あぁもうどうしよう。
せっかくこの日のために準備したのに。
全てが台無しになってしまった。


無惨に踏み潰されたシュークリームであった残骸を見て私は途方にくれた。
せっかく花巻君がリクエストしてくれたのに。
本当にどうしたらいいんだろう。
朝イチで誕生日プレゼントを渡そうってのが間違いだったのかもしれない。


花巻君とは3年の秋からお付き合いしている。
それまでずっと私の片想いだったんだけど花巻君から告白してくれた。
何で私なのか不思議だったけど花巻君が選んでくれたのは私だった。


「椎名さんはさ、ずっと俺のこと遠巻きに見てたでしょ。あれって邪魔にならないためだよね?」


そう告白された時に言ってくれた。
まさか私に気付いてるとは思ってなくて指摘されて凄く気恥ずかしかったことを覚えている。
1、2年はクラスが同じだったけど3年は違ったのにも関わらずだ。


私を見つけてくれたのが嬉しくて何の取り柄も無い私でもいいよって言ってくれたことが嬉しくて誕生日に花巻君のためにシュークリーム作ったのにな。
何回も練習してやっと満足出来る物が作れたのに。


及川君を始めとする四天王揃っての登校で朝から周りの女の子達に揉みくちゃにされてしまったのだ。
別に誰が悪いとかじゃない。
私が手を滑らしたのがいけないし。
あれだけ人が居たら踏み潰されても仕方無い。
あぁでも泣きそうだ。
せっかく花巻君のために作ったのに。


人が居なくなった昇降口で私は呆然と立ち尽くすしか出来なかった。


せめてお昼まで待てば良かったのかな。
多分それが一番良かったのかもしれない。
でも思った以上に上手に作れたから少しでも早く渡したかったんだ。


「凛?」
『は、はなっ花巻君!?』
「やっぱりここに居た。さっきちらっと見えた気がしたんだよ」
『おはよう』
「はよ。どうした?元気無い?」


打開策が見つからないまま花巻君と遭遇してしまった。
見つけてくれたのは凄い嬉しい。
でもプレゼントが無い。
私の様子がおかしいことに気付いたんだろう。
花巻君が顔を覗き込んでくる。
でも申し訳なくて目を合わすことが出来ない。


「誰かに何か言われたか?」
『ちが、そうじゃないよ』
「じゃあどうし…これって」


花巻君の視線が私の足元のぐちゃぐちゃになった紙箱に移ったみたいだった。


『違、違うよ。そう、じゃなくて』
「凛、俺何にもまだ言ってないよ」
『ごめん』
「相変わらず内気さんだね凛は」


どう説明していいのか分からなかった。
口を開いたら泣いちゃいそうだったのだ。


「あーこれはちょっと食べれそうにないね」
『ごめんね』
「ちょっと待っててな」


私の頭をぽんと撫でると花巻君はシュークリームだった残骸を手早く片付けていく。
確かに食べれそうな場所はどこも残ってなさそうだった。
残ってた所で絶対に食べさせないけど。


「凛、俺達もう大学決まってるよな」
『うん』
「じゃあお前は急な貧血な」
『え?』
「俺は風邪ひくわ。行くぞ」
『花巻君?』
「帰るんだよ。お前のことだからうちにまだシュークリーム残ってるだろ?」
『そうだけど、学校は?』
「たまにはサボろうぜ」
『え』
「もうすぐ卒業だしサボったこと無いだろ?」
『うん』
「一回くらい経験してもいいだろ」
『分かった』


既に予令が鳴り終わっている。
花巻君と学校をサボるの?
今だかつてサボったことは一度も無い。
きっと高校生活最初で最後のサボりだ。
その一回が花巻君と一緒だなんてドキドキした。


上履きから靴に履き替えて昇降口を後にする。
正門からだと目立つからってこっそりと裏門から抜け出した。
私の手を引いて花巻君が隣を歩いてくれている。


「色々寄り道したいけど今日は我慢な」
『うん』
「少しは元気になったか?」
『ありがとう。もう、大丈夫』
「泣きそうだったもんな」
『分かってたの?』
「そりゃ彼女ですからね」


確かにいつの間にか悲しい気持ちは吹っ飛んだ。
花巻君がうちに帰ってシュークリーム食べようって言ってくれたからだ。


『いつもごめんね』
「凛は謝るようなことしたの?」
『私が泣かない様にしてくれるから』
「それって彼氏としては当たり前なことだと思いますよ」
『そうなの?』
「彼女泣かせたい彼氏なんて居ないよきっと」
『でも甘えてばっかだよ』
「俺も甘えさせてもらってるよ」


花巻君が私に甘えたことなんてあったかな?
考えた限り思い付かないんだけど。


「行動じゃなくて気持ちでね」
『気持ち?』
「そ、凛が居たからバレー腐らずに頑張れた部分あるの俺」
『付き合ったの引退してからだよ?』
「だってお前俺のこと1年から好きだったでしょ?」
『知ってたの!?』
「そりゃ気付くよね」
『ごめん』
「ほらまた謝った」


まさか気付いてたなんて知らなかった。
そしたら私ってかなり重たい女だよね。


『重たいよね』
「まぁ最初はな。いつ告白してくんのかなって思ってた。女子ってそういうの早いだろ?」
『それは人によって違うんじゃないの?』
「大体の女の子は早いよ。話したこと無いのにクラスメイトだからって告白してくるこも居たからね」
『そうなんだ』
「凛は違ったでしょ」
『告白は思い付かなかった』
「あんまり話したこと無かったもんな」
『話しかける勇気が無かったので』
「だろ?そしたらさいつの間にか気になってたのは俺の方だったんだよね。今日はいるなとか今日は居ないなとか」
『そうなの?』
「そ、いつの間にか部活中の応援にお前が居て当たり前みたいになっててさ。居ない日ってヤル気出なかったりしたんだよ」
『びっくり』
「俺もこれに気付いた時はびっくりした。んで部活引退したら会えなくなるだろ?だから告白したんだよ」
『そっか』
「だからさ三年間ありがとな」
『お礼を言われる様なことしてないよ』


花巻君の話にとてつもなくびっくりした。
まさかそんな風に思ってくれてたなんて。
良かった、ちゃんと私は花巻君に必要とされてるんだ。


交番のお巡りさんに見付からない様に回り道をしたりしながらうちにやっと帰ってこれた。
うちは共働きだから両親も帰って来るのは遅い。
学校にも休む連絡はしたから大丈夫だろう。


『花巻君、シュークリーム直ぐに食べる?』
「んー昼メシはどうする?」
『あるもので何か作るよ。パスタとかになるけど』
「じゃあその後でシュークリーム食べるわ」
『分かった』
「それより俺まだ言ってもらってない」
『何を?』
「今日はおはようより先に聞きたかったんだけどなぁ」


居間のソファに花巻君が座ってテレビのチャンネルを変えながら言った。
言ってもらってないって何をだろう?
ホットコーヒーを2つローテーブルに置いてから花巻君の隣に座る。
考えてみてもピンと来る言葉は見付からない。


「凛ちゃんはほんっと内気だしかーなーり天然さんだよね」
『ごめん』
「どうして俺のためにシュークリーム作ったの?」
『それは花巻君がリクエストするから』
「何でリクエストしたんだった?」


何でってそれは花巻君の誕生日でプレゼントに何が欲しいか聞いて…


『あ!』
「ちゃんと思い出したのなら良かった」
『誕生日おめでとう花巻君。忘れててごめん』
「そんだけシュークリームのことがショックだったんだよな」
『多分』


まさかのおめでとうを言い忘れてたなんて。私どれだけ忘れっぽいんだろ。
恥ずかしすぎる。
シュークリーム落とす前まではちゃんと覚えてたのに。


「後さ」
『ん?』
「そろそろ花巻君からステップアップしません?」
『え』
「貴大って呼んでよ」
『それは』
「彼女には名前で呼ばれたいんだけど」
『た、』
「呼んでよ」
『貴大、君』


急かされたから一気に名前を呼んだけどなんかクラクラした。
私が名前を呼んでも本当に良かったのだろうか?


「俺のこと名前で呼んでいいの家族と凛だけだよ」
『そうなの?』
「他のヤツらはどんだけ仲良くても花巻って呼んでって言ってあるし」
『私でいいのかな』
「何でそんなこと言うかなぁ」
『ごめん』


ごめんが口癖みたいになってる気がする。
でも本当にそれ以外の言葉が見付からないんだ。


「凛、名前で呼んでくれてありがとな」
『うん』


よしよしと貴大君が撫でてくれた。
やっぱり甘えてるのは私の方だと思う。
甘えているじゃなくて甘やかされているかな。
貴大君はいつだって優しいから。


居間で二人でまったりしてたらあっという間にお昼になった。
お昼は簡単にカルボナーラだ。
生クリームがあったから良かった。
後はベーコンと玉ねぎと牛乳と卵とバターとブラックペッパーとパルメザンチーズがあれば作れる。


比較的カルボナーラは簡単な方のパスタなのに貴大君は凄く喜んでくれた。
これならシュークリームも喜んでくれるかな?


「クッキーシューにしたんだな」
『ふわふわのは生地が上手く膨らまなくて』
「また作れたら食べさせてな」
『練習頑張る』
「んじゃいただきます」
『はい』


食後のデザートにホットコーヒーとシュークリームを出した。
勿論自分の分もある。
カスタードとシュー生地のバランスも拘ったのだ。


「カスタード旨いな」
『ちゃんとバニラビーンズ使ったの』
「お、ほんとだな」
『生クリームと半々のやつもあるよ』
「ダブルシューとかかなり贅沢なヤツだろ!」
『私のヤツがそうだよ。半分食べる?』


クッキーシューだから半分にしても大丈夫だろう。
一口噛ったけどそこを避けて半分にして綺麗な方を貴大君へと差し出す。
あれ?受け取って貰えない。
何でだろと貴大君と視線を合わせた時だった。


「俺こっちがいい」
『何が?』


もう片方は私が噛ってるし味は変わらないよって思った瞬間。
口元をペロリと舐められたのだ。
え?何で?どうして?


「クリーム付いてたぞ」
『嘘』
「生クリームも美味しいな」
『え』
「とりあえずその両手のヤツ一旦置こうな?」


貴大君は既に自分の分のシュークリームを食べ終わったみたいだった。
私の両手のシュークリームを奪ってお皿へと戻す。
私はさっきの出来事から動けずにいる。
シュークリーム食べないのかな?


「もっかいちゃんとしたヤツ貰うぞ」


ちゃんとしたヤツって何を?
って思った時には私の唇に柔らかい感触がした。
一瞬の出来事だったけど目を瞑ることも出来なくて貴大君と至近距離で目が合った気がする。


「さすがにレモンの味はしないな」
『甘い味はしたよ』
「俺も。誕生日プレゼント3つ目だな」
『心臓止まるかも』
「そしたらまた人工呼吸してやるよ」
『止まらない様に努力する』
「なんだよそれ」


私の態度に貴大君が楽しそうに笑っている。
どうやら誕生日はちゃんとお祝い出来たみたいだ。朝はあれだけ色々後悔したけど結果的に喜んでくれたみたいで良かった。
来年も二人でお祝い出来ます様に。


『そう言えば何でレモンの味?』
「初めてのキスはレモンの味がするって言うだろ?」
『私は初めてだけど』
「俺もなんだなぁ」
『え』
「ほんとのほんとに」



2018年1月27日花巻ハッピーバースデー!

ユタラプトル乙女

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