蝉の声も聞こえなくなりつつある九月の頭、モデル仲間に誘われて戯れに参加した合コンに勝之はいた。
おかげで「今日は絶対ハズレ無しだから!」と友人が言ってた意味が直ぐに理解出来た。相手がプロ野球選手ならば職業だけでもハズレ無しだろう。
他の人達がモデル仲間と盛り上がる中、勝之は一人興味無さげにしている。
それでも私が名乗った時には僅かに驚いた素振りを見せた。見ただけでは気付けなかったらしい。


「お前こんなとこで何してんだ」
『勝之こそ』
「俺は断れなかっただけだ」


合コンの終盤、トイレへと席を立って個室へと戻る途中に勝之が一人不機嫌そうに佇んでいた。
会うのは数年ぶりだと言うのに話し方は昔とさほど変わらない。
元カノへの第一声がそれってどうなの?そんなんだから早々に友人達から「ナシ」って判断されるんだよ。


『私も同じ。断れなかっただけだよ』
「ならさっさと帰れ」
『は?』
「もう充分付き合っただろ。帰るぞ」
『え、正気?』
「俺が冗談でこんなこと言うと思ってるのか?」


眉を吊り上げてさも不快だと言うかの如く吐き捨てる。
慣れない場所に連れて来られて機嫌が悪いのはわかるけど、私に当たらないでほしい。


『まだお酒飲み足りないし嫌だよ』
「チッ」
『え?』
「酒が飲めればいいんだろ?行くぞ」


久しぶりに会ったと言うのにいきなり帰れだなんて失礼だよ。そういう気持ちも込めて拒否したら腕を引かれてそのままお店から連れ出された。久しぶりに会うのに強引過ぎる。
出たところでなんとかその手を振り払う。


『いきなり何なの!』
「店前で怒鳴るなよ。迷惑だぞ」
『勝之が強引だから悪いんでしょ!』
「チッ、とにかく行くぞ」


そのままタクシーに押し込まれて強制的に合コンから離脱させられた。車内には沈黙が広がっている。勝之が行き先を冷たく言い放ったせいで運転手までもが無言だ。


『ここ何』
「うちのマンションのバーラウンジ」
『はぁ?』
「酒が飲めればいいんだろ」
『馬鹿じゃないの』
「好きなの頼め」


タワーマンションの前へとタクシーが到着し、まさか部屋に連れてかれるのかと身構えたら違った。最上階にあるお洒落なバーラウンジへと連れて来られたのだ。


「せっかく連れてきてやったのに頼まないのかよ」
『飲みます。飲めばいいんでしょ!この赤ワインボトルで』
「頼んだからには責任持って全部飲めよ」
『当たり前でしょ』


ボトルでと告げた私を勝之は鼻で笑う。その笑い方も昔と全然変わらなくてムカついた。
どうしてこんなことになってるのだろう?全然意味がわからない。帰りたければ一人で帰れば良かったはずだ。


『何で私まで連れ出したのさ。一人で帰れば良かったでしょう?』
「二人の方が都合良かっただけだ」
『あぁ、そういうことね』


どうりでモデル仲間達から何も連絡が来ないわけだ。二人で抜け出したと思われてたら邪魔は入らないだろう。つまり私は勝之が合コンから体よく抜け出すための駒に過ぎなかったってことですね。ムカムカが加速してお酒を飲むペースも速くなる。


「あまり飲み過ぎると帰れなくなるぞ」
『勝之には関係無いでしょ?』
「お前相変わらず可愛げがないな」
『勝之に言われたくないし』
「男に可愛げなんて必要ないだろ」
『そういう意味で言ってない』


勝之とは高校を卒業して一年も経たずに別れた。よくある自然消滅ってやつだ。お互いの生活が忙しくて会う頻度も減ってそのまま連絡を取ることを止めた。
私も自分の生活が忙しくてそれも仕方無いことだと割り切ってた。引きずったりもしなかったと思う。
なのにいざこうして再会すると思い出すのは付き合ってた時のことばかり。
もっと余裕を持って今のことを話したり聞いたりした方が大人の女性としては良いのだろうけど、どうしてもそれが出来なかった。
アルコールのせいなのかもしれない。そういうのもあって余計に飲むペースは速くなっていく。


「おい」
『は?何?』
「飲み過ぎだ」
『勝之に言われる筋合い無いでしょ?自分が帰りたいからって元カノ利用してさ、サイテー』
「凛」
『名前で呼んだからって私が言うこと聞くと思わないでよ。バーカバーカ』
「酒癖悪すぎだろ」


隣から立ち上がる気配がしてそれと同時に自分も立たされた。またそうやって強引にするんだから。抵抗しようにも酔いが回ってるせいでふらふらと足元がおぼつかない。


『勝手に帰るから放っておいてってば』
「俺が悪かった」
『今更謝ったって知らないんだからね』
「知らなくていいからとにかく行くぞ。ここで潰れたら迷惑だろ」


勝之が私の腰を支えて歩くように促される。抵抗したいのに体に力が入りきらなくてそのままバーラウンジから出ることになった。
そこから記憶がぷっつり途絶えた。


ふわふわとした心地好さに包まれている。
誰かに耳元で名前を呼ばれてそれがくすぐったくも気持ち良い。
ぼやけていた視界が次第に鮮明になると目の前に勝之の顔があった。あれ、これは夢?
いつもの不機嫌な顔じゃなくて穏やかな表情をしている。あぁ昔もたまにこんな表情をしてたなぁ。この眼差しは私だけのものだった。懐かしくて頬に触れようとすればその手が掴まれる。


『かつ、ゆき?』
「煽ったのはお前だからな」


なんのこと?そう問い掛けたかったのに言葉は突然の口付けによって遮られた。おかげで一気に意識が覚醒する。え?何で私勝之にキスされてるの!?
口を塞がれて抗議をしようにも出来ない。抵抗しようと勝之の胸板を押し返すもびくともしなかった。今気付いたけど何で上半身裸なの!?


『ん、…んはっんむ』


キスの嵐は止まず、顔を逸らそうにも顎を掴まれて固定されてしまった。
こんなキスするような人じゃなかったのに。
と言うかこんなに長いキスを過去に勝之としたことはなかった。こんなの、全然知らない。
次第に深くなっていく口付けに身体は火照り蕩けてしまいそうだ。そのキスは私から抵抗する気力を奪っていく。
アルコールのせいなのか、キスが原因なのか私は結局勝之を受け入れたのだった。


起きたら勝之は居なかった。ふらふらと寝室からリビングらしき場所へと行くとテーブルに一枚のメモが置いてある。


──寝すぎだバカ、ホームで試合、夕飯作って待ってろ、鍵は玄関


手に取ればそれだけのことが見慣れた字で書かれている。懐かしい、やっぱり筆跡はそう簡単に変わらないんだなぁ。
変わってしまうところもあれば変わらないところもある。懐かしくて笑ってしまうも昨晩のことを思い出して途端に恥ずかしくなった。
あんな勝之は知らない。あんな風に抱かれたことなんてなかった。
思い出すだけで身体が熱くなるのは気のせいなんかじゃない。


とりあえずお風呂に入ろうと洗面所を探すことにした。お風呂に関してのことは書かれてなかったけどまぁ勝之だし勝手に借りても大丈夫だろう。
熱いシャワーを浴びて湯船に浸かりながら昨晩の反省会をする。
酔ってたとは言え、付き合ってもない人とヤるだなんて普段の私なら絶対にしない。
そもそも勝之が強引にタワーマンションまで連れて来たのが原因だ。
と言うことは昨日の私に落ち度は無かった。うん、大丈夫。事故みたいなものだ、気にすることでもない。そう言い聞かせて自分を落ち着かせる。


一晩泊まらせてもらったお礼も兼ねて夕飯は作ってあげた。最近はあまり凝った料理をすることもなくてなんだかとても楽しかったような気がする。
けれど待ってるかどうかはギリギリまで悩んだ。おとなしく待っていて果たしていいのだろうか?勝之が待ってろって書いたってことは待っててもいいんだろうけど、それはそれで何か悔しかったのだ。
そうやって悩んでるうちに試合が終わって数時間もせずに勝之が帰ってきてしまった。


『おかえり』
「あぁ」


ソファに座ってぼんやりテレビを観ていたらリビングの扉が開く音がして振り返ると勝之がいる。


『普通そこはただいまじゃないの?』
「本当に待ってるとは思ってなかった」
『…え』


まさかあの待ってろは単なる社交辞令だったのだろうか?この反応はそんな風に見える。急激に恥ずかしさが込み上げて反射的に立ち上がった。私馬鹿みたいだ、何やってるんだろ。


『ごめん』
「いや」
『帰るね私』
「おい凛」
『待ってろを鵜呑みにしてごめん』


スマホとハンドバッグがあれば帰れる。荷物を持って未だにリビングの扉から動かない勝之の隣をすり抜けようとした時だ。すっと腕が伸びてきて私を捕まえる。避けれるわけもなく手を引かれ私は勝之の腕の中にいた。


『何してるの』
「そういう意味じゃない」
『だったらどういう意味』
「わかるだろ」


息が止まりそうなくらいキツく抱きしめられる。急に何を言い出すんだろう。全然意味が理解出来そうにもない。


『勝之止め』
「止めない」
『何で』
「そんなの決まってるだろ」


急展開過ぎて私の頭は現状に追い付けない。決まってるってどういうことなの?そんなの言ってくれなきゃわからないよ。
腕の力が緩むと同時に顎を上に向かされてキスが落ちてきた。昨日とは違う触れるだけの優しいキスだ。拒もうと思えば拒めたのに何故かそれが出来なかった。勝之の行動がわからなくて混乱してたせいなのかもしれない。
そうなったらもうなし崩しで昨日の二の舞だ。
アルコールの入っていない身体は隅々まで勝之の存在を刻みこむのだった。


『どうして』
「お前は逆に俺に何て言ってほしいんだ?」
『何でこんなこと…女には困ってないでしょ?』
「相変わらず馬鹿だなお前」
『はぁ?』


都合の良い女扱いはされたくなかった。かと言って自分から彼女にしてだなんてもっと言いたくない。けれどあやふやな関係にもされたくなくて、我慢出来ずに問い掛けた。
ベッドに寝そべったまま隣の勝之を見ると眉間に皺を寄せている。


「あの鍵お前にやるから」
『は?』
「それで判断すればいい」
『それズルくない?』
「何とでも」
『入り浸るよ。他の女の影あったら容赦なくマスコミに流すよ』
「好きにしろ」
『馬鹿じゃないの、たった一言言えば済む話でしょ?』
「お互い様だ」


そんなこと言われても…今更勝之のことを好きだなんて思ったとしても口に出すのは無理だ。そんな気恥ずかしいこと言えるわけがない。
けれど再び繋がったこの縁を自分から手放すなんてもう出来そうにもなかった。


『別れる前もこうやって行動してくれたら良かったのに』
「あの時もお互い様だろ。お前だって仕事に夢中で連絡してこなかったし」
『…それはそうだけど』
「寝るぞ、明日からしばらく居ないから」
『どこ行くの』
「名古屋で三連戦」
『わかった』


もう二度と会うことがないと思ってた。
それが何の悪戯なのかこうやって繋がって昔みたいに隣に勝之がいる。
一晩寝ただけの男だと思ってたのに本当に不思議な話だ。
薄明かりの下、既に眠りについた勝之の顔を眺める。肝心なことはお互い言えそうにもないけれど、これからは私も何かある時はちゃんと話そう。だから勝之もちゃんと話してね?


水棲様より
間に、間にあった。ぐちゃぐちゃだね。書き直し案件。
誕生日要素もないし。うん、書き直す。
白河誕生日おめでとう!
2019/09/06

運命ってヤツはいつだって

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