『帰って来ない。ムカつく』


今日は誕生日だから早く帰ってきてねって伝えたのに何をやってるのか。土曜日だから二人でのんびり出来ると思ってたのに急な呼び出しで昼から仕事に行ってしまった。おかげで予定が台無しだ。「夕飯までには帰ってくるからな」って拗ねる私の頭を撫でて鉄朗は飛び出して行ったけど時計の針は既に22時を回っている。


『嘘吐きー』


ソファに座ってクッションを思いきり殴ってもちっともスッキリしない。目の前のテレビでは甘ったるい恋愛ドラマがちょうど終わった所だ。昨日までは楽しみにしてたのに一人で観たって全然楽しくなかった。鉄朗が居たところで彼はこういうドラマあんまり好きじゃないから興味無さそうに隣で缶ビールを飲んでるだけだ。それでも隣にいるといないじゃ大違いだった。


ダイニングテーブルには今日のためにとあれこれ献立を考えて作った渾身の出来の料理が並んでいる。そのどれもが想像以上の出来映えだったからちゃんと食べて欲しかったのに。一応ラップはしておいたけどもう絶対に美味しくないと思う。ケーキだって鉄朗が仕事に行ってから予約してたのを一人で受け取りに行ったのだ。本当はデートした帰りに二人で行く予定だったのに。


『捨てちゃおうかな』


味見はしたけれど私も夕飯は食べていない。せっかくの鉄朗の誕生日なのに先に食べるなんて出来なかった。これだけ連絡も無いってことは多分食べる暇なくバタバタしてるんだろうし。そう思ってたのにこんな時間まで帰って来ないだなんて想定してなかった。


『勿体無いけど仕方無いかぁ』


これはもう泊まりかもしれない。さっさと片付けをして寝てしまおう。そして明日どうしてもらおうかな。この埋め合わせは明日だけじゃ到底許せそうにもない。
クッションをそこら辺に放り投げてダイニングテーブルへと移動する。どれもこれも本当に手間がかかったのになぁ。かと言ってこれを今から一人で食べる気には全くなれなかった。捨てちゃおう、こんなに美味しい料理が食べれないなんて鉄朗可哀想に。そう思って一番近くのお皿を手に取った時だった。


「お、すげぇ良いタイミングじゃね?」
『……ただいまくらい言って入ってきてよ』


リビングへの扉が開いて鉄朗が顔を覗かせた。凄い良いタイミングって何それ。私はこの料理を今まさに捨てるところだったんですけども。


「あーやっぱり御機嫌ナナメだよな」
『今何時だと思ってるの』
「22時30分…だな」


私の態度が悪いことに気付いたらしい。苦笑いしながら鞄を置いてネクタイを緩めている。その仕草も普段だったらときめいちゃうけれど今日は無理。


「ちょ!待て待て待て!何しようとしちゃってるんですか!?」
『何ってもう美味しくないだろうから』
「いやいや!俺腹へりなんですけど!メシ食う時間すら無かったんですけど!」
『カップラーメンならあるよ?』


料理の山を片付けて寝てしまおうと思ったのにスーツのジャケットを脱いだ鉄朗が慌てて此方へとやってきた。ラップを剥がして今まさにさよならしようとしていたお皿を私の手から拐っていく。


『美味しくないよ』
「何言ってんの。旨いに決まってるだろ」


ブリの照り焼きだって冷めたら美味しくないでしょう。脂が固まっちゃうだろうし。


「温めたら大丈夫だろ。凛はメシ食ったの?」
『食べてない』
「んじゃ今から俺と食おうぜ」
『こんな時間に食べたら太るからやだ』
「はいはい、凛は痩せてるから今日くらい大丈夫だって。俺がやるから座る座る」


ぐいぐいと私の腕を引っ張るので仕方無くそれに従ってダイニングテーブルに座らされた。私が何も言わないのを了承の合図と捉えたのか鉄朗はテキパキとテーブルの料理を順に電子レンジで温めていく。


「凛、この真ん中のカセットコンロは何で?」
『ブリしゃぶ』
「あーブリ尽くしになってんだな」
『そう』
「俺のために頑張ったなー」


私はまだ機嫌が悪いって言うのに鉄朗は朗らかだ。キッチンに用意しておいたブリしゃぶ用の出汁の入った鍋をカセットコンロの上に置いてセットしている。嬉しそうだなぁ。


「ブリしゃぶと刺身もあんの?」
『ブリ安かったから』
「おお!魚焼きグリルにカマも入ってんじゃん!」
『あ』


冷蔵庫の中を確認して刺身とブリしゃぶ用の切り身を取り出してその後に魚焼きグリルまで確認している。私ですらブリカマの存在忘れてたと言うのに。


「俺のためにほんと頑張ったな。遅くなってごめん」
『連絡くらい欲しかったし』
「後輩がお客さんとこでちょっとやらかしてさ、あちこち謝り倒してきたんだよ。だからほんとごめん」
『鉄朗のために色々頑張ったんだよ』
「おお、それは見たら分かった」
『もうズルいよズルい!』


鉄朗だって急な仕事が入って大変だっただろうに「仕方無い」って言われてもそれこそ仕方無いことを言ってるにも関わらず嫌な顔せずに私の不満を聞いてくれている。
結局ご飯を食べるための準備も全部鉄朗がやってくれちゃったし。こういうとこほんとズルい。


「機嫌直してくれます凛ちゃん」
『もう怒れないよ』
「なら良かった。んじゃいただきます」
『いただきます』


本当は私だって分かってる。仕事が急に入ったのも帰りが遅くなったのも鉄朗が悪いわけじゃない。けれどどうしてもイライラしちゃって駄目だった。鉄朗は私のこういうとこに怒りもせずにいつもさりげなく機嫌が直るようにしてくれる。


『私、心が狭いのかも』
「急になんだよ」


ブリしゃぶを食べながらポツリと呟くとその一言を即座に拾ってくれた。正直この一言は拾ってほしくなかったけど鉄朗相手じゃ無理だよね。


『だって鉄朗の誕生日なのにイライラしちゃってさ。鉄朗だって疲れてただろうしごめん』
「凛が感情の起伏が激しいのは昔からだし俺にだけだから別にいいだろ」
『八つ当たりみたいじゃん』
「俺は凛ちゃんだけに寛大だから問題無いですよ?」
『またそうやって言う』
「事実だし」


昔から私が拗ねても怒ってもいじけても鉄朗はいつだってそれを受け入れてくれた。穏やかなままで対応してくれる。それにいつも甘えてしまうのは私だった。私にだけ特別甘いのは知ってるけど誰に対しても寛大なのも知ってるよ鉄朗。


『鉄朗ってズルいよね』
「それって褒めてる?」
『…多分』


ブリ尽くしを二人で楽しんでケーキはさすがにカロリーが気になるので明日の朝食べることにした。それから二人で後片付けをしてお風呂に入って寝ることになった。後片付けまで手伝ってくれるとかほんとズルい。


「んで何で?」
『だっていつも優しいし怒らないし』
「男はね、好きな女のことは甘やかしたくなるんだって」
『今だって腕枕だし』
「俺は凛ちゃんって名前の抱き枕無いと寝れないんでーすー」
『ほんとそういうとこあざとい。ズルい』
「事実だからんなこと気にすんな」


横からギュウと抱きしめられる。あぁもうこれもほんとズルい。けれど全然嫌じゃないしむしろとってもあったかい気持ちになれたのでこのまま今日は寝てしまおう。


『鉄朗、誕生日おめでと』
「凛も俺のためにありがとな」


いつもそうやって幸せな気持ちにさせてくれてありがとう。大好きです。
こんな気持ちになれるのも鉄朗のおかげだよ。
誕生日おめでと。ちゃんとお祝いできて良かった。


誰そ彼様より
去年に引き続きまたもや当日にお祝いできず。ごめんよ黒尾!
さらさらっと書きすぎた気がする(´・ω・`)
2018/11/18

あたたかくってやさしくて、少しずるい

prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -