君と出逢ったのはいつだっただろう?
あれはそう今日みたいな雨の日だった気がする。


付き合ってた恋人を追いかけてアメリカへと渡ったのにその一年後に見事にフラれた。
結婚しようねって言ってたのにそれをあっさりと反故にされたのだ。
彼氏はあっさりと私を捨てて洗練された美女の元へと去っていった。


正直もうどうにでもなれと思ってたと思う。
雨の中、ふらふらとさまよってた。
そんな時に君が現れたのだ。


「ねぇ、その先は危ないよ」


いつの間にかその先に一人で行くのは危険だと言われている通りの入口まで来ていたらしい。
彼氏以外と話すことのなかった懐かしい日本語につい足を止めてしまった。


『知ってる』
「ふーん」
『でももういいんだ』
「それでアンタはいいだろうけどさ、見たからには俺が気分が悪いんだけど」
『行く宛も無いから』
「失恋でもしたの?」
『そうだね』
「じゃあさ、俺がアンタを飼ってあげるよ」
『は?』
「家事は出来るの?」
『一通りは』
「茶わん蒸し作れる?」
『多分』
「じゃあ決まり。俺んちの家政婦やってよ」


君はそう言って私に傘を差し出してくれた。
最初は本当に気まぐれだったんだよね。
和食を食べたかっただけなんてほんと君らしい。
その足で二人で彼のうちに荷物を取りに行ったんだった。


そこから君との不思議な生活が始まった。
ただ家事をして食べたい物をリクエストされたら作るだけ。
それなのにちゃんとお給料までくれて。
本当に単なる家政婦だったなぁ。


リョーマとの生活は穏やかだ。
私のことを聞いてくることもなくて私がリョーマのことを聞くこともなかった。
ふらっと家を空けてふらっと帰ってくる。
リョーマが何の仕事をしてるのかも知らなかった。
知ってるのは名前と2つ年下ってことだけ。


「ねぇ」
『何?』
「俺、24日誕生日なんだけど」
『え?』
「それまでには帰ってくるから」
『分かった』


12月の頭にリョーマはそう言ってうちを空けた。
一緒に暮らして二年が経過してたと思う。
それまで誕生日なんて知らなかったのだ。
クリスマスイブが誕生日だなんて誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にされてただろうな。
今までクリスマスプレゼントをあげたことは無い。貰ったこともないけど。
せっかく誕生日を教えて貰ったんだし今年はクリスマスも誕生日もお祝いしてあげよう。
二年間貯めてたお金も結構な金額になってるし。
なんとなくそう思った。


けど、二年も一緒に居たのに私は彼の食の好みくらいしか知らなかった。
何が趣味で何が欲しいとか全く知らなかったのだ。
どうしようか。私、本当にリョーマのこと何も知らない。


その時ふいにチャイムが鳴った。
また隣のアジア系の夫婦の片割れが喧嘩の仲裁に来てと言いに来たのだろう。
リョーマは相手にしなくていいっていつも言うけど一人でいる間退屈せず過ごせるのは二人のおかげでもある。
だからいつも喧嘩の仲裁をしていた。
今日はどっちが来たのかなと玄関に出てみるとそこには知らない男性が居た。


「ここって越前リョーマのうちじゃないの?」
『それで合ってます』
「で、アンタは?チビ助の何?」
『家政婦です』
「は?」
『家政婦ですけど』


リョーマ以外とは滅多に話さない日本語に驚いたけど目の前の彼はリョーマのことをチビ助と呼んだ。
お兄さんか何かなんだろうか?


「へぇあいつもやるじゃん」
『いや、単なる家政婦です』
「家政婦件カノジョとかじゃねぇの?」
『違います。お給料も貰ってますし』
「ふーん。で、あいついつ帰ってくんの?」
『24日には帰ってくるって言ってましたけど』
「試合か」
『え?』
「うちをそんだけ空けてるってことは試合だろ」
『そうなんですか?』


きっとこの人ならリョーマの好きなものも知ってるだろうし、普段リョーマが何をしてるのか知ってるはずだ。
聞くなら今が一番いいだろう。


「ま、いいや。しばらく世話になるぜ」
『え?』
「俺、越前リョーガ!宜しくな!」
『はい』


何となく押しきられた気がする。
けどリョーマと何処か似ているその顔に断ることは出来なかった。
私と同い年だと言うその青年はリョーマよりかなり破天荒だった。
私を平気で外へ連れ出すし(主に通訳のため)食べ物の好みもリョーマとは全然違った。
夕飯のために何を食べたいか聞いたのに毎回返事は「オレンジがありゃいい」だから凄い困ったりもした。
その代わりリョーマのことを沢山教えてくれた。
昔のことから今のことまで。
プロのテニスプレイヤーだったなんて私は全く知らなかったのだ。
リョーガは一週間程うちに滞在して去っていった。
何の用事だったんだろう?
でも助かったのも事実だ。
これでリョーマの誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが用意出来る。


24日になっても25日になってもリョーマは帰って来なかった。
誕生日もクリスマスもプレゼントあげれなかったな。
今までだっていつ帰ってくるって言ってうちを空けたことは無い。
だから別に気にしたことはなかったけど帰ってくるって言われて帰って来ないのは何だか寂しかった。


今日は帰ってくるだろうか?24日25日に続いて同じ様にリョーマのためにクリスマスのための料理を作った。
と言っても全部和食だ。
リョーマが私に洋食を食べたいって言うことは今までなかったから。


時刻は24時に近付いている。
今日も帰って来ないのかな?
やっぱり連絡先くらい聞いておくべきなんだと思う。
そんな初歩的なことすら私達はしてなかったのだ。


「ごめん。飛行機の都合で帰ってくるの遅れた」
『おかえりなさい』


日付が変わるギリギリの時間に玄関の鍵が開く音が聞こえた。
リョーマが帰ってきたのだ。
それが何故かとても嬉しくて玄関まで出迎えた。


『ご飯食べる?』
「和食?」
『焼き魚も茶わん蒸しもあるよ』
「へぇ、俺の好きな物ばっかだね」
『クリスマスと誕生日だったから』
「もしかして昨日と一昨日も作ったの?」
『うん。お祝いしたかったから』
「ごめん」
『大丈夫だよ。今日作ったの食べてくれるでしょ?』
「そうだね」


私が作った夕食に驚いた表情をしてたけど(どうやら張り切って色々作りすぎたみたいだ)久しぶりの和食だったからか美味しそうに食べてくれた。
時間も遅かったけど、リョーマに誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを渡す。
誕生日プレゼントはリョーガと一緒に選んだのだ。
リョーマの愛用メーカーのウェアと帽子とラケットとシューズ。
最近新しいのが発売されたから大丈夫だってリョーガが言ってたから。
お給料無駄遣いしないで貯金しておいて良かったと思う。
ちなみにクリスマスプレゼントは日本から取り寄せた全国各地の名湯の入浴剤。


「何で知ってるの」
『リョーマが居ない間にお兄さんが来たよ』
「何しに?」
『分かんないけど、一週間くらい泊まって帰ってったかな』
「あいつに何かされた?」
『何も。誕生日プレゼントも一緒に選んでくれたんだ』
「そっか」
『二年もお世話になったからさ。そのお礼だよ』
「出てくの?」
『何で?』
「そんな風に聞こえたけど」
『やっぱり居座りすぎかな?』
「や、出てかれると困るし」


リョーガの話を出したら焦った様な顔をしたけど何もなかったよって答えたらもういつものリョーマだった。
焦った様に見えたのも気のせいかな?


『リョーマ家事は全然駄目だもんね』
「そうじゃなくてさ」
『うん?』
「家事が出来たとしてもアンタにはうちに居てほしいよ」
『え?』


家事が出来たら家政婦は要らないと思うんだけど。


「アンタがうちに居た方がテニスの調子良いんだよね」
『うちのこと心配しなくていいからじゃないの?』
「別にそれだったらアンタが来る前みたいにハウスキーパーに頼めばいいし」
『ずっとここに居たら私お婆ちゃんになっちゃうよ』
「だからそれでもいいってこと」
『それまで面倒見てくれるの?』
「俺が飼うって言ったでしょ。風呂入ってくる」
『うん』


私があげたクリスマスプレゼントから入浴剤を選んでお風呂へと行ってしまった。
耳が赤かったと思うのは私の気のせいだろうか?
でもリョーマに言われた言葉がゆっくりゆっくり染みてくる。
お婆ちゃんになってもここに居ていいってことはそういうことなのかな?
リョーガが帰り際に言ってたことを思い出した。


「チビ助は素直じゃねぇけど何とも思ってない女と二年も一緒に住めねぇぜ」


あの時は意味が分からなかったけど今なら分かる気がする。
もう二度と恋なんてしないと思ってた。
それでいいと思ってた。
リョーマが私のことを飼うって言った時も何されてもいいかなって思ってた。
でもリョーマが私に望んだのは家事だけだった。
そうやって二年かけて私の気持ちも解れてきたんだと思う。


あぁ、私もいつの間にかリョーマが居ないと駄目になってたんだなぁ。


「クリスマスプレゼント用意出来なくてごめん」
『え?いらないよ。私のは日頃のお礼みたいなものだし』
「明日買いに行こう」
『いらないって』
「でも」
『その代わりさ、さっきの約束守ってね』
「さっき?」
『お婆ちゃんになってもここに居ていいってやつ』
「別にそれくらいなら余裕だけど」
『ありがとう』


リョーマがお風呂から出てこれも三日連続で用意したケーキ。
昨日一昨日のケーキはお隣の仲良し夫婦の子供達に食べてもらった。


それを二人で食べる。
甘いのが苦手そうだから小さなケーキにしておいて良かった。
一口二口食べてもういらなそうな顔をしたから残りは私が明日食べることにした。


それから毛布にくるまってリョーマが観たがってた映画を観ることにした。
ソファに二人で並んで座って照明を消して映画に集中する。


「ねぇ」
『今良い所だよ』
「ちょっと」
『わ』


横からリョーマの声が聞こえたけど良い所なんだから邪魔をしないでほしい。
テレビを向いたまま返事をしたらぐいと腕を引かれる。
気付いた時にはリョーマの毛布に包まれて居た。


「こうやって映画観てもいいでしょ」
『うん』
「俺寝ちゃうかも」
『目が覚めるまで側に居てね』
「覚めても側にいるよ」
『分かった』


私を抱きしめたままリョーマは寝てしまったらしい。
きっと明日もう一回この映画を観ることになるだろうから私もこのまま寝ちゃうことにした。
横からじゃテレビ見辛いしね。


誕生日おめでとう。
リョーマの誕生日なのに私の方がプレゼントを貰った気持ちになった気がする。
クリスマスプレゼント用意出来なくてごめんって言うけどリョーマがあぁやって言ってくれたことが私の一番のプレゼントになったよ。
おやすみリョーマ。

クリスマス

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