あぁ、まただ。さっきからちらりちらり覗く赤が目の毒にしかならない。
会社の飲み会やっぱり断れば良かったかも。
ネクタイをほどいてシャツの第一ボタンを外した新開さんの首元には毒々しいほど綺麗な赤が残っている。それを同僚に指摘されるも本人は涼しげにただお酒を嗜んでいた。


「椎名サン、さっきからお酒が進んでないみたいだけど大丈夫かい?」
『あ、はい』


新開さんの視線が此方を捉える。見てたのバレたかな?大丈夫かな?そんな心配を押し殺し、なに食わぬ顔で返事をする。


「お前も遊んでばっかいないでもっと真面目に恋愛しろよ新開。椎名もそう思うだろ?」
「オレはいつだって真剣なつもりなんだけどな」
「遊んでばっかじゃねぇか。ほら椎名なんてオススメだぞ。絶対浮気もしそうにないしなぁ」
『えぇと、あはは』
「そうだな、確かに椎名サンなら大丈夫そうだ」


酔っぱらいの戯言だ。他の人相手ならもっと上手いことを言ってかわせたのに新開さんがじっとこっちを見てるから愛想笑いで返すことしか出来ない。どうしてそんな目で此方を見るんですか。あなたは本当は何を求めているんですか。喉まで出かかった言葉を生ビールと一緒に飲み干した。打開するには場の空気を変えるしか選択肢が残されていなかったのだ。


「お、ついに飲む気になったか椎名!」
『はい!すみません!生ビール一つください!』
「大丈夫か?おめさん酒はあんまり強くなかっただろ」
『大丈夫です!たまには飲みます!』
「潰れたら新開に送ってもらえよ。俺は家に可愛い嫁さんが待ってるからなー」


勧められるがままにお酒を飲んだ結果、飲み会が終わる頃にはかなりのグロッキーだった。
あの先輩お酒強すぎ。今度飲み会がある時は絶対に近寄らないでおこう。
居酒屋を出てふらつきそうになる身体を何とか支える。こんな日に高いヒールの靴を履いてきたことを後悔した。


「椎名、行くぞ」
『え?あの新開さ』
「このままだと二次会に連行されかねないからな。おめさん実は結構限界だろ?」
『えぇまぁ、少しだけ』


バランスを崩しそうになった瞬間腕を掴まれて支えられた。誰かと思ったら新開さんだ。
耳元で囁かれた気遣いの言葉に恥ずかしくなった。どうやら虚勢を張ってたのがバレバレだったらしい。そのまま二人で二次会に向かうであろう輪からそっと離れる。腕は新開さんに掴まれたままだ。
集団から離れたところで新開さんがタクシーを止めてくれた。


『あのありがとうございました』
「送ってくよ」
『いやでも』
「いいから」
『すみません』


タクシーに乗り込むと当たり前のように新開さんが隣に座った。これはいったいどういう状況なんだろう?既にタクシーは動き出してしまったので断るわけにもいかない。家の方面を告げてぼんやりした頭で考える。先輩が送れって言ったから付いてきてくれたのかな?アルコールのせいで頭が上手く働かない。結局そのまま意識を手放すことになった。最後に見たのはキラキラしたネオンと窓に写る新開さんの横顔だ。


『…あ、れ?』


ぼんやりしたまま意識が覚醒した。まだアルコールが残ってるのか上手く頭が回転しない。ベッドには寝ているものの多分これは自分の家じゃない。重たい身体をなんとか起こして周りを確認すれば予測通り見慣れない部屋だった。確か新開さんと一緒にタクシーに乗って、それからどうしたんだろう?そのまま寝てしまったような気がする。と言うことはもしかしたらここは新開さんの家なのかもしれない。霞みがかった頭でそこまで推測して、部屋の主の姿を探しても誰もいなかった。寝室の扉が少しだけ開いていて隙間から灯りが見える。もしかしてまだ起きてるのかな?気になって灯りの方へと近付いていく。ゆっくりと寝室の扉を開けばリビングで、ソファに新開さんが座っていた。


「起きたんだな」
『はい』
「おめさん起きなかったからオレの家に連れてきちまった。悪かったな」
『いえ、私こそ寝てしまってすみません』
「まだ寝ててもいいんじゃないか?」
『新開さんは?寝ないんですか?』


何をしてたんだろう?新開さんの手元には一冊の本?もしかしたらあれは本じゃなくてアルバムかもしれない。


「一人じゃ寝られないんだよ、だからおめさんは気にしなくていいさ」
『寝られ、ない?』
「色々あってな」


手元のアルバムらしき物を優しく撫でて新開さんは苦笑する。


『二人なら寝られるんですか?』
「そうなるかな」
『私がいますよ』
「そんなこと軽く口にしちゃダメだぜ椎名」
『新開さんがたまに切なそうに私を見るのは寝られなくなったのと関係ありますか?』
「参ったな、おめさんに気付かれてるとは」


新開さんが私に向ける視線には切なさの中に慈しみを感じることすらあった。だから新開さんが私を通して誰かを見てるのはなんとなく気付いていた。それと同時に首元に赤い痣を散らすようになったのも。それは全部ここ半年のことだ。


『もしかして誰かいなくなっちゃったんですか?』
「あぁ」


聞きたいことは沢山あったのにそれ以上は聞けなかった。踏み込めなかった。
ゆっくりとソファへと近付き新開さんの隣へと座る。


「椎名、オメェはほんと似てるんだ」
『そうですか』
「この子だよ」
『ウサギ?』


新開さんはアルバムを撫でる手を止めてゆっくりと開く。そこには一匹の愛らしいウサギがいた。若い時の新開さんがウサギを抱えている。それに同年代であろう少年達が写っていた。


「笑うだろう?ウサギに似てるなんてな」
『少しだけ…驚きました。でも笑ったりしません。こんな可愛い子に似てると言われるのは少し気恥ずかしいですけど』
「何でだろな?オレも不思議なんだ。けど椎名を初めて見たときからそう思ってた」


てっきり相手は人だと思ってたからアルバムを開いて見せてくれた瞬間かなり驚いた。けれど笑ったりはしない。悲しそうな目をする人を前にそんなこと出来ない。
それからぽつりぽつりと新開さんはウサ吉と言う名前のウサギについて話してくれた。


『とても大切な子だったんですね』
「あぁ、何よりも誰よりも大切だった」


そこまで言うくらいに大切にしていたウサギがいなくなった新開さんの喪失感はいったいどれだけのものなんだろう。私にわかってあげることが果たして可能なんだろうか?随分酔いは醒めてきたけど答えは出なそうだ。


「寿命だったんだ」
『長生きしたんですね』
「あぁ、野生のウサギにしてはかなり長生きしたと思う。けれどなかなか割り切れなくてね」


カランとテーブルの上のロックグラスの氷が音を立てた。そちらに視線をやればブランデーだろうか?あまり詳しくはないけれど琥珀色の液体の入った瓶が置かれている。
新開さんに何か言ってあげた方が良いと思うのに言葉は出てこない。


「会いたいけどオレはもう会えない。突然こんな話をして悪かったな椎名」
『私こそ何も言えなくてすみません』
「いいんだ。オレは君のそんなところが気に入ってるんだから。オレが自分で向き合わないといけないことだしな」
『…』
「さ、そろそろ寝るといい。明日は休みだし起きてから帰ればいいだろう?オレはここにいるから心配しなくてもいいし」
『新開さんは』
「もう少し飲みたい気分なんだ」


部屋の主が起きていると言うのに私がベッドを占領していいものなんだろうか?新開さんは会社の先輩でもある。そんな人を放って一人でなんてとても寝れそうにもない。


『じゃあ私もここにいます』
「そうか」


一緒にお酒を飲むことは出来なさそうだけどせめて隣にいよう。私がいなかったらきっと新開さんは誰かと一緒に寝ることが出来たのだから。私の言葉に新開さんは口元に小さな笑みを浮かべるだけだった。


「椎名、眠そうだな」
『大丈夫、です』
「オレのことは気にしなくていいから」
『イヤです』
「ここで寝ると明日変なところが痛んだりするだろ?」
『寝ません』
「まったく強情なお嬢さんだな」
『う、ひゃ』


静かにお酒を嗜む新開さんの隣にじっと座っていた。黙ってるとだんだん眠くなる。けれど一人で寝るわけにはいかなかった。何とか頑張って堪えていたものの、忍び寄る睡魔には抗えなくてうつらうつらしたところで新開さんが口を開いた。提案を頭を振って拒否すればグラスを置いた新開君さんが溜息混じりに立ち上がる。そのまま肩に担がれて変な声が出た。まさか強行策に出られるなんて予測もしてなかったのだ。


『新開さ』
「後から連れてくのと今から連れてくのも一緒だろ?」


ぽすんとベッドの上に下ろされる。見上げれば新開さんが隣に立ったままだ。


「ゆっくり寝ればいいさ」
『新開さんは?』
「オレはいいよ」
『…新開さんを放って一人でなんて寝れません』
「だからそんなこと軽く口にしたらダメだって言ったろ椎名」
『軽い気持ちで口にしてないです』
「まだお酒が抜けてないんだな」
『ちゃんと意味わかってます』


上半身を起こしてリビングに戻ろうとする新開さんの腕を掴まえた。酔いはもうすっかり醒めた。こどもじゃあるまいし自分が何を言ってるのかもわかってる。それでも声は少しだけ震えた。誤魔化すように新開さんの腕を握る手に力を込める。


「声が震えてるぜ椎名」
『私が出来ることこれくらいしかないんです』
「オレはおめさんにそこまでしてもらおうとは思ってないんだ」
『二人でなら寝られるんですよね?私じゃダメですか?』
「参ったな、この展開は全く予測してなかった」
『ダメ、ですか?』
「…ここまで言わせといて乗らないのは男じゃないよな。本当にいいのか?」
『はい』


新開さんの視線に気付くようになって、女遊びが激しくなったことも噂で耳にした。そうしたらいつの間にか新開さんのことが頭から離れなくなった。あんな風に私を見るのに近付いてすらこない、むしろ業務以外で会話をすることも減った。なのに新開さんは別の女性と関係を持っている。それも一人や二人じゃない。
本当は顔も知らない彼女達が羨ましかったのだ。この逞しい腕に抱かれ新開さんの首元に赤い痣を残す彼女達のことが。
けれど臆病者の私は想うだけで行動出来なかった。新開さんのことは気になるのにどうしても行動に移せなかった。
彼女になりたいだなんて言わない。ただ私も彼女達のようになりたい。


ぎしりとベッドのスプリングの軋む音がする。
新開さんの顔が近付くのに合わせてゆっくりと目を閉じた。


「本当はずっと君が欲しかったんだ」
『え?』
「けどウサ吉の代わりにだなんて失礼だろ?」
『私じゃ代わりにだなんてなれないですよ』
「試してみるかい?」
『…私だって新開さんとずっとこうなりたかったんですよ』
「そうか、それなら良かった」
『眠れそうですか?』
「あぁ、ここにちょうど良さげな抱き枕があるから大丈夫そうだ」
『それなら良かったです』


情事の後、新開さんの胸板を枕に微睡んでいたら信じられない一言が耳に入った。聞き間違えかと思ったのにそうではないらしい。
にやけそうになる表情を引き締めて何でもないかのように振る舞う。こんな意地っ張りな私をウサギに似てるだなんてどうかしている。
頭上から安らかな寝息が聞こえてきたので新開さんの心音を子守唄に私も眠ることにした。


水棲様より
新開さんお誕生日おめでとうございます!書き直し案件かも。なーんか上手く書けなかった(´・ω・`)
2019/07/12

君に会いたい、僕は会えない

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