高校から大学、社会人野球を経て亮介はついにプロの世界へと足を踏み入れた。
大学を卒業して直ぐに球団とプロ契約をした結城と同じチームなので何だか社会人の時より楽しそうに見える。
プロ契約一年目から一軍入りしたので本人自体はとても真剣で、口が滑っても『楽しそうだね』とは言えなさそうだ。


寮に入ったので会う回数は減った。
少しだけ寂しい気持ちもあるけれど、好きな野球を頑張っているのだ。素直に応援はしている。昔から亮介の一番のファンは私なのだから。


「それでどうしてこうなったのかな?説明してくれるよね凛」
『えぇとですね』


私は只今、亮介の前で正座させられている。
周りからは楽しそうな声が響いているのに私達の間には冷えたブリザードが吹き荒れているようだ。
周りもそれを察してか私達には近付いてこない。増子、その花見団子私が買ってきたの!全部食べないで!…と主張したいけど今は言えない。
目の前の亮介は穏やかな表情をしているけれどとても不機嫌なのだから。


今日は亮介の誕生日で試合もホームでのデイゲームだったから終わってデートがてらお花見にでも行こうって話になっていて、久しぶりに会うから勿論私もそれをとても楽しみにしていた。
ちょうどいいし試合を観戦しようとドームに行ったらそこで沢山の懐かしい人達に遭遇したのだ。
土曜日だからと地方に散った人間も此方に戻ってきていて結城と亮介の試合を観戦しに来ていたらしい。


それから話が盛り上がって増子が場所取りをしていると言うことでみんなで花見をすることになったのだった。
対戦チームの成宮君や御幸まで巻き込んでの花見は今や大変なことになりつつある。
遠くの球団の人達は参加出来なかったものの、近場の人間には片っ端から声をかけたらしい。結構沢山人数が集まった。


『色々ありましてですね』
「亮さん!今日誕生日っすよね?そろそろこっちで飲みましょうよ!」


倉持!とっても良きタイミングだったよ!
こういう時の亮介に声を掛けれるのは倉持くらいかもしれない。
目の前に亮介がいるものの、その助け船に喜んで飛び乗りたくなって思わずそちらを向いてしまった。…隣の亮介は大丈夫だろうか?
恐る恐る確認するも表情は穏やかなままだ。倉持なら大丈夫かな?


「亮さん!凛さんばっか構ってないで久々なんですから!」
「仕方無いか、行くよ凛」
『亮介ごめんね』
「最近集まって無かったからいいよ。このメンバーじゃ凛も断れないだろうし」


確かに断れそうにも無いメンバーだ。いや、亮介には先に確認しようとしたんだよ?
最終的に周りからの「大丈夫」に押し流された。そこは多大に反省している。
亮介が倉持達の方へと移動するので私もそれに付いていく。


「春市も来れたら良かったんすけどねー」
「アイツとは正月に会ったからいいよ」
『春君も野球頑張ってるもんね』
「おにーさんと椎名パイセン!久々っす!」
「沢村も元気そうだね」
「アザッス!ささ、どうぞどうぞ!」
『わ、ありがとー』


氷入りの紙コップを沢村が私達に手渡してそこに缶チューハイを注いでくれた。
沢村も御幸と同じチームで、今は二軍で頑張ってると聞いた。


『クリスも来れたら良かったのにね』
「師匠とは定期的に連絡取ってるので!」
「同じ大学だったしね」
『相変わらず仲良しだなぁ』


クリスの居た大学から推薦がきた時は泣いて喜んだって聞いたしなぁ。
ちなみに降谷は高卒でプロになった。今は稲実の原田君とバッテリーを組んでいる。
あ、沢村が倉持に揉みくちゃにされている。
倉持はまだ社会人野球だからなぁ。


『みんな楽しそうだね』
「こうやって集まるの久々だしね。今日じゃなくても良かったとは思うけど」
『それはほんとごめんね亮介』
「凛ってさ、相変わらず素直と言うか俺の言うこと全部真に受けるよね」


まだ怒ってるのかと慌てて謝ったら亮介は穏やかに微笑んでいる。
あ、これならもう大丈夫そうだ。
真に受けるようなことを毎回真顔で言う亮介が悪いと思うの。そうは言ってもそれが原因でイライラすることは無かった。
私をからかうだけからかった後の亮介はとびきり優しいからだ。


「小湊のオニーサン!今日何であの球打てたのさ!」
「それは企業秘密にしておこうかな」
「あ、それ俺も知りたいっす」
「御幸にも言えないでしょ、敵チームなんだし」
「あ!キャップ!俺は今日二軍の試合勝ちましたよ!」
『沢村、いい加減御幸をキャップって呼ぶの止めてあげなよ』
「凛さん、それもっと言ってやって」


次から次へと人が乱入してくる。
賑やかだなぁ、今度は成宮君と御幸が缶ビール片手にやってきた。
沢村が今度は成宮君に間接技きめられてる。
今日は亮介のチームが勝ったから成宮君と御幸のチームが負けたんだもんね。
沢村が勝ったことが気に入らなかったんだろう。倉持も楽しそうに成宮君にアドバイスしてるし。


「亮さん凛さん、唐揚げ買うてきたんで食いませんか?」
『わ、ゾノと伊佐敷ありがとー』
「せっかくこっちに戻ってきたのに一日コイツと一緒な俺の気持ち椎名なら分かってくれるよな?」
『全然関西に染まらないよね伊佐敷って』
「そうなんですよ、もっと関西のイントネーションになっとると思っとったのに」
「そうは言っても結局就職も向こうだったから気に入ってるんじゃないの」
「たっ!たまたま良い会社があっただけだ!」
『野球部もあったんだもんね』
「純さんの会社に俺も就職しよかな」
「お前冗談でも止めろ!」
「うちの実家から近かったんすよー」


次は伊佐敷とゾノだった。何やら大量の唐揚げを屋台から買ってきたらしい。
「コイツ屋台で値切ったんだぞ!」と伊佐敷がゾノを小突いている。
ゾノ、気持ちは分かるけどこっちで値切るのはダメだよ。


「凛ー!」
『貴子!来てくれて良かった!』
「本当に買ってきたけど良かったの?」
『みんなでお祝いしたかったから』


青道OGとしてマネージャーも何人か参加している。貴子も誘われていたらしく遅れてやってきた。「何か必要なものある?」と聞かれたのでホールケーキをお願いしたのだ。
せっかくみんなが揃ってるんだからお祝いしないと言う選択肢は無かった。


「ねぇ、これもはや嫌がらせみたいになってない?」
『沢村のせいだよ、絶対に』


貴子の買ってきたケーキを取り出したところで沢村が得意の口上を述べだしたのだ。
相変わらずキレが良いけれど周りの関係無い花見客までそれを聞いている。


「さてここにおりますのは横浜所属の小湊亮介オニーサンでございます!今日の試合は大活躍!皆さん観に行かれたでしょうか!俺の所属しているチームは試合に負けましたが小湊亮介オニーサンの活躍で横浜は勝ちました!ちなみに俺は二軍の試合で勝ちましたけど!」


あ、成宮君に頭を叩かれている。


「その本日大活躍の小湊亮介オニーサン!なんと今日誕生日であります!皆さんお酒を片手に!いいですか!行きますよ!オニーサンお誕生日おめでとうございます!」


私達は当たり前に、周りの人達も巻き込んでの「おめでとう」はとても大きく響いた。
みんなも楽しそうだったし、私も楽しくて亮介もなんだかんだ嬉しそうだった気がする。
けれどそれが良くなかった。ただでさえ目立っていたのに沢村がそんなことを大声で言うから人が集まってきてしまったのだ。
亮介もいるし結城、成宮君、御幸もいる。沢村も二軍の試合に行くような野球ファンなら誰もが知っているような選手だ。


収拾がつかなくなって花見はこれでお開きになった。ホールケーキは増子君が責任を持って食べてくれるだろう。
騒ぎが大きくなったところで私と亮介と御幸と成宮君はその場を後にした。
結城は伊佐敷に頼んでおいたし沢村も倉持がどうにかしてくれるはずだ。
騒ぎから抜け出したところで二人とは別れた。
今から二人で飲み直すらしい。体育会系はお酒が強くないとやってられないのかもしれない。
成宮君に誘われたけれど私達が断る前に御幸が止めてくれた。うん、相変わらず憎たらしい程に出来た男である。


「沢村はほんと相変わらずだね」
『有名人の自覚無さそうだからなぁ』
「花見が東京じゃなくて良かったよ」
『そうだね』
「もう少し桜を見てから帰ろうか」
『あ、そう言えば全然桜見てなかったや』
「そうだと思ってさ」


桜は満開を過ぎ散りつつある。今日を逃せばあっという間に葉桜になってしまうだろう。
土曜日の夜と言うことでまだまだ沢山の人が花見を楽しんでいる。
頭上を見上げればまだまだ満開に見える桜。提灯に照らされてとても綺麗だ。


「凛、口閉じなよ」
『あ』
「足元気を付けなよ、砂利道だから」
『りょーかいです』


クスリと亮介が隣で小さく笑った。
人って頭上を見上げると口が空いてしまうのはどうしてなんだろう?
そんなことをぼんやりと考えながら結局口は開いてしまうのだ。


『わぁ』


感嘆の声が漏れて一際美しく咲き誇った桜が目の前に現れた。私達以外にも沢山の人がその桜に目を奪われているのが分かる。


『綺麗だねぇ』
「俺としてはそうやって嬉しそうにしてる凛を見てる方が楽しいけどね」
『さ、桜には負けますよ!』


急に言われると気恥ずかしいものがある。慣れたけど、だいぶ慣れたとは思うけど、好きな人にそうやって言われるのは嬉しい半面とてもソワソワしてしまう。


「俺さ、一年で寮から出るつもりだから」
『新人は数年間寮暮らしって言ってなかった?』
「独身はね、だからちゃんとそのつもりでいなよ」
『…亮介って突然だよねいつも』
「凛の反応が見たいだけで別に前から考えてたんだけどな」


「正月に父さん母さん春市にも話しておいたし」そう淡々と告げて亮介の手がすっと私のそれを攫っていく。
あぁまた反応を見られたのだろう。そのまま亮介が歩き出すので手を引かれるまま付いていくことになった。
何もかも亮介ペースだけれど、ちゃんと私のことを考えてくれていたことが嬉しくて何故か泣きそうになった。
歩きながらじわじわと亮介の言った意味が染み込んできたからかもしれない。


「手、熱くなってるよ凛」
『何かね泣きそうで』
「桜が綺麗だから?」
『もう!分かってるでしょ!感極まってるの!亮介のせい!』
「知ってる。後一年我慢させるけど」
『全然大丈夫。そんなのあっという間』
「なら良かった」
『亮介ってさ、私のこと何でも分かってるよね』
「今更だよそれ」


繋いだ指先から私の気持ちが全部伝わってるんじゃないかと思う。手汗も酷いし泣くの我慢して酷い顔をしてる気がするのにそんな私も見て亮介はまたもや穏やかに頬笑むのだった。


誰そ彼様より
亮さんお誕生日おめでとうございます!一日遅れてごめんなさい!
2019/04/07

繋ぐ指先、暖かくて泣きたくなった

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