庭球short『そうして無自覚の恋はゆっくりと育っていくのです』続編。向日の二つ下妹設定


「若」
「跡部さんですか」
「明日お前誕生日だろ?部活に顔出しに行ってやる」
「それは有り難いですね。練習に参加もしてくれるんですよね?」
「当たり前だろ。お前の成長も気になるしな」
「ではまた明日」
「俺様を退屈させるんじゃねぇぞ」
「勿論ですよ」


そうか、明日は俺の誕生日か。特に気にして無かったからすっかり忘れていた。どちらかと言えば誕生日は祝われるよりも父母に感謝すべき日だと思ってるからだろうか。跡部さんが部活に顔を出してくれるのならこんなに嬉しいことはない。


『明日ですか?』
「あぁ、そうだ」
「宍戸さんも顔を出してくれるって日吉」
「全員で来るみたいです」
『じゃあお兄ちゃんも来るんだ。そんなこと言って無かったのに』
「向日さんは他人の誕生日覚えないからなぁ」
「そうですね」
「俺もいちいち覚えたりはしないがな」
『え?え!?誰の誕生日なんですか?』
「俺だ」


珍しく声を荒らげたと思えばそんな話か。普段大人しいからこんな声も出せるんだなと少しだけ驚いた。目を白黒させているが部活の始まる時間なのでコートに向かうことにする。
明日、跡部さん達が来てくれることは嬉しいが今日は今日でやるべきことをしておかないとな。慢心しては意味が無い。


「凛ちゃん驚いてたよ日吉」
「そうか」
「誕生日くらい教えてあげれば良かったと思う」
「何で俺がいちいち周りに自分の誕生日を言わなくちゃならないんだ」
「親しい人の誕生日は知っておきたいものだよ」
「俺もそう思う」
「じゃあアイツお前らの誕生日は知ってるのかよ」
「そうだね」
「知ってる」


二人の返答に思わず舌打ちが出た。舌打ちが出たことにもイライラしていたがそのまま練習を始めることにする。こんな状態で練習をしたって何の意味も無いことは分かっていたのに結局俺は部活が終わるまでイライラしたままだった。慢心しているつもりは無いがなんなんだ、クソ。


『日吉先輩お疲れ様です』
「あぁ、お疲れ」
『あの、先輩って好きな食べ物ありますか?』
「なんだ藪から棒に」
『えぇと聞いたことが無かったので』
「ぬれせんべいだ」
『ぬれせんべいふにゃふにゃしてて美味しいですよね』
「そうだな」
『味は何でも好きなんですか』
「あぁ、大体何でも好きだな」
『分かりました。自主練してきますか』
「明日もあるから少しだけな」
『はい』


久しぶりにコイツとテニスと怖い話以外の話をしたような気がする。大体いつもは部活のことかお互い好きな怖い話、七不思議都市伝説系の話しかしない。俺の返答に満足したのか嬉しそうに微笑んでマネージャーの仕事に戻っていった。


「日吉、部活の時より調子が良さそうだね」
「気のせいだろ」
「いや、気のせいじゃないです」
「別にいいだろ」
「この調子で明日も頑張ろうね」
「跡部さん達来ますから」
「勿論だ。下剋上のチャンスだからな」


鳳の言うことは実際間違ってないが認めるのは癪だった。俺のそんな態度に苦笑しながらもそれ以上二人が言うことは無かったので練習を続ける。俺はそんなことより氷帝を全国優勝に導かないといけないんだ。ふいに何かが引っ掛かったがそれは一瞬で直ぐに練習に集中することにした。


「日吉おめでとうな」
「おー!若お前誕生日だったんだな!長太郎から聞かなきゃ忘れてたぜ!」
「誕生日おめでとおめでとー!今日はひよCのために集まったC〜!」
「お前ももっと早く言っとけよなー!凛に怒られたぞ俺」
『お兄ちゃん!?』
「向日、それ以上は言ったら駄目だよ」
「は?何でだよ」
「先輩達変わらず元気そうですね。テニスの腕鈍って無いといいですけど」
「アーン?誰に言ってんだ。今日はお前が嫌って言うまでテニスに付き合ってやるから覚悟しておけよ若」
「望む所ですよ跡部さん」


ま、ブランクありますから先輩達の方が先に音を上げると思いますがね。俺を中心に後輩を先輩達がしごいていく。六人で俺達を相手するだなんて無謀すぎじゃないですか?


「跡部ー!ファイトだC〜!」
「まぁ結局こうなるよな」
「跡部も日吉もほんとようやるわ」
「俺もう駄目。すっげぇ疲れた」
「日吉ー!下剋上のチャンスだよー!」
「滝さん、わざと日吉を煽らないでください」
「あ、バレた?」
「ウス」


外野が少々五月蝿いが仕方無い。部員も先輩達も徐々に脱落していき残ったのは俺と跡部さんだった。


「お前もスタミナ面は問題ないみたいだな」
「いつの話をしてるんですか」
「そうだな、三年前の話になるな。が、俺様に勝つにはまだまだ早いぞ若」
「知ってますよ。アンタは俺の目標ですからそう簡単に負けられても困ります。負けるつもりもありませんけどね」
「言うじゃねぇの」


結局、榊監督に止められるまで跡部さんとの試合は続いた。決着がつかなかったのだ。引き分けか、まぁいい。跡部さんとテニスが出来なくなるわけじゃない。これからも下剋上のチャンスはあるはずだ。


「ひよC〜!跡部と引き分けすっげぇな!」
「たまたまですよ」
「跡部に勝つのも時間の問題かもしれんな」
「まだまだですよ。俺はまだ強くなります」
「また大学でもテニスすんだろ?」
「勿論ですよ」
「んじゃまた待ってるからな!」
「向日さんはもう少しスタミナ増やした方がいいですよ」
「お前それ今言うのかよ!?クソクソ!」
「向日、事実だから仕方無いよ」
「滝!お前に言われたくねぇし!」
「久しぶりに賑やかだね」
「そうですね」
「凛、お前もさっさとしろ」
『え』
「急にどうしたんだよ跡部」
「さぁな。お前ら着替えたら送ってやる。車に集合しろ。若、鍵は頼んだぞ」
「分かってますよ」


部室に戻ると先輩達からプレゼントを貰う。俺の好きなものだったりネタに走ったり様々だ。滝さんと向日さんからのプレゼントには何故か悪意を感じた。まだ開けてはいないけど嫌な予感しかしない。まぁ帰ったらでいいだろ。


「行くで岳人」
「え、凛も一緒に行くだろ?」
『えぇと』
「凛はまだ部誌書かなきゃだC〜」
「なんだよ、んじゃ先に行ってるからな!」
『うん』
「このまま真っ直ぐは帰らないだろうな」
「跡部さんですしね、じゃあ日吉先に行ってるから」
「あぁ」
「じゃあ凛また後でね」


跡部さんと樺地を先頭にみんなが順番に出ていく。アイツまだ部誌残ってるのか?いつもだったら部活の合間に終わらせてるはずだが。滝さんに耳元で何か囁かれて慌てているが何をやってるんだ。


「おい、部誌をさっさと終わらせろ」
『あの、…部誌はもう終わってます』
「じゃあ何で芥川さんはあんなこと言ったんだ」
『ジロー先輩は優しいので』
「それと今お前がここにいるのと何が関係あるんだ」
『それは先輩にまだプレゼント渡してなかったので』


部誌を終わらせたのなら芥川さんがあぁ言う意味があったのか?プレゼントだって跡部さん達と一緒にくれたら良かっただろ。そう言いたかったのに酷く控えめに告げた言葉に何も返事が出来なかった。


『お誕生日おめでとうございます。いつも困らせてばかりですみません』
「なんだそれは」
『昨日ぬれせんべいが好きだって先輩が言ったので近所のお煎餅屋さんで買ってきました』
「違う、何でお前は俺が困ってると思ったんだ」


おずおずと紙袋を差し出すのでそれをとりあえず受け取って疑問をぶつけてみることにした。相変わらず話していてよくわからない居心地の悪さを感じることはあっても困ったことは無いはずだ。


『話してる時にたまに困った顔をしてるのでやっぱり私の好きな話ばっかりしてるから迷惑なのかと思ってて…それでそのお詫びです』


別にコイツとの会話で困ったことは無い。コイツとの話は俺も好きな話が多いからそれは断言出来る。なのに何で急にこんなことを言い出したのか不可解だ。


『なのでもう先輩が迷惑なら色々お話するの止めますね』
「違う」


控えめなままに告げたその一言を俺は即座に否定した。別に迷惑だと思ったことは無い。居心地は悪くとも俺だってコイツとの会話は少なからず楽しんでたと思う。


ふいに昨日引っ掛かったことを思い出した。俺はあの時何に引っ掛かった?


(俺はそんなことより氷帝を全国優勝に導かないといけないんだ)


そんなことってなんだ?俺はあの時何を考えていた?あれこれ思案してみてもよく分からない。ふと急に黙りこんだ俺を心配そうに見つめている向日さんの妹が視界に入った。
あぁ、そうか。部活前に誕生日の話をしていてコイツが鳳と樺地の誕生日を知っていたことにイライラしたんだった。その後の部活はズタボロで自主練に入る前にコイツと話してそれが落ち着いたんだった。それを鳳と樺地に悟られてたんだな確か。目の前の相手を視界に入れてようやくそれがなんなのか分かったような気がした。よりによってあの向日さんの妹だぞ。けれど今更そんな風に距離を置かれては困る。


『あの、日吉先輩?』
「お前のことを迷惑だと思ったことも話していて困ったことも一度も無いから気にするな」
『でもたまに困った顔をしてますよ』
「そういう顔なんだ、いちいち気にするな」
『無理してません?』
「お前は俺がいちいち他人を気遣うような人間に見えるのか?」
『先輩優しいですから』
「兎に角、遠慮はするな。俺の趣味仲間が減るだろ」
『それなら良かったです!』


我ながら捻くれた言い方だとは思う。けれどそんな俺にコイツは嬉しそうに頬を緩めたから細かいことは気にしないことにする。気付いてしまったからには仕方無い。けれど俺には目標があるしこの感情とも上手く折り合いを付けていくしかないんだろうな。


「跡部さん達を待たせているからそろそろ行くぞ凛」
『えっ』
「なんだ、俺は向日さんに言われたように呼んだだけだぞ」
『いえ、何でもないです』
「ぬれせんべいありがとうな」
『それとっても美味しいんですよ』


レイラの初恋様より
間に合ったー!日吉誕生日おめでと!この二人での会話を外でみんなが聞いてたら楽しいよね!けどきっと跡部辺りが気を利かせてみんなを回収してるような気がする。岳人がアイツら遅いだろって迎えに行こうとしてるのを忍足とジローが全力で止めてるのも楽しい。氷帝も好きだなぁ。
2018/12/05

孵化する恋慕

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