『日吉君お疲れ様』
「あぁ、お疲れ」


今日も自主練は日吉君が一番最後か。
誕生日なのに頑張るなぁ。もう他の部員はとっくに帰った後だ。
3年生が引退して部長になって跡部先輩の後を継いだわけだから大変だとは思うけど最近ちょっと心配だ。
私だけじゃなくて皆心配してる。
鳳君と樺地君に任せられたのだ。
「俺達が言っても聞かないからさ」と。
マネージャーの仕事を終わらせて自主練習が終わるのを待ってたけど。
私が上手く伝えれるかな?


「あんた何でまだいるんだ?」
『日吉君が練習してたから』
「別に俺に合わせなくてもマネージャーの仕事が終わったら帰ればいいだろ」
『そういうわけにもいかないんだよ』
「俺が部長だから鍵管理もするし他に理由無いだろ?」


そう言って日吉君はシャワールームへと向かって行った。
鳳君、本当に私が言って聞いてくれるんでしょうか?
「椎名さんなら大丈夫」って爽やかに言い切ってくれちゃったけどさ。
私はこの話より日吉君の誕生日をお祝いしたかったんだけどなぁ。


「なっ!何でまだいるんだよ!」
『あ、ごめん』


上半身裸のまま髪の毛をバスタオルで拭きながら日吉君がシャワールームから出てきた。
いけない、ぼーっと考えすぎてた。
私は帰ったんだと思って気を抜いてたんだな。日吉君が結構慌てた声を上げた気がする。
申し訳ないのでさっと視線をそらした。


「で、俺に何か言いたいことあるわけ?」
『あの、オーバーワークじゃないですかね?』
「は?」
『日吉君が頑張ってるのは分かるんだけど』
「俺がやりたくてやってるだけだ」
『でも』
「まだ足りないくらいだね」
『日吉君は跡部先輩じゃないんだよ』
「そんなこと分かってるからやらなきゃいけないんだろ!」


あぁいけない。地雷を踏んでしまったらしい。日吉君が声を荒らげる。
多分私が言いたいことと違った意味で捉えてると思う。


『日吉君、多分私が言いたかったこと誤解してるよ』
「あんたもどうせ跡部さんには敵わないと思ってんだろ」
『違うよ。誰もそんなこと思ってないよ』
「ちっ」


あぁ不機嫌になってしまった。
そんなつもりは全くなかったのに。
乱暴にロッカーの扉を開けて制服へと着替えているようだ。見てないから予測だけど。


『日吉君が一番自分と跡部先輩を比べてるんじゃないの?』
「あぁそうだよ!悪いのかよ!」
『跡部先輩が引退する時に言ったでしょ?お前の氷帝コールを見つけてみろって』
「だからもっと練習しなきゃならないんだろ」
『練習するのが悪いって言ってるんじゃないんだよ。ただオーバーワークだって皆心配してる』
「俺に強くなるなって言いたいわけ?」
『がむしゃらに練習して強くなれるの?』
「………」
『日吉君の良い所を伸ばさないといけないんじゃないの?』


日吉君から返答が無い。
怒らせてしまったかも。
あぁでも2年代表としてちゃんと伝えなくちゃ。


『日吉君は日吉君らしくやっていけばいいと思うよ。ちゃんと皆付いてきてるし』
「そんなもん分かってるよ」
『え?』
「分かってんの」
『じゃあどうして?』
「跡部さん達が引退してこれからは俺の時代だって欲しかったシングルス1も手に入れて部長にもなって満足した。でもその先が見えなくなったんだよ」
『どうして?』
「五年間だぞ。目標として下剋上しようとしてた人が居なくなったんだ。怖いだろ」


あぁ、そういうことか。
それで目指す所が分からなくなって今みたいな無理な自主練をするようになったんだね。
着替えが終わったらしく部室のソファに座って頭を抱えている。
その隣へ移動してそっと座る。


『ねぇ日吉君』
「なんだよ」
『跡部先輩は別にテニス止めないよね?』
「そりゃそうだろ跡部さんだぞ」
『だったらこれからも下剋上するチャンスはあると思うんだけど』
「あぁ」
『だから焦らなくてもいいんじゃない?』
「そうか、俺目先のことしか考えてなかったんだな」
『それだけ跡部先輩の存在が大きかったってことだね』
「さっきは悪かったな」
『何が?』
「怒鳴っちまって」


ちゃんと落ち着いてくれたみたいだ。
さっきの焦った様な逼迫したような感じはもうない。
ちゃんと伝わったみたいで良かった。
傍らの鞄から今日のために作っておいたマフィンを取り出す。
私からしたら今からが本題だ。


『全然気にしてないよ。その代わり1つお願いしてもいい?』
「なんだよ」
『誕生日おめでとう。これ作ってきたから貰ってほしいんだ』
「なんだそんなことかよ」
『え、うん』


日吉君にマフィンを差し出す。
でもそれになんだか不満げな声で返された。
え?マフィンじゃ駄目だったのだろうか?


「これはどういうつもりで俺にくれるんだ?」
『えっ』
「俺の質問に答えろよ。それ次第で貰ってやるよ」
『えぇと』


それ次第ってどういうこと?
何て答えるのが正解なんだろうか?
今日はマフィン渡すだけにしとこうと思ってたのに!


「早く答えろよ」
『わ、私日吉君以外の人の誕生日はマフィン作ってないよ』
「知ってる。跡部さん達の誕生日はクッキーだったからな」
『だから』
「だから?」


何で今日に限ってそんなぐいぐい詰めよってくるの!
これ以上は恥ずかしいから無理だよ!
いいよ、貰いたくないなら諦めるよ!


『貰ってくれないならいい。自分で食べることにする』
「ちょっと待て。貰わないなんて言ってないだろ」
『日吉君が意地悪なこと言うから』
「悪かったよ。もう言わないからくれ」
『もうー……はい、誕生日おめでとう』
「ありがとな。色々」


限界だったのであげることを諦めようとしたら貰ってくれた。
良かった。分かってくれたみたいだ。
これで私の気持ちまで分かってくれてるといいんだけどな。


『ちゃんと鳳君と樺地君にも明日謝っておいてね。心配してたから』
「分かったよ。っとこんな時間か」
『だいぶ遅くなっちゃったね』
「暗いし送ってってやるよ」
『えぇ!いいよ!』
「危ないだろ。黙って送られとけ」


そう言うと日吉君は立ち上がりさっさと部室を出ていこうとする。
え、ちょっと待ってよ!
慌てて後を追いかけた。


「俺らしく部長としてやってみるからさ」
『うん?』
「来年も部活引退してるけどマフィンちゃんと作れよ」
『分かった。来年はケーキ作るね』
「ちゃんと全国連れてってやるから」
『ありがとう』


これはきっと私の気持ち少しは届いてるってことでいいんだよね?
引退しても誕生日プレゼントあげてもいいだなんて心がほんわか暖かくなりました。


2017年12月5日日吉若ハッピーバースデー!!

エンジュライト小夜曲

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