新開先輩は格好良い。本当にいつだっていつ見ても格好良いです、素敵です、大好きです。


『泉田泉田!昨日は新開先輩部活に来た?』
「椎名、何度も言うけど新開さんはもう自由登校だから部活にはあまり来ないよ」
『そっか』
「けれど明日は来る」
『ほんと?』
「久しぶりに部員と走りたいって連絡が来たから絶対に来るよ」
『じゃあ見に行ってもいい?』
「明日は外を走るから見てる分にはいいだろう。…けど」
『けど?』
「もうすぐ卒業式だよ。椎名はそのままでいいと思ってるのかい?」


高校一年の時に新開先輩に一目惚れした。
同じクラスの泉田に会いに来た時に一目見て恋に落ちたのだ。
それからはこっそりと新開先輩の追っかけをするのが常だった。
近場の試合なら応援に行ったし二年連続で泉田と同じクラスだから新開先輩のお話は全部聞かせてもらった。
泉田も新開先輩のことを尊敬してるらしく私達は言ってみれば同士みたいなものだ。
と言うことで今日も新開先輩の情報を手に入れようと泉田に話し掛けてみたんだけどそのままでいいとは?


「新開さんと話さないまま終わっていいのかとボクは聞いてるんだけど」
『え、でもそんなの恐れ多いし』
「椎名がそのまま終わってもいいならいいよ。ボクのことじゃないしね」
『えぇ!』
「まさか君は新開さんが卒業しても新開さんの情報をボクから得るつもりじゃないよね」
『…え、駄目?』


意味が分からなくて首を傾げたら小さな溜息を吐いて詳しく教えてくれた。
東京の大学に行くってのは聞いたからまたレースの情報とか泉田から聞かせてもらおうと思ったのに。私の返事に泉田は今度は大きな溜息を吐く。


「椎名、ボクもそんなに暇人では無いよ」
『私と泉田の仲じゃないか』
「だからこれからはボクを通さずとも新開さんと直接連絡を取ればいいと提案してるのだけど」
『え、新開先輩の連絡先教えてくれるの!』
「個人情報の漏洩になるからそれは出来ない」
『えぇ、じゃあどうするのさ』
「直接新開さんに聞けばいいだろう?」
『は?』
「とにかくボクはこれ以上君に協力しないから自分で頑張るしかないよ」


泉田が突然裏切ったんですけど!えぇ、何で何で?私達新開先輩ファンクラブの会長副会長じゃなかったの!?


「そんな目で見ても無駄だよ」
『泉田突然酷い』
「ボクだってこんなこと言いたくは…いや、明日お昼にこれ持ってウサ吉のところに行けばいいよ」
『パワーバー?ウサ吉のとこ?』
「それ新発売だから新開さんもきっと喜ぶだろうしお昼はウサ吉の餌やりの時間だからね」
『……でも』
「これを逃したら新開さんとの縁が切れると思って頑張るといいよ」


「じゃあボク練習に行くから」と私の肩を叩いて泉田は去っていった。私の手にはパワーバーチョコレート味。パワーバーが好きなのは知ってるけどどうやってこれを渡せばいいのだろうか?え、泉田本気で言ってるの?
悶々とした気持ちを抱えたまま家に帰ることになった。


「凛ーアンタは明日チョコレート誰かに渡さないの?」
『何で?』
「何でってほら見てみなさいよ。バレンタインじゃないの」
『あぁ』


家に帰りボーッとしたまま夕食を終えてテレビを観ている時だった、バレンタイン仕様のポッキーのCMが流れていたせいかお母さんに突っ込まれてしまう。
CMでは母娘が仲睦まじくバレンタインについてあれこれ話してる最中だった。


━━先輩!ポッキー一本分の時間私にください!━━


『あ!』
「いいわねぇ、お母さんもお父さんにバレンタイン久しぶりに渡してみようかしら」
『そうだよこれこれ!』
「凛もやっぱりそう思う?」
『うん、絶対に良いと思う!』
「やっぱり貴女も私の娘ね」
『じゃあ私お風呂入って寝るから』
「今からお母さんとチョコレート作ってくれないの?」
『うん、それはいい。おやすみお母さん!』
「あら?結局チョコレートあげないのかしら?」


CMに釘付けでお母さんが何を言ってるかはあんまり頭に入ってこなかった。これなら新開先輩ときっとお話出来るだろう!泉田から貰ったパワーバーを無駄にしないようにしなければ!
悶々としてたのが一瞬でスッキリしたのでさっさとやることやって寝ることにした。
バレンタインだからパワーバー渡してもおかしくないもんね!


『泉田!じゃあ行ってくるから!』
「あぁ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ椎名」
『いやいや、緊張するなとか無理だよ!』
「新開さんはちゃんと君の話を聞いてくれるよ」
『そりゃ新開先輩だからね!優しいに決まってる!じゃあ後でね!』
「ボクはそういう意味で言ったんじゃ…ってもう行ってしまったか」


泉田から昨日貰ったパワーバーとお母さんに用意して貰ったニンジンの切れ端の入ったタッパーを手にウサ吉の所へと急ぐ。ウサ吉のことを考えて親しい人にしか話してないらしいのでバレンタインとは言えそこには新開先輩しかきっと居ないだろうと泉田が教えてくれた。


ウサ吉をこっそりと見たことはある。新開先輩が居ない時にニンジンをあげたりしたこともある。なので場所は分かっていたから直ぐに辿りつけた。この角を曲がればウサ吉の小屋だ。
あぁでも緊張する。新開先輩を意識した途端に足が止まってしまった。
心臓が早鐘を打つようにドキドキと煩い。
本当に新開先輩はいるのだろうか?もし居なかったら?もしかしたらもうウサ吉の餌やりは終わったかもしれない。それならこのまま戻る?やっぱり新開先輩と話すのって緊張するよね。初めてが二人とか無理かもしれない。それならやっぱり泉田にも来てもらおう。うん、それがいい。
そしたら紹介して貰えるかもしれない。
くるりと180度方向を変えて戻ろうとした時だった。


「やぁ」
『ぎゃ』
「おっとごめんよ、近すぎたよな」


方向を変えて走りだそうとした所だったので勢いがついて誰かの胸へと思いきりぶつかったのだ。


『ごめんなさい!ちゃんと見てなくて』
「オレも君の真後ろに居たからごめんな」


恐る恐る顔を上げてみればそこには新開先輩が立っている。まさかのここで出会すの!?
え、想定外だよ!?


『し、新開せんぱ』
「顔が赤くなってるな。そんなに強くぶつかってはないと思うけど」
『や、えぇとこれは…だ、大丈夫です』
「それなら良かった。それで君はここで何をしてるんだい?」


顔が赤いのはぶつかったからとかじゃなくて新開先輩が目の前にいるからですよ!
そんなこと言えるはずもなくどうしようかと視線が左右に泳いでしまう。
第一関門のお話をするってのはもうクリアした。次は第二関門のあの台詞だ。言うなら今しかない。これを逃したら泉田の言う通り新開先輩とのせっかくの縁がなくなってしまう!


『先輩、あの!パワーバー一本分の時間私にください!』


半ばヤケ糞で声のボリュームを間違えながらもパワーバーを差し出して昨日思い付いた台詞を言ってみた。これで断られたら大恥だ。末代まで泉田を呪おう。差し出した手がプルプルと震えて既に恥ずかしいけれど。


「おめさん面白いこと言うな。あぁ、これ泉田の言ってた新発売のやつだな」
『泉田がこれを新開先輩に渡してこいって』
「それ言っちゃうんだ」
『は!あ、いや…やっぱり言っちゃ駄目でした?』
「正直で良いと思うよ椎名さん」
『……へ?』
「早くしないとオレパワーバー食べ終わっちゃうよ」
『あ!そうだ!ゆっくり食べてください!』
「どうかな?これ一番好きなシリーズだからね」


何故先輩は私の名前を知ってるのだろうか?疑問が頭をぐるぐる埋め尽くしていく。
けれど先輩に急かされてハッとなった。
既にパワーバーは私の手から離れてペリペリと包装を開けられている。急がねば!私に残された時間はパワーバー一本分しか無いのだから。


『あの、えぇと先輩もうすぐ卒業なので凄く厚かましいお願いだとは思うんですけど』
「うん」
『大学でも自転車部に入ると聞いたのでまた応援に行きたいので連絡先を教えてくれませんか!』
「椎名にならいいよ。はいこれオレの連絡先」
『え』
「後からちゃんと連絡してくれよ。っとウサ吉の餌やりしないとだな。それもウサ吉の餌だろう?」
『あの、…そうです』
「じゃあ一緒にウサ吉に餌やりをしようか」


聞きたいことが沢山ありすぎてどれから聞いていいのか全く分からないです。
けれど新開先輩がせっかく誘ってくれたのでウサ吉の餌やりをご一緒させてもらうことになった。嬉しいけど気になること沢山だよ!


「ウサ吉ご飯だぞ」
『可愛いですね』


スンスンと鼻を動かしてウサ吉が新開先輩の差し出したセロリを噛っている。
相変わらず可愛いなぁ。先輩の隣にしゃがんでその様子を眺めている。もうそれだけで幸せだ。


「ほら椎名もウサ吉に餌をあげるといい」
『はい』


飼い主の先輩から許可がおりたのでタッパーからニンジンを取り出した。


『ウサ吉ご飯だよーニンジンだよー』


セロリを食べ終わったウサ吉がスンスンと鼻を動かしてこちらへとやってくる。
カリカリと私の手からニンジンを食べはじめてくれた。良かった、最初は警戒されて食べてくれなかったんだよね。
何回もチャレンジしてようやく食べてくれるようになったのだ。


『今度はパセリにするね?あ、ブロッコリーも好きだよね確か。春になったらたんぽぽもいいかもねぇ』
「やっぱりおめさんこれが初めてじゃないな」
『あ!』


ニンジンを食べ終わったウサ吉が私の指を舐めてくれたのでお礼にそっと背中を撫でていたら隣から新開先輩の優しい声がした。
ウサ吉に夢中になりすぎてついいつものように話しかけてしまった!


『あの、勝手にすみません』
「ウサ吉も懐いてるようだし謝らなくていい。オレや寿一達だけじゃ寂しいしな」


後戻りすることは出来ないし顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
さっきから間抜けなことばかりしている。初めてお話したのにどうしたらいいんだろうか。


「最初は泉田の彼女かと思ってたよ」
『え』
「よくレースの応援に来てただろう?」
『あ、それはそうです。けど泉田とはそんな関係じゃなくて』
「泉田もそう言ってたな」


泉田の彼女!?いやいや、私達の関係は決してそんなんじゃなくてですね!
ちゃんと否定しなければとウサ吉から新開先輩の方を向けば喉を鳴らして笑っている。


『あの、新開せんぱ』
「泉田には全否定されたよ。それで教えてくれたんだ、変に勘繰られても迷惑なのでってな」


変に勘繰られてもってそれは泉田に賛成だけれども彼は新開先輩に何を教えたって言うのだろうか。隣に新開先輩が居てくれることを意識せずにいれたのにここでまた最初のドキドキが戻ってきた。そわそわと落ち着かなくなって堪らずに頭を下げた。


「東京の大学だけどまた応援に来てくれるんだろ?」
『それははい、近場なら何処へでも行きたいです。先輩が良ければ』
「じゃあ楽しみにしてるよ椎名」
『はい』
「時間も時間だしそろそろ戻ろうか、今日の練習は?」
『新開先輩が来るって泉田に聞いたので行かせてもらいます』
「じゃあ話はその後だな」


ぽすんと大きな手の平が私の頭に乗った。
ドキドキがさらに加速して大変なことになっている!おずおずと頭を上げると新開先輩が微笑んでいた。こんな近くで先輩が笑ってくれるだなんて昨日までは思ってなかったし。泉田本当にありがとう!
その手が離れて先輩が立ち上がるのでそれに習って私も立ち上がる。
何が何だかまだよく分からないけど放課後の練習も張り切って見に行こう。
絶対に今日も先輩は格好良い。


「新開さん」
「どうした泉田」
「肝心なこと椎名に言ってないのは何故ですか」
「オレが話すたびに緊張してる彼女にそれを伝えてひっくり返られても困るだろ?」
「それはそうですけど」
「オレの一言一言に表情がくるくる変わるから楽しいんだよ。もう少しそれを楽しんでもいいだろ?」
「全ての話を聞かされるボクの身にもなってほしいですね」
「オレが卒業しても泉田がいるから安心して大学にいけるよ」
「新開さんにそう言われたらもう何も言えないです」
「怒ったのかい?」
「いいえ、椎名とはもう二年の付き合いなので後一年面倒を見るのも変わらないです」
「じゃあ頼んだよ」
「えぇ、ボクに任せてください」


泉田が出張りっぱなし(笑)
新開さんも夢主のことは知ってたよ。泉田のおかげで名前まで知ってたよ。そんなお話。
あぁ、新開さん難しかったー!
2019/02/13

パワーバーチョコレート味

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