『いいなぁシンデレラ』
「急にどうしたん?」
『だってほら魔法使いのおかげで王子様に出逢えて幸せになれたでしょう?』
「せやなぁ、って何言うてんのや。今が幸せやないみたいやで?」
『うーん、どうだろ?』


同僚の忍足に誘われて休みに二人で映画を観ているわけだけど、私達は別に付き合ってるとかそういう関係ではない。映画の好みが合うってだけのただの趣味友達だ。
今日は久しぶりに休みが重なったのでこうやって忍足の家で映画鑑賞会をしている。
二人で実写版のシンデレラを観ている最中に何気なく発した一言を忍足に拾われた。


『目指してた職業になれたものの、大学は勉強漬けだったしいざ医者になってもさ、仕事漬けで。それに不満はないけどこういう幸せとは無縁だなぁって思って』
「休みが合うのも三ヶ月に一回あればええほうやしな」
『映画を観る機会もなかなか無いんだよねぇ』


生活に不満があるわけじゃないし忙しいのも苦にはならない。けど恋愛のことを考えてしまうと少しだけ気が重たくなる。もしかしたら私は一生このままかもしれない。映画の中だけでしか恋愛と言うものに触れられないのかも。


「アホ、考えすぎや」
『かなぁ?』


何となく思ってたことを話してみた。忍足だってせっかくの休みに単なる同僚の私を誘うくらいだ、同じ気持ちであってもおかしくない。同意してくれると思ったのに忍足の答えは違うみたいだ。
テレビから目線を隣に座る忍足へと移すと穏やかに微笑んでいる。マグカップの珈琲を飲んでるだけなのに絵になるなぁ。あぁ、忍足は患者さんにも看護師にもモテるからそういうことには困ってないのか。


『イケメン撲滅したらいいのに』
「いきなり酷ない?」
『その答えは自分がイケメンだって自覚してる人の返しだよね』
「手厳しいこと言うなぁ」
『私の気持ちを理解出来ないイケメン忍足が悪い』
「俺は今でも充分幸せや」
『いつの間に?と言うかそれなら今日は?良かったの?』
「何を言うとんの」
『え?』
「医者になるんは親の希望やったけど、たまの休みにこうやって好きな娘と過ごせるのは幸せやんか」
『は?…初耳なんだけど』
「言うてなかったし、言うたら家に来んかったやろ?」


ぽかんとする私に忍足は表情を崩さずただ目を細めた。忍足が私を、…好き?
相手の本意を知りたくてマジマジと相手を見つめるもどうやら冗談の類いではないらしい。その瞳は真っ直ぐに私を捉えている。


『はぁ、今更断ったりはしないよ。研修医時代からの仲だし』
「ほんなら良かった」


先に目を逸らしたのは自分だった。自分を見つめる瞳があまりにも優しくて気恥ずかしくなってしまったのだ。忍足の声色が柔らかくてどんな顔をしてるのか容易に想像出来た。


「今日はどうしても会いたかったんよ」
『何かあった?』
「こっちの都合や、椎名がお姫様になりたいんならちょうどええしな」
『ちょうどいいって?』
「直ぐわかるからちょっと待っててや」


ソファから忍足が立ち上がり私の肩をぽんと叩いて寝室へと引っ込んだ。何がどうちょうどいいのだろうか?寝室の扉をじっと見つめながら考えてもさっぱりわからない。
王子様の格好をした忍足が出てきてガラスの靴でも履かせてくれると言うのだろうか?


『まさかね』


自分の突飛な思い付きに笑ってしまった。一人で笑っていると王子様姿ではない忍足が両腕に沢山の紙袋を持って出てきた。王子様ではないにしろあの紙袋は何だろう?某有名デパートの紙袋なのはわかる。


