『景吾』
「なんだ凛」
『チョコレートってどうやって作ればいい?』
「シェフに言えばいいだろ」
『自分で作らなきゃ意味ないって友達が言うから』
2月上旬、居間で優雅に寛いでいる兄に悩んでることを相談した。
困ったときは景吾に聞くのが一番だ。
「成る程な。鳳にか?」
『うん。今まであげたことなかったんだけど』
「急にどうしたんだ?あげたことねえのなら別に今更鳳は気にしねえだろ」
『でも私一応…』
「やっと決めたのか?」
『うん』
「そうか…それならちゃんと鳳のために作ってやらねえとな」
そう言って景吾はミカエルを呼んで何やら手配をしてるみたいだった。
隣で聞いてるからに有名なショコラティエをうちに呼んでくれるらしい。
「アイツも俺達と大して変わんねえからな。舌は肥えてるぞ。作るからには満足させるものを作ってやれ」
『分かった』
その次の日から私の特訓は始まった。
今まで料理なんてしたことはない。
勿論お菓子作りもだ。
食べたい物はミカエルに言えば大体食べれたし。
チョコレートを刻むだけで大変な作業だった。
「味が安っぽい」
「チョコレート焦がしただろ」
「リキュールのアルコールが飛んでねえ」
作ったものを片っ端から景吾に味見してもらう。
景吾の方が絶対に鳳より舌が肥えてると思う。
景吾に満足してもらえる様なものが作れるのか少し不安になってきた。
『ミカエルー景吾が美味しいって言ってくれないよう』
「凛様、ちゃんと心を込めて作っておりますかな?」
『心?』
「その人のことを想って美味しいと思って貰える様に1つ1つの作業に心を込めるんですよ」
『それで味が変わるの?』
「勿論」
ミカエルに泣き言を聞いてもらったら難解なことを言われた。
心を込める?本当にそれで味が変わったりするのだろうか?
誤魔化されたのかな?
でもミカエルの言うことが間違ってたことはない。
「凛、あれこれ作るのを止めろ。1つに絞って腕を磨け」
『景吾はどれが良かったと思う?』
「生チョコレートにしろ」
『分かった』
「シンプルだから丁寧に作らねえと直ぐにボロが出るからな」
『うん』
バレンタインまで一週間を切った所で生チョコレートに的を絞った。
ショコラティエの人も少し驚いてたと思う。
それでも景吾に言われたことミカエルに言われたことショコラティエの人に言われたことに気をつけながら丁寧に丁寧にチョコレートを作っていく。
「これならまぁ大丈夫だろ」
『ほんと?』
「よく頑張ったな」
『ミカエルも美味しい?』
「そうですね、心が込もっていると思いますよ」
バレンタインの前日にやっと私の生チョコレートは完成した。
景吾とミカエルだけじゃなくてこの二週間屋敷中の皆に味見してもらったかいがあったと思う。
最後まで気は抜かず丁寧にチョコレートをラッピングしていく。
『じゃあ景吾行ってきます』
「若と樺地にも宜しく伝えておけ」
『分かった』
景吾はもう部活を引退してるから朝練は無い。
私だけ先に学校へと向かうのだ。
『鳳おはよう』
「凛さんおはよう」
『誕生日おめでとう』
「ありがとう」
『既にチョコレート沢山だね』
「誕生日とバレンタイン一緒だからね」
部室に着くとタイミング良く鳳しか居なかった。
日吉と樺地は既にテニスコートにいるのを確認したから邪魔が入ることは無いと思う。
『はい、これ』
「俺に?」
『うん、誕生日とバレンタイン私も一緒になっちゃったけど』
「凛さんそれって」
『ちゃ、ちゃんと自分で作ったよ』
少し驚いてる様な鳳にぐいとチョコレートを押し付けると朝練の準備に向かうことにした。
気恥ずかしくて鳳の顔を見てらんなかったのだ。
放課後の部活が終わる。
朝に鳳にチョコレートを押し付けてからろくに話をしていない。
避けてたわけじゃないけど顔を合わせらんなかったんだ。
「じゃあ鳳今日は鍵宜しくな」
「分かったよ。たまには彼女さんを待ってあげるのもいいと思うし」
「違っ!そんなんじゃ」
『日吉いつから!?』
「一年前からですよ」
『樺地も知ってるの!?』
「凛は周りのこと見てなさすぎだ。じゃあ任せたぞ」
「俺も今日は失礼します」
『樺地も!?』
「跡部さんに呼ばれたので」
『あぁ』
「二人ともお疲れ様」
「お疲れ」
「お疲れ様でした」
日誌をせっせと書いて居たらさくさくと日吉と樺地が帰ってしまった。
まさか日吉に彼女がいるとは。
そんなことに驚いてる場合じゃない!
鳳と二人きりになっちゃったし!
「凛さん」
『ん?』
「ちゃんと話しておきたいんですけど」
『う、うん。いいよ!大丈夫だよ!』
鳳に呼ばれて返事をしたけど自分が凄い挙動不審なのが分かる。
鳳は部室のソファに座ってそんな私を見て表情を和らげた。
「どうして急にチョコレートなんてくれたの?」
『鳳にしては直球過ぎる質問だね』
「去年までは誕生日パーティーでプレゼントくれるだけだったから」
『わ、私もちゃんとしなきゃって思って』
「ちゃんと?」
『私って許嫁って決められてるけど今までちゃんとそういうの伝えたことなかったから』
「良かった」
良かったとは?
私の言葉に鳳の声のトーンが上がる。
良かったとはどういうことなんだろうか?
「凛さんは跡部さんと違って本当に周りのことに対して鈍感だよね」
『ぐ。何も言い返せません』
「俺はね小さい頃から凛さんの話を聞いてたんだよ」
『私も鳳のことは知ってたよ?』
「そうじゃなくて。俺はずっと君のことをお嫁さんにするって決めてたから」
『私も決まってたよ?』
「本当に鈍感だよね」
私の言葉に鳳はクスクスと笑う。
いつだって鳳は穏やかだなぁ。
怒ったりすることあるんだろうか?
「俺はずっと決めてたけど、凛さんの気持ちまでは分からなかったからね」
『気持ち?』
「決められてるから結婚するんだって思って欲しくなかったから」
『えっ?そ、そんなことないよ。私ちゃんと鳳のことしか見てないよ』
まさかそんな風に思ってたなんて。
全然気付かなかった。
そりゃ周りに鈍感鈍感言われても文句は言えないよね。
言ったことないけど。
「うん、だからそれが分かって良かったって思ったんだ」
『遅くなってごめんね』
「大丈夫だよ。だからって諦める気はさらさらなかったから」
『わ』
「日誌早く書き終わらないと。パーティーに遅れるよ」
『あ!そうだ!』
「跡部さんから直接うちに連れていけって連絡があったよ」
『そうなの?』
「跡部さんはもううちにいるって」
『あれ?樺地は?』
「俺に気を利かせてくれたんじゃないかな」
『樺地やるなぁ』
ちゃんと鳳に伝えることは伝えれたと思うからさくさくと日誌を終わらせる。
そして鳳と一緒に迎えに来た車に乗り込んだ。
あ、今日はミカエルがこっちなんだ。
景吾についてったと思ったのにな。
私と鳳の様子を見て何かを察したのだろう。ニコニコと嬉しそうだ。
「後さ」
『何ー?』
「そろそろ長太郎って呼んでほしいよね」
『長太郎?』
「うん、そっちがいいかな」
『じゃあ長太郎もさん付け止めてよ』
「凛?」
『うん』
長太郎誕生日おめでとう。
ちゃんとこれからは釣り合う様に花嫁修業頑張るからね。
長太郎ハッピーバースデー!