──ゴール!トップは椎名凛!これで2020東京オリンピック代表はほぼ確実となりました!


「裕介クン、何観てるんだい?」
「陸上っショ」
「へえ、祐介クンが自転車競技以外のスポーツに興味があるなんて意外だな」
「クハ、たまたまな。テレビをつけたらやってた。ただそれだけショ」


椎名はオリンピック当確か。これはオレも負けてらんないショ。
オリンピックで日本に与えられた集団ロードレースの枠は開催国枠の1。1チーム六人がオリンピックの集団ロードレースの代表となれるっつーわけだ。その選考会のためにわざわざ日本へと帰ってきた。


見知った顔があちこちに見える。集団ロード以外にも個人ロード、トラック競技の選考も兼ねてるらしく参加人数が多い。
休憩の合間に合宿所のロビーでテレビを観てたら新開がやってきた。


「彼女日本女子短距離走の救世主って有名だよな。最近テレビでよく見かけるよ」
「そうらしいナ」
「確か出身総北って聞いたけど」
「あぁオレと金城は同い年だ」
「そうか、じゃあ祐介クンも彼女に負けてらんないな」
「周りにスゲェやつばっかいるしなァ。新開は?やっぱスプリントの選考?」
「オレも祐介クンと同じだよ」
「つーことはお前もライバルっつーわけだ」
「クライマーよりスプリンターのが激戦じゃないかな?」


新開の言う通りスプリンターのが大変かもな。クライマーはあいつとオレでほぼ決まりって監督も言ってたショ。
新開がオレの隣に座って二人でテレビを眺めることになった。画面では走り終えた椎名がインタビューに答えている。


──椎名選手、優勝おめでとうございます。これでオリンピック代表はほぼ決まりとなりましたね

──ありがとうございます。まだ決まったわけではないですけど、今日は気持ち良く走れたので良かったです

──まるで背中に羽が生えてるようだと言われていますが

──羽ですか?何の鳥だろう?ハヤブサとかだといいなぁ

──いやいや、天使の羽ですよ

──天使ですか?天使って速いんですかねぇ?


オイオイ、アナウンサーの言いたいことはそうじゃないショ。相変わらずヌケてんなぁ。


──オリンピック楽しみですね

──まだわからないですけど。そうですね、約束していたので決まったら嬉しいです

──約束?それは

──内緒です。応援していただきありがとうございました

──あ!ちょっと!椎名選手!待って!


クハ、アナウンサー泣かせなのも変わんねぇのな。つかやっぱ約束覚えてんのか。お前もオレと同じだな。戯れにした約束だと思ってたのに、結局一瞬たりとも忘れらんなかったあとアイツの約束。


「祐介クン楽しそうだ」
「午後から本格的に選考が始まるからショ」
「オレはテレビを観てたからだと思ったけど」
「…そろそろオレは行くぞ新開」
「うーん、相変わらず手強いね祐介クンは」


選考会が楽しみなのは本当だ。余計なこと考えずに楽しまないとな。オリンピックでまた神奈川を走れるんだ。チーム総北で走ったあの夏のことは今でも全て覚えてる。
新開を置き去りにして午後の選考会の準備に向かうことにした。


椎名とは高校一年の時クラスが同じだった。あん時はそう大して話したことも無かったような気がする。
話すようになったのは二年になってクラスが別になってからだ。


『あ、巻島クンだ』
「…えーと」
『椎名だよ。去年同じクラスだった椎名凛』
「あぁ椎名」
『巻島クンて人の名前全然覚えないよねー。それも巻島クンらしいけど』


部活の合間に外の自販機前で休憩してたら椎名がやってきた。
大して絡んだことの無いやつの名前を覚えるのは昔から大の苦手で、一年やそこら同じクラスになっただけの女子の名前なんてすんなり覚えれるはずもなかった。
だから大概、普通のヤツはここで気分を害す。そう思ってたから椎名への対応もかなり適当だった。なのに彼女は気分を害すこともなくからからと楽しげに笑うからかなり面食らったのを覚えている。


『ね、巻島クンて自転車競技部だっけ?』
「そうだけど」
『やっぱり風気持ちいい?』
「は?」
『自分で走るよりロードバイクのが気持ち良いんだろなぁ』


面食らった後に思ったのは(なんだこの変な女)だった。いきなり風が気持ちいい?って聞かれて驚いたのもある。そっからオレの返事も聞かずに話を続けるから更に驚いた。


「オレ、クライマーだから」
『クライマー?』
「速く走るより速く登りたいショ」
『あぁ、坂を登るってこと?』
「そう」
『そっかぁ。じゃあ違うのかなぁ?』
「風ならオレより田所っちな」
『あぁ!田所クン!今同じクラスなんだー』


それからたまに椎名と自販機前で会って話すようになった。相変わらず印象は変な女のまま。聞けば陸上部で自転車競技部の部室とは離れたとこに部室もトラックもあるからわざわざ遠い自販機まで何しに来てんのかってよく思ったような気がする。その理由をいちいち聞いたりはしなかったケド。


『巻島クンは何で登るのが好きなの?』
「さぁな、考えたこともない。んじゃ聞くけど椎名は?何で走ってんだ?」
『走ってる時が一番風を感じるから?』
「何で疑問系なんだよ」
『何でだろ?私も理由わかんないや』
「クハ、結局オレと変わんねーな」


三年になってもこの不思議な関係は続いた。たまに外の自販機で遭遇して休憩がてら会話をするだけ。内容も互いの部の話をするだけだ。それだけの関係なのに椎名と喋ってんのはなんとなく心地好かった。


『巻島クンの夢は?』
「夢?んー」
『あーその感じじゃあんまり考えたことない感じ?』
「そんなことないショ。逆に椎名は?」
『私はねーインターハイ優勝して東京オリンピックの代表になりたい。もっと沢山沢山走りたい』
「オリンピック代表とか夢でかすぎショ」
『巻島クンは自転車乗り続けないの?』
「それは乗るに決まってんだろ」
『インターハイ優勝するでしょ?』
「まぁな」
『それならオリンピックも目指そうよ。一人で目指すより二人で目指した方が頑張れるから』
「クハ、競技全く違うぞ」
『いいの、こういうのは気持ちが大事』
「ま、夢はでっかい方がいいかもな」
『じゃあ約束ね』


キラキラと瞳を輝かせて椎名が言うからうっかり約束に乗っちまったんだ。戯れに乗っかった椎名の夢。それに引っ張られてオレもいつの間にか真剣にオリンピックを目指していた。


オレが覚えてる椎名は最後の最後まで天然つーか掴みどころのない女だったショ。
一度だけ、椎名が走ってる姿を見たことがある。あれは三年の最後の夏。インターハイで優勝した後で、まだ夏休みの最中だった。


自転車競技部IH総合優勝とでかでか書かれた横断幕の横に椎名の横断幕もあってそれであいつもインターハイ優勝したことを知った。
イギリス行きのための書類を担任に持ってった帰り、廊下を歩いているとグラウンドに椎名が一人残っていた。
インターハイ優勝したのなら部活は引退じゃねぇの?ま、オレもまだ走ってるから人のことは言えねぇか。
椎名を見付けて歩みが止まる。結局イギリス行きの話はアイツには出来なかったな。
ぼんやりとそう思いながらただ真っ直ぐに走る椎名の姿を見つめていた。


脇目も振らずただ真っ直ぐに前だけみて椎名は走る。何度も、何度も。
真剣な表情なのにどこか楽しげで、一瞬その背に羽が見えたような気がした。ギョッとして目を擦って確認すれば単なる幻だったらしく、そんなことに慌てた自分に苦笑したんだった。


『巻島クンだ』
「お、お疲れショ」


昇降口を出たとこで椎名と出会した。
さっきのことを思い出して返事に詰まったことが少し気まずい。椎名はそんなこと気にも止めずにタオルで汗を拭いながら頬笑む。


『自転車競技部優勝したんだってね!おめでとう!』
「椎名もな」
『ギリギリだったんだけどね。優勝出来て良かった。これなら推薦取れるって監督も喜んでたし』
「さっき走ってんの見た」
『ほんと?ロードバイクに比べたら全然遅いよねぇ』
「や、お前だけじゃなくて全員ショ」


予想通り椎名はオレの挙動を気にも止めなかった。キラキラした瞳のまままたよくわからないことを言う。ロードバイクにはボルトだって勝てないショ。


『ハヤブサになりたい』
「随分具体的だな」
『私ね、小さい頃の夢は鳥になりたかったの』
「椎名らしいっつーか何と言うか」
『だから走ってるのかもなぁ』
「椎名にも羽生えてたっショ」
『え?』
「んじゃオレ帰るわ」
『う、うん。またね巻島クン!』


自分で口走った言葉が信じられなくて口元を押さえて急ぎ足で椎名と別れた。
結局あれがアイツとの最後の会話だった気がする。椎名の『またね』にオレは背中越しに手を上げて答えることしか出来なかった。


「巻ちゃん!ついにやってきたぞ!オリンピックだ!」
「東堂うるさいショ」
「尽八ははしゃいでるなぁ、翔クン調子はどうだい?」
「ボクはいつだって万全や。たかがオリンピック、はしゃぎすぎやろ」
「オメェは達観しすぎな御堂筋ィ」
「そう言ってやるな荒北」


集団ロードオリンピック代表選考会に残ったのはオレと東堂と新開と御堂筋、それに荒北と金城だった。福富と今泉は個人ロードの代表だ。御堂筋が集団ロードの代表に手を上げたのは周りをかなり驚かせた。てっきり個人ロードで出場すると予測してたからだ。
開会式の前々日から選手村入りをする。ホテルに荷物を置いて監督達との打ち合わせに向かう最中だった。


『あ!巻島クンだ!』


六人で歩いていると背中に大きな声が届く。振り向かなくてもこの声の持ち主が誰かわかった。声も全然変わってないのなお前。


「椎名じゃないか」
「つーか誰ェ?巻島の彼女ォ?」
「巻ちゃんに彼女だと!?オレは聞いてないぞ!」
「靖友、彼女は陸上短距離代表の椎名サンだよ」


オレが返事をする前に金城が先に椎名へと話しかける。荒北は興味津々で東堂はうるさいショ。新開はいつものままだな。御堂筋はオレ達に合わせて一応歩みを止めている。


『金城クンも久しぶりー』
「あぁ、活躍はテレビを通して知っている」
『ふふ、ありがとう。私も巻島クン達が代表に残ったの知ってるよ』
「こんな細っせえのに走れんのかよ」
「靖友、オレ達は邪魔になるから先に行くぞ」
「ほな東堂クンも行きますよ」
「話せ御堂筋!オレはまだ話は終わってないぞ!」
「じゃあ巻島オレ達は先に行ってるからな。時間には余裕があるから急がなくていい」
「巻ちゃん!オレはまだ聞きたいことが沢山あるぞ巻ちゃん!」


オレが返事をする前に五人はさっさと行ってしまった。名残惜しそうな東堂は御堂筋に引きずられている。御堂筋もだいぶチームに馴染んだっつーことかもな。「巻ちゃーん!話は終わってないぞ巻ちゃーん!」東堂の言葉がまだ聞こえてるけど無視だ無視。


「連絡先くらい聞くといいさ」


最後にオレの耳元で新開が小さく呟いて去っていった。お節介なヤツショ。


『賑やかな人達だね。楽しそうだなぁ』
「なんだかんだアイツらとの付き合いは長いからな」
『オリンピック目指したらまた巻島クンに会えると思ったんだ』
「それはオレのセリフショ」


そもそもオリンピック目指そうって先に言ったのは椎名だ。この約束がいつどこにいても頭をちらついた。だから椎名はどうしてんのか気になって定期的に陸上の競技会の結果を調べたりもした。そうしたらいつの間にか椎名は日本の女子短距離走の救世主になっててオレも負けてらんないって気持ちになったんだ。


『巻島クンにまた会えて良かった』
「約束したショ」
『うん、だからありがとう』
「…あの」
『何?』
「あー連絡先聞いてもいいか?」
『勿論!』


断られたらどうしようとか、嫌そうな顔をされたらどうしようとか散々迷ったけど何とか連絡先を聞くことが出来た。
オレ情けないショ。けど椎名は多分こういう細かいとこには気付かない。笑顔で了承してくれたことに心底ホッとした。


『巻島クンはまだイギリス?』
「そうだな」
『私もね、海外拠点にしようと思ってて。イギリスかはわかんないけどヨーロッパがいいかなって思ってるの。えぇとだからね』
「次はもう少し早く会うことにするショ」
『ヨーロッパ初めてだから案内してね!』
「オフシーズンなら」
『じゃあ私もコーチ待たせてるからまたね巻島クン!』
「またな椎名」


あの時言えなかった「またな」を今度はしっかりと返事して金城達を追う。
椎名に会えて良かったショ。そうか、あいつもヨーロッパ拠点にすんのか。
それが嬉しくて一人拳を握りしめた。


「巻ちゃん!その笑い方は気持ち悪いと何度言えば!」
「東堂ォ、そんなばっさり言ってやんなって」
「で、上手くいったのかい?まぁ聞かなくてもその様子なら大丈夫そうだ」
「そろそろ行かんとコーチらに怒られるデェ」
「そうだな、行くぞお前達。目指すは金メダルだ」
「クハ、金城そんなこと全員わかってるっつーの」
「オメェんなもん当たりメェだろ!」
「ボクの足引っ張らんといてや」
「御堂筋!お前はまたそうやって!」
「尽八、翔クンはこのくらい言ってる方が調子がいいんだよ」
「キモォ」


巻島さんの何年越しかの恋でした。お誕生日おめでとう!
考えに考えに考えた結果、こういう形になりました。陸上部の女の子は絶対に書きたかった。巻島さんの好みを見て考えた結果こうなったよ(笑)後は来年オリンピックだからそれに絡めてみたり。実際のオリンピックは個人のロードレースしかないけど集団ロードがあってもいいよね!代表の六人考えるの悩んだー!クライマー二人アシスト一人スプリンター一人エース一人オールラウンダー一人の構成になりました。御堂筋クンはスプリンターも出来るからいいよね。個人ロードじゃなくて集団ロードを選んだのは彼が丸くなったってことで。浅黄の御堂筋クンをイメージしてみました。
七夕何にも関係ないけど書けて良かったー!
2019/07/07

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