『ねぇ、侑士ほんとにいいの?』
「ええよ、そんな気にせんで」
『だって侑士の誕生日だよ?』
「せやかてそんな気持ちで外出ても楽しめんやろ」
『そうだけど』


今日は侑士の誕生日だ。前々から会社には有休申請してあったというのに朝から電話がかかってきてそれで少しだけ揉めた。しかも理由が直属の上司が有休に使いたいからお前は出社しろとのパワハラ極まりない内容で私のテンションはだだ落ちだ。
「上司の言うことが聞けないなら仕事辞めちまえ」と捨てゼリフを残して電話が切られたものだからまだ午前中だっていうのに既に私のライフポイントはゼロに等しかった。


『良い会社だと思ったのになー』
「そうやなぁ、今までこんなこと無かったんとちゃうか」
『うん、初めて。とは言っても今の部署は今年からだからよく分かんないけど』


ソファに膝を抱え込んで座り込むことしか出来ない。侑士の誕生日だっていうのにほんと自分がポンコツ過ぎる。


「仕事ほんまに辞めたらええのに」
『私がこの仕事好きなの知ってるでしょ』
「せやなぁ。ほんなら頑張るしかないんやろなぁ」


私の隣に侑士が座る気配がする。あぁきっとこれは侑士なりの励ましなんだろう。辞めたらいいのにだなんて言われても腹が立たないのは侑士が本気で言ってないって私もちゃんと分かってるからかもしれない。


「ほな元気出さんとな」
『何するの?』
「何もせんよ。何もせんで俺が隣におったるから」
『何それ』
「凛は俺が隣におったら元気になるやろ?」
『確かに』


何もしないとか言うから思わず顔を上げて笑ってしまった。あぁもうこういうとこズルい。
「ちょっと待っとり」と立ち上がって侑士はキッチンに行ってしまう。
さっき何もしないで私の隣に居てくれるって言ったのに早速立ち上がるとか。それが可笑しくてまた一人笑ってしまった。


「お待たせお嬢さん」
『何これ』
「蜂蜜たっぷりのホットミルクや」
『侑士のは?』
「俺はブラックコーヒーやな」
『え、ズルい』
「今日は大人しくホットミルク飲んどき」
『ホットミルクとか子供っぽい』
「ホッとするからホットミルクやってうちのおかんが言うとったで」
『侑士のお母さんが言うなら飲む』
「ほんまお前はうちのおかん好きやなぁ」
『面白いから好き』


侑士に手渡されたのはまさかのホットミルクだった。そんなのちっちゃい時にしか飲んだこと無いよ。けれど侑士のお母さんがホッとするって言うならそうなんだろう。侑士が言うように私は侑士以上にあの包容力のあるお母さんのことが大好きだった。
一口そっと飲んでみればちょうど良い温かさがゆっくりと身体に染み入っていく。蜂蜜たっぷりって言ったのに甘さも丁度良かった。
これ本当にホットミルクに蜂蜜を入れただけなんだろうか?何故か一口飲んだだけなのにじんわりと心まで温かくなってきた気がする。


「表情が和らいできたな」
『ほんと?』
「まだまだこれからやけどな」
『何するの?』
「映画観るんやで」
『何?新しいの?』
「シンデレラと美女と野獣の実写のやつ買うてきたんや」
『チョイスが侑士らしいなぁ』
「ディズニー嫌いな女子はおらんやろ?」
『うん、多分』
「ほな俺とこれのんびり鑑賞しよな」
『分かった』


ディズニーの実写なんて海賊のやつしか観たこと無かったけれどシンデレラも美女と野獣もアニメ以上にキラキラとしていて思わず見入ってしまった。


『面白かった』
「せやろ?おもろいって評判だったんやで」
『ホットミルクも美味しかったからありがと侑士』
「そうやって笑えるようになったのなら後ちょいやなぁ」
『まだ駄目?』
「駄目やないけど俺の好きな笑顔にはちょっと足りへんのや」
『そっか、ごめんね侑士』
「謝らんでえぇんやて。そういうことや無いからな」


足りないってことは私が悪いんじゃないの?侑士は今でも充分気を遣ってくれてるわけだし。
不思議に思って侑士を見つめると何故か自分の太股をぽんぽんと叩いている。


「凛は甘え下手さんやからなぁ」
『そんなことないよ』
「えぇからはよおいで」
『でも』
「俺の誕生日はまた来年も来るでえぇんやて。それよりはよ元気になってもらわんと俺の調子が狂ってまう」
『そうなの?』
「当たり前やろ。凛が元気やから俺も毎日頑張れるんやで」
『責任重大だね私』
「ほんまにな」


痺れを切らしたのか結局侑士が私の手を引いてくれて膝枕されることになった。私がすることはあっても侑士に膝枕されることなんて初めてじゃないだろうか。侑士が優しく私の頭を撫でてくれている。部屋の気温もちょうどよくてうとうとしちゃいそうだった。


『寝ちゃいそう』
「眠れる時に寝とき。最近夜あんま寝れてへんやろ」
『何で知ってるの』
「毎日見とったら分かるに決まってるやろ」
『夜勤もあるから毎日じゃ無いでしょ』
「アホ。何のために病院の近くのマンションにしたと思っとる。ちゃんと休憩時間に帰ってきとるんやで」
『嘘』
「寝顔でもちゃんと顔見んと落ち着かんのや」
『侑士私のこと大好きだね』
「そうやな、大好きやで」


その後の会話はあんまり覚えてない。結局侑士の膝枕で私はぐっすり寝ちゃったらしい。
結局侑士の誕生日だって言うのに何にもお祝い出来なかった気がする。
後日ちゃんとお祝いしてあげなくちゃな。
侑士のおかげでだいぶリラックス出来たからほんとありがとう。これでまた仕事頑張るね。


誰そ彼様より
侑士誕生日おめでと!
なのにこんな話でごめん(笑)
2018/10/15

蜂蜜まみれの午後を召し上がれ

prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -