『木兎さんの試合ですか?』
「そう、仙台でやるんだけど凛さん一緒に観に行かないかなと思って」
『私は大丈夫ですけど赤葦さんは大丈夫なんですか?仕事忙しいって聞きましたけど』
「取材ってことにしてあるから大丈夫」


休む暇もないって前に聞いたような気がする。それを聞いて出版社に就職するのは止めようって思ったくらいなのに本当に大丈夫なのかな?


「担当の先生の取材に付いていくことになったから」
『あ、もしかしてゾビッシュの?確か烏野のOBなんですよね?』
「よく覚えてたね、それで合ってるよ」


首を傾げる私の質問を先取りして赤葦さんから返事があった。そうか、あの人と一緒なら問題ないのかもしれない。
直接会ったことはないけど前に日向君木兎さん赤葦さん四人で飲んだ時に話は聞いていた。


『それなら結真も連れてっていいですか?』
「あぁ、本当にバレー始めるの?」
『今じゃブラックジャッカルの大ファンですよ。その影響もあってか本人はその気です』
「それなら一緒に行こうか」


赤葦さん達と出会った当初結真はまだ小さかった。その結真も今や小学生だ。
物心ついた時には誰もバレーの話なんてしなかったのに当たり前かのように結真は自然とバレーボールをやりたいと言い出した。
それを聞いて私もお兄ちゃんもお父さんまで喜んだ。


「宜しくお願いします」
「じゃあ決まりだね」
『結真かなり喜ぶと思うので』
「凛さんは?」
『私ですか?久しぶりに生で木兎さんの試合を観れるのは楽しみです』
「それなら良かった」


ふっと赤葦さんと口元が緩み此方へとグラスを差し出す。それに合わせるように私も手元のグラスを合わせて二人で細やかな乾杯をした。


木兎さんも赤葦さんも、二人だけじゃなくて先輩達と尾長君には高校時代とてもお世話になった。機会があったら鷲尾さんの試合にだって行きたいくらいだ。
もうあれから六年が経ってしまった。長いようであっという間な六年間。私がまた笑えるようになったのは先輩達のおかげと言っても過言ではない。


『確か今年から烏野の日向君もブラックジャッカルなんですよね?』
「佐久早もだよ、大学出て入ったから」
『そっか、あの人ブラックジャッカルなんだ』
「ミャーツムもいるから試合は観てて飽きないと思う」


佐久早さんはお兄ちゃんのこと割りきれたのかな?…あれから何年も経っているのだから当たり前か。彼がちゃんと前向きにバレーボールと向き合ってくれてるのなら良かった。お兄ちゃんに固執せず頑張ってくれるならそれでいい。
お兄ちゃんもきっとその方が喜んでくれるだろう。


「嵐士さんは?誘ったら行くかな?」
『あー難しいかもしれないです。仕事でバタバタしてるので』
「やっぱり弁護士は忙しいって?」
『そうみたいです、楽しそうではありますけど。バレーの試合は録画して観てますよ』
「じゃあ今回は四人だね、新幹線予約しよう」
『赤葦さんも楽しそうですね』
「木兎さんと日向が合わさったら面白いと思う。それに相手が相手だしね」


早速赤葦さんがスマホで新幹線の予約を取っている。どことなくウキウキしてるように見えるのは勘違いじゃなさそうだ。
確か相手のチームはシュヴァイデンアドラーズだ。此方のチームにも学生時代から知ってる人達がいる。
日向君と同じ烏野だった影山君に牛島さんと星海さん。同世代が戦うのだから楽しみになるのも当たり前か。私だって楽しみなのだから。


「凛ちゃんサイン貰えるかな?」
『木兎さんのサインは貰ったでしょ?ブラックジャッカルの選手のサインは木兎さんに頼んで全員分貰ったと思うけど。あ、佐久早さんと日向君の?』
「それも欲しい。けどゾビッシュ」
『あ、そっちか。赤葦さんにお願いしてみるね』


私は読んだことないけど小学生には人気の作品なのかもしれない。サイン色紙を用意してた理由がわかって笑ってしまう。
試合当日、東京駅で赤葦さん達を待ってる間も結真がそわそわしてたのは試合が楽しみプラスゾビッシュの作者に会えるからってことなんだろう。


「え、彼女?」
「高校の後輩ってさっき説明しましたよね」
『椎名凛です』
「椎名結真!あのサイン下さい!」
「え、俺?」
「ファンは大切にしてください」
「いいけどそれブラックジャッカルの選手のためのじゃないの?」
「ブラックジャッカルは後二人で揃うから」
「それも凄いな、それならいいか」


二人に会って早々結真が色紙を取り出した。まだ新幹線にすら乗ってないと言うのに行動力に三人で笑ってしまう。
軽く挨拶を交わして、サインは新幹線の中で書いてもらうことになり新幹線乗り場へと移動する。


「すっかり懐いてますね」
『人見知りする方なんですけど、バレー経験者ってこととゾビッシュの作者ってことで人見知りする暇もないのかもしれないです』


私と赤葦さんが隣り合って座り、結真は宇内さんと私達の前の席に座っている。
しきりに感嘆の声が聞こえてくるからゾビッシュの話を聞いてるのかもしれない。


「今日の試合観たら日向のファンになるかもね」
『間違いなくそうなる気がします』
「日向の速攻は初見殺しですから」
『私も初めて見た時は驚きました。宮さんとの連携が楽しみです』
「木兎さんが昔よりすげぇって言ってた」
『どう凄くなってるのか知りたいんですけど』
「そこはまぁ、木兎さんなんで」
『相変わらずですね』
「凛ちゃん、見てみて!サイン貰ったー!」
『良かったね結真。でも危ないから前向いて座ってて』
「はーい」


赤葦さんと話していたら前の席からひょこりと結真が顔を覗かせた。
色紙にサインとゾビッシュのイラストまで描いてもらったらしくご機嫌だ。
先のことはまだわからないけど、結真の試合をいつかこうやって観に行けたらいいな。


「凛さん」
『何ですか?』
「気になったんですけど何で結真君は凛ちゃん呼びなんですか?嵐士さんもそんな感じで呼んでるんですかね?」
『お兄ちゃんのことは結真もお兄ちゃんって呼びますよ。私がお姉ちゃんって呼ばれたくなくてちゃん付けで呼ぶように言ったんです。お姉ちゃんはやっぱりお姉ちゃん一人なので』
「そうですか」


お姉ちゃんの話題を出したからか赤葦さんの表情が申し訳なさそうなものに変わる。


『引きずってるわけじゃないんで気にしないでください。もう大丈夫なので。赤葦さんや先輩達のおかげで手記も読めましたし』
「それならいいんだ」
『いつまでも気を遣わせてすみません』
「俺が考え過ぎてただけだから凛さんは謝らなくていいよ」


お姉ちゃんのことはもう吹っ切っている。
当時の私は吹っ切るまでに時間が掛かったけど今はもう大丈夫だ。
そう伝えて笑ってみせれば赤葦さんも納得してくれたようで表情を穏やかなものに戻してくれた。


『向こうに着いたら何か食べてから行きます?』
「あ、それなら大丈夫。会場で食べたらいいよ。おにぎり宮が出店してるから」
『おにぎり宮?』
「俺の好きなおにぎり屋さん」
『あ、前に試合を観に行った結真が言ってた気がします。確かブラックジャッカルの宮さんの』
「そう、ミャーサムがやってる」


結真も美味しいおにぎり食べたって言ってたから赤葦さんの反応を見るからに本当に美味しいのだろう。
それこそバレーをしてる木兎さんのことを語る時と似たような表情をしている。
そうか、それなら私も楽しみにしておこう。
木兎さんの試合、生で観るのは本当に久しぶりだ。試合も勿論楽しみだった。


2020/02/06

【1】

prev | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -