「愛されるより愛したい」ってよく言うけれど女の子だったら誰だって愛されたいと思う。
「愛すより愛されたい」だ。
別に今の彼氏と別れたいわけじゃない。
そうじゃないけど高校時代とは違って別の大学に進学した今、毎日はなかなか会えない。
そうなるとあのどこに本音があるのか分からない飄々としている彼氏のことがよく分からなくなってきた。
連絡をマメにしてくれるわけでもなくて頻繁に会いに来てくれるわけでもない。何なら最近バイトのシフトを増やしたって聞いた。
もうすぐ雅治の誕生日なんだけどな。
なんだか気が重かった。


「なぁ、だからってこのメンバーおかしくねぇ?」
「丸井、俺に文句があるの?」
「いや、幸村が悪いんじゃなくてさ!柳とかも呼んだ方が良かったんじゃねぇのって話」
『カテキョのバイトって言われたんだもん』
「椎名が蓮二を呼んでないわけないでしょ丸井」
「あーそれならしょうがないな」


このもやもやした感情を吐き出したくて高校からの友人二人をカフェに呼び出した。
本当は柳にも何なら柳生にも声をかけたのに二人して家庭教師のバイトだなんて。ついてないと思う。


「で、話って何なの?」
「こいつのことだからまた面倒臭ぇこと言い出すんだぜきっと」
『面倒臭くないもん』
「仁王とのことなんて大体いつもお前の独りよがりだったよね」
『う』
「さっさと話せって俺達だって暇じゃねぇんだぞ」
「丸井の言う通りだよ」


丸井なんてそんなこと言いながらここのカフェのイチオシのパフェ食べてるじゃんか。私の奢りだぞ!
幸村の責める様な視線は痛いけど。


『雅治が私のことどう思ってるのかなぁって』
「「はぁ?」」
『だって大学入って連絡あんまり無いし会いたいって言うのも私からだし』
「仁王がマメじゃないのは昔からでしょ」
「お前やっぱり面倒臭ぇ」
『私ばっかり好きみたいなんだもん』


二人は似たような顔をして私を見ている。やっぱりこういう話って男子からしたら面倒臭いのかな?
呆れたように幸村が溜め息を吐いた。


「お前、大学離れたら寂しくなるから仁王と同じ大学にしろって蓮二に言われてたよね」
「それを一蹴したよな確か」
『大丈夫だと思ってたんだもん』
「絶対大丈夫じゃないって俺達も言ったよね」
「それを迷惑かけないって言ったのもお前」
『だって大学まで同じにして私が雅治のこと大好きみたいじゃん』
「事実でしょ」
「椎名、仁王のこと大好きだろ。何言ってんだお前」


二人の言うことは確かに間違ってない。
私は雅治のこと大好きだったと思う。
でもどうしても大学を同じにしたくなかったんだ。
私ばっかり雅治のこと好きみたいで嫌だった。


「泣くなよ」
『まだ泣いてないし』
「今から泣くみたいに言うの止めてよ」
『泣かないよ!』
「ねぇ、何が不満なのさ」
『愛されるより愛したいとか言うけど女子は愛すより愛されたいだと思ったの』
「うわ、面倒臭ぇこと言った」
「で?」
『だからどうしたらいいかなって』
「仁王と別れたらいいんじゃないの?」
「まぁ幸村の言う通りじゃね?」
『そんな』


二人は頬杖をついて興味無さそうに淡々と告げた。
雅治と別れたいのならとっくに別れてるよ!そうじゃないんだよ!


「椎名の言い分を通してお前の言い分通り仁王が変わったらそれで満足なの?」
「そんな仁王想像つかねぇけどな」
「仁王に無理を強いてそれで満足するの?」
『それは…』
「マメで椎名大好きって滲み出た仁王はもう仁王じゃねぇよなぁ」


二人の辛辣な言葉に何も言えなくて目線すら合わせるのが怖くて思わず俯いた。
言いたいことは分かるけどどうしても納得したくなかった。


「椎名、何で愛されるより愛したいじゃ駄目なの?」
『雅治の気持ち分かんなくなるから』
「んなもん決まってんだろ」
『分かんないんだもん』
「俺達から見たらそんなこと全然ないんだよ」


幸村がとても穏やかな声で私をあやすように告げる。
全然そんなことないって何が?
顔を上げて二人と交互に視線を交わす。


「分かってねぇなこれ」
「分かってないのは椎名だけって話」
『分かんないよその言い方じゃ』
「お前が思ってるよりお前は愛されてるよって話」
『何処が』
「それは俺達が言うことじゃないよね」
「直接仁王と話せよ。誕生日には会うんだろ?」
『そうだけど』
「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
『えっ?』
「彼女待たせてんだよ。ゴチ!また何か会ったら連絡してこいよ!」


丸井が立ち上がってさっさとカフェから消えて行った。
それを呆然と見送る。彼女待たせてたらしょうがないけど何も解決してないと思うよ。


「俺もそろそろ帰ろうかな」
『幸村も!?』
「俺達にどれだけ話しても解決することじゃないよね。だから俺も椎名は仁王と話した方がいいと思うよ」
『分かってるけど』
「じゃあ俺が良いことを教えてあげるよ」
『良いこと?』
「オーストリアの詩人でね、ライナー・マリア・リルケって人がいるんだよ」
『何の話?』
「あぁ、ちょうどリルケも仁王と同じ誕生日だった。ちょうど良かったね」
『幸村?』
「そのリルケの言葉にお前にちょうど良い言葉があるんだ。ちゃんと意味考えてよね」


そう言って幸村は最後にリルケの言葉を告げてから帰って行った。


【愛されることは、燃えつづけることでしかない。愛することは、暗い夜にともされたランプの美しい光だ。愛されることは消えることだが、愛することは永い持続だ。】


幸村が教えてくれたリルケの言葉は私にはとても難しい言葉だった。


帰って幸村に言われたリルケの言葉を噛み砕く。
燃え続ける火はいずれ消えるってこと?
ランプの灯りは燃料さえあればずっと灯っていられるってこと?
確かに愛されるってことは他者の意志があって確立する。
それに比べて愛するって事は自分の意志だけで確立出来る。そこに他者の意志は無いだろう。


あぁそういうこと?
他者の意志を気にした所でそれって100%理解は絶対に出来ない。
だったらそんなこと気にしてないで自分の灯りを大切にしろって言いたかったのだろうか?
幸村、分かりづらいよそれ。


でもリルケの言葉を自分なりに解釈した結果もう愛すより愛されたいだなんて考えようとは思えなくなった。
我ながら単純だとは思う。


誕生日当日、講義の後どうしてもバイトが休めないと雅治が言うから私は先に雅治のうちに行って準備をしていた。
バイトが入ったことに最初は凄くがっかりしたけど雅治が悪いわけじゃない。
どうしても休めなかったってことはきっと人手が足りなかったんだろう。


焼き肉にしようと思ったけどこの寒さだ。お肉は比較的好きだからしゃぶしゃぶにすることにした。
しゃぶしゃぶの準備は簡単だ。
だからお肉はちょっと奮発して良いものを買ってきた。
雅治早く帰って来ないかな?


雅治のうちはとても簡素だ。
無駄な物が一切無い。
私がワガママを言ってこたつだけは置いてもらったけど。
冬にこたつが無いなんて寒すぎるから。
こたつの上にはしゃぶしゃぶの準備がしてある。
野菜もお肉も準備万端で冷蔵庫の中。
勿論ケーキも買ってきた。


「凛、凛起きんしゃい」


雅治の声が聞こえて意識がぼんやりと覚醒してくる。
どうやら寝てしまったようだ。
目を開けるとそこには雅治の顔が直ぐ側にあって嬉しくて私の頬の筋肉が緩む。


『雅治、誕生日おめでとう』


最初に伝えたかった言葉を告げると頭をぽんぽんとされた。
何で嬉しそうじゃないんだろうか?


「遅くなってすまんのう」


申し訳なさそうにぽつりと告げた。
え?今何時?
パッとスマホの時間を確認したら時計は23時38分を告げる。
え、嘘でしょ?こんなに遅くなるなんて聞いてない。


「バイト先で誕生日祝って貰ってたんじゃ。常連客も多くてなかなか断れんかった」
『そっか』
「怒っとる?」


気付けば雅治の誕生日が終わるまで後22分しかない。
こんなに遅くなるとは聞いてなくてそれにびっくりしたけど、帰るのが遅くてイライラしてたわけでもない。
何ならぐっすり寝ていたわけで。


『怒ってる場合じゃない!』


呆気に取られている雅治を置き去りにしてこたつの上のガスコンロと土鍋をさっさとキッチンへと片付けていく。
急がなくちゃ。


「凛、怒っとるの?俺ちゃんとメシ食うぜよ」
『怒ってない!そんなことよりやることあるの!』
「じゃあ何で片付けるんじゃ!」


こたつの上が綺麗になったから良しとひとり一人納得して冷蔵庫に向かう途中で雅治に後ろから抱きすくめられた。
動けない。え?雅治どうしたの?


『雅治?』
「凛のご飯ちゃんと食べたいから怒らんとって」
『え?』
「遅くなったのはすまんと思うとる。けど凛が怒ってるのは嫌じゃ。せっかくの誕生日なのに」
『怒ってないよ?』
「じゃあ何で片付けるんじゃ」
『あ!ちょっと!離して!』
「嫌じゃ」


どうやら雅治は私が怒ってると思ってるらしい。
違うんだよ!全然怒ってないから!
ぎゅうと私を抱き締める腕に力が入る。
私の髪の毛に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅いでいる。


『早くしないと誕生日終わっちゃうの!ケーキ!』
「は?」
『だからね、ケーキで先にお祝いしたいの!』
「あぁ」


やっと納得がいったのだろう。
腕の力が緩んだからその隙に抜け出して冷蔵庫から誕生日にと予約しておいたケーキを取り出した。
手早く箱から取り出してこたつの上に置く。
19本用意してもらった蝋燭をケーキに刺して火を付けた。
雅治はまださっきの場所で立ちすくんでいる。


『雅治、こっち来て』
「おお」


呼んだら大人しくこたつへと来たのでケーキの正面へと座らせた。
時間を確認したら23時54分。
何とか間に合った。


『ハッピーバースデー雅治。誕生日おめでとう』


まだ何処か戸惑ってる様に見えるけど私の声を聞いて蝋燭の火を吹き消した。


『良かった。ちゃんと間に合ったね』
「怒っとらんのか」
『怒ってないって言ったでしょ』
「長く待たせたと思っとったから」
『寝てたからあんまり待った感じしないの』
「すまん。普段だってあんまり会えとらんし」
『バイト何でそんなに急に増やしたの?』


ケーキから蝋燭を回収してまた箱にしまう。蝋燭の火を吹き消して欲しかっただけなのだ。
先にしゃぶしゃぶだろう。
再びしゃぶしゃぶの準備をしながら雅治へと気になっていたことを聞いた。


「もうすぐクリスマスじゃろ」


カセットコンロの上に出汁の入った土鍋をセットしているとぽつりと雅治が呟いた。
少し照れ臭そうな居心地の悪そうな顔をしている。
あぁそういうことか。なかなか会えなかったのはバイトのシフトを増やしたことなのは分かってる。
でも何で急にバイトをシフトを増やしたのかは聞いてなくてそれが不安だったんだけど、まさかクリスマスのことを考えてくれてたとは。


カセットコンロの火を付けて冷蔵庫から野菜とお肉を取り出す。
鍋に野菜を手早くいれて蓋をした。


『雅治、ありがとうね』
「なんじゃ急に」
『私、愛されてるんだなぁって』
「好いとうよ」
『うん、私も大好き』
「クリスマスは休み取ったぜよ」
『楽しみに待っとく』


ぐつぐつとお鍋が沸騰する音がする。
火を弱めて蓋を開けた。うん、良い感じだ。


「凛、まーくん腹へりなり」
『沢山お食べ。ご飯はいる?』
「いらん」
『ぽん酢でいい?』
「ん」


雅治の器にぽん酢を注いであげると「いただきます」と告げてしゃぶしゃぶを食べ始めた。
私が怒ってると思って慌てた雅治を見れて嬉しかった。
幸村の助言のおかげで今じゃ「愛すより愛されたい」じゃなくて「愛されるより愛したい」なんだなって思ってはいるけど愛されてるって実感するのはやっぱり良いものだなって思う。
私のためにバイト頑張ってたなんて幸せだなぁ。
少しくらい会えなくても連絡がなくてももう不安になんてならないだろう。


雅治、誕生日おめでとう。
大好きだよ。


2017年12月4日仁王雅治ハッピーバースデー!!

リルケの助言

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