女子にして青城の生徒会長、黒髪メガネ、品行方正、成績優秀。
彼女は欠点なんてないんじゃないかってくらい完璧だ。俺との接点は単なるクラスメイト、ただそれだけだと思ってた。


『及川くん、日直の仕事は?』
「ごめん椎名さん、俺急いでるんだよねー」


日直なのはわかってたけど今日は俺が部室の鍵を持ってる。早く行って鍵を開けないと岩ちゃんに何を言われるかわからない。HRが終わって直行しようと思ったら椎名さんに教室の入口で呼び止められた。
日直は男女二人だし俺が日誌を書かなくても大丈夫でしょ?通せんぼするみたいに俺の前に陣取る椎名さんへと微笑みかける。こうすれば大抵の女子は仕事を代わってくれる。椎名さんがやってくれてもいいんだよ?思いを込めて頬笑むも彼女の表情は無表情だ。むしろこの行動によって眉間に皺が寄ったかもしれない。


『同じ日直の子が体調不良で早退したの知らないの?』
「えっ…あ、そう言えば確かに六限いなかった、ような?」
『だから日誌を書けるのは及川くんだけね』
「いや、あの俺部室の鍵を開けないと」
『日直なのは朝から決まっていたことなのだけど。昼休みにでも鍵を誰かに預けたら良かったんじゃない?』
「うーん、確かに椎名さんの言う通りだね」


どうやら彼女には俺のお願いが全く通らないらしい。影で【アイアンメイデン】と呼ばれるだけのことはある。綺麗な顔してるのに勿体無いよねほんと。岩ちゃんに怒られたくもないけど椎名さんからの心証がこれ以上悪くなるのも嫌だしなぁ。生徒会長から目をつけられたなんて聞いたら岩ちゃん怒るに決まってる。


「じゃあ椎名さんが部室の鍵を開けてきてよ」
『…え?』
「そしたら日直の仕事出来るからさ。後は早退した女の子の分手伝ってくれたら嬉しいかな」
『同じバレー部の人に渡せばいいんじゃなくて?』
「椎名さんと話してるうちにみんな部活行っちゃったよ」
『…わかった。鍵をちょうだい』
「はい、じゃあ宜しくね。開けたら岩ちゃんにでも渡しておいて」
『岩ちゃんとは?…あ、岩泉くんか。じゃあ行ってくるから日直の仕事先にやってて』
「うん、それなら全然大丈夫だよー」


単なるクラスメイトだった彼女と初めて話せたこともあって少しだけ興味が湧いた。もう少し話していたくてお願いをしてみたら鍵を開けに行ってくれるらしい。そっか、このお願いなら通るのか。鍵を開ける椎名さんを見て岩ちゃん達はどんな反応をするかな?それが見られないのは少しだけ残念だ。マッキー辺りはびっくりしてそうだよね。まっつんはどうだろ?岩ちゃんはもしかしたら大して気にしないかもしれない。そんなことを考えながら教卓の上の日誌を回収し自分の席へと戻る。


「授業内容はと、五限の女子って体育何したんだろ?俺達は体育館でバスケだったけど」


日誌を書くなんて久しぶりだ。去年だって今年だって日直で一緒になる女の子が「及川くんは部活行っていいよ。日直の仕事は私がやるから」と代わりにやってくれたから全然やる機会がなかった。俺に日直をやれだなんて言うの椎名さんくらいだよなぁ。五限の女子の体育以外の箇所を埋めていく。


『及川くん日誌書けた?』
「五限の体育って女子は何したの?」
『武道場で創作ダンス』
「へぇ、女子はそういうことするんだ」
『あのさ、私から言うことではないけど及川くんが日直の仕事しないで部活にいく時もあの子は他の男子に体育の内容聞いてるんだよ』
「あー」
『今日だって早退する前に日直のこと気にしてたし』
「だから君が代わりに残ってたってこと?」
『…頼まれたから。だから次回から体育のある日くらい気遣ってあげてね』


へぇ、てっきり日直の仕事をちゃんとしろって言うかと思ったのに意外だ。戻ってきた椎名さんは黒板を綺麗にしている。此方を見ようともせずに会話が続いた。アイアンメイデンって言われるくらいだから頭でっかちで厳しいことばっか言うと思ってたのにね。
俺が急に黙ったのが不思議だったのか彼女がやっと此方を向いた。


『及川くん聞いてる?』
「あぁ、わかった。次からそれくらいするよ」
『日誌は書けたの?』
「そうだね、もう終わったかな」
『じゃあ後は教室を施錠して鍵と日誌を職員室に持っていけば終わりだから』
「え、椎名さん持ってってくれないの!?」
『職員室はそこまで遠くないよ。少し遠回りするだけだし。だから後は宜しくね』


黒板消しをクリーナーで綺麗にすると彼女は荷物を持って教室を出ていった。
意外と優しいとは思ったけどやっぱりそこまで甘くはないのかも。教室を施錠して鍵と日誌を職員室へ持っていってから部活へと向かった。
岩ちゃんに怒られるかと思ったのに結局何も言われなかったのは謎だ。


それからなんとなくアイアンメイデンのことが目に入るようになった。関わる前は(俺と住む世界の違う住人)と思ってたのに一回の関わりが俺の中の彼女への認識を変えていく。


それとなく観察しているの色んなことがわかる。彼女は周りが言うほど冷たくはない。誰に対しても平等で厳しい面もあるけれど、相手に無理を強いたりはしない。事情があれば自分の意見を押し通したりもしない、ちゃんと相手を尊重する。けれど物言いが淡々としていて事実ばかり述べるから苦手意識を持ってる人は多いみたいだった。


「なぁ及川」
「何マッキー」
「こないださ何でアイアンメイデンが鍵持ってきたんだよ。お前ってそんなに仲良かったか?」
「あれ?理由聞かなかったの?」
「あの子に臆せず話し掛けれるの生徒会のメンバーぐらいだと思われる」
「そうそう、松川の言う通りだよなー」


あれから一週間経過したところでマッキーが椎名さんのことを聞いてきた。てっきり彼女に理由を聞いたから聞いてこないと思ったのに。


「及川が日直だったんだと」
「岩ちゃんは聞いたの?」
「あ?鍵を俺に渡せってお前が椎名に言ったんだろが。ボケてんじゃねぇぞ」
「あ、生徒会以外に岩泉も追加で」
「確かに普通に会話してたな」
「逆に話せない理由がわかんねーんだけど」
「岩ちゃんはそういうのあんまり気にしないからね」
「そういうのってなんだよクソ川」


岩ちゃんの中では女子か男子かの違いしかないだろうしなぁ。どんなに着飾っててもどんなに話し方が冷たくても可愛くても不細工でも女子は女子なんだろう。訝しげにこっちを見てるけど説明してもわかってくれないだろうし適当に誤魔化すことにしよう。
そう思うと椎名さんには岩ちゃんみたいな男子がお似合いなのかも。岩ちゃんは彼女のことを近寄りがたいとかそんな風に思わないだろうし、アイアンメイデンと影で呼んだりもしない。あ、でも岩ちゃんと椎名さんが付き合うのは嫌かも。
…今、思い付いたことに嫌だなと感じたのは何故だろう?椎名さんと岩ちゃんが並んで会話をしてるとこを想像してなんだか嫌な気分になった。そりゃ俺なんかより岩ちゃんのが恋愛面においては真面目だろうからその方が良いんだろうけ、…俺いったい何を考えてるのさ。
俺と岩ちゃんを比べるなんてどうかしてる。相手はあの椎名さんだし。


「及川?聞いてんの?」
「早く答えろよクソ川」
「完全にあっちの世界だなー」


急に黙りこんだ俺の背中にまっつんやマッキーの言葉が飛んでくる。でも何て言ってるかは全く頭に入ってこなかった。
岩ちゃんじゃあるまいし何で自分がこう思ったかわからないなんてことはないけど、たった一度話しただけの相手のことを好意的に思うだなんて過去に一度もなくてかなり驚いた。


「岩ちゃん」
「なんだよ、早く着替えねーと置いて帰るぞ」
「俺もしかしたら椎名さんのこと好きなのかも」
「「「は?」」」


俺達四人以外の姿は既になく、岩ちゃんマッキーまっつんの間抜けな声だけが部室に響く。
口に出してしまったらその事実をすんなり受け止めれるような気がした。
まぁ椎名さん綺麗だし、意外と優しいとこあるしある種のギャップ萌みたいなやつだったのかも。ポカンと動きを止める三人を尻目にさくさく着替えを終わらせる。


「よし、岩ちゃん帰ろう!」
「ちょ、待て及川!正気か?」
「やだなマッキー。俺は物凄い大真面目に言ったよ」
「アイアンメイデンと及川か。ま、見た目はお似合いだよな」
「まっつん!見た目だけみたいな感じに言わないでよね!
「いやいや、過去の女とタイプ全く違うだろ」
「彼女居ない時で良かったよね。じゃなきゃどろ沼だったかもだし」
「お前がいいんならいいんじゃねーの」
「さすが岩ちゃん!俺のこと応援してくれるんだね!」
「そこまでは言ってねえよ」


マッキーはまだ驚いてたけど、そんなこと気にしない。俺が好きならそれでいいし。
いつもの帰り道、四人で椎名さんにどうアピールしてくかを話し合う。マッキーとまっつんがふざけて全然参考にならなかったし岩ちゃんは岩ちゃんで意見を求めたら「あ?さっさと当たって砕けてこい」だなんて酷いことを言った。砕けるつもりはないけど相手はあの椎名さんだし、当たるってとこだけは参考にしようと思う。


「てことで、俺と付き合わない?」
『お断りします』
「少しは悩む素振りくらいしてくれたっていいんじゃないのー?」


アイアンメイデンは俺の突然な告白に眉一つ動かさずに淡々と答える。
部活前に生徒会室に寄って告白してみたけれど、大量の書類の整理している彼女は此方を見ようともしない。やっぱり手厳しいなぁ。ここで砕けたら岩ちゃんの言う通りになっちゃうから諦めたりはしないけどさ。


『どういうつもりで言ったの?』
「何が?」
『わざわざ生徒会室にまできて言う冗談にしては手が混んでると思う。と言うか悪趣味』
「俺はね、嘘でこんなこと言わないよ」
『そう。だけどそんなことにうつつを抜かしていていいの?バレー部はインターハイ逃したでしょう?』
「参ったな、生徒会長は手厳しいね」


痛いところを突かれた。逃したくて逃したわけじゃないんだけど。


『努力は認める。相手はあの白鳥沢だし』
「へぇ、椎名さん白鳥沢のこと知ってるんだ」
『直接応援に行ったことはないけど、公式試合は全部観てるから』
「…は?」
『仕事の一環だけどね』
「生徒会長ってそんなこともしなきゃいけないの?」
『そんなことって各部活の活動状況の把握は必要なことでしょう?』


やっと彼女と視線が重なった。さもそれが当たり前かのように答え、驚く俺に対して首を傾げている。マッキー、アイアンメイデンは実はものすごいわかりづらいだけで本当は俺達と大して変わらないのかも。
全部活の活動状況の把握なんて過去の生徒会長はしてないだろう。あまりに驚き過ぎて変な笑いが込み上げてくる。


『何か変なこと言った?』
「や、ますます椎名さんに興味が湧いた、かな」
『そう』
「じゃあそんな生徒会長のために春高バレーは出場しないとだ」
『私とか学校のことは別にして、自分のために頑張って』
「勿論それはわかってるよ。じゃあ予選の応援は直接来てね」
『他に予定がなかったら』
「約束だよ椎名さん」


彼女は答えなかったし俺も返事は求めなかった。書類に視線を戻した彼女を残して部活へと向かう。大多数の人が知らない彼女の一面を知れたみたいで俺は機嫌が良かった。
他の生徒会役員に慕われているだけのことはあるよね。


夏が過ぎてあっという間に秋がやってきた。
生徒会の選挙があって、彼女は生徒会長の座を二年生に譲り一般生徒へと戻る。


「で、そろそろ俺と付き合う気になった?」
『及川くんて意外と諦めの悪い男なんだね』


俺と彼女の関係はあまり変わらない。ただ前より話す回数が増えたくらいだ。それでも前よりは親しげに話せるようになったとは思う。
最初は俺と彼女の組み合わせを興味本意で眺めていたクラスメイト達も今は気にも止めない。


「生徒会引退して暇でしょ凛ちゃん」
『言うほど暇はしてないよ。新生徒会長に助言を求められることもあるし』
「え、新生徒会長って男だよね?」
『そうだけど』
「ダメ、絶対にダメ。お父さんは許してません!」
『いつから私の保護者になったの及川くんは』
「今、今なったし!」
『助言を求められたら答えるのは前生徒会長の義務だと思うけど』
「二人きりなんて絶対にダメだよ凛ちゃん!」
『生徒会室に顔を出すだけだから他にも人はいるけど』
「………」
『………』
「ならいいけど!もうすぐ予選も始まるんだから応援には来てよ!」
『土日なら、いいけど』
「準決勝と決勝は土日だから大丈夫!」


最初は名前呼びに良い顔をしなかった彼女もいつしかそれに慣れてくれた。態度も少しずつ軟化してるとは思う。


「春高バレー決まったら付き合ってよ凛ちゃん」
『及川くんて意外と真面目だよね』
「は?突然何の話?」
『体育館使用の延長の書類を見たんだ。夏より時間延びてるから』


昼休み、昼食を終えて凛ちゃんとのトークタイム。俺の告白をいつものように華麗にスルーして凛ちゃんは会話を続ける。いきなり話を変えられて意味わかんないんだけど。
体育館使用の延長書類は岩ちゃんが出してくれたやつだ。「これで好きなだけサーブ練しやがれ」って言ってた。「ただしどっかおかしくしたらコロす」とも言ってたような気がする。それを思い出して口元が緩む。


「最後だからね。後悔したくないし」
『本当にバレーに対して真っ直ぐなんだね』
「バレーだけじゃなくて凛ちゃんにもだけどね!」
『今良い話をしてたんだけど』
「むしろ凛ちゃんの方が俺以上に真っ直ぐだったでしょ?ものすごいわかりづらかったけどさ。全部活の活動状況把握してるとか凄いことなのに誰も知らなかったじゃん」
『…別に誰かに知ってほしかったわけじゃないし、出来ることをしただけだよ』


バレー部だけじゃなくて他の部活の公式試合網羅してたとかほんと凄いと思うよ。その癖凛ちゃんがそういうことしてるのを知ってるのは生徒会役員くらいだけだったとか不器用過ぎにも程がある。俺の言葉に凛ちゃんは照れたみたいだった。表情の変化はわかりづらいけど、この顔は絶対照れてる。
話せば話すほどもっと凛ちゃんのことが知りたくなる。


「ね、だからいいよね?」
『何の話?』
「もう決めたから。いい加減諦めなよ凛ちゃん」
『及川くんて真面目で真っ直ぐ以上にしつこいんだね』
「俺の新たな一面知れて良かったでしょ?」


満面の笑みで伝えた最後の一言に彼女は溜息を吐くだけで他には何も言わなかった。断りの言葉がなかったイコールイエスってことだよね?そう解釈するからね俺は。


「懐かしいよね、俺と凛ちゃんの馴れ初め」
『そうだね、と言うか本気でこれ流すの?』
「当たり前でしょ!説明するより見てもらった方が早いし!」
『私はいいけどこれを理解してくれる人何人いるんだろ?』
「大丈夫!岩ちゃんはわかってくれるよ!」
『あぁ、岩泉くん。希少な存在だよね』
「ちょ!今更岩ちゃんが良かったとか思ってないよね!?」
『それはないよ。岩泉くんとじゃ始まってすらなかったと思うから』
「ならいいけどさ、マリッジブルーとか止めてよ凛ちゃん」
『マリッジブルー?徹くん相手になる必要を感じないかな』
「ほんと頼りになるお嫁さんだね」
『徹くんこそ』


あれから十年はあっという間に過ぎた。約束は守れなかったけど真っ直ぐに告白を続けた結果卒業式前に凛ちゃんが折れてくれたのだ。
半年後に控えた式の打ち合わせの最中、目の前にはウエディングコーディネーターのお姉さんにこにこ顔で座っている。
俺がここまで一途になれたのは凛ちゃんだったからかもしれない。


「世界で二番目に幸せにしてあげるから」
『一番は自分だからってとこかな』
「さすが凛ちゃん俺のことわかってるよね!」
『いいよ、私が徹くんを世界で一番幸せにしてあげる』


相変わらず言うことが他の女の子とはずれてるような気がするけど、凛ちゃんらしくていいよね。
けどそんなとこも好きだよ凛ちゃん。
マッキーとまっつんも来てくれるかな?トビオにも招待状送ってやろう。


遅れました。及川さん誕生日おめでとう!一風変わった夢主になったかなぁ?一途な及川さんを書きたかったのに!
誕生日おめでとう!イケメンな及川さんが好きです!
2019/07/22

ストレイツグリーン

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