよ?』
「…あぁ」
『ありがとね蓮二』
「俺こそ、ありがとう」


話してる間にも凛の姿は少しずつ少しずつ薄れている。
行くなと、俺の側に居てくれと、口に出すことは出来なかった。
それは凛の気持ちに反する。
凛が望んでいることじゃない。
消えゆく瞬間まで凛は笑っていた。
俺はそんな彼女に笑ってやることが出来なかった。


一人の帰り道、浮かぶのは後悔ばかり。
行きは凛が居て賑やかだった。
その反動とでも言うのか、慣れているはずなのに今は一人がとても静かに感じる。
あれで良かったのだろうか、俺は他に言ってやれることがあったのではないか。
考えてるうちに歩みが止まってしまった。


頭を振って後ろ向きな考えを打ち消す。
これでは凛と約束した意味がない。
俺は前を向かなくては。
すっかり暗くなった空を見上げれば星が煌めいている。


(その意気だよ蓮二)


冷たい風が頬を撫でる瞬間、凛の声が聞こえたような気がした。
心配させては意味がない。
約束を守るため、自身のために、今一歩前を踏み出した。


20210617

キミに最後の口付けを

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