何だって人はこうも欲張りなんだろう。
次から次へと欲しいものが多くなる。


「凛?最近体調でも悪いのか?」
『いいえ!そんなことないですよ』
「お前最近俺と居ても上の空なこと多いだろ?何かあったか?」
『先輩の気のせいですよ。大丈夫です!』
「ならいいけどよ。何かあったら直ぐに言えよ」
『はい』


2年の春に友達に連れられて見に行ったバレー部の練習試合。
そこで私ははじめ先輩に恋をした。
友達も周りも及川先輩しか見てなかったけど私にははじめ先輩が1番1番輝いて見えたんだ。
青城の男子バレー部はマネージャーを募集していない。
だから学年の違う私が先輩と接点を持つのは凄い大変だった。
同じクラスに矢巾が居てくれて良かったと思う。


『え?ほんとに?』
「ほんと。岩泉さんは毎年体育祭の実行委員になるよ。1年も2年もやってたし」
『分かった!私も体育祭の実行委員やる!』
「頑張れよ」
『矢巾ありがとう!』


矢巾のアドバイスのおかげで体育祭の実行委員に立候補してはじめ先輩との接点が持てた。
そこには先輩と同じバレー部の松川先輩と花巻先輩も居て、矢巾も一緒に実行委員になってくれたから少しずつ少しずつ先輩と仲良くなれたんだ。


告白したのは多分私から。
でも先輩からって言ってもいいのかな?
あれは半分事故みたいなものだったと思う。
体育祭の片付けが終わって実行委員で打ち上げをしていた時のこと。
みんなが盛り上がってる中、はじめ先輩が一人だったから隣にお邪魔したんだ。


『先輩、実行委員長お疲れ様でした』
「おう。椎名もお疲れ」
『皆に混ざらないんですか?』
「あー後でな」
『何かありました?』
「今年で最後だなと思ってな。似合わねえだろ」
『そんなことないですよ!私も先輩とせっかく仲良くなれたのに体育祭終わって寂しいです』
「あ、あぁ。そうだな」


先輩が寂しそうに笑うから否定したくて言った言葉は半分告白みたいで。
それを聞いた先輩の顔が赤くなった所で私は何を言ってしまったのか自覚した。
途端に物凄く恥ずかしくなったのを覚えている。


『あの、その』
「体育祭終わっても俺と仲良くしてたいって意味でいいんだよな?」
『そうです、ね』
「じゃあ付き合ってみるか。つっても部活もあるからあんまり構ってやれねえけどな」
『いいんですか?』
「おう。いいから言ってんだよ」


先輩からの申し出に私は即座に飛び付いた。
まさか先輩が私と付き合ってくれるなんて思ってもなかった。
最初はそれだけで嬉しかったのにな。


最近のこのモヤモヤの正体は分かってる。
先輩と付き合う様になってから色々なことが気になる様になってきた。
松川先輩達が言ってたのだ。
「及川や俺達程じゃないけど岩泉も結構モテるんだ」って。
どうしてはじめ先輩が私を選んでくれたのか分からなくてモヤモヤしていた。


「悪い。今日は一緒に帰れない」
『えっ』
「ちょっと用事が出来たんだよ。悪いな」
『そうですか』
「来週は大丈夫だから。んな顔すんな」
『約束ですよ』
「おー約束な。気を付けて帰れよ」
『はーい!』


毎週月曜は一緒に帰るって約束だったのに。
初めて断られた。
しかも昨日は一緒に帰れるって言ってたのにだ。
先輩は理由も教えてくれなくてまた私の中のモヤモヤが増えた。
頭をぽんぽんと撫でて貰えたのにちっとも嬉しくなかった。


「お前岩泉さんと一緒に帰るんじゃないの?」
『今日は用事が出来たって言われた』
「まぁそんな日もあるだろ」
『初めてそんなこと言われたんだよ』
「泣くなって」
『理由も教えてくれなかったし』
「別に別れようって言われたわけじゃないんだろ?」
『そうだけど』
「岩泉さんにちゃんと理由聞けばいいんじゃねーの?」


一人で帰る気になれなくて自分の教室に戻ってみれば矢巾が居た。
窓際の自分の席に座って机に突っ伏すとじわじわと涙が出てくる。
涙声なのが分かったのだろう。わざわざ矢巾が私の前の席に移動してきてくれた。
コイツはチャラそうに見えて意外と優しい。