「魔法使いやあらへんけど、これ着たってや」
『何で?と言うかこれどうしたのさ忍足』
「お姫様になるための小道具みたいなもんやなぁ」
『えぇ、急過ぎない?と言うかこれは?』
「変な勘繰りはせんといて、椎名に着てほしくて買うてきたんやから」
『えぇ、忍足そういうタイプだったの?』
「何でもかんでもは買うたらんよ。せやけど、好きな娘に好みの服着てほしいやんか」
『なんだ、貢ぐ癖があるのかと思って心配した』
「そんなことせんよ。ほんで着てくれへんの?」
『サイズ大丈夫か心配だけど、私のための服なんだよね?』
「椎名のために用意した一式やからサイズもピッタリに決まっとるで」


私の横にどさりと紙袋の山を降ろす。至って真面目な顔をして忍足は紙袋の一つ一つを開けていった。服だけじゃなくて靴やアクセサリー、果ては鞄まで用意されていた。


『え、本当にいいの?』
「その代わりそれ着て俺とデートしてな」
『今日?』
「今日やな」


迷いに迷った末に私は忍足の突然のプレゼントを受けとることにした。
自分のために用意しただなんて言われて断れる女性は少ないだろう。しかも相手は忍足だ。
寝室を借りて忍足の用意してくれた服に着替える。何ならストッキングまで用意されていてそこでまた笑った。
私が過去に着たことのないタイプの洋服にそわそわと落ち着かない。けれどいつまでも寝室に籠ってるわけにはいかなくて、リビングへそろりと戻った。


「お、ええやん」
『そう?こういうの着たことなくて落ち着かないんだけど』
「俺の見立て通りやったな。ちょお俺も着替えてくるから待っとって」
『うん』


普段からお洒落な忍足だけど、今日は一段と着飾ってるような気がする。
着替えてきた忍足を目の前に私の心臓は落ち着かない。なんだろうこれ、ドキドキする。


「やっぱ似合うとる」
『ほんと?』
「俺の言うこと椎名は信じてくれへんの?」
『忍足を疑ってるんじゃなくて、こういう格好初めてなんだよ』
「初めてってええ響きやな」
『もう、そうやってからかって』
「本気やって言うたらどないするん?」
『…忍足が冗談で人に告白したり、プレゼントを贈るような人だとは思ってないよ』
「わかっとってくれとるみたいで良かったわ。服はちょいかしこまっとるからそんな着る機会あらへんかもしれんけどアクセサリーと靴と鞄は普段使いも出来るし、使ったってや」
『うん、本当にありがとう』
「ほんでこれからも仲良うしてな」
『それは勿論。あ、でもプレゼントくれたからとかじゃないからね。忍足とは趣味も合うし一緒にいて楽しいからだよ』
「そんなんわかっとるで」


忍足の運転する車でどこかへと向かう。時刻はもう夕方を過ぎているのだけど、どこへ向かうのだろう?目的地を聞いても笑って誤魔化されてしまった。
しゃらんとブレスレットが揺れる。派手過ぎず、私好みの装飾が施されている。耳には揃いのイヤリングが揺れて、それだけで楽しくなる。多分忍足の思惑通りの展開なのだろうけどもうそれも気にならなかった。


『お寿司?』
「好きやったろ?」
『うん、お寿司は大好き』
「俺も好きやねんな、特に今日は寿司を食うて決めとる。せやから付き合うてや」
『別にそれはいいけど、今日って何かあった?』
「ええから行くで」


戸惑う私を横目に忍足が行ってしまうので、気になりながらも後を付いていくしかなかった。


「へいらっしゃい!あぁ、忍足さんようやく彼女を連れてきてくださいましたか」
「まだそんなんとちゃうけどな」
「そんなこと言って、 女性を連れてきたのは初めてじゃないですか。しかも今日でしょう?」
「相変わらず詮索好きやなぁ、今日も旨い寿司楽しみにしとるで大将」
「そりゃもう色々用意してありますよ!」


通されるがまま、カウンターの一番良い席へと並んで座る。大将の言ってることが正しいのならやっぱり今日何かあるんだよね。今日って忍足にとってどんな日なんだろう?気になって仕方無い。
大将に勧められるままお任せで握ってもらったお寿司はどれも本当に美味しかった。


「椎名、また春にもここに来ような」
『いいよ』
「あっさりでしたねぇ」
『何かあった?』
「サゴシキズシ作ってもらえることになったんや。椎名と一緒ならええって大将が言うたから」
『さごしきずし?』
「サゴシってのはサワラの幼魚でしてねぇ。忍足さんがずっと食べたいと仰ってたんですよ」
「また春に来よな?」
『うん、私で良ければいいよ。大将のお寿司美味しいし。忍足はそのサゴシキズシってのが好きなの?』
「一番好きやねん、せやけどこっちには握ってくれる寿司屋がなくてなぁ」
「酢飯を使わん生寿司を握る店は東京にはないですよって伝えたんですけど、忍足さんなかなか諦めなくてねぇ」
「大将が先に言い出したんやろ。賭けに勝てたらええよって」
『賭け?まさか』
「賭けに勝つために連れて来たんとちゃうで。まぁ結果的にそうなるってだけでまだ完全に勝てたんとはちゃうし」
「でも勝てる見込みはあるんですよね?」
「せやから連れて来たんやけどなぁ、まだこればっかりはわからへん」
『何がなんだかわからないんだけど』
「まぁそのうちわかるわ」
「まぁまぁ、これからもお二人で通ってくださいよ」


意味はさっぱりわからなかったけど、サゴシキズシを食べたいがためにこんな手のかかるようなことをしたわけではなさそうだ。
もしそうであっても私にはマイナスは無さそうなのにサゴシキズシを食べたいがために利用されるのはなんだか面白くなかった。


『御馳走様でした』
「付き合うてくれておおきに」
『ねぇ、何で今日だったの?そろそろ教えてくれてもいいでしょ?』
「あーそこまだ気になっとったん?」
『だって大将だって言ってたし』
「せやなぁ」


帰りの車内の中で忍足にずっと気に掛かってたことを思いきって問いかける。散々今日ってワードを出してたんだからそろそろ聞いても良いはずだ。じゃないと眠れそうにもない。
じっと運転する忍足の横顔を観察すると横目でちらりとこっちを見て笑った。


「そない怖い顔せんでもええやろ」
『だって気になるよ』
「今日な、誕生日やったん」
『は?え、もしかして忍足の?』
「せやねん、去年までは一人で大将んとこ行っとったんやけど行くたびに寂しいやつ認定されてなぁ。敵わんやろ?椎名をいつか連れてったろとは思っとったんやけど」
『ちょっと待って、私忍足の誕生日知らなかったんだけど!』
「聞かれてへんし」
『自分の誕生日に私にプレゼントして夕飯奢るとか!教えてくれたら私が出したのに!』


誕生日とか全然知らないよ?私も自分の誕生日忍足に教えてないけど、せめて当日くらいは先に教えてほしかった。


「気にせんといて。俺好みの服着せて寿司屋に付き合うてくれただけで充分や」
『欲が無さすぎじゃない?』
「そんなことないで、これから椎名は俺のプレゼントしたもん見るたびに思い出すやろ?これかて独占欲みたいなもんやろ」
『そんなもの?』
「ほんで椎名の頭ん中から俺が離れられんくなればええとは思っとる」
『あぁ、そうだねぇ。まんまと策に嵌まってるとは思う』
「お姫様にもなれたしな」
『まさかのあのタイミングだしね』
「俺は魔法使いにも王子様にもなれへんけど椎名のことお姫様にはしてやれるで」
『忍足って詐欺師向いてそうだよね』
「何でや、それに俺より向いとるやつ他におる」
『そうなの?』
「テニスしとった時の知り合いに一人おるわ」
『へぇ。あ、誕生日おめでとう忍足』
「おおきに。そんで俺への返事は?」
『もう既に忍足のお姫様みたいじゃない?』
「せやったわ」


ここまでしてもらって忍足の告白を断る理由なんて見付からなかった。身に付けたもの下着以外全て忍足チョイスなんだもん。
それにこんな風に乗せられた自分がまったく嫌じゃない。
来年の春のサゴシキズシは私が忍足に奢ってあげよう。それくらいは受け入れてくれるだろう。


誰そ彼様より
侑士誕生日おめでとう!間に合った!間に合ったよヽ(;▽;)ノ
2019/10/15

お姫様に魔法はいらない

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