「椎名さんムスビイに就職決まったってほんと!?」
『わ!う、うん。そうなの』
「教えてくれれば良かったのに!関西に知り合い少ないからすげぇ嬉しい!」


ムスビイとアドラーズの試合が終わって烏野会の会場となっている居酒屋へと移動した。
仕事の関係上、集まったのは澤村さん東峰さんスガさん潔子さん田中さん月島山口仁花ちゃんに私の九人に、遅れて合流した日向と影山だ。
座敷にやってきた日向が一番に口を開いた。
え、誰。日向に私の就職先を教えたの。


「とりあえず先に座ったら。日向は椎名さんの隣ね。影山は」
「影山はこっちこっち!俺の隣ー!」
「うす」
「スガ、あんまり影山に絡むなよ」
「俺?絡んだことねーべ。な?」
「酔うと鬼絡みしてるような気がするけどなぁ」


月島の良アシストで日向は私の隣に座る。影山はスガさんに呼ばれてそっちに行った。
座卓が二つ並んでて一つは私達。もう一つが先輩だ。


「日向、凛ちゃんのこと宜しくね」
「おう!一緒の会社だしな!」
『宜しく宜しくー』
「俺は東京に行く谷地さんも心配だけど」
『あ、確かに』
「えぇ!私は大丈夫だよ!全然バッチリ!」
「僕はお母さんに泣かれたって聞いたケド?」
「だ、大丈夫!向こうにも知り合い多いし!」


飲み物を頼んで澤村さんの音頭で烏野会と言う名の飲み会が始まった。
山口の言う通り私より東京に行く仁花ちゃんの方が心配だ。
梟谷グループのマネージャー達が居てくれるから大丈夫だとは思うけど、人に騙されないか心配だったりする。


「椎名さんは何でムスビイに就職しようと思ったの?」


──ガチャン


『あ、ごめん!手が滑った!』
「何やってるのさ」
「凛ちゃんこれ使って」
『ありがとう仁花ちゃん』
「ムスビイって自動車部品メーカーだっけ?」
『そうだね』
「そうそう、何か世界的にもすげぇって俺も聞いた」


お酒もそこそこ入ってほろ酔いのなか、日向の質問に思いきり動揺して手が滑った。
中身はあまり入ってなかったものの盛大にテーブルに氷をぶちまける始末。
月島止めて、正面から残念そうな目で見るのは止めて。居たたまれなくてさっと視線を落としてテーブルを拭くのに集中する。


「椎名さんはどうしてもムスビイに入りたい理由があったんだよね」
「そうなのか?」
『〜っ!…そう、なるのかな』
「へぇ、じゃあ俺と一緒だな!俺も強いチーム入りたかったから」
「月島君、お強い」
「ツッキーって案外世話焼きだから」


バクバクと心臓がうるさいのに追い打ちまでかけてきやがりました。
あぁもう心臓も月島の視線もうるさい。
そんな周りの変化に日向が気付いてなさそうなのが唯一の救いだ。


「椎名さんが大阪来たら俺案内するから。侑さんに色々連れてってもらったし」
『それは嬉しいかも。大阪行ったことなかったから』
「いいなぁ、大阪ならユニバも行けるねぇ」
『仁花ちゃん!?』
「あ、ごめん!」
「ユニバ俺もまだ行ったことない。なかなか機会がなくてさ」
「それなら二人で行ってくれば?」
「いいんじゃない。行ったことない同士楽しんできなよ」


アシストと言うよりもゴリ押しだ。
足を踏み出そうともしてないのに三人が背中をぐいぐい押してくる。
崖っぷちだよ!落ちたら死んじゃうからね!


「じゃあ決まり。ユニバも行こうな!」
『わ、わかった』


満面の笑顔で日向が止めを刺してきた。
面影を残しつつも大人になった日向の笑顔は破壊力抜群だ。
大好きな日向の笑顔は大好きなまま何にも変わらない。


「そういうのはデートって言うんだよ」
「月島君!それは!」
「いくら何でも俺でも知ってるって。バカにすんなよ月島」
「あ、意外と大人の反応」
「いつまでもバレーバカだと思ってんだろ」
「ふーん、知ってたとか」
「上から目線で見下ろすのは止めろ!」


トキメキに浸ってる私を余所に会話は進んでいく。
ムスビイに就職したからってバレーボールチームの日向との接点が持てるとは思ってない。
当たり前に職場も違うし、普段会うことがないのは覚悟してる。
だからこの流れはかなり嬉しいんだけど、それ以上に気恥ずかしくてたまらない。


「凛ちゃん?」
『わ!潔子さん!?』
「俺もいるべ」
「俺もな」
『澤村さんとスガさんまで!いつの間に!』
「席替えな席替えー」
「凛ちゃんがボーッとしてる間に強引に席替えしたの」
「俺達アダルティ組がこっちでお子ちゃま組があっちな」
「スガ、その言い方止めろ」
「凛ちゃんのこと月島から聞いたから」
『ひえ、まさかのお叱りですか?』
「「「そうだね」」」


日向と月島の掛け合いを見てたはずなのに気付いたら潔子さん達が目の前に居た。
月島、いつの間に潔子さん達に話したの?
そんな暇なかったはずだよね?


「ムスビイに就職決めておいて恋愛は諦めるなんてしないよね?」
『えぇと、でも』
「お前なぁ、そこまでしたんだから最後までやりきれって。田中を見習え田中を」
「田中は一切諦めなかったよな」
「そうね。だから凛ちゃんにも簡単には諦めるなんてしてほしくないかな」


高校当時、あれだけ心強かった先輩達が今は圧力が凄くて恐ろしい。頼みの東峰さんは居ないし、どうやってこれを切り抜ければいいの?


「椎名は諦めるなんてほんとは思ってないだろ?」
「凛ちゃんだしなぁ。なんだかんだ大学行っても日向のこと待ってたのは知ってるべ」
「あ、これ全部仁花ちゃん情報ね」
『私の個人情報筒抜けじゃないですか』
「みーんなそれだけお前らのこと心配してんだって」
「西谷からも連絡来たの。凛ちゃんと日向がどうなったかって」
『どうもこうも…ないですよ』


月島達より先輩達の方が背中の押しっぷりが激しい。落ちちゃう、落ちちゃうから!
日向のことを好きだって気持ちに半比例してるみたいに気持ちを伝えることには後ろ向きだ。
日向からしたら私は単なる高校時代の同級生であって、仲間って意識はあるにしろただそれだけだ。
そんな私が日向に気持ちを伝えても困らせるに決まってる。
だから日本に帰ってきても動けなかった。
どっぷりネガティブな私の頬を潔子さんが摘まむ。


『いひゃいれふ』
「せっかく暖めた恋心このまま捨てたら勿体無いよ」
「清水の言う通り」
「そうそう、いっそこの後に告白したって」
『それは無理ー!』


ぶんぶんと首を振ってスガさんの提案を拒否する。ついでに潔子さんの手が離れて頬が解放された。
地味に痛かったから離してくれて良かった。


「田中みたいに告白して意識してもらえばいいだろー」
「清水は全く意識してなかったけどな」
「当時はね」
『それ心折れます』
「まぁまぁ、そうやって清水と日向を一緒にしてやるな。日向だぞ?例え椎名が告白したとしても関係性は変わらないだろ?」
『私が変わります』
「後ろ向きだなぁ」
「拗らせ過ぎた結果ね」


三人までそんな目で私を見るんですか?
確かにネガティブ過ぎるのは良くないって自分でもわかってる。
でも、だからって直ぐ様日向に告白する気持ちにはなれない。
日向の私に対する気持ちが変わるのが怖い。


「椎名さん!」
『ひゃ!』
「あ、新展開だ」
「月島のせいだろなぁ」
「影山かも」
『え?え?』
「俺のためにムスビイ就職したってほんと!?」


くりくりとした日向の瞳が真っ直ぐに私を捉える。
気になったら突撃する日向の長所の一つだけど、今だけは短所にしか思えない。
さっきまで賑やかだった座敷が今は静まりかえっている。
すすすと横に移動してきた潔子さんが私の脇腹を日向に見えない角度から押している。


「は?そんなの「王様は黙ってて」
「何で影山は知ってんだよ」
「日向、影山君のことは気にしなくていいから」
「椎名さんに聞けばわかるから」
「んじゃ山口の言う通りそうする」


影山が何を口にしようとしたのかはわからないにけど日向の意識がそっちに向いた。
助かったと思いきや仁花ちゃんと山口の言葉で日向の意識が戻ってきてしまった。
これ理由を聞かないと日向は納得しない流れじゃない?何でこんなことになったのか。
恥ずかしいわ逃げ出したいわで心臓が限界だ。
潔子さんがさっきより強く脇腹をつつく。


『日向のことまた近くで応援したかったから?かも』
「そっか」
『あ、でもごめん。知らないところでそうやってされるの嫌だよね』
「何で?俺それ聞いて力沸いた。もっと頑張ろうって気になったから。ありがとな!」


