「遅くなってしまいましたね」
『医学生はしょうがないよ』
「しかしこんな時間ともなると親御さんが心配するでしょうし」
『もう二十歳越えたんだからそんなこと誰も気にしないよ。柳生は心配性だなぁ』
「いいえ、普通のことですよ」
『ゼミ間違えたかなぁ。教授も無駄な話が多いし』
「確かに無駄は多い方ですがあの方の研究はやはり素晴らしいものがあると私は思いますよ」
『まぁそれは確かに』


椎名さんの言いたいことも分かります。
教授は少し変わった所がある方ですからね。
今日も何故か大学では無く焼肉屋での指導に突然変更されましたから。
解剖学の後に焼肉に連れて行かれるのも慣れたものです。
教授のお気にいりの焼肉屋は駅から離れた路地奥のこじんまりとしたお店でつい先程解散となった所だ。
颯爽と椎名さんがお店を出ていくので後を追いかけた。この時間に女性を一人で歩かせるのは心配ですからね。


「何をそんなに急いでらっしゃるのですか?」
『え?』
「普段は揃って駅まで行くでしょう?」
『今日ねー雨予報なんだよね』
「そういうことですか」
『あーやっぱり降ってきた!』
「噂をすればでしょうね」


まぁこのくらいの雨ならば大丈夫でしょう。
私も折り畳み傘を持っていますし。
少し小さいですが椎名さんには我慢していただきましょう。


『ちょっと柳生走るよ!』
「いえ、私は大丈夫ですので勿論貴女もだ」
『濡れちゃうから早く!』


鞄から傘を出そうとしたのに椎名さんがそれを阻止するかのように私の腕を掴んで走り出す。それに釣られて私も足を動かすしか無かった。
雨はあっという間に土砂降りとなり次々に私達へと降り注ぐ。


『間に合わなかったー!』
「あの椎名さん」
『もう、仕方無いからここで雨宿りして行こうよ柳生』
「ですがここは」
『大丈夫大丈夫!何にもしないから安心して!ちゃんとお金は私が出すから』
「それは私の台詞だと思うのですが」
『いーから早く早く!いつまでもここに立ってたら営業妨害だよ!』


雨を凌げる場所を見付けて走り込んだ場所はラブホテルと言うのでしょうか?
そんなような場所の入口だった。
椎名さんは私の話も聞かずにトントン拍子で話を進めていく。
彼女がこんなに強引な方だとは今まで知りませんでした。
さっさと部屋まで決めてフロントからカードキーを受け取ってる始末だ。
ここで帰るなんて告げれば恥をかかせてしまうでしょうし仕方ありませんね。
小さく息を吐いて彼女に着いていくこととなった。


『柳生ーお風呂入る?』
「いいえ、私は大丈夫です」
『髪の毛濡れてるよ?』


部屋に入ると彼女は真っ直ぐお風呂場へと向かっていった。
まもなくザーザーと水音がきこえてきたので湯船でも溜めているのでしょう。
タオルで髪の毛を拭きながら未だ立ちすくんでいる私の元へと戻ってきた。


『とりあえずこれで拭くといいよ』
「御気遣いありがとうございます」
『持ってきただけだし気にしないで』


私へとタオルを手渡すと慣れたようにソファへと座りテレビのリモコンを手に取っている。


「貴女は慣れているのですね」
『まぁ確かに来たことはあるよー』
「そうですか」
『あ!ごめん。もしかして柳生は来たこと無かった?』
「こういう場所へは初めてですね」
『マジか!わ!ほんとごめん!』
「いえ、社会勉強になりますのでどうかお気になさらずに」
『柳生もいつまでも立ってないで座ったら?』
「ではお隣失礼させていただきますね」


女性に勧められて断るのは失礼なので遠慮せずに座らせてもらうことにしましょう。
彼女は興味無さげにカチャカチャとチャンネルを変えている。


『あ、私えぇと』
「大丈夫ですよ。私もそのつもりはありませんから」
『無理矢理引っ張ってきたみたいでごめんね』
「そんな謝らないでください。私も先に折り畳み傘があると言えば良かったのですから」
『えっ』
「言う機会を逃したので私の方こそすみませんでした」


彼女は私の言葉に酷く驚いたようだった。
そしてさっと頬を赤く染める。


「貴女に恥をかかせてはと言うのが遅くなりました」
『私が突っ走った結果だったのか!ごめんね柳生!彼女さんは大丈夫かな?心配したりしない?』
「さすがに彼女が居たら入る前に辞退していますよ。つい先日忙しさを理由に別れたばかりですのでご安心を」
『いやいや!今私傷口に塩を塗り込んだよね!?ごめん!ほんとごめんなさい!』
「椎名さんは見かけに寄らず面白い方なんですね」


普段はもっと大人しくて静かな方だと思っていたのに二人きりになるとそのイメージは払拭された。今も隣でとても慌てていますし。


『あぁもうやっちゃったよ』
「今の方が人間味に溢れていると思いますが」
『そそっかしいとこ直したいから駄目』
「充分魅力的だと思いますよ」
『医者にはマイナスイメージだよね?あ、お風呂入ってくる』
「お酒も入ってますので溺れないようにしてくださいね」
『柳生おっさん臭いよ』
「心配して言ってるんですよ」
『柳生も身体冷やさないようにね』
「私は鍛えてますので」


顔が火照ったのかパタパタと手で扇ぎながら椎名さんはお風呂場へと消えた。
さて私は読書でもしましょうか。


『柳生?何読んでるの?』
「オリエント急行殺人事件ですよ」
『アガサ・クリスティだっけ?』
「えぇ。原作を一度読んで見たかったので」
『あ、ほんとに英文じゃん』
「先程映画一覧にありましたから一緒に観ませんか?」
『じゃあ観る観るー』


隣に座った椎名さんからはお風呂上がりのせいかとても良い香りがした。
と言うか何故ガウン姿なのでしょうか?
私のことをを信用してくれてる証なんでしょうけれど警戒心が無さすぎるのも如何なものかと思われます。
リモコンを操作してオリエント急行殺人事件の映画を観ることにする。
原作と違う部分を見付けるのも楽しみの一つだ。


「やはり映画は映画で素晴らしいですね」


120分の映画を終えてホッと一息吐いて隣の椎名さんへと話しかける。
おや?返事が無いと隣を見れば小さく寝息が聞こえてきた。
教授に付き合ってお酒も多少入っていたでしょうから寝てしまうのもしょうがないのかもしれません。


「無防備なのもいけませんよ」


このままソファに寝かしておくのも良くないので椎名さんをベッドへと運ぶ。
彼女の耳元で囁くと再びソファへと戻って読書に戻ることにする。
朝方には全て読み終えそうですね。
今日のことは明日以降彼女へと注意することにしましょう。


始発が始まるであろう時間に雨も止んでいたので椎名さんを寝かしたまま帰ることにした。一応声をかけたのですが起きなかったので仕方ありませんね。
フロントで先に預り金を充分な額渡して帰路につく。
顔を合わせる時にはまた慌てたような表情で近寄ってくるのでしょうね。
それが少しだけ楽しみなのはきっと気のせいでは無いでしょう。


ラブホで雨宿りをしようseries第二弾。
どこまでいっても紳士なのが柳生。
ブン太と真逆(笑)
これはこれで書いてて楽しかった!
2018/09/28

柳生比呂士の場合

prev | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -