「椎名さんてシロクマみたいだ」
『あり、ありがとう?』


野球部エースの降谷君にそう言われたのは冬が本格的に近づきつつある日のことだった。
12月に入り対外試合禁止となって直ぐのこと。
練習試合が無いことにショックを受けてる降谷君に説明してる時に言われたんだ。
褒められてるのか貶されてるのかわからなくて混乱しながらもとりあえずお礼を言ったような気がする。
彼が私のどこをどう見てシロクマと評したのか未だに謎だ。
単なるクラスメイトで、部員とマネージャーの関係と言うだけの私をどうして彼はシロクマと言ったのか、不思議で仕方無かった。


「椎名、ちょっといいか」
『はい、大丈夫です』


二月に入ったとある日に幸子先輩から買い出しを頼まれた。快諾して近くのスーパーに行くとバレンタイン一色だ。
そろそろ先輩達と部員のバレンタインを考えなきゃなぁ。クリスマスもみんな喜んでくれたからバレンタインもきっと喜んでくれるだろう。
それならば貴子先輩も誘って三年生の先輩達も用意したいなぁ。
そんなことを考えながら戻ってくると御幸先輩に遭遇した。名前を呼ばれて返事をすると手招きをされたので近付いていく。


「降谷、授業の方は大丈夫か?」
『今のところ大丈夫そうです』
「あいつわかんねーとこ自分から聞きに行くタイプじゃないから面倒臭いとは思うけど頼むな」
『はい、大丈夫です。降谷君は大事なエースですからね、任せてください!沢村君は金丸君が見てますし』
「お前が同じクラスで助かったわ。んじゃ引き続き宜しく頼むな」
『はい!』


快諾すると御幸先輩はホッとしたように息を吐いた。
一癖も二癖もある投手陣達を捕手としてまとめるのも大変だろうに勉強のことまで気にしてあげないといけないなんて御幸先輩大変そうだなぁ。
私達の世代ならば誰が主将になるだろう?
面倒見の良い金丸君かな?東条君や春市君でも良いかもしれない。
沢村君と降谷君は無いかもなぁ。あの二人にはピッチングに専念してもらわないと。


幸子先輩達と一緒に高島先生にバレンタインの相談するとチョコレートを作ろうってことで話がまとまった。
厳しい冬の練習を乗り越えたご褒美としてちょうどいいって話になったのだ。
部費から予算も出るとのことで張り切って四人で作ることになった。


『降谷君は?チョコレート大丈夫?』
「嫌いじゃないけどどうして?」


昼休み、降谷君のノートをチェックしている時に何となくチョコレートの話を話題に出した。
苦手だとしても作るのは確定しているけど、まさか返答が疑問系で返ってくるとは思ってなくて少しだけ驚いた。
ノートから顔を上げた私を降谷君はきょとんとした顔で見つめている。
沢村君だってチョコレートの好みを確認したら「バレンタイン?もしかしてマネからのバレンタインの話か?」って察してくれたのに降谷君はまったく気付いてなさそうだ。
降谷君はいつだって真っ直ぐに人のことを見つめる。至近距離でそれをされるとちょっと気恥ずかしくて、先に視線をそらしてしまう。


『バレンタインにね、マネージャー全員でチョコレート作ろうって話になったの』
「バレンタイン」
『そうそう、みんなが無事に冬の練習乗り越えたからね。ご褒美だよ』
「僕、チョコレート貰うなら椎名さんから欲しい」
『私?』


思わぬ言葉が飛び出して再び降谷君と視線が重なった。問い掛けに降谷君はこくりと頷く。
えっとそれって私が渡せば良いってことなのかな?そうじゃなくて別の話?
ホクホク顔をしてる降谷君にそれ以上のことを聞く勇気はない。
バレンタインってチョコレートをおねだりするイベントだっけ?違うよね?
きっと同じクラスのよしみで言ってくれただけなんだろう。
そう自分を納得させて降谷君からのお願いを了承しておいた。じゃないと心臓に悪い。
降谷君と話してるとこうやって変にドキドキしちゃうことがたまにあるからなぁ。


『三月に入ったら練習試合も始まるよ』
「いつ?」
『三月八日からかな』
「まだだいぶ先だ」
『選抜も近いから張りきり過ぎたら駄目だよ』
「別にいくらでも投げられるし」
『駄目、チームのこと考えて投球数を抑えるのもエースの役目だよ』
「…じゃあ抑える」
『うん、それがいいよ』


降谷君は最近凄い素直になった気がする。
前はもっと何が何でも絶対に投げるって意思が全面に出てたのに最近は此方の言うことを素直に聞いてくれることが増えた。
なんだか弟と話してるような気分になる。うちの弟はこんなに素直じゃないけど。
それから降谷君のノートの足りない部分を足して昼休みは無事に終わった。


バレンタイン当日、前日にチョコレートは作っておいたのでバタバタすることもなく無事部員全員にチョコレートが行き渡った。
監督や落合コーチと部長、高島先生にも用意して全員が喜んでくれている。
約束通り降谷君にも私がチョコレートを渡したのだけど何故か反応が芳しくない。
それどころかどこか落ち込んでるようにも見える。
周りが喜んでるなか降谷君だけが一人暗いのだ。
あれ、やっぱりチョコレート苦手だったのかな?


「ほら降谷言っただろ!マネージャーは全員に用意してるって!」
「…うん」
「栄純君、そんなこと急に言ったら駄目だって」
『あの大丈夫?やっぱりチョコレート苦手だった?』


ずーんと落ち込んだ降谷君に沢村君が声を掛けた。それを春市君が慌てて止めている。
心配だったので便乗する形で声を掛けたら降谷君は無言で首を横に振る。
チョコレートが苦手ってわけではないらしい。
なら何でこんなにも落ち込んでるんだろう?


「降谷!俺どうすればいいかちゃんと教えただろ!」
「ちょっと栄純君!」


沢村君の言葉に降谷君の表情がパッと明るくなった。沢村君はいったい降谷君に何を教えたと言うのだろう?


「椎名さんちょっとこっち来て」
『え?』


ぱちりと視線がかち合って真剣な表情の降谷君に手首を掴まれる。
さっきまで周りも賑やかだったのにいつの間にか静かだ。全員が私達の動向を窺ってる気がする。何故誰も何も言わないの?沢村君だけは何故か金丸君に口を押さえられているけど他の人達は黙ったままだ。
急に舞台の上でスポットライトを浴びたみたいな居心地の悪さを感じる。さっきまでは普通だったのに蛍光灯までもが私達に集中しているようで眩しかった。
目を細めてる間に降谷君にされるがまま食堂から連れ出される。


『降谷君?どうしたの?何かあった?沢村君と春市君は何か知ってるの?』


ずんずんと降谷君は歩き続け寮の近くの自動販売機まで来たところでようやく立ち止まった。
至近距離でじっと見下ろされている。
この距離で座って話すことはよくあるけれど立ったままなのは初めてのような気がしてなんだか変に緊張してしまう。
やっぱり背が高いなぁ、弟みたいだなんてこうして並んで立っていると思えないや。
今日の降谷君は普段のぽやっとしてる感じとは違ってなんだかとても真剣だ。
マウンドに立ってる時よくこんな表情をしている気がする。


「僕は」
『うん』
「椎名さんからのチョコレートが欲しかった」
『えっと、ちゃんと渡した…よ?』
「あれはマネージャーからのチョコレートだから」


これはどういうことなのだろう?
素直に受け止めるなら個人的に私からチョコレートが欲しかったってことだよね?
あの降谷君が?私からのチョコレートを欲しい?
何度瞬きしてみても目の前の降谷君の表情は変わらない。真剣そのものだ。


『あの、それはどうして』
「バレンタインは好きな人にチョコレートを渡すのが普通だから。それなら僕は椎名さんから欲しかった」


勘違いかと自分の予測を頭から追い出そうとしたのにどうやらそれは勘違いなんかじゃなかったらしい。
この話を噛み砕くなら降谷君は自分を好きになってほしいって言っている…んだよね?
そういうことで合ってるんだよね?誰か切実に教えてほしい。
けれど私達の周りには正解を教えてくれる人は誰一人としていない。
真剣な表情が憂いを帯びて陰っていく。
私からのチョコレートがなくて落ち込んでるんだ。


『ちゃんと用意出来なくてごめんね。マネージャーだから部員には平等にチョコレート用意しなくちゃいけなくて』


しどろもどろになりながらチョコレートを用意出来なかったことを謝る。
エースを落ち込ませてしまうなんてマネージャー失格だろう。
そんな顔をさせたくなくてどうしようかと返答に困った結果がこれだ。これじゃあ個人的にチョコレートを渡す気があったみたいな言い方じゃないか。
言ってしまった後に後悔したって遅い。


「あ」
『あ?』
「僕からなら問題ないよね?」
『うん?』


思い出したかのように降谷君の表情がまた変わった。自分の手に持ってるチョコレートを見つめ首を傾げるとジャージのポケットに手を突っ込む。小銭が鳴る音がしてそのまま目の前の自販機に投入した。
話に付いていけるはずもなく私はただその動向を見守る。


「これ」
『ホットチョコレート?』


ガシャンと音がして自販機から取り出した缶を降谷君は私に手渡した。
冷えきった指先がじんわりと温かくなっていく。確認してみればホットチョコレートだ。


「僕からならいいよね」
『僕からって』


再び視線が交錯し降谷君の瞳が真っ直ぐに私を捉えている。
今更ながら今の現状をしっかりと把握することになった。これはもしかしなくとも告白だ。
マネージャーの立場の私から降谷君個人にチョコレートは渡せない。それなら自分でチョコレートを渡そうって結論に至ったのだろうけど…誰、こんなこと降谷君に教えたのは。
ついさっきまで降谷君の動向をどこか他人事のように感じていた。それが今になって現実味を帯びて私に襲いかかる。
あぁ、これ絶対に沢村君がけしかけたんだ。
だから彼はあんなことを降谷君に言ったのだろう。
心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
意識してしまえばあっという間だ。


『降谷君、どうして私なの?』
「椎名さんはシロクマだから」
『シロクマ?』
「強くてあたたかくてしっかりしてる」


シロクマのってアザラシのこどもを襲ってるイメージしかないのだけれど。
前回は"シロクマみたい"って言われたのについに"シロクマだから"と言い切られてしまった。
純粋な降谷君の瞳に戸惑う私が映し出される。


「そろそろ戻ろう。ここ寒いし」
『あ、うん』


降谷君は満足したのかそれ以上のことは何も言わなかった。
食堂に戻っていくのでその背中に続く。
告白と言うよりは気持ちの表明に近かったのかもしれない。
私がどう思ってるかなんて微塵も興味はなさそうにも見えた。
降谷君があっさりと話を切り上げてくれたおかげで必要以上に意識しなくて済みそうだ。
それに安堵して小さく息を吐く。
手にはまだ温かなホットチョコレート。


まだまだ謎な部分が多い降谷君だけど、もう少し彼のことを知りたくなった。
何を考えて、何が好きで、どうして野球をやろうと思ったのか。そしてシロクマのことをどう思ってるのか。
今度また昼休みにでも訊ねてみよう。きっと教えてくれるはずだ。


戻った私達を見付けて沢村君が口を開きかけ今度は倉持先輩にお尻を蹴られて止められていた。
戻って直ぐは注目されたもののそれも一瞬で落ち着いた。
みんなそわそわしているけど話を聞くことは遠慮してくれてるらしい。


「それ降谷君から貰ったの?」
『あ、春市君。うん、チョコレートって貰った』
「栄純君の言ったことそのまま行動したんだね」


沢村君がギャーギャー倉持先輩とやりあってるうちに空気が元に戻る。
これを引き起こした原因が沢村君ならば引き戻すのも沢村君だ。
そのやり取りを見てたら春市君がやってきた。


『沢村君のアドバイス?』
「言っておくけど僕は行動するにしろ人の居ないところでって言ったんだよ」
『降谷君思い立ったら即動いちゃうからなぁ』
「椎名さん降谷君のことわかってるんだね」
『うーん、野球をしてない降谷君のことはそれなりに詳しいかも。何でシロクマみたいって言われたのかはわからないけど』
「降谷君の尊敬してる人がシロクマだからじゃない?」
『へ?尊敬してる人?』
「前にそんなようなこと言ってたよ」


「春っち!助けてくれ春っちー!」と沢村君からの声が上がって、春市君は口元に笑みを浮かべてそっちに行ってしまった。
降谷君の尊敬してる人がシロクマ。尊敬してるシロクマを私に重ねていいんだろうか?
しばらく一人で考えてみたけど答えは出なそうだ。また降谷君に聞いてみたらいいか。
目を輝かせてシロクマの良さを語ってくれるような気がした。


『それで春市君がこないだ言ってたんだけどね』
「僕も」
『ん?』
「…椎名さんには暁って呼んでほしい」
『え、えっ?』
「駄目かな」


後日、ノートを見ながらシロクマの話を聞こうとしたらまたもや降谷君から驚かされた。
春市君は小湊先輩が居たから春市君なわけで、降谷君は降谷君だ。
そう断ろうとしたのにシュンとしながら「駄目かな」なんて言うから可愛くて頬が緩んでしまう。


『暁君?あ、でも部活の時は降谷君でもいい?』
「なんで」
『部活中だから、暁君には部活に集中してほしいし』
「…わかった。椎名さんがそう言うのなら」


試しに名前を呼んでみれば一瞬で表情を明るくする。その後直ぐにわかりやすく落ち込んだけどさすがに部活中は暁君とは呼んであげられない。
周りに余計なことを言われたくないし私達のことで部を騒がせたくもなかった。


最初は投げたがりでそれ以外のことには無頓着でクールな人だと思っていたけど親しくなると降谷君は全然そんなことなかった。
会話の最中にくるくると表情が変わる。
そしてそんな降谷君と話しているのがいつの間にか楽しい自分もいる。
ホワイトデーは何をお返しをしよう。
シロクマグッズをプレゼントしたら降谷君はきっと喜んでくれるかな。


「凛、氷ってどこにある?」
『氷?ちょっと待ってて取りに行ってくるね』
「お前降谷いつの間に椎名のこと名前で呼ぶようになったんだよ!」
『あ!』
「僕は呼ぶなって言われてないから」


結局天然な降谷君が部活中に爆弾を落としてくれたおかげで私の気遣いは徒労に終わった。
その返しいつも降谷君が私のこと名前で呼んでるみたいだけど今日が初めてだよね!?
呼ぶなって言ってないけど呼んでいいかとも聞かれてないよ!
気恥ずかしかったので氷を取りにその場から逃げ出した。後ろから沢村君の声が聞こえたけどとりあえず放棄させてもらう。
降谷君には振り回されてばっかりだなぁ。
けれどそれが全然嫌じゃなかった。


逆バレンタイン降谷編。仲良くさせてもらってる管理人さんと話してて浮かんだネタを詰め込ませてもらいました。
2020/02/17

恋慕われるシロクマ

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