「たっだいまー!」
『あ、清純君おかえりなさい』
「何作ってんの凛ちゃん」
『ケ、ケーキです』
「俺が昨日言ったことちゃんと覚えてたんだね!偉い偉い!」


夕飯の準備はもう完璧で後はケーキの仕上げだけって時に清純君が帰ってきた。いつもはもう少し遅いはずなのにこんな日に限って早く帰ってくるなんてズルい。サプライズしたかったのに。


「んじゃ着替えてくるね」
『はーい』


私の頬にキスを落とすと清純君は上機嫌でリビングから出ていった。鼻唄まで聞こえたから相当機嫌が良さそうだ。ケーキを喜んでくれたのは嬉しいけど驚いた顔が見たかったのになぁ。


昨日は清純君のお誕生日で朝から一日デートだった。夕飯は私が作りたいから家で食べようって言ったのにあっさりと却下されてしまい「デート久しぶりだからたまには贅沢しよ?」と清純君に言われたら何も言えなかった。レストランで食べた料理も美味しかったけれど清純君が「凛ちゃんの作ったケーキは食べたかったかもなぁ」だなんて呟くから今日張り切って材料を買いに行ったのだった。


「いやー俺これ明日会社で自慢しよっと!」
『えぇ!?や、駄目ですよ』
「いーじゃんいーじゃん。幸せのお裾分けってやつだから」


夕食を終えてケーキを出すとパシャパシャとスマホで撮影している。喜んでくれたのは嬉しいけれどそれはとても恥ずかしいので止めてほしい。こないだだって会社の家族を含めたイベントで周りの奥様方から散々あれこれ言われたのだ。そのどれもが清純君を褒める言葉だったけれど恥ずかしくて仕方無かった。


『でも』
「俺の奥さんこんなに素敵なんだよって周りに伝えたいの。だから止めても無駄だよー」
『清純君意地悪だ』
「凛ちゃんは出逢った時からずーっとシャイなまんまだよねぇ」


ケーキを切り分けて食後のデザートにする。珈琲を一口啜って清純君は懐かしそうに目を細めた。
出逢った頃は今よりもっと酷かったと思う。清純君を見てるだけで満足だったしシャイで人見知りな私は自分が彼の視界に入るの極端に避けた。
清純君がこっちを見てるって考えただけで恥ずかしくて死にそうになったのでただ見てるだけで幸せだったのだ。それが崩れたのは高校1年の頃だっただろうか?また清純君と同じ学校に通えるのが嬉しくてそれだけで満足してたような気がする。


「凛ちゃん」
『あ、太一君』
「千石先輩ですか?」
『違っ!違うよ太一君!』
「もっと近くで見学してくといいですよ」
「壇くーん!部活始まるよ!」
「今行くです!」


太一君とは中学三年間ずっと同じクラスだったから高校に入学する頃には普通に話せてたんだよね。だから清純君のことも色々聞いてたんだ。けれど直接話す勇気はなくて、と言うか近付く勇気すら無かったから清純君の気配がしたらよく逃げてたなぁ。こっそり見てるだけで幸せだったのだ。


「千石先輩彼女と別れたみたいです」
『そうなんだ』
「凛ちゃんは彼女になりたいとか無いの?」
『うーん、見てるだけで幸せだからなぁ』
「勿体無いです」
『勿体無いって何が?』
「それは」
「お、壇君いいとこに居た」
「あ、千石先輩」


次は家庭科で移動教室だ。教室を出るのがたまたま壇君と一緒になったからそのまま二人で家庭科室に向かう途中、千石先輩の声が後ろから聞こえた。それだけで心臓がドキドキしてしまう。と言うか私きっと今先輩の視界に入ってるよね?それを意識しただけで眩暈がしそうだ。


「南からの伝言なんだけど」
「はい」
『壇君私先に行ってるね』
「え?凛ちゃん待っ」
『後でね!』
「ありゃ逃げられちゃった」


千石先輩が女の子大好きなのは校内でも有名だ。話しかけられたことが無い女の子は居ないんじゃないかってくらいだし。けれど好きすぎて近寄るのすら無理な私は実際に先輩と話したことは無かった。先輩の残念そうな呟きが聞こえたもののこの赤くなってるであろう顔を見られたくは無かった。本当は先輩の顔を見たかったけれど振り返ったらきっと目が会っちゃうから絶対に無理!


『ここならきっと大丈夫かな?』


いつものようにテニスコートが見える場所に陣取る。此方からは見えて向こうからは此方が見えにくい場所。遠すぎず近すぎずちょうど良いポイントを見付けて今日もテニスをする千石先輩を堪能しよう、そう意気込んでる時のことだった。なかなか先輩がテニスコートに来ないなぁ、太一君頑張ってるなぁ、亜久津先輩相変わらず怖いなぁとか思いながら眺めていたのだ。


「君そんなことで何してるの?」
『亜久津先輩相変わらず怖そうだなぁって』
「へぇ、凛ちゃんは亜久津目当てだったのか」
『違いますよ。千石先輩が見たいんですけど』
「あー俺今ここにいるからねー」
『そうですよ、…えぇ!?』


テニスコートに集中しすぎてたせいで隣にいるのが誰かとか考えて無かったのだ。声を聞いたら普段なら直ぐに気付くはずなのにこの時はすっかり油断していた。一気に体温が上昇して心臓がドキドキとうるさい。この声は紛れもなく千石先輩だ。


「あ、逃げても駄目だよー」
『先輩!?あの、はは…離してください』
「俺のこと見たいって凛ちゃんが言ったよ?」
『違っ!や、違わないですけど』


逃げ出す前に今日は腕を掴まれてしまった。こうなってはもう逃げようがない。先輩とちゃんと話したのはこれが初めてで嬉しいけど恥ずかしくてこんな顔見られたくなくて顔を背ける。


「違わないのなら俺とお話しようよ凛ちゃん」
『先輩、部活は』
「伴爺が今日居ないから自主練なんだよね」
『そうなんですか。でも練習は参加しないと』
「うーん、それも大事だけど壇君がきっとこの辺に君がいるかもって言うからさ」


太一君!?何でそんなこと先輩に言っちゃうの!?隙あらば逃げたかったのに先輩は私の腕を掴む手を緩めようとはしない。と言うか驚き過ぎたおかげでつい先輩の顔を見てしまった。こうやって真正面からちゃんと目が合うのは初めてで恥ずかしくて死にそうなのに何故か視線をそらせない。


「凛ちゃん顔真っ赤になっちゃってるねー」
『あの、その…これは』
「俺のこと好きってのが滲み出てていいよねぇ、うんうん」
『う、…あ』


ドキドキと心臓がうるさいくてこのままじゃ死んでしまうかもしれない。けれど初めて視線を合わせたその瞳からもう逃げられそうにもない。


「俺から声掛けようとしてもいっつも逃げちゃうから気になってたんだよね。声を掛ける前に逃げる女の子なんて君くらいだったからさ」
『見てるだけで、良かったので』
「壇君に聞いても歯切れの悪い返事だしさーだから直接掴まえちゃうことにしたんだ。見てるだけじゃ分からないこともあるだろうしね」


「間近で見た俺はどうかな?」だなんて先輩が言うけどそんなの答えは一つしかない。いつの間にか先輩は私の腕を解放してくれていたけれどもうその瞳から逃げれそうにも無かった。その澄んだ瞳に吸い込まれちゃいそうだ。


『せ、先輩はいつ見ても格好良い…です』
「じゃあさ、俺と付き合ってよ凛ちゃん」


辿々しく出した答えに先輩がさらりと言った。ひゅっと息が止まりまじまじと先輩を見つめてしまう。よく周りの女の子から誤解されやすい人だと太一君が言ってたのを思い出した。「女の子のことは等しく大好きな先輩ですけど決して軽い人ではないしむしろ千石先輩はその名前通りの人だ」と。私もそれは知っている。彼女が居たこともあるけれど取っ替え引っ替えするわけでもないし浮気癖があるわけでもない。全部を知ってるわけでも無いから分からないけど私の知ってる千石先輩も太一君が言ってる通りの人だ。
けれど先輩の提案に私の頭は混乱した。今日初めて話したのに何を言ってるのだろうか?


「うーん、その顔は疑ってるなぁ」
『だ、…初めてお話したので』
「後姿と横顔くらいしか知らなかったけど俺からだけ逃げる君に興味があったのはほんと。壇君とは楽しそうにお喋りしてるのに俺が話し掛けると直ぐに逃げちゃうしさ」
『それは、すみません』
「そうなると追い掛けたくなるのが男の性と言うかまぁそんな感じなわけで」
『でも』
「凛ちゃんは俺のこと好きでしょ?」
『…はい』
「お、そこは素直で偉いね。でね、そうやって顔を真っ赤にして頷く君が俺は凄い可愛いと思う。その横にずっと俺が居たらもっと可愛くなると思うんだ」
『そんなこと』


先輩が可愛いだなんて言ってくれるから全身の血液が沸騰しちゃいそうに熱くなった。やっぱり恥ずかしくて逃げたくなったのにその瞳が私をこの場に縫い付ける。


「そんなことだなんて自分のこと言ったら駄目だよ。だからこれから宜しくね凛ちゃん」


トントン拍子に話が進んでいくも私はその提案に首を縦に振ることしか出来なかった。この日からずっと清純君のペースで物事は進んでいったなぁ。


「何笑ってるの?」
『付き合い始めた時のこと思い出して』
「あの時の凛ちゃん本当に可愛かったからねぇ。あぁ、今の方がもっと可愛いけど」
『清純君は変わらないですね』
「俺はいつもほんとのことしか言ってないよ」
『知ってます』
「俺がいーちばん大好きなのは凛ちゃんだからね」
『急にそんなこと言うんですか?』
「奥さんに好きだって言って何が悪いのさ。あ、それとも愛してるの方が良かったかな?」
『もう!知りません!』
「相変わらずこうやって言うと顔真っ赤だね」
『清純君の意地悪!』


紅茶を吐き出すとこだった。急にそんな風に言われたって困ってしまう。上手いこと返せたらいいのだけれどそれよりも嬉しくて幸せで照れ臭くて恥ずかしくて何も言えなくなっちゃうんだ。頬が熱くて手で顔を扇ぐ。テーブルの向こうの清純君はそんな私を見てまたもや目を細めるのだった。


千石誕生日おめでとう!いや、及川さんと違いが分からないonz千石の方が誠実だとは思う。二日も遅れてごめんね。そして文章がぐちゃぐちゃだな。困ったもんだ。
2018/11/27

純情ガール物語

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