隣の潔子さんや月島達が溜息吐くのが視界に入ったけどもう気にしない。
この流れで告白は無理。精一杯頑張った結果がこれだ。
私の心配を日向はあっさり払拭して受け入れてくれる。それだけで満足出来てしまった。
変に意識するよりこの方が楽だ。
日向は昔から変わらない。それがわかっただけで充分だった。


「んじゃまたみんなで集まろうな」
「正月とかなら集まりやすいだろ」
「俺も多分一日くらいは帰ってこれます」
「俺も今年は大丈夫です!」
「仁花ちゃん達はまだ地元だから大丈夫?」
『あ、私もお正月は帰ってきます』
「私も大丈夫です」
「月島と山口は?」
「俺達もこっちなんで」
「大丈夫ですよ」
「あーノヤは今年も無理みたい」


烏野会がお開きになる。居酒屋を出て最後の挨拶だ。何回か参加してるけど、このお開きになる瞬間が一番寂しくなる。


『あ、そろそろ電車の時間なので行きますね』
「凛ちゃん日帰りって言ってたもんね」
『明日バイト入ってるから』
「影山は実家寄るんだっけ?」
「あぁ、はい。顔出せって言われてるんで」
「日向は?実家帰るの?」
「俺は朝早いんでホテル戻ります。実家は正月に帰るんで」
「ホテルって駅前だろ?」
「そうです」
「なら日向が椎名さん駅まで送ってあげなよ」
『いや、駅まで明るいから大丈夫だよ』
「でももう遅いし日向も駅前のホテルなら道は一緒だよ」
「一人歩きは危ないから日向頼んでもいいか?」
「俺は全然大丈夫です!行こう椎名さん」
『う、うん』


感傷的な気持ちに浸る間もなく全員からのアシストで日向に送ってもらうことになった。
新幹線の発車時間が迫ってるから挨拶をそこそこに打ち切って日向と駅までの道を歩く。
ほろ酔いだったのに酔いがいっぺんに冷めてしまった。


「俺」
『ん?』
「椎名さんには感謝してる。勿論谷地さんにも先輩達にも山口にも」
『あ、ブラジル行く前の話?』
「そう」
『でも私は高校三年までだからなぁ』
「関東の大学行ってもたまに見てくれたろ」
『確かにあったねぇ、懐かしいなぁ』
「だからまたその時みたいに応援してくれんのすげぇ嬉しいんだ」


告白話がなくなったことで、いくらか私も落ち着いた。
そのおかげで普段通りに日向と話せている。
月島と影山の名前が出てこないのは笑いそうになった。
日向からすれば感謝する相手と言うよりもライバルだからだろう。
既に月島より上のリーグのチームに所属しているのにそういうことを気にしない日向が何とも日向らしい。


『日向は眩しかったからなぁ。諦めないしいつでも真っ直ぐ方法を探してたよね。ビーチやるって言い出した時はびっくりしたけど、それも日向らしいなぁって思ってた』
「あの時は何かやりたかったんだよ。遠回りしてでも、全部やれる俺になりたかった」
『それが今に繋がってるんだからやっぱり凄いよ』
「まだまだ足らないけどな。やっぱすげぇやつばっかだし」
『日向はきっと一生慢心することなく貪欲にバレーと向き合ってくんだろうね』
「そんな大したものではないと思う」
『そんなことないよ。大したものだよ。だからずっと応援してるね』
「…」
『日向?』
「あ、ごめん何でもない!俺やっぱまだまだ頑張らないとだ」
『頑張りすぎはって、日向なら大丈夫か』
「そこは勿論。体は資本だから一番気を付けてる」


みんなといる時より日向と二人の方が緊張しないとか不思議。
それも日向の持ってる空気がそうさせてくれてるんだろう。
バレーの話を聞いたりユニバに行くなら何に乗りたいか話してるうちに駅に着いてしまった。


「次は正月だな」
『そうだね』
「気を付けてね椎名さん」
『うん、大丈夫。寝ても終点だから起こしてもらえるし』
「四月からは大阪で宜しくな?」
『日向のおかげで不安なくなったから助かったよ』
「俺も椎名さんがムスビイ就職したって聞けて良かった。じゃあまた」
『またね』


改札まで日向と別れた。
烏野会の終わりは寂しさに包まれたけど、日向と別れた後は何だかあったかい。
お正月もあるし、四月からは同じ大阪だ。
そのことへの期待が大きいのかもしれない。
日向と影山を抜いたグループLINEで月島が毒づいてたけど、それもへっちゃらだ。
早く四月になればいいな。
そうしたら期待の新生活が待っている。
少しずつでいいから日向との距離も縮まりますように。


20210223

【2】

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