『矢巾は何してんのさ』
「彼女が部活終わるの待ってんの」
『そっか』
「ちゃんと話さないとモヤモヤ無くならないぞ」


矢巾の言ってることは理解出来る。
でもそんなこと先輩に言って嫌われたりしないだろうか?
私はそれが1番怖かった。


「いーわーいーずーみ!早くしてって!」
「そんな焦ったって仕方無いだろ」
「時間が無いんだってば!」
「分かったから。ほら行くぞ」


はじめ先輩を呼ぶ声が窓の外から聞こえて反射的に見てしまった。
同級生だろうか?綺麗な女の人と二人で歩いている。
え?用事って何?
二人が校門から出て行くのを呆然と見ていることしか出来なかった。


「椎名?大丈夫か?」
『私じゃやっぱり駄目なのかな?』
「おい泣くなって!俺が泣かせたみたいだろ!」


それから矢巾の彼女が迎えに来るまでわんわん泣いた。
何なら迎えに来た矢巾の彼女も一緒に話を聞いてくれた。
普通なら誤解するとこだろうにそんなそぶりも見せずに親身になって聞いてくれる。
あんな良いこ居ないと思う。
でも答えは出なかった。
と言うか私が決めれなかった。
二人は絶対に話した方が良いって言ったけど私は怖かったんだ。
私よりあの綺麗な先輩を選んだらどうしようって。
確かに付き合ってはいるけど私は先輩に好きって言ってもらってない。
やっぱり無かったことにしてくれだなんて言われたら死んじゃうかもしれない。


その次の日から私ははじめ先輩を避けた。
と言っても朝練も部活もあるから先輩からの連絡に返事をしなかっただけだけど。


「お前、岩泉さんのこと無視してんの?」
『何で?』
「岩泉さんに聞かれたんだけど」
『何にも言わないでよ』
「言ってないけどお前はそれでいいの?」


良くないよ。
このままじゃ良くないのは分かってるよ。
それでも矢巾の問い掛けに返事をすることは出来なかった。
はじめ先輩からは一日に何回か連絡が来た。
でも私はそのどれにも返事をすることが出来なかった。


はじめ先輩と綺麗な女の先輩を見たあの日から一週間がたった。
今日は一緒に帰るって約束をしてた日だ。
私は一体どうしたらいいんだろう。
大好きなはじめ先輩の連絡に返事もしないで一週間ただただ苦しかった。
でもきっとはじめ先輩を見たら泣いてしまう。
HRが終わったら直ぐに帰ろう。
それが1番良い。


「椎名」
『私急いでるから』
「岩泉さんが来るまでは駄目」
『矢巾!離してよ!』
「無理だね。先輩の言うことは絶対なんだよ」
『やだ!矢巾離してってば』


HR終わって帰ろうとしたら教室の真ん中で矢巾に捕獲された。
私の腕をグッと掴んでいる。
離す気は無いらしい。
先輩の言うことは絶対ってことははじめ先輩に頼まれたってことなんだろう。
私と矢巾のにらみ合いが続く。
そうしてるうちに他のクラスメイトは皆帰ってしまったみたいだった。
いつの間にか矢巾と二人きりだ。


「お前ちゃんと岩泉さんと話せって」
『やだよ』
「俺にはちゃんと話せただろ」
『それは矢巾だからだし』
「岩泉さんに言わないと意味無いだろうが」
『はじめ先輩には言えないんだって!』
「何をだ?」


矢巾のことしか見てなかったから気付かなかった。
久しぶりに聞いた大好きな人の声に私の耳は即座に反応した。
同時に教室の入口を見てしまった。
会いたくて会いたくなかったはじめ先輩がそこにいる。


「んじゃ俺帰ります」
「矢巾、悪かったな」
「大丈夫っすよ」


矢巾がやっと腕を離してくれた。
そして私の肩をぽんと叩いて教室を出ていく。
入れ違いにはじめ先輩が私に近寄ってくるのが分かる。
どうしたらいいのか分からなくて教室の中心からじりじりと窓際へと逃げる。


「おい」
『何ですか』
「何ですかじゃねえだろ」
『…』
「何で逃げるんだよ」
『…』
「おい凛!」
『先輩が先輩が悪いんですよ』
「あ?何でだよ」
『他に好きな人がいるならそう言ってくれたら良かったんです!』
「は?」
『もういいです』


これ以上話していたらきっと泣いてしまう。
窓際に退避してる場合じゃない。
何とかあの横をすり抜けて逃げなくちゃ。


「全然よくないだろうが!」
『ひゃ』


逃げようと思ってたのにはじめ先輩は一瞬で私との距離を詰めてきた。
それは本当に一瞬でまた腕を掴まれてしまった。
先輩はどうやら怒ってるみたいだ。


「あのな、俺がどれだけ心配したのか知らねえだろ」
『…』
「凛、返事くらいしろ」
『はい』
「訳もわからず急に返事が来なくなるんだぞ。しかも周りには至って普通とか何なんだよお前」
『矢巾は?』
「何でそこで矢巾が出てくるんだよ」
『矢巾は知ってたから』
「何も聞いてねえよ。今日俺が迎えに行くまで足止めしとけとは言ったけどな」
『そうですか』


掴まれた腕を動かそうにもびくともしない。
何でこんなにはじめ先輩は怒ってるんだろう?
怒りたいのは私なのに。


「なぁちゃんと俺にも話せって」
『話しました』
「何が」
『だから他に好きな人がいるならって』
「んなやつ居ねえし」
『だって先週、はじめ先輩綺麗な女の先輩と歩いてたじゃないですか』
「あーあれ」
『理由も教えてくれなくてそれで他の女の人と歩いてたらそういうことだと思うじゃないですか!』


こんな醜い感情をはじめ先輩にぶつけたくなんてなかったのに口を開いたらドロドロと溢れてきた。
涙も出てくるし顔も心もぐちゃぐちゃだ。


「凛」
『もう!こんなこと言いたくなかったのに!』
「落ち着けって」
『先輩のバカ!先輩なんて先輩なんて!』


嫌いだって言おうとした瞬間だった。
口を唇で塞がれたのだ。
え?私はじめ先輩にキスされてるの?
なんで?どうして?


驚き過ぎて時間が止まったみたいだった。
同時に涙まで引っ込んだ。
しゃっくりと一緒で涙も驚くと止まるんだね。


「その続きは嘘でも言うなよ」
『…』
「あれは及川の彼女だよ」
『え?』
「記念日のプレゼントを一緒に選べってしつこかったんだよ」
『何で教えてくれなかったんですか?』
「お前今日が何の日か覚えてねえの?」
『私とはじめ先輩の誕生日では無いです』
「今日でちょうど1ヶ月になるんだよ。女子ってそういうの敏感だって及川の彼女が言ってたんだけどな」
『あ』


そうだ。今日でちょうど1ヶ月記念日だ。
先週のことでそんなことすっかり忘れてた。


「だからアイツの買い物に付き合う代わりに俺の買い物にも付き合ってもらったんだよ」
『それって』
「まだ1ヶ月だからな。大したもんあげれねぇけどほらよ」
『ブレスレット?』
「指輪とネックレスはまだちょっと照れ臭かったんだよ」


はじめ先輩が私の手の平に落としたのは四葉のクローバーのチャームが付いたブレスレットだった。
確かにこれを一人で買うはじめ先輩の姿は想像出来ない。


『ありがとうございます』
「俺もちゃんと言っとけば良かったな」
『誤解して変なこと言ってごめんなさい』
「いや、これからはちゃんと俺に言えよ」
『でも』
「他の男に言われる方が嫌だろ」
『矢巾?』
「矢巾に話せて俺に話せねえとかすげー嫌だ」
『はじめ先輩?』
「クソ、俺だって嫉妬くらいすんだよ」


まさかはじめ先輩が矢巾に嫉妬するだなんて思ってもなかった。
凄い悔しそうな顔をしている。
インターハイ予選で白鳥沢に負けた時と同じ顔だ。


『はじめ先輩』
「なんだよ」
『私、先輩のこと大好きなんですよ』
「おう」
『それに矢巾には彼女いますよ』
「は?」
『だから嫉妬することなんて無いですよ』
「そうか」
『先輩は?私のこと好きですか?』
「当たり前だろ」
『ちゃんと言ってください』


さっきと形勢逆転した気がする。
でもはじめ先輩が話せって言ったんだ。
こうなったらちゃんと言ってもらおう。


「好きじゃなきゃ付き合って1ヶ月記念のプレゼントなんて買わねえよ」
『先輩、長いです』
「俺はこういうの得意じゃ無いんだよ!」


そう言うと私に先輩の影が重なった。
本日二度目のキスが私の唇に落ちたのだ。
さっきは驚いて何が何だか分からないうちに終わっちゃったけど二度目のキスはとても優しかった。


「これで分かっただろ」
『さっきと違って優しかったですね』
「さっきのは忘れろ。お前の口から嫌いなんて嘘でも聞きたくなかったんだよ」


ふいと横を向いて居心地悪そうに話す先輩の頬がほんのに赤かったからこれ以上からかうのは止めておこう。
これからは何でもちゃんとはじめ先輩に話してみようと思う。
一人で暴走するよりはマシだと思う。
今度矢巾カップルと四人でデートするのも楽しいだろうな。
ちゃんと二人にもお礼を言わなくちゃ。


浩菜様からのリクエスト。
ありがとうございました!

That makes me envious.

prev | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -