『仁王!?』
「そんなに驚くこと無いじゃろ」
だってまさか会えると思ってなかったんだ。
全く想定外だよ!
仁王雅治との出逢いは遡ると中学の入学式だ。
今と変わらない銀髪で堂々と入学式に出席していた仁王はとても目立っていた。
でもクラスメイトからはかなり浮いていた。
みんな興味はあるけど話しかけたりはしない。
仁王は仁王でそれを気にしてる風でもなかった。
私が仲良くなったきっかけは何だったかな?
あ、そうだ。あれは夏だったと思う。
席替えで隣の席になって数日たった日の体育の授業の後だ。
酷く顔色が悪い気がした。
あまりにいつもと違って体調が悪そうだったからつい話しかけてしまったのだ。
『あの、仁王君?』
「…なんじゃ」
『体調悪いの?』
「夏が苦手なだけ」
素っ気なく返されたけど、顔色は悪いままで放っておくことも出来なくて保健室まで無理矢理連れてったのがきっかけだった気がする。
熱中症の一歩手前だったみたいだから養護教諭の先生には感謝されたけど仁王君は終始不機嫌だった。
嫌われたかなと思ってたのに次の日会ったら態度は真逆のものになっていた。
会えば腹減っただの(そのわりに少食だし)音楽のテストが分からないだの(ヤマを張って教えてあげたり)数学の授業についていけないだの(授業をサボり過ぎたせいだし教えたら教えたで私より良い点数を取るし)なかなか手のかかる友達だった。
そのうち私を通して周りも仁王と仲良くなっていって今の仁王が出来上がった感じだ。
サボり癖があるのは部活も似た様なもので中3になる時には仁王専用のお目付け役みたいなことをしていたと思う。
あの大魔王、違う!幸村君に直々に頼まれてしまったし。
クラスも違ったのに授業が終わったら仁王を探して部室まで送り届けるのが私の日課だった。
それから三年あっという間だ。
高校では運悪く同じクラスになることがなかった。
けどなんだかんだ頼られるのは私でそれが心地好くもあった。
いつの間にか仁王がいるのが当たり前みたいになってたんだよね。
2月14日。今日はバレンタインだ。
けれど、3年は自由登校で学校で顔を合わせることもない。
結局仁王に好きだって伝えることが出来ないんだなって思うと少し切なくなって用事も無いのに学校へと登校してみた。
やることも無いから仁王がよくサボってたスポットを一人で回っていたのだ。
仁王に遭遇したのはそのおサボりスポットの一ヶ所。
中高大と沢山の人が利用する図書館の奥の奥にあるカウチソファに座ってうとうとしていた時だった。
何故こんな所にカウチソファがあるのかは誰も知らない。
ただここは窓が大きくて日の光が沢山入ってくるから昼寝に最適だっめ仁王が教えてくれた。
「おまん、涎が垂れとるぞ」
『えっ嘘!?』
「嘘じゃ」
仁王の指摘に慌てて口元を拭ったらそれを見て喉を鳴らして笑っている。
久々に会うのに相変わらず仁王は仁王だ。
『自由登校なのに仁王は何してるの?』
「そーゆーおまんこそこんな所で何をしとるんじゃ」
『家に居ても暇だったの』
「バレンタインなのに寂しいやつじゃのう」
『そーゆー仁王こそわざわざバレンタインに学校来るとか暇じゃん』
「今日は部活の引退試合じゃ」
『あ、そうなんだ』
そうか、引退試合今日だったのか。
中3の時もあった気がするけどテニスの試合を観に行ったり練習を観ることもなかったから知らなかった。
わざわざバレンタインに引退試合とか幸村君は女の子達のこと考えて決めたのだろうか?
「その足ちょっと下ろしんしゃい」
『えぇ』
「まーくんは眠いなり」
『ちょ!引退試合は!?』
寝そべる私の足を無理矢理下ろすと仁王はそのスペースにごろんと転がった。
勿論、私の膝に頭を乗せて。
遠慮するとか無いのか。
いや、嬉しい気もするけども。
「1年2年はまだ授業中じゃ」
『あ、そっか』
「部活の時間になったら起こすように」
『は?』
「頼んだ」
私の抗議も虚しく静かな寝息が直ぐに聞こえてきた。
仁王ってこんな風に人前で寝たりするんだな。
警戒心強そうなのに。
それにしたって私も暇だ。
窓から入る陽射しがポカポカと心地好い。
私ももう一眠りしよう。
太股が少し重たいけどまぁどうにか寝れるだろう。
寝坊したら困るからアラームをセットして睡魔に身を委ねることにした。
「椎名、起きんしゃい」
『ん』
「起きんとキスするぜよ」
『えぇ』
「椎名、ほんとにするぞ」
アラームの音に意識がふわふわと覚醒する。
仁王の声が頭に響く。
キスで起きるとか白雪姫みたいだよね。
でもそれもいいかもしれない。
『仁王ならいいかなぁ』
冗談みたいなものだった。
反応が見てみたいのとまだ半分寝ぼけてたんだ。
どうするのかなって思ってたら先に鼻先を擽る感触がした。
次の瞬間には唇に柔らかい感触がして私は驚いて目を見開いた。
至近距離に仁王の顔がある。
視線が絡まって仁王は意地悪そうに笑った。
声にならない悲鳴をあげると唇が離れていく。
『なっ!どっ!なっ!』
「起きないとキスするぜよっと言ったじゃろ」
『でも』
何を言っていいのか分からない。
仁王は何を考えてるんだろうか?まさかキスしてくるなんて思ってなかったのだ。
言葉を探すけど上手く出てこない。
「白雪姫みたいじゃのう」
『だ、…仁王それって』
「誰にでもするのかって?」
私の言いたいことを先回りしてくれた様だ。
それにただこくりと頷く。
仁王は視線を宙に向ける。
どんな返事が来るのだろうか?
「さあのう」
『えっ!?』
「逆におまんは誰にでもそういうこと言うのか?」
はぐらかされたついでにまさかの質問返しをされてしまった。
これはなんて答えたらいいのだろうか。
違うって言ったら告白みたいだし違わないってのは言いたくないし。
悩みに悩んだ末私は首を横に振った。
言葉にするのが照れ臭くてそんな風にしか答えれなかったんだ。
「椎名、言わんとわからんぜよ」
『そんな』
クックッと喉を鳴らしてまた笑っている。
からかわれてるのかなやっぱり?
あぁでもなんだか悔しい。
好きだって言うのは簡単だけど言いたく無い。
靴を脱いでソファに立ち上がると私の方が仁王より目線が上になる。
策士は私を見上げている状態だ。
きっとこの顔は私が何をしようとしてるのか分かっているんだろう。
でももうそれはいいや。
仁王の頬を両手で包むと今度は私からそっとキスをした。
「言わんと分からんのに」
『それは私も同じ気持ちですけど』
「好いとうよ」
至近距離でのこの言葉の破壊力は抜群だったと思う。
私の意地とかそういうのをいとも簡単に吹っ飛ばしてしまったのだ。
「まーくんとりあえず部活に行ってくるなり」
『うん』
「迎えに来るから待っててな」
私を再びソファに座らせると頭をよしよしと撫でて仁王は部活へと行ってしまった。
いきなりあの言葉はズルい。
私、違う意味で何にも言えなかったし。
身体が沸騰しそうなくらい熱い気がする。真冬なのにだ。
部活を観に行こうかと思ったけど止めた。
迎えに来るって仁王が言ったのだ。
それならちゃんとここで大人しく待ってよう。
仁王に会えるならちゃんとチョコレート用意しておけば良かったかもな。
「凛、帰るぜよ」
『えぇ』
「おまんも名前で呼んだらいい」
『まーくん?』
「ほんとに飽きんのう」
いきなり名前で呼ぶからびっくりしちゃったじゃないか。
悔しいから雅治じゃなくてしばらくはまーくんって呼ぶことにする。
再び余裕の表情で返されたけどまぁいいとする。
「のう」
『なぁに?』
「おまんからは聞いてないと思うんじゃが」
『何を?』
「分かってとぼけてるじゃろ」
『どうかなぁ?』
しばらくは好きって言ってあげないんだからね。
これは私の最後の意地みたいなものだけど全部が全部仁王の手の内みたいなのは悔しいから。
それでも私の耳元に口を寄せて「俺はこんなに好いとうのに凛はずるいのう」だなんて言う雅治はほんとにほんとに策士だと思いました。
せくはな様リクエスト。
甘めな仁王雅治。
リクエストありがとうございました!