あぁ、どうしよう。
私は今、赤也がサンタクロースが居ないと気付く瞬間に立ち合おうとしている。
まさかこんなことになるとは全く思っても無かったんだ。


「帰る」
『ちょ、赤也!?まだ講義中だよ』
「んなもん分かってる。体調悪いから帰る」


まだ講義は続いていると言うのに赤也はさっさと荷物を片付けて出てってしまった。
やっぱりショックだったんだと思う。
発端は十分程前のことだった。


授業の流れからフィクションとノンフィクションの違いという話になりそこからフィクションで有名な人物はと言う話になったのだ。金田一耕助や明智小五郎、ドラえもんやらフィクションの世界で有名な人物またはキャラクターの名前が次々にあげられる。一人の生徒がその時に「サンタクロース」と発言したのだった。


「サンタクロースがフィクションなわけねぇし」と赤也は最初それを鼻で笑った。けれど続く教授の言葉にみるみると表情を変えたのだった。


「サンタクロースか。とても興味深いことを言うね。確かに日本にはサンタクロースは居ない。けれどグリーンランドには国際サンタクロース協会があってそこで公認されたサンタクロースが世界に120人程いる。彼らは果たしてフィクションの存在なんだろうか?実に面白いね」
「詳しいですね」
「恥ずかしながらサンタクロースがいるいない論争は昔息子とやっていてね。その時に調べたのさ」
「その120人は本物ってことですか?」
「それが難しいんだよ。サンタクロースの存在自体は架空の人物とされているからね。彼らが実際に世界中のこども達にプレゼントを配り歩いてるわけでも無いし」
「じゃあサンタクロースはやっぱりフィクションの存在ですか」
「そうなるだろうね」


このやりとりの後に赤也は出てってしまったのだった。はっきりばっさりとフィクションの存在と言われてしまったらショックだろう。私だって小学生の頃にクラスの男の子にそうやって言われた時は思わず泣いてしまったくらいだ。
サンタクロースを上げた学生のことを思わず恨みそうになってしまう。彼だって悪気は無いのは分かってるけどわざわざサンタクロースのことを言わなくても良かったよね。


「椎名君、ちょっといいかね」
『はい』
「君の隣に座ってたのはえぇと、切原君だね。彼は急にどうしたんだい?」
『体調不良だそうです』
「そうか。いや、普段は真面目に講義を受けているからね。何かあったのかと思って」


講義が終わって周りがさっさと帰る中、私の動きは凄く緩慢だったと思う。今日の講義はこれで終わりだから後は部活に行くだけだ。赤也は来ないだろうし幸村先輩達になんて説明しようか、そんなことを考えてたら教授から話しかけられた。得意教科なこともあって赤也はこの講義を普段から真面目に受けている。寝ることも遅刻することも無断で早退することも無いから心配してくれたのだろう。沢山の生徒がいる中でこの教授は一人一人をちゃんと見てくれる珍しい存在だ。周りを見回すももう私しか残って居ないので赤也が早退した理由を話すことにした。


「そうか、それは悪いことをしてしまったな」
『誰が悪いわけじゃないんですけど』
「しかし、この年になってサンタクロースを信じているとは驚いた」
『やっぱり先生も笑いますか?』
「いいや、彼はとても周りに恵まれているんだね」
『え?』
「椎名君、君はどうなんだい?サンタクロースはいると思うのかい?」


私の言葉に教授は目を細めるだけだった。てっきり笑い飛ばすかと思ったのにだ。やっぱり人気のある教授なだけはある。


『小学生の頃にクラスの男の子にサンタクロースは居ないって言われたんです』
「ほう、それで」
『私はサンタクロースがいるって信じててでも小学校高学年にもなるとクラスでも私だけでした。誰も信じてくれなくて泣きながら帰ったんです。それで母にその日あったことを伝えました』
「お母さんは何て言ったのかな?」
『信じてなければサンタクロースが来ないのは当たり前だと。サンタクロースは信じてるこどもにしかプレゼントを配らないんだって。だから仕方無いんだよと言われました』
「君はそれをどう思ったのかい?」
『こどもながらに納得したような気がします。確かにサンタクロースなんて居ないって言う人のところにわざわざプレゼントを配りになんて行かないのかなって』
「素敵なお母様だね」
『そうですね』
「今はどう思ってるのかな?」
『サンタクロースがフィクションなのは分かってます。けれどサンタクロースがいるって信じてる人にはサンタクロースはノンフィクションなのかなとも思ってて』
「貴重な話をどうもありがとう」
『いえ』
「明日の講義に切原君を連れてきてくれないかな」
『それは大丈夫だと思います』
「僕の講義は必修だしね。じゃ頼んだよ」


私の肩をぽんと叩くと教授は行ってしまった。私もそろそろ部活に向かわないと。中学一年から赤也のサンタクロースの話に付き合ってくれてた先輩達はきっとがっかりするだろうな。かれこれ六年目になろうとしてるんだから。


『と言うことで帰ってしまいました』
「赤也もやっと気付いたんだな!遅すぎだろい」
「おいブン太!笑いすぎだぞ!」
「そうか、サンタクロースが居ないって赤也は気付いてしまったんだね」
『すみません』
「貴女が謝ることではありませんよ」
「それくらいで講義をサボるとはたるんどる!」
「しかし困ったのう」
「どうするべきか」
『あの、来週まで待ってもらえませんか?』


講義の後に教授と話したことを先輩達へと説明する。あの口ぶりだときっとどうにかしてくれそうだと思ったのだ。サンタクロースが居ないってことに気付いてしまった事実は変わらないけれど学生想いの教授のことだから何か考えがあるのだろう。真田先輩は講義と部活をサボったことにご立腹だったけれど何とか幸村先輩達が宥めてくれた。明日の部活に来れば今日のことは水に流してくれるそうだ。明日絶対に講義に連れていかないとだな。


「体調悪い」
『全然元気でしょ。さっき私の作ったご飯食べたよ』
「行きたくない」
『必修科目だから落とすと怒られるよ』
「一日くらい別にいいだろ」
『その一日くらい休んでもってのが駄目。どんどん嫌になるよ赤也』
「お前もどうせ笑ってたんだろ」
『…そんなこと』
「俺がサンタクロース信じてんの裏で笑ってたんだろ」
『そんなことない!』


翌朝、赤也を迎えに行くと案の定行きたくないとごねた。大学一年から赤也は近くで一人暮らしをしているので(切原家の決まりごとらしい)迎えに行くのは私の日課だ。寝惚けて「腹減った」って言うから朝御飯まで作ったのに体調不良だなんて絶対に嘘でしょ。珍しくうじうじとしているのでつい怒鳴ってしまった。怒鳴るなんて普段の喧嘩でも無かったことだから赤也はそんな私を見て目を丸くしている。


『私ね、小学生の頃にクラスの男の子にサンタクロースなんて居ないって言われたの』
「それが結局事実じゃん」
『でも凄く悔しかった。周りの友達もみんな居ないって言ってて悔しくて泣きながら帰ったの。だからね高校の時に赤也と仲良くなってサンタクロースを信じてるって言うからさ』
「だからそれが面白かったんだろ」
『違うの。サンタクロースを信じてる赤也だから好きになったんだよ』
「はぁ?何だよそれ」
『私が信じきれなかったサンタクロースをまだ赤也が信じててすごいなぁって思ったの。お母さんが信じてなければサンタクロースが来ないのは当たり前だって言ってくれたよ。私もそれを信じたけれどどこかモヤモヤは残ったからさ。だからサンタクロースを信じてる赤也のことを笑ったことは一度も無い。断じて無い』
「お前ってたまに圧が凄いよな」
『圧って何?』
「真田先輩より圧力ある時あるし。行きたく無いけど行くか。また怒鳴られたくねぇし」
『あ!それはごめん!』


私の言葉に観念したかのように息を吐くと立ち上がってくれたので大学に行ってくれるのだろう。よし、これなら大丈夫な気がする。


「眠い」
『赤也、寝ちゃ駄目だよ』
「分かってるって」
『ちゃんと来てくれてありがとね』
「凛が俺のこと笑って無いならそれでいいと思ったんだよ。すげぇまだ納得いかねぇけど」
『うん』


矛盾してるようなことを言った気がするけど来てくれたからもう何も言わないどく。赤也が少しでも元気になれたらいいけど教授は何をするつもりなんだろう?


「少し早いけど今日はここまで。ここからは僕の雑談に付き合ってくれるかな?時間のある人だけでいいから」


昨日のことに一切触れずに講義が終わったと思ったらきっとここからが本題なんだろう。壇上の教授と目が合った気がする。こうやって空いた時間に雑談をするのもいつものことで用事があったり聞きたくない学生はさっさと出てってしまう。赤也も今日はそんな気分じゃ無いらしく帰り支度を始めようとするから慌ててその手を止めた。


「何だよ」
『教授の話聞いてこ赤也』
「今日はパス」
『お願いだから。ね?お願い赤也』


赤也は私のお願いに弱いことは知っている。滅多に使ったりはしないけど私が懇願すると渋々また座ってくれた。


「さて、昨日話題になったサンタクロースの話をしようか。君達の中にサンタクロースを今でも信じてる人はいるかな?」


教授の問いかけに反応する生徒は居ない。赤也が隣で不機嫌そうに舌打ちをした。立ち上がって帰らないかヒヤヒヤしたけどそれは無さそうだ。


「では昔サンタクロースを信じてたという人は?」


全員がこの質問には挙手をする。赤也も軽く隣で手を挙げている。不機嫌そうでもこういうところが素直で赤也の可愛いとこだと思う。


「全員が挙手をしたね。不思議だね、昔はサンタクロースを信じてたというのに18歳になった途端に全員がサンタクロースを居ないと思ってしまうのは」
「親から居ないって言われました」
「俺は友達に居ないってばらされた」
「学校の先生に言われたし」
「理由は様々にしろみんな周りにサンタクロースが居ないって言われたんだね」


教授の言葉に全員が頷いた。確かに不思議な話のような気がする。あれほど信じてた存在を周りから言われただけでサンタクロースは居ないって思ってしまうだなんて。


「これはとても興味深いことなんだよ。今日の話には関係の無いことなんだけどね。では仮にここに一人の女の子がいるとしよう。君達と同じ大学一年生だ。彼女は今でもサンタクロースを信じている」
「嘘だぁ」
「有り得ないし」
「ないない!先生そんなの絶対に無いよ」


教授の言葉に誰もが笑いながら否定の言葉を告げる。隣の赤也がグッと両手を握りしめているのでそれに自分の片手をそっと重ねる。私は笑わないよ赤也。だから大丈夫だよ、恥ずかしく思ったりイライラしなくていいんだからね。


「どうしてそう思うんだい?」


周りの否定の言葉に問う教授はとても真剣な顔をしていて場が静まりかえった。


「誰か答えれる人は?」
「現実にここにいねーし」


静まりかえった教室で赤也がぽつりと呟いた言葉は思ったより大きく響いた。


「僕は仮にと告げたよ。例えここに居なかったとしても世界のどこかに彼女みたいな人はいるだろう。誰も答えられないのなら僕の思ったことを言うね。彼女はきっと周りからとても愛されているんだよ。家族や友人にね。あぁ、君達が愛されていないと言うわけじゃない。ただ彼女はそれ以上に周りから愛されているんだ。サンタクロースがいると信じて疑わない彼女の心を周りが大切にした結果18歳になっても信じていることが出来たんだろうね。だから笑うことじゃないんだ。昔は誰もがサンタクロースを信じていたんだから。誰からもサンタクロースが居ないと言われなかったら君達もきっと彼女と同じようにサンタクロースを信じてたかもしれないね。時間だ、今日の雑談はここまで」


教授の言葉を合図に生徒達がそれぞれ会話をしながら出ていく。そろっと隣の赤也を見ると複雑そうな表情をしていた。


『赤也?』
「お前バカじゃねぇの」
『バカじゃないよ。赤也より成績良いし』
「部活行くぞ。真田先輩に殴られっかもなー」
『今日ちゃんと来たら水に流してくれるって』
「お、それならラッキー!」


照れ臭そうに言うから私の言いたかったことは教授を通して充分に伝わってると思う。まさかこんな話をしてくれるとは思ってなかったし私としては赤也が元気になってくれたらそれで良かったんだけど。


「赤也、サンタクロースのことなんじゃが」
「居ないって思うやつのとこにはサンタクロースは来ませんよ仁王先輩」
「はぁ?お前まだ信じてんのかよ」
「丸井先輩までそうやって言うんすか?そんなんだからクリスマス前に彼女に逃げられ、痛っ!」
「赤也、それブン太にはまだ禁句な」
「テメェ、ふざけんなよ赤也!」
「ちょ!丸井先輩それラケット!」


珍しく丸井先輩が赤也を追い掛け回している。確かについ二、三日前に別れたばっかりだからまだ禁句のはずだ。


「椎名はどんな魔法を使ったんだい?」
『私じゃなくて教授のおかげですよ』
「ふむ、あの教授ならば魔法を使っても不思議ではないな」
「学生に対してとても誠実だと評判ですからね」
「幸村、昨日のこと以外ならば怒っても構わないだろうか」
「そうだね、さすがに煩いからね」


せっかく昨日のことを水に流してもらったのに赤也は丸井先輩と二人で真田先輩に怒られることになった。相変わらずだなぁ。
さて、今年のプレゼントはどうしようかな?赤也のお姉さんからも頼まれてるから今年は私がサンタクロースの役もやらなくちゃな。どっちも喜んでくれるといいなぁ。


「凛!起きろって凛!」
『ん、なぁに赤也』
「サンタ!サンタ来たんだって!」


クリスマス当日、深夜に赤也の両親お姉さん幸村先輩達からのプレゼントを寝静まってから枕元に置くのはとても大変だった。私のこと抱き枕にして寝るから抜け出すのに苦労したし。けれど疑いもせずに喜んでくれるから良かった。赤也のこの屈託無く笑う顔が好きだ。普段とはまた違う無邪気なところ。きっと赤也の家族も先輩達も同じなんだと思う。


「んでお前には何でサンタ来ないんだよ」
『一瞬でも疑ったら駄目なんじゃない?』
「あぁ、そっか。ま、俺のプレゼントあるから落ち込むなよ凛!」
『赤也のプレゼントだけで充分だよ。サンタさんのプレゼントは私には勿体無い。あ、私からも赤也にプレゼントね』
「おお、サンキュ!」


早速プレゼントの山を一つ一つ確認している。今日はのんびりおうちデートになりそうだな。けれど嬉しそうにはしゃぐ赤也がいるからそれも良いかもしれない。


『私のプレゼント何でゲームなの!?』
「一緒にやったら絶対に楽しいと思って」


悪気も無くさらっと返事するものだからそれ以上は何も言えなかった。CoD: BO4とか…こないだ隣でやってる時に面白そうって確かに言ったけどうちにはPS4がまだ無いんだよ赤也!仕方無いのでお父さんに懇願しよう。うちのサンタさんにお願いしよう。


赤也がもしもサンタクロースが居ないと知ったらどうなるかって妄想から膨らんだ作品。なんだかんだサンタクロースを信じ続けるんじゃないかなぁと。赤也はこのバランスがどうしようもなく好き。
2018/12/23

サンタクロースを信じる君が好き

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