「凛先輩!」
『赤也?3年の教室までわざわざどうしたの』
「今年こそ先輩からチョコ貰いたいんすよ俺!」
『ここまで来て言うことなのそれ』


昼休み、丸井と仁王と大富豪で遊んでたら赤也が珍しくやってきた。
テストの勉強でも教えろって言いに来たのかと思ったらくっだらない内容だ。


「赤也、諦めんしゃい」
「そうだぞ赤也。凛にお願いしたって無駄ってそろそろ理解しろよな」
『そーだそーだ。てか赤也なら沢山チョコ貰えるでしょ?』
「マネージャーの凛先輩から貰いたいんすよ!」
『私もうマネージャーじゃないからごめん。後輩にお願いしとくね』
「違うんすよ!もうすぐ卒業なんだから今年くらい最後にいいじゃないっすか!」
『赤也って立海大来ないの?』
「いや、それは行きますけど」
『じゃ大学行って気が向いたらね』
「そりゃないっすよー」


もう煩いな!別に私のチョコが1つあろうとなかろうと赤也の貰うチョコレートの総量に大差は無いでしょ?
何なのさ。


「赤也はなんでそんなに椎名からチョコレートが欲しいんじゃ」
「お前もしかしてコイツのこと」
「そんなんじゃなくて!レギュラー以外には毎年配ってるからって話っすよ!」
「あぁ」
「そういうことな」
「先輩達は欲しくないんすか?」
「特にねえ」
「俺もじゃ」
『丸井と仁王は賢いねぇ』
「せっかくだし大富豪に混ざってけ赤也」
「はぁ?」
「三人じゃつまんねえの」
『そそ、混ざれ混ざれー』


赤也のチョコレートください攻撃は大富豪の間も続いたけど私はそれを華麗にスルーした。
レギュラー陣は毎年沢山貰ってるんだから別にいいでしょ。
他の部員はコイツらのせいでレギュラーになれないって言うのに腐らずみんな真面目に部活に来てたからそのご褒美ってことで毎年配ってただけだ。
しかも市販のやつ。


正直私はバレンタインはあまり好きではない。
料理はそこそこ好きだけどお菓子作りが大の苦手なのだ。
料理と違ってキッチリと計量しないといけないお菓子作りは少しだけ大雑把な私には向いていない。
何で女子だけがチョコレート作らなきゃいけないのか。
本命チョコを渡すなら手作りって風潮は誰が作ったのか。


ちらりと赤也を仁王とからかっている丸井の様子を伺う。
今年もきっと一番沢山のチョコを貰うんだろな。
数で言ったら幸村のが多いと思う。
でも幸村の場合チョコレートじゃないプレゼントもそこそこあるのだ。
純粋にチョコレートの数だったら丸井が一番多いと思う。


丸井へのチョコレートは皆気合いが入ってる。
仁王とかのだと市販のやつとかそこそこ混じってるけど丸井へのはそのどれもが手作りだ。
しかも大体美味しいときた。
作ろうと思ったことは無い。
でも丸井のために手作りでチョコレートを作れる女の子達のことは本当に羨ましかった。
みんな丸井のこと考えて作ってるからあんなに美味しく作れるんだろなぁ。


「あ、引退試合そういや14日っすよ」
「はぁ?」
「何でわざわざそんな日を選んだんじゃ」
「幸村部長が決めたっす」
『赤也、幸村は元部長ね。今の部長はアンタ』
「ややこしいんすよそれ」
「荷物多いのにラケット持って来なきゃいけねーのかよ」
「面倒だのう」
『二人とも幸村が決めたから諦めるべし』
「宜しくっす!」
「まぁ仕方無いよな」
「そうじゃのう」


予鈴が鳴った所で大富豪はお開きとなった。
赤也が2年の教室へと帰っていくのを見送る。
バレンタインに引退試合かぁ。
きっと沢山人が集まるだろうなぁ。
ついでにチョコレートも大量だろなぁ。


「なぁ」
『どうした丸井』
「お前過去にチョコ作ったことねえの?」


仁王が女の子と約束があるとかで今日の下校は丸井と二人だ。
アイツはもしかしたら気を利かせてくれたのかもしれない。
こういうことがたまーにあるのだ。
はっきりと仁王に聞かれたことはないけど鋭い彼のことだから私の気持ちにも気付いてるのだろう。
もしかしたら本当に女の子と遊んでるだけかもしれないけど。


てか何この質問。
いきなりどうした丸井。
まさか赤也みたいに作れって言わないよね?それはいくら丸井に頼まれたからって首を縦には振れない。


『うーん、チョコレートは無いかな』
「なんだよその微妙な返事は」
『クッキーはあるよ。チョコのクッキー』
「クッキーかよ」
『うん』


あれは小学校の時かな?
仲の良かった男の子に作ってあげたんだけど私のあげたクッキーは所々焦げてたらしい。
チョコだから焦げてたとか分かんなかったんだよね。
それを次の日散々からかわれたのだ。
好きとかじゃなかったけどあの日クラスメイトの前でからかわれたことは私の中でトラウマになっている。
そこからお菓子作りはしていない。


「それっていつ?」
『え?小学校の時の話』
「んじゃお前は中高とチョコレート作ってねえんだな。寂しいヤツ」
『笑うなってば!いいの。私にだって好きな人くらいいるんだからね!恋愛してないみたいに言わないでよ』
「は?」


私の言葉にケラケラと笑っていた丸井の声のトーンが一瞬で低くなった。
え、そこはもっと笑うとこじゃないの?
そんな丸井の地雷を踏んだつもりは全く無い。想定外だ。


『え?どうしたのさ』
「何でもねえよ」
『何か地雷踏んだ?』
「別に。つーか好きなヤツいるならチョコ渡せよ」
『手作りとか無理なんだよねぇ』
「は?」
『私が料理出来るのは知ってるよね?』
「いつも弁当手作りだもんな」
『お菓子作りは苦手なんだよ』
「へえ。意外だったわそれ」
『何で女子からチョコレート渡さないといけないんだろね?男子からでもいいじゃんか』
「それがホワイトデーなんじゃねえの?」
『ホワイトデーはバレンタインのお返しでしょ』
「買ったやつ渡せばいいんじゃねえの?そんでさっさとフラれてこいよ」
『フラれる前提とか止めてよ丸井!』
「チョコレートくらいさっさと渡せばいいだろい」


市販のやつでいいのならとっくに渡してるよ!
さっき機嫌が悪そうだったけど今はもう大丈夫そうだ。
フラれてこいとか酷いこと言いながら楽しそうだ。
アンタにチョコレート渡したいって言えたらどんなに楽だろうか。


『市販のやつじゃ気持ち伝わらない気がしてさー』
「はあ?手作りも市販のも旨かったら一緒だろ」
『その人手作りのチョコ毎年結構貰ってるからさ。市販のはあげれそうに無いなぁ』
「そうなのか?どのくらい貰ってんだソイツ」
『そこまでは流石に言えないよ』
「いいだろい。お前と俺の仲だろー?」
『無理でーす』
「んじゃお前の好きなケーキってなんだよ」
『は?ケーキ?』
「いいから答えろって」
『ザッハトルテ』
「チョコレートケーキだな」
『そうだねぇ。チョコレート食べるのは好きなんだよねぇ』
「ザッハトルテな」
『うん?』
「や、何でもねえ」


そこまで話した所でいつもの分かれ道だったから丸井と別れた。
何でいきなりケーキの話題になったのだろうか?
まぁしつこく好きな相手を聞かれるよりはいいか。
さて、1年2年の部員達のためにチョコレートを買って帰ろう。
毎年お年玉はこれで消えていくのだ。
赤也にだけあげないのも可哀相だし赤也には特別に同じやつ用意してあげようかな。


引退試合はかなり盛り上がった。
屋内コートも使って五面のコートそれぞれをレギュラーだった3年が担当する。
三面はシングルスで二面はダブルスだ。
そこに後輩達が次々と勝負を挑んでいくのだ。


途中でダブルスのメンバーを代えたりしながらひたすら後輩達と試合を楽しんでいた。
私も五面コートを走り回っていたから正直かなり疲れたよ。
試合が終わって後輩マネ達から皆がチョコレートを貰っている。
私もその間に後輩達へとチョコレートを配った。
赤也にもついでにあげたら目を潤ませて喜んでいたからまぁあげて良かったのかもしれない。
今年はマネージャー達からはなかったらしい。
あぁ、その分を3年のチョコレートに回したんだろうなと何となく予測した。


最後の部室だ。
まぁたまには後輩達の様子を見に遊びに来ることはあると思う。
卒業までまだ時間はあるし。
でもこの引退試合を最後に本当の本当に引退だ。
ワガママを言って最後に皆で残らせてもらった。
鍵は合鍵を借りた。
一年に一回だけ、この日だけ顧問から貸してもらえるのだ。
まぁまだみんなぐったりしてるしね。
流石に沢山の後輩達との連戦は彼らもキツかったらしい。


まぁ皆して立海大に進学するから大して寂しさは無い。
あるとしたらこの部室への寂しさくらいだろう。


「じゃあ俺そろそろ帰るね」
「精市が帰るなら俺も帰るとしよう」
「待て蓮二それならば俺も帰るぞ」
「では私もそろそろ帰ることにします」
「俺もそろそろ帰って店の手伝いしねえとな」
「俺も帰るとするかのう」
『私はもうちょいいるから柳鍵貸してー』
「では戸締まりは頼むぞ椎名」
『任せて任せてー』
「皆、大学でも宜しくね」
「無論、大学でも全国制覇を目指すぞ」
「弦一郎、それは言わずもがなだ」
「私は医学部なのでテニスは出来ませんが応援には行かせてもらいますね」
「柳生が居なくなるのは寂しいのう」
「貴方はもうシングルスでも大丈夫でしょう」
「プリッ」
「俺はジャッカルとこれからも頑張るぜ」
「ブン太!大学でも宜しくな!」
『私もまたマネージャー頑張るかな』
「凛が居てくれたら助かるよ」
「俺もそう思う」
「お前は働き者だからな」
『じゃあ皆またね』
「またね」
「椎名さんも遅くならない様に」
「丸井が居るから大丈夫でしょ」
「丸井、遅くなるならば椎名をちゃんと送っていく様に」
「おー」
「じゃあの」
「じゃあな」
『え?』
「お前らまたなー」


え?丸井も残るの?
確かに動く気配が無かったけど。
そんなに疲れてるのかな?
でも仁王だってさっさと帰ってったし丸井は仁王よりはスタミナあるはずだ。
丸井は座り込んだまま皆に手を振って見送っている。
バタンと6人が消えて部室の扉が閉じた。


『丸井?どうしたの?』
「あーちょっと野暮用な」
『野暮用?』


野暮用って一体何だ?
もう応援してた女の子達も皆帰ったと思うし。
あ、もしかして私邪魔者かな?


『丸井?私邪魔なら先に帰ろうか?』
「はぁ?何勘違いしてんだよ。お前に用事があんの」
『私に?』


何の用事が私にあるって言うのだろうか?
何か約束してたっけ?
いや、そんな約束はしてないはず。
丸井はチョコレートの山から何かを探してる様に見える。
あ、毎年のチョコレートの御裾分けだろうか?
去年までは部活の後に品評会みたいなことを丸井と赤也と仁王とやってたのだ。


「ほらよ」
『チョコレートの御裾分け?』
「ちげえって」
『チョコレートじゃないの?』
「あーまぁチョコレートケーキだな」
『ん?』
「まぁ開けてみろって」
『分かった』


ケーキ一個入りそうな紙箱を丸井が私に手渡してきた。
これってどう考えても御裾分けじゃないの?
違うって丸井は言ったけどどういうこと?
よく分からないけどその紙箱を開けてみることにした。


『え』
「すげーだろい?」


上から見ただけでも分かる。
これは私の一番好きなザッハトルテだ。
イチゴとブルーベリーそれに銀色のアラザンがお洒落に飾り付けてある。


『うん、凄いね。でもいいの?』
「何がだよ」
『丸井が貰ったやつでしょ?』
「ちげえって。それ俺が作ったんだよ」
『あー丸井ケーキ作り得意だったもんね』
「天才的だろい?」
『うん、かなり美味しそう!でもどうしたの?』
「あーそれはだな」


ケーキと丸井を交互に見る。
確かにザッハトルテが好きだとは言ったけどまさか作ってくれるとは思ってなかった。
丸井は私の言葉に珍しく返事を濁す。


『うん』
「お前言っただろい」
『何を?』
「だからだな、バレンタインに男子からでもチョコレート渡せばいいって言ったよな」
『あ、確かに言った』


それでわざわざケーキを作ってくれたのか。
丸井、やっぱりいいやつだよね。
友達からってつもりなんだろうけどそれでもバレンタインに丸井からチョコを貰ったのは私だけだろう。
しかも手作りだ。
うん、それだけでかなり嬉しい。


「だからお前の好きなケーキ作ったんだよ」
『そっか。ありがとう丸井!かなり嬉しい!お返しはお菓子は無理だけど何か作るね!』


このケーキは帰ってから大事に食べよう。あ、先に写メも撮らなくちゃ。
丸井からのケーキなんてこの先いつ貰えるか分からない。


紙箱の蓋を閉めてから気付いた。
あれ?丸井からの返事が無いよね?
どうしたんだろうと丸井の方を向くと難しい表情をしている。
何かを言おうか言わないか迷ってるみたいにも見える。


「なぁ、それ本命チョコだっつったらどうする?」
『えっ』


突然何を言い出すんだろうか。
からかってるのかな?
それなら本気にしちゃうから止めてって丸井に言おうとしたのに。
丸井の表情が普段見たこともないくらい情けない顔をしていて私は開きかけた口を閉じることにした。
これってもしかしてもしかするかもしれない。


「だからそれ本命チョコなんだよ」
『ほんとに?』
「お前は好きなヤツいるんだろうけど。逆チョコもたまにはいいかなって思ったから。だからこないださっさとフラれてこいなんて言っちまったんだよ」


どうやらからかってるとかじゃなくて丸井は本気で本命チョコを作ってきてくれたらしい。
夢じゃないよね?とりあえず私の頬をつねってみる。
うん、痛い。これは現実だ。
現実に丸井が私のことを好きだって遠回しに言ってくれている。


『丸井』
「あ、返事は今すんなよ!俺別に今すぐに付き合えとか言ってねえし。ただ俺のことも少しは意識しろってだけで」


こんなにしどろもどろな丸井初めて見た気がする。
そうか、私が他に好きな人がいると思ってるんだからこうなるのも仕方が無いのか。


『丸井、私の好きな人今日も沢山チョコ貰ってたよ』
「んな話聞きたくねえんだけど。つーかもしかしてテニス部だったのかソイツ」
『うん』
「あーマジかよ」
『私ね、その人が手作りチョコばっかり貰ってるから今までチョコ渡せなかったんだよ』
「それこないだ聞いたって」
『最後まで聞いて。でもね凄い嬉しいことあったの』
「かなり聞きたくねえんだけど」
『チョコは渡せなかったけど私その人からザッハトルテ貰えたんだよ。本命チョコだって言われて』
「は?」


最後の言葉を紡いだ瞬間やっと丸井と視線が重なった。
さっきまで自信なさげにあちこち視線がさまよっていたのだ。
私の言葉に相当驚いたみたいだった。


『私も丸井のこと好きなんだけど』
「お前それ」
『嘘じゃないよ。ほんとだよ』
「なんだよ!もっと早く言えよ。俺がどんな気持ちで言ったと思ってんだ」
『だって丸井が私のこと好きだなんて全然知らなかったし』
「俺もだっつーの」


何でだろ?私の言葉に丸井が顔を赤くする。
普通だったら逆だよね?
丸井の行動があまりにも可愛くてそれだけで私のこと本当に好きなんだって分かったから恥ずかしいとか照れるとかじゃなくて嬉しいって気持ちが先行してしまったらしい。


『丸井、本命チョコ凄い嬉しい』
「な、んでお前そんなに余裕なんだよ」
『丸井が照れてるから』
「仕方無いだろ。まさかお前が俺のこと好きだなんて考えてもなかったんだよ」
『ほんとありがとね』
「凛もな。サンキュ」


丸井は未だに照れてるみたいた。
これは凄い貴重かもしれない。
まさか丸井が私の何気無く言った言葉を実現してくれるとは思わなかった。
凄い凄い嬉しかったからホワイトデーは私も何かお菓子手作りしてみよう。
一ヶ月あったらクッキーくらいなら美味しく作れるだろう。
そしてまた丸井を驚かせてあげよう。
また照れてる丸井が見れたらいいな。


『ねぇブン太』
「なんだよ?ってお前今なんつった!?」
『名前で呼んだだけだよ?』
「いきなりびっくりしただろい」
『顔赤いね』
「誰のせいだと思ってるんだよ」
『私かな?』
「そんなにやにやすんなよ!」


七海様リクエスト。
ブン太からの逆チョコ。
リクエストありがとうございました!

ザッハトルテが繋ぐ恋

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