狂犬ちゃん、今日も機嫌が悪そうだなぁ。
3年生が引退してしばらく立つけどちゃんと部活に来るだけましかな。


『狂犬ちゃん、はいタオル』
「そうやって呼ぶなって何度も言ったべ!」
『いいじゃん、ぴったりだもん狂犬ちゃんって』
「おい!」
『狂犬じゃなくなったら呼ばないでいてあげるね』


休憩中にタオルとスクイズボトルを渡しに行ったらまた怒られた。
いい加減慣れてくれたらいいのに及川さんが残していった「狂犬ちゃん」と言うあだ名が相当嫌みたいだ。
私の言葉に何も返せないのだろうグッと拳を握りしめこちらを睨んでいる。
さっさと他の部員にもタオルを配りに行くことにした。


「お前さ、あんまり京谷のことからかうなよ」
『からかってないよ。及川さんに頼まれただけだし』
「あれのどこがからかってないって言うんだよ」
『愛情の裏返しみたいな?』
「お前の愛情の裏返しって分かりづれぇよ毎度」


及川さんからセッターと主将の座を譲り受けた矢巾がうんざりした顔で言った。
いいじゃないか、賢太郎がなんだかんだ嫌がりながらも部活に来るのは私のおかげだと思う。
幼馴染みの私が迎えに来たら賢太郎だって断れないだろう。
そのためにマネージャーになったみたいなものだし。
及川さんに口説き落とされたのだ。


まぁ、及川さんにってのは語弊がある。
最初は断ったのだ。賢太郎のバレーが近くで見れるのは楽しそうだなとか思ったけどマネージャーの仕事は正直面倒臭かった。
私がマネージャーじゃなくても部活にはそこそこ出てるみたいだったし。
最終的に岩泉さんに口説かれたのだ。
あんな男前な先輩に頼むって真剣な顔をされて言われたらね、やるしかないよね。
賢太郎も岩泉さんには逆らえないみたいだったし。


『狂犬ちゃん、かーえろ』
「うるせぇ」
『帰る方向一緒でしょー』
「勝手にしろ」


毎度のやりとり。
昔はさ、手繋いで幼稚園から一緒に帰ったりしたのにさ。
中学生になった途端つれなくなっちゃってさ。
冷たいよねほんとに。
動物には相変わらず優しいくせにさ。


矢巾と賢太郎の子犬子猫騒動はそりゃもうかなり面白い話だった。
あの矢巾が賢太郎に付き合って子犬の飼い主を探すべく奔走したって言うのだ。
報告を受けて私と及川さんはゲラゲラ笑ったと思う。


ちなみにあの時の子犬と子猫は今はうちのこだ。
話を聞いて直ぐに動物病院の連絡先を聞いて引き取ったのだ。
チャコはうちにシロは近所のお祖母ちゃんのうちへと引き取られた。
犬を飼いたいねって話してたからちょうど良いタイミングだったのだ。


『ねぇ、またチャコに会いにおいでよーおっきくなったよー』
「今度な」
『こないだも今度なって言ったじゃん!』
「忙しいんだよ」
『バレーしてるだけじゃん。5分うちに寄るだけなんだぞ!』
「うるせー」


チャコに会いたく無いわけじゃないのに賢太郎は素直じゃない。
今だってちょっと顔がそわそわしたもん。
コンビニに寄って買った好物のハミチキを食べてる手が止まる。
あ、今絶対にチャコと出会った時のこと思い出してるな。


『賢太郎』
「?」


不意打ちで名前を呼んでみた。
最近は狂犬ちゃんとしか呼んでなかったから賢太郎は一瞬名前を呼ばれたことに気付かなかったみたいだ。
一瞬不思議そうな顔をして首を捻る。


『賢太郎ってば』
「あぁ、なんだよ」


名前を呼ばれたことに気付いたんだろう、少しだけ目を見開いたけど今度は普通に返事がきた。


『誕生日おめでとう』
「あ?今更かよ」
『ちゃんと覚えてたよー』


今日言わなくちゃならないことをやっと伝えれた。
賢太郎ってちゃんと名前を呼んでおめでとうを伝えたかったのだけど、いざ賢太郎って呼ぶのが照れ臭くてなかなか言えなかったのだ。


「プレゼントは?」
『え?ないよ』
「はあ?」
『だって賢太郎こないだ私の誕生日何にもくれなかったし』
「ああ、忘れてた」
『あ、じゃあさ!今プレゼント頂戴よ』
「ハミチキはやらねぇぞ!」


そう言って急いで残りのハミチキを口に放り込んだ。
賢太郎の好物なだけで私は別にハミチキ普通なんだけどな。


『ハミチキはいらないよ。また今度誕生日プレゼントに買ってあげるし』
「じゃあ何だよ」
『手繋いで帰ろー』
「はぁ?そんなこと出来るわけねーべ」
『手を繋ぐだけじゃん』


手を繋ぎたい私と繋ぎたくない賢太郎の攻防が始まる。私が賢太郎の片手を取ろうとしたらさっと上に挙げられてしまった。
両手を挙げられちゃったら私になすすべは無い。


『賢太郎は私のことそんなに嫌いなのか』
「そう言うんじゃねーし」
『誕生日忘れてた癖に』
「う」
『テストの勉強だっていつも見てあげてるのに』
「…」
『一回くらい手を繋いでくれたっていいじゃないか!』


沈黙が続く。賢太郎は私に泣かれるのは苦手なはずだ。
まぁこんなことで泣いたりはしないけど。
そういう空気を作ってみた。
こうなったら折れるのは賢太郎だ。


「今日だけだぞ」
『ありがとう賢太郎!』
「もう狂犬って呼ぶなよ」
『手を繋いでくれるなら言わない!』


根負けしたのはやっぱり賢太郎で渋々と手を降ろしてこちらに差し出してくれた。
その手を遠慮なく握る。


『幼稚園を思い出すねぇ』
「忘れた」
『痴ほう症でも始まった?』
「いちいち覚えてらんねぇし」
『えぇ、冷たい』
「お前いつだって一緒だから覚えてらんねぇだろ」
『それプロポーズですか?』
「はぁ?」
『いやいいや。それはそのうちしてもらおう』
「馬鹿だべ」


繋いだ手をゆらゆら揺らしながら帰路に着く。
私は今賢太郎からの「いつだって一緒だから」って言葉にご機嫌なのだ。
こうやって悪態をつきながらもなんだかんだいつも隣に居てくれる。
私達の関係は曖昧なままだけどもう少しこのままでもいいかなぁって思った。


明日は好きなだけハミチキを買ってあげよう。
そして明日も手を繋いでもらおう。
断られたら狂犬ちゃんって呼ぶんだ。


『手を(毎日)繋いでくれるなら言わない』ってつもりだから嘘は言ってないもんね。
またイライラした顔で仕方無く手を繋いでくれるんだろうなぁ。
今度はチャコの散歩にも付き合ってもらおうかな。

狂犬とワルツを

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