景吾との出逢いは私が中学一年生の時だった。あの頃の私は両親に甘やかされワガママ放題で、全てが自分の思い通りになると信じてた。
そんな時に参加したパーティーで景吾と出逢ったのだ。


大人ばかりの退屈なパーティー。私の相手をしてくれる人なんていない。居たとしても父親に媚びを売るために近付いてくる人ばかりで暇を持て余していた。
重たいドレスを引きずり、会場をあちこち探検する。その会場には二階に繋がる豪華な階段があって二階を探索して一階へ降りる時だった。気を付けていたはずなのにあろうことかドレスの裾を踏んづけたのだ。咄嗟に手摺を掴んで体は無事だったものの片足のパンプスが脱げて盛大に転がり落ちていった。
当然大きな声も出てたから注目の的だ。大勢の大人がそんな私を遠巻きに見ている。誰も何も言ってくれなくて、それが恥ずかしさを加速させ泣きたくなった。そんな時だ。


「貴女の落とした靴はこれであってますか?お嬢さん?」


私を遠巻きに見ている大人達の間を潜り抜けて景吾が颯爽とやってきた。パンプスを拾い私がいる場所まで上ってくると跪く。
何も言えなくてただ頷けばスマートにパンプスを履かせてくれた。まるでシンデレラみたいだ。
景吾はそのまま私の手をとってバルコニーまで連れ出してくれた。大人達も口々に景吾を褒めて何事もなかったかのように雰囲気が元に戻る。私は突然現れた王子様に興味津々だった。


「ガキが慣れないドレス着て階段なんか上がるんじゃねぇ」
『へ?』
「ドレスを着ての階段は上りより下りが難しいんだ。お前も良いとこのレディなら練習しとくんだな」


私の景吾への憧れはバルコニーに出て僅か数十秒で崩れさった。お礼を言って名前を聞こうと思ってたのにその気持ちが台無しだ。
ワガママ放題だった私はそんな景吾を容赦無く責めて、あえなく返り討ちにあった。


『せっかくお婿さんにしてあげようと思ったのに!』
「アーン?てめえみたいなガキ誰が相手するか」
『名前くらい教えなさいよ』
「人に名前を聞くときはまず自分から名乗れって教わらなかったのか?」
『…凛、椎名凛』
「あぁ、お前がそうだったのか」
『ちゃんと名乗ったんだから教えてよ』
「跡部景吾。今日のパーティーの主催の家のことくらい勉強しとけガキ」


名前を聞いて愕然とした。跡部ってあの跡部なんだろうか?多分間違ってないだろう。日本人なら一度は聞いたことのある会社の名前だ。
呆然とする私を鼻で笑って景吾はパーティーへと戻っていった。
私が中学一年生、景吾が高校三年生の時のことだ。


あれから五年が経って私は今景吾の隣にいる。
元々私達の婚約はかなり前から決まっていたらしい。それこそ私が産まれた時には既に決まっていた。
後から聞いた話だけどあのパーティーも実際のところ景吾との顔合わせだったらしい。そんなこと私はまったく知らされていなかった。けど大人達の思惑通りあのパーティーがきっかけで景吾に興味を持ったんだった。


『景吾』
「アーン?」
『誕生日何が欲しい?』
「欲しいものなんざ何もねえな」
『またそう言ってー』
「だが事実だ。欲しいものは手に入る。俺が手に入れられなかったものなんざ…一つもねえよ」


景吾の誕生日パーティーで私達の婚約披露をすることになっている。
その関係で景吾は日本に帰ってきていた。大学を卒業すると同時に仕事の関係であちこち飛び回ってるのだ。日本にいるのは年の半分もない。
私はまだ高校生だし一緒には付いていけないから何か景吾の欲しいものをプレゼントしてあげたかったのに。


「凛、お前は何か困ってねえか?」
『何にもないよ。みんな良くしてくれるし』
「なら問題ねえな」
『うん、ここ凄く居心地良いから』


家に慣れるために高校入学と共にここに住んでいる。
四月から景吾が居ないことの方が多くて最初は寂しかったけどそれにも慣れて今はのびのび過ごせてると思う。ミカエルもいるし海外にいる景吾から頻繁にプレゼントが届いたりするからだろう。
連絡すら出来ないことが多いからと定期的にプレゼントとメッセージカードが届くのだ。寂しくないと言ったら嘘になるけどなんとかやれていた。
ふとさっきの景吾の台詞を思い出す。何かが引っ掛かった気がする。
カウチソファで寛いでる景吾に後ろからくっついてぼんやりと考える。なんだ?何が気になったんだ?


(欲しいものは手に入る。俺が手に入れられなかったものなんざ…一つもねえよ)


あ、ここか。この台詞が引っ掛かったのか。
何で景吾はここで間を取ったのだろう?そしてその後に話を変えた。気になったら聞かずにはいられない。私の堪え性のないところはいくつになっても変わらないみたいだ。


『景吾』
「なんだ」
『一つだけ手に入らなかったものあるんじゃないの』
「急にどうしたんだ」
『だってさっき』
「俺様が手に入れられなかったものなんざ一つもない。そう言ったはずだが」
『でも』
「くどい。ガキはそろそろ寝る時間だ」
『景吾は?』
「これからイギリス支社とテレビ会議がある」
『一緒に』
「駄目だ、遊びじゃねぇ。さっさと寝ろ凛」
『ケチ』
「お前の語彙はちっとも増えねえな」


一緒に寝れる機会なんて最近は滅多にないのに冷たい。拗ねたようにぽつりと漏れた一言を鼻で笑う。それからやんわりと私の腕を引き剥がして景吾が振り向いた。頬にそっとおやすみのキスが落とされる。


「さっさと寝ろ、明日も寝坊するなよ」
『一人で毎日起きてるし!』
「そこは成長したな」


気にはなったものの、これ以上聞いても教えてもらえないだろうからおとなしく引き下がることにした。起こしてもらってたのはこの家に来てから半年くらいの間だけだ。家に慣れてからはちゃんと起きてるのに二年も前のことを持ち出すとか酷い。
誰に聞いたら教えてくれるだろうか?景吾の欲しかったものってなんだろう?ぼんやりと数人思い浮かべてから眠りについた。


『今日は樺地が運転手?』
「ウス」
『景吾はいいの?』
「今日は家で明日の準備です」
『あ、そっか。明日が景吾の誕生日だ』


ってことは今日中に景吾の欲しかったもの突き止めないといけないんだ!何でもっと早く聞いておかなかったの私の馬鹿!
…昨日帰ってきた景吾が悪い、うん。絶対にそれが原因だ。
小学生からの付き合いの樺地なら何か知ってるかもしれない。昨日の候補にも上がったし、ちょうどいいから聞いてみよう。


『ねぇ樺地』
「ウス」
『景吾がたった一つだけ手に入れられなかったものってなんだと思う?』
「…跡部さんに手に入れられないものなどありません」
『昨日景吾もそうやって言ってたけどさ、何か気になるんだよね』
「少なくとも今はありません」
『昔はあったってこと?』
「…これ以上は何も話せないです」
『えぇ!気になるよ樺地!』


学校に着くまであれこれ粘ったけれど、この話題に関してはもう何にも返事をくれなかった。
樺地のケチ。今はなくて昔はあったって何だろう?景吾は何が欲しかったんだろう?昔ってことはきっとここ数年の話じゃない。てことは私と出逢った時かその前だ。そうなると全然わからなからなかった。
景吾の学友を何人か思い浮かべる。誰なら知ってるだろうか?そして誰なら答えを教えてくれるだろうか?


「お前そんなくだらない理由で電話してきたのか」
『お仕事中にすみません。他に捕まらなくて』
「チッ、電話に出たのが間違いだった」


電話の向こうで日吉さんが顔を顰めてるのが容易に想像出来る。他に適役がいなかったのだ、忍足さんは仕事中だとプライベートの電話出ないし。昼休みに電話したんだから日吉さんも昼休みでしょう?


『で、日吉さんは知ってるんですか?』
「想像はつく、がお前それ知ってどうするんだ」
『私にどうにか出来ないかなって』
「無理だな」
『絶対に?』
「あぁ、絶対に無理だ。お前だけじゃなくて誰にも出来ない」
『えぇ。とりあえず教えてくださいよ』
「嫌だね」
『じゃあ誰なら教えてくれるのさ』
「越前にでも聞け」
『えちぜん?』
「あぁ、お前は知らなかったな。プロのテニスプレイヤー越前リョーマだ。俺が言ったって言うなよ」
『連絡先は?』
「知るか、自分で調べるんだな。それくらい可能だろ」


ブチりと通話が切れた。確かに可能だけど日吉さんが知ってるなら教えてくれればいいのにケチ。そのままミカエルに電話して越前さんの連絡先を教えてもらう。口止めを忘れたけど、ミカエルならば空気を読んでくれるだろう。


「はい」
『あの越前さんですか?』
「そうだけど、誰?こんな時間に電話してきて迷惑なんだけど」
『私、跡部景吾の婚約者の椎名と申します。一つ聞きたいことがありまして』
「へぇ、跡部さんの婚約者」


数十回のコールの後に電話は繋がった。眠そうな声からしてどうやら越前さんは海外に住んでるらしい。日吉さんに聞いたことは黙って早速聞きたかったことを説明する。


「ふーん」
『それで越前さんなら教えてくれるって聞いたので』
「氷帝の人間は教えてくれないかもね」
『そうなんですか?』
「跡部さんがテニスしてたのは知ってるんでしょ?」
『なんとなくは』
「全国制覇なんじゃない?」
『……ぜんこくせいは?』
「多分ね。と言うか跡部さんはいつこっちの世界に来るのさ。本当に諦めたわけ?」
『え?』
「俺は跡部さんこっち側の人間だと思ってた。じゃ寝るから」
『あ!ちょっと待っ』


私の制止も虚しく通話はまたもや一方的に切れてしまった。景吾もよくこうやって通話を切るからなぁ。大人には標準装備なんだろうか?
全国制覇、そうか確かに日吉さんの言うようにこればかりは私にはどうすることも出来ない。
過ぎ去った過去には戻れないのだから。
景吾は越前さんの言うようにプロのテニスプレイヤーになりたかったのだろうか?
そこら辺ちゃんと聞いてみたことはなかった。
けどプロになれる程の実力があったことは誰かから聞いたことがある。忍足さんかな?樺地だったかもしれない。
私は付き合ったことがないけど今でも空いた時間にテニスを趣味でやってるとミカエルも言ってたし。
その上で私が出来ることって何だろう?学校にいる間そのことばかり考えた。


『お迎えはミカエルなんだね』
「樺地は坊っちゃんと最終の打ち合わせに入りましたので」
『ねぇミカエル、景吾の明後日の予定なんだけど』
「明後日は一日オフでございますよ。凛様のために空けたのだと思います」
『そっか』
「何かございました?」
『あのね、ミカエルにしか頼めないお願いがあるんだけどいいかな?』
「そんな風に頼まれましたら断るわけにはいかないですね」
『じゃああのね────』
「良いのですか?」
『うん、景吾に喜んでほしいから。でも難しいかな?』
「いいえ、可能でございますよ」
『ありがとう』


さすがミカエルだ。よしこれで準備は整った。後は私の覚悟だけだ。景吾は何て言うだろう?私の提案を鼻で笑うかもしれない。それでも景吾のために出来ることを全力でやってみたかった。


「お前何考えてやがる凛!」
『集めれるだけミカエルに集めてもらったの。景吾のライバル達。忍足さん達は昨日の誕生日パーティーに参加してたからそのままこっそり近くのホテルに泊まってもらった』
「お前のために無理に予定を空けたんだぞ」
『うん、それはありがとう嬉しいよ。でも私も景吾に喜んでほしかったからミカエルと考えたの』
「手塚や越前切原までいるのはそういうことか」
『本気のテニス楽しめるよね?』
「俺はいつだって本気だ馬鹿」


いつもより早起きをして景吾を起こすと所有するテニスコートへと連れてきた。
予定通りそこには沢山の人が並んでいる。
私の額を小突いたものの嬉しそうな表情をしているのは見間違いじゃない。


『後ね、私も経営学を学ぶ』
「戯れにやれるほど甘くねぇ」
『うん、知ってるよ』
「なんだ急に」
『今からでも遅くないんじゃない?最後にチャレンジしてもいいんじゃないの?景吾の代わりは無理だけど私が景吾が引退するまでやるよ。…樺地にも手伝ってもらわなきゃいけないけど』
「甘くねぇって言っただろ」
『わかってるよ。帝王学も勉強する。大学に行く暇ないから大急ぎで卒業までにやる』
「お爺様を説得出来ると思ってんのか」
『うん』
「ハッ!じゃあやってみるんだな」


コツンと景吾が持ってたラケットを私の頭に当てる。険しい道のりなのはわかってるけどさ、お爺様もお義父様もお義母様も多分びっくりしちゃうだろうし。それでもチャンスがあるのなら頑張ってほしい。
全国制覇はもう手に入らないけど、プロテニスプレイヤーの夢まで諦めてほしくないよ。


それから景吾がテニスを楽しんでる間、私はお爺様に直談判をしに向かう。時間は有限、のんびりしている時間はない。


「あの甘ったれだったお前さんがな」
『駄目でしょうか?』
「甘くはないぞ」
『わかってます』
「ふむ、ならば四年やろう。お前はイギリスに行き経営学を学ぶ。その間景吾はテニスをやるといい。だが四年後、お前に才がなかったら即景吾には家に戻ってもらう」
『え、四年もいいんですか?』
「互いに離れ離れのお前達が頑張れるか見物だ」
『お爺様ありがとうございます!』
「今からでも今期に間に合うがどうする?」
『勿論!行きます!』
「成長したものだ」


頭ごなしに否定されるかと思ったらお爺様は真剣に話を聞いてくれた。お爺様の真顔程怖いものはないけど、真摯にお願いをしたら通った。
その足でミカエルを連れてイギリスへと飛び立った。


四年の月日が経過する。景吾が学ぶはずだった経営学はかなり難解で厳しい生活が続いた。ミカエルや後から合流した樺地の手を借りて必死に努力した。景吾とは一度も連絡を取ることはなかった。互いに必死でそれどころじゃなかったんだと思う。


「立派になられましてミカエルも感無量でございます」
『景吾に付いていたかったと思うのに長いことごめんねミカエル』
「いいえ、凛様の側にいるのが坊っちゃんのためになりますので」
『それなら良かった』
「今日のお召し物は坊っちゃんからのプレゼントにございます」
『え、着れるかな?』
「お写真は御送りしてましたので大丈夫かと」
『ミカエルさすがだね』
「お褒めいただき光栄です」


この四年の努力は無駄にならなかった。お爺様がついに認めてくださったのだ。
今日がそのお披露目のパーティー。イギリスで主催するから景吾も来てくれるのだ。
四年ぶりの景吾に会うのは少しだけ緊張する。


皮肉にも今日のパーティー会場にはあの時と同じ二階へ続く階段があった。
私はその二階からの登場となる。これでドレスを踏んづけたら洒落にならない。だと言うのに景吾から贈られたドレスは裾を気にしなくてはいけない形状だった。
ここで私が躓いたらパーティーは台無しだ。


『ミカエルどうしよう今更怖くなってきた』
「何を仰います、さぁ皆様お待ちかねですよ。凛様ならば大丈夫です。景吾坊っちゃんが選んだ方なのですから」
『え?』
「さぁどうぞ」


ミカエルの言葉に気が抜けた。選んだって何?そう聞きたかったのに扉を開かれて二階へと送り出される。私と景吾の婚約は昔から決まってたんじゃないんだろうか?気になるも足はパーティー会場へと踏み出してしまった。
二階部分から一階に大勢の人達が見えた、まだ誰も私には気付いていない。


「凛」
『…景吾』
「なかなか様になってるじゃねぇか」
『どうして』
「どうしてって俺がお前を迎えに来るのは決定事項だろ」
『そっか』
「なんだ、俺がここにいるのが不満か?」
『そんなんじゃないけど、ここじゃ飛び付くことも出来ないし』
「ったく、変わらねえなお前は」


階下のことばかり気にしていて目の前に景吾が現れるまで気付かなかった。嬉しく思わないはずがない。けど場が場なのでぐっと欲を自制した。だと言うのに景吾はそんな私を笑う。この笑い方も出逢った頃と何も変わらない。


『ちゃんと追い付いたよ景吾。どこからどう見てもレディでしょう?』
「自分で言ったら台無しだ。が、まぁ及第点はやろうじゃねーの」
『手厳しい』
「俺様が選んだ女だ。常に努力しろ、ここまで来れたんだからこれからも出来るだろ」
『選んだって私知らないけど』
「俺様の嫁候補は一人じゃなかっただけだ。結果的にお前が選ばれた。ただそれだけの話だ」
『ちぇ』
「顔に出てるぞ凛。ほら階段から落ちねぇようにエスコートしてやるから笑え」
『一人でも大丈夫だったし』
「どうだかな」


またそうやって小馬鹿にしたように笑って。今そんな風に私を子供扱い出来るの景吾だけなんだからね。余所行きの表情を繕って差し出された景吾の手を取る。


『誕生日おめでとう。これからもテニス頑張ってね』
「あぁ、お前も家の名に恥の無いように努めるように。まぁさほど心配してないがな」
『お爺様に認められたんだからそこは大丈夫です』


誰そ彼様より
跡部様誕生日おめでとうございます!お祝いできて良かったです!
2019/10/04

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