「彼女が居ないまま卒業なんてヤだ!」
『野球漬けだった田島が悪い』
「だってよ、そこは譲れないだろ?」
『まぁ、おかげで甲子園行けたしね』
「だろ?ちゃんと約束守って連れてってやったじゃんか!」
『いやいや、別に田島だけの力じゃないからね』


高校三年の夏が過ぎ、もうすぐドラフト会議がやってくる。意気揚々と志望届けを出していたけど、そっちに対しての緊張とかは田島に無いんだろうか?…多分無いんだろう。そんなことよりも高校生活で彼女が出来なかったことの方が重大問題みたいだ。
卒業するための学力を上げる勉強会を開いてあげてるのは此方だと言うのにさっきからちっとも進んでいかない。


『田島、勉強しないと卒業出来ないよ。ドラフトで指名貰っても卒業出来なきゃ意味ないよ』
「あ!そんなら椎名が彼女になれよ!」
『はぁ?』
「いいじゃん、卒業までだから!頼むって!」
『そこまでして彼女欲しいの?』
「欲しい!モテたかったの俺は!」


いやいや、モテてたよね。単に全力スルーしてたのは田島だよね?呆れて返事をすることすら出来ない。


「俺明日誕生日だしさー、プレゼントだと思って椎名をちょうだい」
『え、なんか卑猥。嫌だ』
「ちぇ、んじゃそっちはいいからとりあえず彼女にはなってよ」
『えぇ、田島直ぐにヤりたがりそうだからなぁ』
「男子なんてみんなそんなもんだろ!」
『田島はそれが表に出過ぎ!』
「えぇ」
『とにかく勉強に集中してよ。そしたら考えてみる。あ、でも彼女になるってだけだよ?それ以上はしないからね』
「えー、まぁとりあえずそれでいっか。んじゃこれ教えて椎名」
『それさっき教えたやつ』


私の呆れた言葉に悪びれもせず田島はニシシと笑ってみせた。…その笑顔に根負けするのもいつものことだ。私はなんだかんだ田島の笑顔に弱い。溜息を吐いてもう一度最初から公式の説明をした。
結局それから真面目に勉強をした田島に押しきられる形で彼女になることが決まった。


「凛ちゃん、田島君と付き合うってほんと?」
『えー千代ちゃんそれどこで聞いたの?』
「昨日の夜にグループLINEで飛んできたけど、やっぱり一人だけ既読になってなかったの凛ちゃんなんだ」
『あー見てない』
「凛ちゃん連絡無精だもんね」
『通知がオフになってるからなぁ』


翌朝、登校してみたら同じクラスの千代ちゃんが一番にやってきた。
グループLINEの通知は一年生の時からオフにしてある。重要な連絡は監督か千代ちゃん、それに花井から直接飛んでくるから問題無かったし。それにしてもその日に周りに報告するだなんて田島らしくて笑ってしまう。


「でも良かったね」
『え』
「凛ちゃんだって田島君のこと嫌いじゃ無いでしょう?」
『…千代ちゃんてほんと色々わかっててズルい』
「凛ちゃんだって大差ないよ」


そう言って千代ちゃんは優しく微笑んだ。私より全然千代ちゃんの方がみんなを理解してたよ。それこそこの三年間部員のために頑張ってたのは私じゃなくて千代ちゃんだ。私は担任のシガポに誘われてマネージャーになっただけだし、相変わらず千代ちゃんには敵わないなぁ。


「田島君がどこの球団に行くとしても二人で仲良くしてね」
『どうかなぁ?お試しだしなぁ』
「どういうこと?」
『田島が卒業までに彼女が欲しいって言うからそうなっただけだし』
「そうなんだ、田島君も素直じゃないなぁ」
『だから卒業したらあっさり終わりってのも有り得るよ』
「私はね、そんなことないって思うよ」


千代ちゃんはきっぱり言いきってたけど私からしたら半信半疑だった。や、半分以上そんなことないって思ってた。これも田島のいつもの気まぐれだ、じゃなきゃ田島が私と付き合いたいだなんて言うはずないと思ってた。


田島の家で同級生の部員を集めて誕生日パーティーをしたその翌日、ドラフト会議であっさりと西武への入団が決まった。
他の球団とも面接はしたらしいけど、頑なに地元から離れなくないと田島が言ったのでそれが通る形になった。


「なぁ椎名は?どーすんの?」
『どうって何が?』
「進学すんだろ?篠岡が言ってたし」
『うん、大学行くよ』
「県内?」
『そうだね、なるべく県内の大学かなぁ』
「んじゃ卒業したって会えるな!」
『田島にそんな暇無いでしょ』
「俺は野球も頑張るし椎名とのことも全力出すって決めたの!」
『はいはい、とりあえず卒業出来たらの話だよね』
「俺最近ちゃんと勉強頑張ってるだろ!」


前よりは頑張ってるとは思うけど、前に比べたらってだけでそもそも元の集中力が無さすぎるよ。途中からそわそわ落ち着かなくなって結果的に後輩達の練習に混ざりにいく癖は直らない。それを許しちゃう私が悪いのもあるけど。
どうにもこうにも田島のお願いは断れないのだ。あ、いやこないだの「キスしたい」は断ったけど。


「なぁ」
『何?』
「プロ野球選手のお嫁さんてヤだ?」
『…いきなりどうした』
「だってよ、椎名全然乗り気じゃねーし」
『乗り気って田島との付き合いの話?』
「だろ?全然前と変わんないじゃん」
「いやいやだってお試しでしょ?単に田島が高校卒業までに彼女が欲しいってだけの話だよね?思い出作りみたいなものでしょう?」


球団入りが決まってバタバタ忙しいだろうに、飽きもせず田島は私を送ることを止めない。後輩に混じって練習する田島を待つかのように私が学校で勉強をしてるのもあるんだろうけど、当たり前かのように田島は私を送ってくれる。
季節は冬に差し掛かっていた、私は田島との距離感を計りかねている。
いきなりプロ野球選手のお嫁さんとか言われても現実味無さすぎていまいちピンと来ない。
ちらりと隣の田島の様子を伺うと何やらじっと考えこんでいた。


「あ!」
『え、何』
「そっか、俺すげぇ大事なこと忘れてた!」
『うん、だから何をかな?』
「好きだから」
『…うん?』
「俺ちゃんと椎名のこと好きだかんな。だから付き合いたいって思ったし」
『………なるほど』
「なんだよ!その反応!」
『いや、そんなつもりとは思ってなくて』


うじうじと私が考えてる間に田島があっという間にそういうものを吹き飛ばしてしまった。
好きだと言われて嬉しいはずなのに可愛くない反応を返してしまう。だって今更そんな風に言われてもどう反応していいのかわからない。
田島に甘くしちゃう時点でそんなのわかってたはずだけど、こうも真っ直ぐに好意を向けられるとは思ってなくて対応に迷ってしまう。
だって、このお試しの付き合いだって田島の思い出作りの一環だと思ってたんだ。まさか自分のことが好きで付き合いたいだなんて田島が言ってるとは思いもしなかった。


「じゃあお前は何とも思ってない男と付き合ったって言うのかよ」
『…そういうわけじゃ』
「じゃあどういうわけなんだ?そこんとこちゃんと教えろ」


田島が真っ直ぐに私を見据えてるのを肌で感じる。多分、野球関連で誰かに詰め寄ってる時と同じ顔をしてる。
自転車を支える手にぐっと力が入った。


『ごっこだと思ってたの。田島が卒業までだからって言ったし』
「俺、卒業してからも会おうって言った!」
『それも単なる気まぐれかなって』
「はぁ?」
『だって今更好きとか言われてもびっくりするよ。そんな素振りなかったじゃん』
「素振りとかそんなんわかんねぇけど、俺は前から椎名のこと好きなの。ただそれだけだ」


私が足踏みしてる間にぐいぐいと田島から近付いてくる。ドアの鍵なんてもう意味をなさない。いや、もしかしたら鍵なんて最初から掛かってなかったのかも。穴開くほど見つめられてる展開にも耐えられそうになかった。
千代ちゃんだけじゃなくて、田島にも敵わないだなんて、笑ってしまう。


「何でそこで笑うんだよ」
『敵わないなぁと思って』
「何が?」
『田島も千代ちゃんもさ、凄いよほんと』
「しのーか?」
『田島の圧力に耐えれる人間なんて早々居ないだろなぁ』
「俺全然意味わかんねぇんだけど」
『田島は知らなくていいよ』


未だに照れくさいけど、そうも言ってられない。田島は私がはっきりと伝えないとわかってくれないだろうし。あーあ、千代ちゃんはこうなるのわかってたんだろうなぁ。
本当に部のマネージャーとして、お母さん役として申し分ない女の子だ。
隣の田島を見やるとムッとしていた。知らなくていいよってことが気に入らなかったんだと思う。本当に感情表現豊かだよね田島ってさ。


『始めに回りくどいことした田島が悪いんだよ』
「えぇ、俺あれで必死だったのに!」
『どう思い出しても卒業までにとりあえず彼女が欲しいみたいな言い方してたよ』
「それはすまん!でも俺別に誰でも良かったわけじゃねぇかんな!」
『うん、わかってるよ』
「ってことは」
『卒業してからも宜しくってことかな?』
「っしゃ!」


私なりの最大の譲歩を田島は良しとしてくれたらしい。片手で握りこぶしを作り嬉しそうにしている。やっぱりこの笑顔に弱いなぁ。
こんな意地っ張りで良ければお嫁さんにでも何でも貰ってやってくださいな。
思っても口になんて出せるわけもなく、また一人でほくそ笑むのだった。


「え、凛ちゃんそれ田島君はいいの?」
『いいんじゃないかな?何にも言われなかったし』
「田島君をこんなに振り回すの凛ちゃんくらいだよ」
『えー振り回されてるのは私だよ』
「そう思ってるの凛ちゃんだけだからね」
『そうかなぁ?』


レイラの初恋様より
間に合ったヽ(;▽;)ノ田島君誕生日おめでとう!
2019/10/16

恋人ごっこの延長戦

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