『今日も柳君カッコいいな』


テニスコートの傍らの花壇を手入れしながら隣をチラ見しつつ幸せな気持ちに浸る。
花壇には部員以外立ち入り禁止のためある意味特等席だ。


『そろそろ咲く時期かなぁ?今年も綺麗な花を咲かせてね』


蕾が膨らんだ花達に語りかけて雑草を抜き水をやる。
ここの花壇を1年から任されたのはラッキーだったかもしれない。
人気なのは美化委員と被る屋上庭園だったもんね。
1年の時はこの花壇の手入れはかなり難易度が高かったからテニスコートの脇だと言うのに誰もやりたがらなかったのだ。


あの頃は本当に大変だった。
まだ花壇に立ち入り禁止の看板も無くて無法地帯になっていたのだ。
どれだけ途方にくれたか分からない。
それがいつだったか立ち入り禁止の看板が立ってそれに習うように見学の女子生徒達もこちら側には踏み込まなくなった。
顧問の先生に確認しても看板のことは知らなかったらしい。
結局誰がこんなことをしてくれたのかは分からないけれどおかげで花達を踏み荒らされなくて済む。感謝感謝だ。


今年もここに植えたのはゴデチア。
この時期はゴデチアを植えるって決めているのだ。
赤やピンク系の花が色とりどりに咲いてくれる。
きっと月曜には咲くかもしれない。
今にも咲きそうな蕾にそっと触れて咲いた時のことを想像してみれば自然と笑みが零れた。


月曜の早朝、朝から家の手伝いをしていつもより早く学校へと向かう。
土日もしかしたら咲いたかもしれないけれど少しでも早くゴデチアの花が見たかったのだ。


『わぁ!』


予想していた通りそこには沢山の花が咲いていた。まだ開いてない蕾もあるけれどこの調子なら2、3日中に全部咲いてくれるだろう。


「今年も綺麗に咲いたのだな」


花達へと水やりをしながら『綺麗に咲いてくれてありがとう』と話しかけていたら背中に声をかけられた。
この声は…確認しなくても分かる。柳君だ。


『あ』
「突然すまない」
『あ、いいえ。大丈夫、です』


柳君と話すのは初めてのことで全身の血液が沸騰しちゃいそうだ。
花に話しかけてたのをきっと聞かれただろうし私の格好はジャージ姿に軍手だ。
全部が全部恥ずかしい。


「椎名は」
『えっ?』
「椎名ではないのか?」
『いえ、合ってます。ただちょっと驚いたので』


名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
まさか柳君が私の名前を知ってるなんて思わなかったのだ。
中学も高校でも同じクラスになったことは無いから。


「1年の時からここで花壇の手入れをしていただろう?名前くらいは直ぐに分かる」
『そうなんですか』
「あぁ。しかし本当に今年も見事に咲いたものだ」
『1年の時はどうなるかと思ったけど諦めなくて良かったです』
「そうだな」


もう話すことは無いと思うのだけど柳君はゴデチアの花を見つめたままそこを動こうとはしない。
私は花壇にしゃがんだままそんな柳君をぽかんと見上げている。


「看板を精市と作ったかいがあったな」


そう一人言のように柳君は呟いて柔和に口元に笑みを浮かべた。
まさか、この看板をテニス部の人達が作ってくれていたとは。


『そうだったんですか。私全然知らなくてお礼も言わずにごめんなさい。あの、看板のおかげで花壇が荒らされることも無くなって花が傷付くことも無くなって感謝してます』


咄嗟に立ち上がって『ありがとうございました』と頭を下げる。
幸村君にもちゃんと後からお礼を言わなくちゃ。そしたら他の部員さんにも言った方がいいのかな?


「俺が俺のためにやったことだからそう気にしなくていい」
『え?』


柳君の言葉に疑問しか浮かばない。
花壇を守るための看板を作るのに柳君にどんなメリットがあると言うのだろうか?


「椎名、去年はここに何を植えたか覚えているか?」
『去年もゴデチアです』
「そうだな。4月も5月も去年とは違う花ではなかったか?」
『そうですね』
「何故ゴデチアは2年続けて一緒なのだ?」


柳君はもしかして気付いてるのだろうか?
私が花達にだけ込めた想いを。
他の月の花は違う花でも良かったけれどせめて6月だけは柳君の誕生日月だけはこの花にしようって決めてあったのだ。
そういえば今日は…柳君の誕生日だ!
ゴデチアの花が咲くことに気を取られていた。
初めましてなのにいきなり誕生日を祝ってもいいものだろうか?
と言うかさっきゴデチアのことを聞かれたからそれに答えなきゃいけない気がする。
何から話していいのか混乱して口からは『あの』とか『その』とか意味の通らない言葉ばかりが溢れてくる。
完全にしどろもどろだ。それを柳君は先程と同じように表情を和らげたまま見守ってくれている。
と言うか私がそれを説明しない限りはここから動かないぞって意思が見えたような気がする。


『は、花言葉がありまして』


混乱した私がやっとの思いで捻り出した一言はそれこそ斜め上の返事だった。
こんなんじゃ全然伝わらないような気がする。


「確かゴデチアの花言葉は静かな喜び、変わらぬ熱愛、お慕い致します、移り気と様々だったな」
『知ってるんですか?』
「精市が詳しいからな」


そうか!テニス部には幸村君がいるんだった!
幸村君だったら花言葉くらい余裕で知っているだろう。


「それでどの花言葉なんだ?」
『は』


柳君が全て見透かしたように言った。
えぇと、これはいったいどういうことなのだろうか?
これを聞いて柳君はどうしたいのだろうか?
ついに私の口からは『あの』や『その』すら出てこなくなった。
何かを言わなくちゃいけないだろうに息が漏れていくだけだ。


「すまない。意地悪をするつもりは無かったのだ」
『えぇと』
「今年くらいは直接誕生日を祝ってもらってもいいかと思ったのでな」
『それって』
「椎名が俺を見ていたように俺も見ていたのだぞ」
『うそ』
「俺が嘘をつくように見えるのか」
『だ、だって話したこと無かったし』


柳君が言ったのは耳を疑うような言葉だった。
私が柳君を見ていたように柳君も私を見ていただなんて本人に言われてもにわかには信じがたい。


「しかし俺はお前が三年間この花壇の手入れをひた向きに続けていたのを知っている。何度花壇を荒らされようとも泣き言も言わず頑張り続けたであろう?」


それは、泣きたいほど悔しかったこともあったけど泣いてる場合じゃなかったからだ。
そんな暇があったら少しでも生き残った花達をどうにかしてあげたかったから。


『泣いてる暇がなかっただけですよ』
「誰かの助けも借りようとはしなかっただろう」
『みんなそれぞれ受持ちの花壇がありましたし』
「俺はその芯の強さに惹かれたのだ」


これは…これっていったいどういうことなんだろう?
色んなことがいっぺんに起こり過ぎて頭が完全に混乱している。
辞書が手元にあったら「惹かれる」って言葉を検索したいくらいだ。
と言うか「惹かれる」って漢字であっているのだろうか?


「椎名、そんなに緊張しなくても良かろう」


私が何も言わないのを見かねて柳君が再び声をかけてくれた。
そんなこと言われても。
こんな私を見て柳君が笑っている。


『まさか柳君が私を見てるなんて思ってもなくて』
「嘘だと思うのなら精市に確認してみるといい」
『疑ってるわけじゃなくて』
「分かっている。椎名そろそろ部室の鍵を開けに行きたいんだが」
『はい?』
「俺の欲しい言葉をくれないだろうか?」


またもやストレートにボールが飛んできた。
ストレート過ぎてストライクじゃなくてデッドボールになりつつあるよ柳君!
と言うか柳君の欲しい言葉って何?
誕生日を祝うこと?ゴデチアの花言葉の話?
悩むけれどあまり待たせてはいけない。
柳君はこれから朝練なのだ。


『ゴ、…た、誕生日おめでとう柳君。ゴデチアの花言葉は……はっ花言葉は!お慕い致しますです』
「そうか。ありがとう。俺も同じ気持ちだ」


混乱した頭の中からそれらしい言葉をどうにか引っ張り出すと柳君は満足そうに頷いて行ってしまった。
金曜日までは柳君は雲の上の人だったのにどうしちゃったのだろうか?
柳君の背中を見送りながら頬をつねってみる。
うん、痛い。夢では無いらしい。


「ちゃんと蓮二と話せたのかい?」
『ひゃっ!やっゆっ幸村君!?』
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
『いつからそこに』
「今来たところだよ。あぁその顔はちゃんと蓮二と話せたんだね」
『何で』
「蓮二に花言葉を教えたのは俺だからね。年中この花壇の花達は誰かに愛の言葉を告げていたでしょう?」
『そ、そ、そ、それは』
「看板を蓮二と作って良かったよ。おかげで練習中でも綺麗な花を見ることが出来るからね」
『あ、看板ありがとう幸村君』
「蓮二のこと宜しく頼むね。後この花壇も。毎月楽しみにしてるんだ」


私の言葉も待たずに幸村君は行ってしまった。
あぁ、どうやら本当に夢ではないらしい。
花達にお礼をしなくちゃな。
中断していた花壇の作業を再開する。
来月はテニス部を応援するための花でも植えようかな。そして今年も全国制覇をしてもらおう。


柳誕生日おめでとう!
ゴデチアの日本名が色待宵草となります( *・ω・)ノ6月4日の誕生花だったり。
2018/06/03

色待宵草

prev | next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -