夢主は稲実マネ。沢村と同い年



高校一年の春、青道で練習試合があった。栄純君とはそこで出逢った。


「凛、青道で迷子になんかならないでよ」
『大丈夫ですよ鳴さん!』
「お前さ、そんなこと言ってこないだも迷子になったろ」
『あれは向こうの学校が広かったせいです』
「バカ、青道も広いんだよ!樹、ちゃんと凛のこと見といてよ」
「はい!」


鳴さんも樹君も大袈裟だ。こないだってほんの少し北と南を間違えただけだし。


『わぁ、勝ってる!』


二試合連続で試合があるのでその準備にバタバタと動き回っている。鳴さんに怒られたくはないので迷わないようにベンチへと戻ってきた。一試合目は主力温存って言ってたけど勝ってるから良かった良かった。


「あの」
『はい?』
「稲実のマネさんですよね?ベンチ向こうっす」
『あ!』


試合しか見てなかったから戻る場所を間違えたらしい。周りを見渡せば青道の方達が此方を見ている。


『す、すすすすみません!ごめんなさい!』


教えてくれた黒髪の男の子に頭を下げて慌てて稲実側のベンチに戻った。鳴さんが仁王立ちでこっち見てるし、怖い。


「あれだけ間違えるなって言ったよね俺!」
『迷子にはならなかったですよ』
「どこをどうしたらベンチ間違えるんだよ」
『どうしてでしょうね?』
「〜〜っ!俺が聞いてんの!」


予測通りベンチに戻ったら鳴さんから雷が落ちた。鳴さんだっていつも雅さんから怒られてるのに自分のことだけ棚に上げてズルい。
さっきの男の子今日は試合出ないのかな?ポジションはどこなんだろう?鳴さんに怒られながらそんなことばかり気になった。


「ちょっと!聞いてんの!」
「鳴さん!椎名には俺から言っておくんでそろそろ肩作りに」
「樹にも責任はあるんだからね!」
「え」
「大体ちゃんと見とけって言ったでしょ」


あ、良かった。矛先が樹君に変わったみたいだ。なので鳴さんは樹君に任せてさっきの子試合に出ないかなと青道との試合を真剣に見ることにした。けれど結局彼は出てこなくて残念だ。どこのポジションか知りたかったのに。


『鳴さん鳴さん』
「何?俺次試合なんだけど」
『あの子鳴さん知ってますか?』
「…何で?」
『いや、さっきベンチ間違えた時に教えてもらったので』


試合の合間に鳴さんにさっきの男の子のことを聞いてみた。次は試合に出れるからゴキゲンだと思ってたのに途端に顔が険しくなる。


「あそ、それなら俺がお礼言っといてやるよ。ちょうど聞きたいこともあるしね!」
「おい鳴」
「雅さんも気になるでしょ!」


別に私はお礼がしたくて聞きたかったわけじゃないのですが。どうするのかと雅さんを見ると小さく息を吐いて鳴さんの後に付いていく。それなら便乗しようと私も付いていくことにした。


鳴さんがしきりに男の子へと話しかけている。お礼を言う素振りも無さそうだ。降谷?確か物凄い速い球を投げる青道の一年生だっけな?話してる感じ彼が降谷って名前では無いらしい。
そうこうしてるうちに男の子が青道の先輩らしき人にお尻を蹴られた。どうやら情報を喋ったのが不味かったらしく叱られている。
確かに自分の学校の情報は話しちゃダメだよ。私も前にそれで鳴さんにかなり怒られた覚えがある。鳴さんだけじゃなくてみんなに叱られた。何となく親近感が湧いて彼に近寄ってみる。先輩達は先輩達で盛り上がってるからいいよね?この感じだと多分同い年だと思うし。


「痛ってぇ」
『大丈夫ですか?』
「あ!稲実のマネさん!」
『凄い勢いで蹴られてましたね』
「そうなんすよ!あの先輩寮で同じ部屋なんすけどいっつもあんな感じで!」
『それは大変だ!』


お尻をさすっている彼に声を掛ける。ちゃんと覚えてくれてたのなら良かった。
それからいかにその先輩が酷いかを話してくれる。話してて楽しい人だなぁ。


「おい!何他校のマネと盛り上がってんだバカ!」
「痛ってぇ!」
「凛!お前も何やってるわけ?ほら行くよ」
『あ、名前聞いてもいいかな?』
「「は?」」
「俺?沢村栄純!青道のエースになる男!」
『栄純君か。またね栄純君』
「うっす!」


名前を聞いてみれば鳴さんと青道の先輩の声が重なった。さわむらえいじゅん君か。名前が聞けたら満足なので既に歩き出している雅さんの背中を追い掛けた。


「お前がエースなんざ百年早いな」
「言い過ぎっすよ!」
「ちょ!凛!待ちなって!」
「何でお前の名前だけなんだよ!」
「何でって先輩達の名前は知ってるからじゃないんすか?」
「さぁ、どうだろな」


後ろからごちゃごちゃ聞こえたけれど私の頭の中はさわむらえいじゅんって単語で締められている。どんな字書くのかな?笑顔が良かったな。先輩達と話してる姿も楽しそうだったな。


「あの稲実マネさん!」
『わ!』


にまにまとそんなことを考えてたら背中へと声がぶつかって振り返る。どうやら栄純君が私を呼んだらしい。


「俺名前聞いてません!」
『椎名凛だよ!栄純君と同じ一年生!』
「あ、同い年なんだな!」
『そう同い年ー』
「じゃあまたな凛!」
『うん、またね』


手をぶんぶんと振ってくれたので私も振り返した。わ、名前を知ってもらえたのは嬉しい。


「凛、お前今日何しにきたか覚えてるよね?」
『三校総当たりでの練習試合ですよね?』
「分かってんならいいけど何であんな一年なんかの名前聞いたんだよ」
『何ででしょう?何となく気になりました』
「あぁそう」
『鳴さん痛い!頭掴むの反則です!』
「次の試合ちゃんと応援しないと」
『します!しますします!当たり前ですよ!』
「ならいいよ。大差で勝ってやるから」
『鳴さんなら余裕ですねぇ』


追い付いてきた鳴さんがぎりぎりと頭を掴むから本当に痛かった。フキゲンかと思いきや即座にゴキゲンだ。何が悪くて何が良かったのか謎だけど今から試合だしゴキゲンなら良かった。


「凛、青道の一年生の名前を知りたがったって本当?」
『あ、福ちゃん先輩』
「鳴がみんなに話してたけど」


三試合目は青道と修北で鳴さん達はそれを観戦している。帰る準備をしていたら福ちゃん先輩がやってきた。ひょいと私の手から荷物を取り上げる。あ、一緒に片付けしてくれるのかもしれない。
鳴さん直ぐに私の話をみんなに広めるの絶対癖になってるよなぁ。


『栄純君のことですか?』
「一年の控えピッチャーらしいね」
『栄純君はピッチャーなのか』
「鳴と同じ左投げだって」
『じゃあ左打ちかなぁ?』
「そこまでは聞いてないけどどうしてそんなに気になるんだい?」
『どうしてだろ?』


荷物をバスに向かって福ちゃん先輩と運ぶ。鳴さんにも聞かれたけど明確な答えは見付からない。ウンウン唸っていたら福ちゃん先輩が隣で小さく笑った。


「沢村君と仲良くなりたいってことかな?」
『あ!確かにそうです!それです!』
「まさかの青道相手かぁ」
『何がですか?』
「あんまり鳴達を心配させないように」
『今日は迷子になりませんでしたよ!』
「そうだね、そこは偉かったな」
『えへへ』


あれ?結局何の話だったんだろ?結局そこで栄純君の話は終わって青道と修北の試合の最中にトラブルがあったらしくそのまま帰ることとなった。栄純君と話せなかったぁ。


それから練習練習の毎日で栄純君のこともほんの少しだけ頭から抜けた。たまに思い出す程度で練習頑張ってるかな?とか鳴さんと同じ左投げならどんな球を投げるんだろう?とかそんなことを考えるくらいだった。
みんな真剣に練習してるから私も同じくらい頑張った。それでも怒られる回数は減らなかったけど。


そうしてあっという間に東・西東京大会の開会式がやってきた。


「いい、絶対に迷子にならないこと」
『大丈夫ですよ』
「お前の大丈夫は全然説得力無いの!」
「鳴、そんな言ってやるなよ」
「こいつにそんなこと言っても無駄だろ」
「二人ともそれで凛が迷子になって大変なのは俺達なんだからね!」
「「樹だろ」」
「え、俺ですか?」
「樹、ちゃんと見ててよ。分かった!」
「分かりました。俺が見れる範囲でなら」


またもや鳴さんは大袈裟だ。迷子になんてなったらこの人数だし大変なことになる。それくらい私だって分かってるから気を付けるし。帰りに置いてきぼりになったら困るもん。


『むむむ、バスの場所が分からない』


無事に開会式が終わって後はバスに向かうだけだ。帰る前にトイレに寄ったらバスの場所が分からなくなった。樹君を女子トイレの前で待たせるのは申し訳なくて先に行ってもらったのが間違いだったかもしれない。
でもやっぱり待たせるのは申し訳ないよね?神谷先輩とかなら普通に待ってくれそうだけど他の人達に頼むのは想像してもちょっと言いづらかった。


「あ!稲実マネ!」
『わ!栄純君だ!』


バスの場所を探そうかと思ったところで前方から声を掛けられる。そちらを向くと栄純君と青道の部員の皆さんが居た。
わ、久しぶりだけど会えて良かった!栄純君に会えたし迷子になって良かったかもしれない。


「あれシロアタマは?」
『シロアタマ?…あ、鳴さん?』
「そうそう多分その人!」
『うーん?どこだろ?それより栄純君背番号貰えたんだね!』
「ぐ、…エースじゃないけどな」
『一年でベンチに入れるんだから期待されてるんじゃないの?』
「まぁそりゃ俺だし!」


やっぱり表情がくるくる変わって面白い人だなぁ。落ち込んだり笑ったり忙しい人だ。きっと一緒に居たら楽しいんだろなぁ。


「凛」
「沢村」
「『はい!』」


二人で話してたらお互いの背中から声が掛かった。あ、この声は鳴さんだ。そしてかなり怒ってらっしゃる。背筋を伸ばして返事をしたものの恐ろしくて後ろは向けない。


「また冴えない控えピッチャーと話してんの?」
「うちの一年ピッチャーをさりげなくディスるなよ鳴」
「味方の情報漏らすようなやつだし」
「あれはそっちが聞いてきたから!」


栄純君が鳴さんと言い合ってる。それを見てたらなんだか笑いが込み上げてきた。栄純君ほんと面白いなぁ。


「ちょっと!今の会話に笑う要素無かったよね!」
「稲実のマネちゃんは沢村がお気に入りなんだな」
『はい!栄純君と話してるの楽しいです』


鳴さんと顔見知りらしき青道の先輩へと張り切って返事をするとその先輩は何やらニヤニヤしている。何か変なこと言ったかな?


「鳴、失恋したな」
「はぁ?俺は別にそんなんじゃないし。と言うか誰と付き合おうがこいつの自由だしね」
「なら別にお前んとこのマネと沢村が付き合ってもいいよな?」
「何でうちのマネなのにわざわざ青道のやつと付き合わなきゃいけないんだよ!」
「あの御幸先輩話が見えないのですが」
「なぁ、沢村のこと好きなんだろ?」
「一也!変なこと言わないでくれる!」


栄純君のことが好き?問われて少しだけ考えてみる。仲良くなりたいのは事実だし話していてとても楽しい。もっと仲良くなりたいのも事実。てことはそうなのかもしれない。


『そうですね、好きだと思います』


答えを出して返事をすれば私以外の全員が叫ぶことになった。栄純君までもだ。あまりに煩くて思わず耳を塞いでしまったくらい。


「ダメ、絶対にダメ!」
「出たよシスコン」
「お前何他校のマネに手出してんだ沢村ぁ!」
「倉持先輩誤解です!これは何かの間違いで!」
「沢村ちゃんばっかりズルいぞ!」
「増子先輩これはですね!」


結局この騒ぎは互いの監督が迎えに来るまで続いた。みんなが騒ぐから栄純君とあんまり話せなかったや。


「凛これ」
『何ですか?』
「あいつの連絡先だって。一也から送られてきた」
『わ!鳴さんありがとうございます!』
「別に。一也じゃなかっただけ良しとしてやるよ」


バスの中で落ち込んでたら鳴さんがメモ用紙をくれる。何かと思ったら栄純君の連絡先らしい。これでいつでも連絡出来る!それが嬉しくて鳴さんに何度も頭を下げた。


(鳴も最初から協力してやればいいのにな)
(可愛い後輩が他校にもってかれるのが面白くないんだよ)
(ガキじゃあるまいし)
(鳴はどこからどう見てもガキだろ)
(雅さん、鳴さんそれ聞いたら怒りますよ)


レイラの初恋様より
一日遅れましたが沢村誕生日おめでとう!誕生日何にも関係無いお話になったし何なら周りが出張り過ぎ(笑)
この鳴は夢主のことを恋愛対象としては見てません。単に面白くなかっただけ。
2019/05/16

天然お嬢さんは恋をしたのです

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