「俺な、椎名さんが好きや」


初めて彼女にそう告げたのは中学三年のことやった。四つ年上で高校受験の家庭教師としてうちにきとった椎名さん。
正直俺には家庭教師なんて必要ないと思っとった。せやけど椎名さんに出逢えたから結局は良かったんとちゃうかな。
彼女が持つ独特の柔らかな大人の雰囲気にただ純粋に惹かれた。二つ上の姉ちゃんと比べてもかなり大人に見えて魅力的やった。


『ごめんね』
「せやろな」
『今はまだダメだよ』
「せやったらいつならええん?」
『そうだね、蔵ノ介くんが成人するまでかな』
「後五年もあるやん」
『うん、それまでは待つね』


あの時は単に断られただけやと思っとった。年の差はしゃあないから渋々それに納得したような気もする。
せやから俺は親に家庭教師の延長を頼んだんやった。自分の学力なら家庭教師は必要あらへんのを分かっとって。
告白を断られたとしてもまだ椎名さんとの縁が切れるのが嫌やったんや。


そんな俺の誕生日が来るたびに椎名さんは『後何年だね』と告げた。
縁が続くだけでいいと思っとったのに高校一年の春はそれだけで嬉しくなった。
約束を覚えとってくれたことがただ嬉しかった。
高二の春は言われるまで心配やった。
椎名さんは綺麗やし周りの男も放っておかんと思っとったのもある。それに両親も姉ちゃんも友香里も口を開けば彼女のことを絶賛しとった。
それでもその年も彼女は俺に『後三年だね』と穏やかに微笑んだ。そんな彼女に春が来るたびに俺は「まだ約束覚えとります」と返すのが恒例やった。


椎名さんの週一の家庭教師は俺の大学が決まるまで続いた。彼女も自分の就職活動があったから大変やったとは思う。
けれど結局四年間俺の家庭教師は続いた。


『今日で家庭教師も終わりだね』
「ほんまにこれで終わりですか?」
『家庭教師は終わりだけど蔵ノ介くんが良いのなら連絡先交換しようか』
「やっと教えてくれるんやな」
『規則で今までは教えられなかったからごめんね』


それまでは何度聞いても教えてくれんかった連絡先を最後の日に教えてもらった。
この日のことはこの先ずっと忘れへんと思う。それくらいに嬉しいことやった。


今日は19歳の誕生日、初めて椎名さんとデートすることになった。
誘うときはかなり緊張した、けれど俺が思っとったよりあっさりと彼女はデートの誘いを受けてくれたんやった。あまりにあっさりしとったから拍子抜けしたくらいや。
自分の中で精一杯大人な格好をした。姉ちゃんにも意見をきいてこれなら大丈夫やとお墨付きももろた。友香里にも背中を押してもらった。
この四年間で俺の気持ちは家族にバレバレやったんやと思う。
きっと他にワガママ言うたことなかったからや。後にも先にも家庭教師の延長以外家族にこんなに頼み込んだことはなかった。


『蔵ノ介くん』
「椎名さん」
『遅くなってごめんね』
「や、時間ぴったりやないですか」
『待たせちゃったから』
「男が待つんわ当たり前や」
『ふふ、ありがとね』


待ち合わせ10分前から待っとって良かった。
最後の家庭教師の日から3ヶ月はたっとったから久々に会う椎名さんを見るだけで緊張した。
ふわりと隣から良い香りが漂ってくる。この香りだけは出逢ったころと一つも変わらへん。
俺が好きな椎名さんの匂いや。


「どこ行きますか?」
『蔵ノ介くんの誕生日だし好きなとこ行こうよ』
「椎名さんとの初めてのデートやし椎名さんが決めてや」
『うーん、じゃあ植物園?』
「それ俺の行きたいとこやん」
『うん、だって毒草博覧会やってるってチラシで見ちゃったし』


こういうとこや、椎名さんは俺の些細な情報をちゃんと覚えとる。少ししか話さなかったことやっていつだって完璧に覚えとった。
こういうとこも俺が惹かれた理由の一つだ。
毒草の話はちょいちょいしとったかもしれんけど。


「ほんならお言葉に甘えます」
『私も蔵ノ介くんの影響で少しは毒草詳しくなったよ?』
「ほな今日はどんだけ出来るかテストやな」
『百点は取れないかもなぁ』
「百点取られたら俺が困るなぁ」
『ふふ、確かにね』


俺の言葉に穏やかに表情を変えていく椎名さんを見れるだけで幸せや。去年まではこうやって一緒に出掛けることすら出来んかったから。隣におってくれるだけで嬉しくなる。


「なぁ一つ聞いてもええですか」
『うん、いいよ』


植物園の毒草博覧会を二人で見て回りながらどうしても気になっとることを聞いてみることにした。


「何で連絡先交換してくれたん?何で今日俺とデートしてくれたん?」


一つだけ不安もあった。これが最初の一回になるのか最後の一回になるのか俺にはいくら考えても見当がつかなかったからや。
こんな風に好きな相手に自分の気持ちを押し付けたらあかんのは分かっとった。それでもこれだけは早いうちに聞いておきたかった。
あぁ、俺まだまだきっと子供や。それでも彼女の口から理由を教えてほしかった。


『蔵ノ介くんが成人するのが楽しみだからって理由じゃダメかな?』


一瞬の沈黙の後に彼女が穏やかに告げた答えは俺にはかなりもどかしいものになった。
何て返したらええんやろ?どう返したらカッコがつくんやろ。あぁ、けどそんなのきっと今更や。この質問をしてしまったとこできっともう遅い。どう頑張ってもカッコはつかん。
ほんならいっそ聞きたいことちゃんと聞いてしまお。


「後一年待っとってくれるん?」
『ねぇ蔵ノ介くん、君が26歳の時私は30歳だよ?』
「どっちもアラサーなだけやん」
『高校でいいなと思う女の子居なかったの?』
「そんなのおらへん。ずっと椎名さんだけ見とったし」
『私ね君のその一途なとこ素敵だと思うよ』


俺がいくら「好きや」って告げても顔色一つ変えへんのに、何で俺はこんな些細な一言に嬉しくなってしまうんやろ。ドキドキしてしまうんやろ。
素敵って言葉を言われたことは過去にもある。けれど俺の心をこんなにも揺さぶるのは椎名さんだけや。


「俺は一生椎名さんのこと好きでおる自信ありますよ」
『うん、楽しみにしとく』


この三年長かったようであっという間やった。
せやけど今からの一年の方がきっと長く感じるんやと思う。
それもこれも椎名さんがあんなこと言うからや。聞いたのは俺やけど思った以上に身悶えそうやなとなんとなく思うんやった。


『誕生日プレゼント何がいいかな?』
「ほんなら凛さんて呼んでもええですか?」
『そんなの全然プレゼントにならないと思うんだけど』
「凛さんて呼べるんなら他には何もいらんです」
『蔵ノ介くんがそういうならいいよ。けど夕食くらい御馳走させてね』
「今年だけならええですよ」


三年我慢出来たんやからきっとこの一年も大丈夫や。そう自分に言い聞かせてカレンダーにバツ印を付けながら一年頑張った。
最後の一年は本当に本当に長かった。
一年後凛さんは俺の告白にやっと頷いてくれたんやった。


年上とか年下とか関係無い。
凛さんやから惹かれたんや。
せやからこれからは俺のことちゃんと男として見たってや。俺はこの先もずっと凛さんしか見ないから。


誰そ彼様より
白石の口調が迷子。そして何故こんな難しい題材にしたのか。
年の差で書きたかったのさ。白石ならきっと待つだろうなと思って。彼はとても一途なイメージがあります。それこそ庭球で一番だと思う。
誕生日おめでとう!お祝い出来て良かった!
2019/04/14

僕が君を愛するということ

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