『蛍君、蛍君』
「何?」
『もう冷たいんだからー』
「別にいつものことでしょ」
『西谷先輩甘いもの好きか聞いてくれた?』
「何でも食べるんじゃない?あの人」
『もー!チョコ好きか聞いてって言ったじゃん!』


昼休み、山口以上の長い付き合いの椎名が僕の隣で煩く喚いている。
チョコレートが好きか聞いて来いってことはそういうことなんだろう。
山口に頼んでくれたらいいのに。
面倒臭いんだよね、そういうことって。


「椎名、ガリガリ君のチョコなら西谷先輩好きだと思うよ」
『そうなの?』
「うん、西谷先輩ガリガリ君好きだから」
『そうかぁ。でもアイスだと溶けちゃうもんなぁ』
「確かにそうだねぇ」
『うーん、練習って何時に終わるっけ?』
「待ってるつもりなの?」
『え、駄目?』
「帰るの遅くなるでしょ」
『やっぱり怒られるかなぁ?』
「椎名のうちって門限厳しくなかった?」
『そうなんだよねぇ』


部活終わるまで待ってるってそんなにバレンタインにチョコレート渡すことが大事なわけ?
無性にイライラしてきた。


「あ、じゃあツッキーが送ってくっておばさんにお願いしてみたら?」
『いいの?』
「ツッキーならおばさんも面識あるし安心するんじゃない?」
『そうだよね!じゃあお母さんに頼んでみる!』
「僕まだいいって言ってないんだけど」
「ごめん!ツッキー!」
『蛍君ありがとう!』


山口のせいだこれ。
椎名は僕の返事なんか聞いてないんだろう。満面の笑みで自分の教室へと戻って行った。
谷地さんと同じクラスなんだから谷地さんに聞いてもらえばいいでしょ。
何で僕がそんなことしなくちゃいけないのさ。


「ツッキー、ごめん」
「本当にね」


それ以上山口と話す気にはなれなくてヘッドフォンをして音楽に没頭することにした。
山口も僕の機嫌が悪いのを察したのだろう。大人しく自分の席へと戻っていく。
僕の気持ちも知らないで自分の都合を押し付ける椎名にイライラが止まらなかった。


2月14日がやってきた。
朝から僕の機嫌はかなり悪かったと思う。
来るな来るなと思っていてもみるみる時間は過ぎていき気付いたら部活が終わっていた。
山口がお節介にも終わってから部室を出るまでの時間を椎名に教えておいたのだろう。
着替えて階段を降りるとそこに椎名が居た。


『蛍君!』
「何」
『部活お疲れ様!』
「別にそんなに疲れてないよ」
「椎名、今のうちに西谷先輩に渡して来たら?」
『そうする!』


こんな大勢の人がいるのに何言ってるの山口は?
僕、見たくないんだけど。
椎名がそんな僕の気持ちを察してくれるはずもなくさっさと西谷さんの所へ向かっていく。


『あの!西谷先輩!』
「おう!」
『こないだはありがとうございました!』
「あ、あん時大丈夫だったか?」
『先輩のおかげでどうにか』
「なら良かった!」
『あのこれ、お礼です』
「なんだこれ?」
『バレンタインなのでガリガリ君のチョコ味です!』
「おー!ありがとな!」
『あとこないだお借りしたタオルも入ってます』
「もう雪道で転けるんじゃねぇぞ」
『はい!では、失礼します』


甘ったるい空気も無くさくさくとガリガリ君とタオルが入ったであろう紙袋を西谷さんに渡して椎名が戻ってきた。
あんな渡し方じゃあの西谷さんは気付かないと思うんだけど。


『蛍君お待たせ』
「まぁ僕は別にいいんだけどね」
『何が?』
「何でもないよ」
「あ、俺今日も嶋田さんとこ行くから」
『山口にもはいこれ』
「何?」
『いつもお世話になってるからチョコレートだよ』
「ありがとう!じゃあ俺行くね」
『頑張ってねー!』


椎名が山口にチョコレートを渡している。
山口が一瞬こちらの様子を伺った様にも見えたけど素知らぬふりをしておいた。
椎名を促して帰ることにする。
僕が送ってくにしろあんまり遅くなると心配するだろう。


『やっと西谷先輩にお礼出来たー』
「何があったの?」
『一週間前に校門で派手に転んだの。べしょべしょ雪の上に』
「椎名ってどんくさいよね」
『自覚はあるんだから言わないでよ』
「それで」
『たまたま朝練終わりの西谷先輩と昇降口で一緒になったのね。私は蛍君の試合の応援とか行ってたから先輩のことは知ってたんだけど、先輩は私のこと知らないでしょ?それでもあまりに私が可哀想に見えたのかタオル貸してくれたの』


へぇ。そんなことがあったのか。
でも西谷さんは他人を可哀想だとか思ってタオルを貸す様な人じゃないと思う。
ただ困ってる人がいるから助けてあげただけなんだろうな。
あの人はそういう人だ。
てことは、椎名は純粋に西谷さんにお礼としてガリガリ君を渡したってことなんだろうか?


「お礼出来て良かったね」
『うん、蛍君ありがとう!』
「バレンタインなんかにチョコ渡したらお返しくるんじゃないの?」
『あ』
「やっぱりそういうとこどんくさいよね」
『どうしよう、そんなつもりはなかったんだけど』
「まぁあの様子だとバレンタインって言葉スルーしてそうだから大丈夫なんじゃない?」


椎名がバレンタインだからってチョコ味にしたって言ってたのに西谷さんには多分「ガリガリ君」と「タオルのお礼」って言葉しか届いてないと思う。
もしバレンタインって言葉が届いていたらもっと大騒ぎになってただろう。


『大丈夫かな?』
「大丈夫でしょ」
『ホワイトデーのお返し悩んでそうなら断っておいてね』
「分かった」


どうやら本当にタオルのお礼だったみたいだ。
それならそうと先に言っておいてほしい。イライラした時間が勿体無い。
と言うか僕にチョコレートは無いわけ?
山口にもあげてたのに。
僕の方が付き合い長いんじゃないの?
椎名の手元を見ても他にチョコレートを持ってる様な素振りは無い。
別の意味でイライラしてきたかも。


「ねぇ」
『何、蛍君』
「山口にはチョコレート渡したよね」
『うん。ガリガリ君のアドバイスとか色々相談に乗ってくれたから』
「僕、今日他からのチョコレート断ったんだけど」
『あ、確かに珍しく手ぶらだね。毎年結構貰ってるのに』
「本命チョコ以外いらないでしょ」
『え?蛍君彼女出来たの?』
「馬鹿なの?」
『そういう意味じゃないの?』
「僕、君以外からのチョコ欲しくないよ」
『え』


椎名が西谷さんにチョコレートを渡すって聞いてたから今日一日イライラしてて周りからのチョコを全部断った。
先に机に入ってたりしたやつは鞄に入ってるけど。
ここまで言ったら馬鹿でも意味は理解出来るよね。
ちゃんと分かりやすく言ったはずだ。


「僕へのチョコレートは無いの?」


椎名は僕の言葉に戸惑ってるみたいだった。
まぁそうなるよね。今までこんな風に態度に出したことはなかったはずだ。


『ごめん』
「別にいいよ」


小さく隣から聞こえた返事にガツンと衝撃が走る。
落ちこみそうになるのをぐっと堪えた。
態度に出したくはなかったんだ。
山口に渡してて僕に無いってのはショックだったけど。
意地悪しすぎたせいだろうか?


『蛍君のはうちにあるの』
「は?」
『あの、チョコレートじゃないんだよね』
「バレンタインってチョコレート渡すんじゃないの?」
『ショートケーキ作ったの』
「あぁ」
『チョコレートじゃなくてごめん。うちまで送ってくれるならその時渡したらいいかなって』


ごめんってそういうことね。
ケーキだったから学校まで持ってこれなかったのか。
僕の好きな物を作ってくれたってことは期待してもいいんだろうか?


「僕、義理なら欲しくないよ」
『…義理じゃないから大丈夫だよ』


椎名の言葉に心底ホッとした。
ここ最近本当にずっとイライラしてたのだ。
ショートケーキをわざわざ作ってくれたとか椎名も可愛いことするんだな。


「山口のは手作りなの?」
『違うよ。ケーキに手一杯だったから』
「そう、ならいいよ」
『機嫌直った?』
「直ったも何もいつも通りです」
『嘘だ、最近機嫌悪かったし』
「別に」
『山口君がツッキー勘違いしてるよって言ってたし』
「山口の勘違いなんじゃないの?」
『もう!』
「早く帰るよ」
『あ!待ってよ蛍君!』


にやけそうになる顔を見られたくなくて早足で椎名の前を歩くことにした。
ホワイトデーは椎名の好きなものをお返ししようと思う。
山口は明日少しだけ小言を言ってやりたいけど。
あぁでも気分は良いからたまには見逃してあげることにした。

僕、君以外からのチョコ欲しくないよ

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