『無事に引っ越しも済んで良かったね!』
「そうだねぇ。オレもう疲れたよ」
「山岳、まだそっちの荷物の片付け終わって無いから寝たらダメよ」


無事に高校を卒業して晴れて大学生となる春の事、同じ大学なんだからと引っ越しの日時も三人で合わせたのだ。その荷解きが粗方終わった午後のことだった。
私と委員長の部屋は大体終わったから後は真波くんの部屋だけだと言うのに彼はぐったりとローテーブルに突っ伏している。
私と委員長が午前にこき使ったせいなのだけど後もう少しだけ頑張ってほしい。


「あ、そう言えば荒北さんに引っ越しのこと伝えたの?」
『え、何で?』
「何でって凛ちゃん伝えてないの?」
『卒業式からバタバタしてて最近連絡してないよ。先輩も忙しいだろうし』
「それ荒北さんに怒られるヤツだと思うなぁ」
「今からでも連絡しなさい!こっちは私と山岳でやっとくから」


大学に受かった報告はしておいたから大丈夫だと思うけどなぁ?そう訴えたのに「いいから!」と委員長に真波くんの部屋から追い出されてしまった。
さすが委員長、私にスマホを手渡すのを忘れない。
無事に引っ越しも終わったしその報告の連絡をすればいいか。アパートの廊下で荒北先輩へのLINEを開く。


無事に引っ越し終わりました!
真波くんと委員長と同じアパートです!


最後に春っぽいスタンプを添えてと、ポチりと送信ボタンを押そうとしたらメッセージに既読が付いて即座に電話がかかってきた。
おおう、電話が来るのは想定外です。
真波くんが言ってた言葉を思い出して少しだけドキドキしながら受話ボタンをスライドさせる。


『もしもし』
「オメェ何やってンだヨ!なぁにが無事に引っ越しが終わりましただァ?」
『これでまた同じ学校ですよ!』
「バカ言ってんじゃねェ!引っ越しの日にち分かったら教えろっつっただろーが!」
『わ、怒ってるんですか?』


スマホの向こうで荒北先輩が怒鳴っている。
耳が痛いので反射的にスマホを離すと何だか違和感があった。あれ?なんだろ?


「真波に引っ越し手伝わせただろオメェ」
『私も真波くんの引っ越し手伝いましたよ』
「ウッセ!なぁーんでオレより先に真波を部屋に上げんだヨ!お前まだ分かってねェのか!」
『え、だって真波くんだし』


やっぱり違和感がある。スマホは耳から離れたままなのに荒北先輩の声が違う場所から聞こえるのだ。


『先輩どこにいるんですか?』
「アァ?気付くのおせェんだヨ!お前の上だ上」


上?廊下の手摺りから身を乗り出して上を見上げてみる。うーん、ここからだと逆光で見辛いかも。誰かがいるのは分かるんだけどチカチカと太陽が眩しい。


「バッカ!危ねェことすんじゃねェ!さっさと上がってこい!」


そこでブチりと通話は切れた。
何で荒北先輩が私達のアパートにいるんだろ?


『わ、先輩久しぶりですね!』
「オイコラァ、オメェは反省するとかねェのか!」


アパートの階段を三階へと上がればそこには本当に荒北先輩がいた。
久しぶりに会うから嬉しくて両手広げて駆け寄ったら頭をがっしり掴まれる。
近付けないんですけど先輩!


『えぇ、反省より先に久しぶりの先輩ですよ!』
「オレに近付きたきゃ存分に反省しやがれってんだ、バァカ」


直ぐそこに先輩がいるって言うのに酷い。伸ばした両手が先輩に届かないので諦めて下げることにした。頭掴まれてるから身動き取れないし。


『ごめんなさい。真波くんと委員長いるからいいかなって。先輩忙しいだろうし』
「オレだってたまには休みもあんだヨ。分かってンだろ?」
『春休みだし自転車乗るかなと』
「バッカチャァンだなオイ」
「荒北さん、椎名さんも反省してるみたいですからそのくらいにしてあげてください」
「山岳!ダメだって!」
「なァーにしてんだヨ真波!覗き見かァ?」


先輩も忙しいだろうし大学に入る準備でバタバタしてたから連絡返すのを忘れてた。
同じ大学に通えることが嬉しくて一人で浮かれてたのもあると思う。確かに連絡を返して無いのは悪いなと思って反省してたら後ろから声が聞こえてくる。
振り向けばそこにはニコニコ顔の真波くんと慌て顔の委員長がいた。


「荒北さんの声が部屋まで響いてきたので近所迷惑ですよとお伝えしに来たんですよ」
「そりゃ悪かったなァ」
「山岳、戻るよ!荒北先輩すみませんでした」
「あー…また真波のこと頼むな。お前が居てくれて助かったわ」
「いえ!では失礼します。ほら山岳行くよ!」
「オレそんなに迷惑かけてたかなぁ?」
「主に勉強面だよ山岳!」


言いたいことだけ言って真波くんと委員長は階下に消えていった。気付けば頭を掴む力が緩んでたのでそのまま先輩に飛び付いてみる。


「おまっ!?いきなりなァにしてんだ!」
『隙有りですね!』
「ったく。ほんと相変わらずだなァ」
『去年の夏以降会ってなかったんですよ!』
「お前が受験があるっつーから会わなかったんだろが!」


先輩に抱き付いて久しぶりの感触を堪能する。
あんまり変わってないかな?あぁでも久しぶりの荒北先輩だ。怒ってる声も腰に回る手の感触も匂いも逞しい体も全部が全部本物で嬉しい。
先輩は私の髪の毛に顔を埋めて匂いを嗅いでるみたいだった。


「まぁ変わりはねェみたいだな」
『元気ですよ!』
「んじゃとりあえずお前の部屋に連れてけ」
『三人で仲良く隣同士なんです』
「知ってんヨ」
『何でですか?』
「その話は後だ後ォ。とりあえず離れろっつーの」
『えぇ、嫌です』
「年数経てば経つほどワガママチャンになってくよなァ」


「チッ、仕方ねェか」と呟いてそのまま先輩は何故か目の前の部屋に入って行く。


「オレの部屋に入りたきゃ靴は脱げよ凛」
『おお!荒北先輩の部屋!』


玄関で先輩から離れていそいそと靴を脱ぐ。高校の時はどれだけお願いしても部屋に連れてってくれなかったからなんだか新鮮だ。
玄関入って直ぐがキッチンでそこにはキッチン用品が綺麗に整頓されている。
先輩ちゃんと料理とかしてそうだなぁ。


「探検も後からにしろ」
『え、冷蔵庫の中見たいです』
「大したもん入ってねェし、行くぞ」
『えぇ』


冷蔵庫に手を伸ばしたとこでその手を掴まれた。そのままずるずると部屋へと連行される。
あ、部屋もちゃんと綺麗にしてある。


「とりあえず適当に座ってろ」
『はーい』
「あちこち触ンじゃねェヨ!」
『はぁい』


適当な場所に座って興味津々で周りを見回してたら面白そうなものを発見した。それに手を伸ばそうとする前にさっくり注意されてしまう。先輩分かってるなぁ、気になるけど後からにしよう。あれきっと箱学の卒アルだ。
私は持ってきたけど男の人が卒アルを一人暮らしの住まいに持ってくるものなんだろうか?


「麦茶でいいよな?」
『大丈夫ですけど』
「あ?シケたツラしてんなァ、どーした?」
『先輩これ卒アルですか?』
「それでェ?」


ぼけっと卒アルを眺めてたら先輩がグラスに入った麦茶を両手に持って戻ってきた。
それをテーブルに置いて私の隣へドカッと座る。卒アルを指差せばそれを手に取りながら話の続きを顎で促した。


『何であるのかなって』
「ハァ?卒アルくらいどこにでもあんだろ」
『男の人もわざわざ実家から持ってきます?』
「何だよ、言いたいことあんならさっさと言え。回りくどい言い方すんなっての」
『あ、今先輩笑いましたね!』


私の言葉に一瞬眉間に皺を寄せるも直ぐに表情を崩す。そのままわしゃわしゃと先輩の顔が見えないくらいに撫で回された。


『前見えないですってば先輩!』
「見えなくていいんだって」
『声が震えてますよ!笑ってるじゃないですか!』


気になったのは仕方無いじゃないですか!私の頭を撫で回している腕を止めようと手を伸ばしたら空いてる方の手で阻まれてしまう。
そのまま伸ばした手を引かれ気付けば先輩の腕の中だった。
えぇと、嬉しいけど先輩からこういうことってあんまり無いから恥ずかしいんですけど。


「オメェもやっと自覚してきたんだなァ」
『自覚?』
「初めて会った時はチンチクリンのガキだったのによ」
『何年前のことだと思ってるんですか!』
「だから育って良かったっつってんだろ、怒んな怒んな」


抗議をしようと腕の中でもがくと背中をぽんぽんあやすかのように優しく叩かれた。
先輩の頭が私の頭に乗ってるので身動きが取れない。


「匂いは全く変わんねェのに不思議なもんだよなァ」
『シャンプーは適度に変えてますよ?』
「バッカ、そこじゃねェよ」
『先輩、この体制ちょっとしんどいです』
「我慢しろ」
『えぇ』
「オレだってなァ色々と我慢してんだヨ、チンチクリンのガキの成長待ってなァ」
『それはお待たせしてすみません』
「それとだな」
『まだ何かありますか?』
「荒北先輩ってのそろそろ止めろ」
『荒北さん?』
「チゲェ、それじゃ真波みたいだろが」
『えぇっとじゃあ靖友先輩?』
「まぁ、今はそんなもんか」


表情は見えないけど声だけで先輩が嬉しそうなのが分かった。顔見たかったのにー。
結局その体勢のまま先輩が満足するまで話は続いた。解放されたころにはあちこち痛かったし麦茶の氷もすっかり溶けていた。


『先輩の誕生日何します?』
「何もしねェ」
『えっ』
「お前ンちで一日寛ぐから精一杯労えヨ凛」
『労えっておかしくないですか?』
「オメェはいちいち一言多いな!いーんだよ!オレが決めたンだから」
『じゃあ先輩の好きな料理作りますね』
「靖友」
『?』
「ちゃんと先輩の前に靖友って付けろヨ」
『分かりました、靖友先輩』
「おーそれで良し良し」


わぁ、さっきもこんな嬉しそうな笑顔だったのかな?
見てるこっちが気恥ずかしくなるくらい清々しい笑顔だった。先輩こんな笑い方も出来たんですね。よっぽど名前で呼ばれたのが嬉しかったらしい。


「荒北さーん、引っ越し祝いに夕飯奢ってください!」
「ハァ?」
『あ、真波くんと委員長!カレー作ったから食べてく?』
「いいんですか?じゃあお邪魔しまーす」
「オイコラ真波!つーか凛オメェも何勝手に許可出してんだヨ!」
「凛ちゃんほんとにいいの?」
『カレー作りすぎちゃったからちょうど良かったの』
「わー相変わらず綺麗ですね荒北さんの部屋」
「真波ィ!勝手に触るンじゃねェ!」


夕方に靖友先輩からのリクエストでカレーを作ってたら真波くんが委員長を連れて遊びにやってきた。ちょうど作りすぎて悩んでたから良かった良かった。それに対して先輩は不機嫌だったけど委員長から缶ビールの差し入れがあって直ぐに大人しくなった。
何で委員長が缶ビールなんて持ってるのか聞いたら真波くんの先輩も同じアパートだと聞いた委員長のお母さんが引っ越しの挨拶にと持たしてくれたらしい。さすが委員長のお母さんだ。


『せせせ、先輩!?』
「やすともって付けろって言っただろーが」


カレーを食べ終わって二人を見送って後片付けも終わったので私も自分の家に帰ろうと思った時のこと。先輩にいきなりベッドに押し倒された。もっとこう、ムードとか無いんですか先輩?急すぎてびっくりした。


「ほら言ってみ」
『靖友、先輩』
「良く出来ましたァ」


お酒臭いし酔っぱらってるのだろうか?
いやでもそこまで飲んでないよね?うちのお父さんだってこれくらい普通に飲んでるし。
なんて冷静に考えてる場合じゃ無いかもしれない。するりと手が服の中に入ってきたよ!?


『あの、せん…靖友先輩!』
「オレはオメェがちゃんと後追ってきて嬉しいんだからな。そこちゃんと分かっとけよォ」
『分かってます!分かってますって』


耳元で話さないで欲しい。息が当たってくすぐったい。そのまま耳を甘噛みしまり頬にキスをしたりやりたい放題だ。酔っぱらってるのか上機嫌なのかその両方なのかもしれないけどこれはどうしたものか。
お腹を撫でてた手がだんだん上に登ってきてる気がする。いや別にいいけど、大丈夫だけども!こう急にくるとは思ってなかったよ!


貞操の危機!そう思ったのも一瞬で急に先輩の全体重がのしかかってきた。呼び掛けても返事はなくて小さな寝息が聞こえるだけだ。


『えぇ』


靖友先輩はお酒が弱かったりするのだろうか?
鍵を開けっ放しで帰るわけにも行かずそのまま先輩の横で寝ることにした。
掛け布団を先輩の下から引っ張り出すのは大変でした。
さっきはあれだけ慌てたもののこうなってしまったら何だか残念な気もする。
誕生日はお酒を禁止してみよう。飲まない先輩が何て切り出すか少しだけ楽しみになった。


誰そ彼様より
荒北さん誕生日おめでとうございます!もはや恒例と言ってもいいでしょう。何となくスランプ突入です。まぁきっとそのうち戻るはず。
2019/04/02

赤ずきんのワルツ

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