君はシャイニングガール

今年の夏は絶対に去年より暑くなる。
梅雨の真っ最中だと言うのに今日も太陽がジリジリと部員達の肌を焦がす。
梅雨のジメジメも困ったものだけど、晴天続きなのも困ったものだ。
部員達にしてみれば雨で外の練習が減るよりは暑かろうと晴れてた方が良いんだろうけども。
私だって晴れてた方が良いよ、良いけども!
太陽は容赦なく私の肌までもジリジリと焦がしていく。
ここまでくると日焼け止めなんて意味が無いようにも思えてくる。
いやでも、紫外線は防がないと。お母さんも若いうちからの紫外線対策は大事だって言ってたし。


グラウンドでは四月から戻ってきた熊切監督のダミ声が部員達を叱咤している。
あ、そうだ!この時期は一年生が熱中症になりやすいから水分補給のタイミングも気を付けて見てないといけない。
そろそろジャグの中身を足しておこう。


「あ、名前さん」
『ツネ、こんなとこで何やってるのさ』
「…暑いんでアイス食べたいなぁと思って」
『うん、確かに暑いね』
「だから休憩しようか『はい、ダメー。まだ休憩の時間ではありません』


仕事の合間にぽつんと日陰で立っているツネと遭遇した。
いやいや、今って確か伸一郎と投球練習する時間だよね?腕時計を確認すると確かにその予定の時間だ。


『ほら、時間見てみなよ』
「名前さんの腕時計年季入ってますね」
『あぁもうそっちじゃなくて』


確かにこの時計はお母さんのお下がりで年季が入ってるのは認める。文字盤が可愛くて気に入ってるけどバンド部分は古くなっていてツネはそのことが言いたいんだろう。
でも、今はそこ気にしてる場合じゃない。
遠くから伸一郎のツネを探す怒号が聞こえてくる。


『ほら、伸一郎が探してるよ』
「あぁ、ほんとっすね」
『他人事か!さっさと戻る!アイスは後から食べれるから』
「ほんとですか?」
『差し入れに貰ったの!ほら行く!』


ぐいぐいとツネの背中を伸一郎の方へと押すと大した抵抗はなかった。
ツネを伸一郎の元へ送り出して一息吐く。
そう言えばここ最近、部員と監督の態度がどこかおかしい。
伸一郎とツネと男鹿コーチはいつも通りに見えるけど、監督は私を前にして挙動不審だし長田達同級生も後輩達もなーんか変だ。
じゃあ何が変なのかって言われると難しいけど、何となくいつも通りじゃないことだけはわかった。
それを突っ込んでも頑なに「何でもない」って言うからもう素知らぬフリをしてあげてるけど何かあったかな?
伸一郎に聞いても「知らねぇ」って言ってたしなぁ。
まぁ野球に支障が無いのならいいか。深くは考えないでおこう。


「あー苗字、ちょっといいか」
『はい』


部員達の態度がおかしいまま水曜日がやってきた。
放課後の全体練習が終わって個人練習の時間となる。
平日は全体練習が終わって後片付けをしたら私は帰るのだけど今日は何故か熊切監督に呼び止められた。
重苦しい雰囲気で監督が呼ぶから身構えてしまう。まさかまたツネに何かあったのかな?
部員達が寮へと戻っていく中、監督の元へと向かう。


『何かありました?』
「あーいや、そうじゃねぇ。あーそうだな、この三年間…いや二年ちょいか。お前はよくやってくれたよ」
『えぇと、ありがとうございます』


そうじゃないのかそうなのかどっちなのか。
珍しく歯切れの悪い言い方を監督がするから困惑してしまう。褒められるがままお礼を言ったけど、まさかこのことを言うために私を呼び止めたのだろうか?
熊切監督が私を褒めるためだけに呼び止める?いやないよね、過去にだって一度もなかった。


「そんな表情すんなって。あー…俺は元来こういう役回りは向いてねぇんだ」


何か裏があるに違いないと見ていたら監督はがしがしと頭をかいている。


『誰かに何かありました?監督が言いづらいことってあまり思い当たらないですけど』
「違えんだな。今日はそういうんじゃねぇ。っと行くか」
『は?え、何処にですか?』
「行きゃ自ずとわかるだろ」


何かに気付いた監督がホッと息を吐いて歩き出す。
監督の視線の先を追って私も見てみたけどパッと見何も見付からない。不思議に思いつつも選択肢は一つしかないのでおとなしく付いていくことにした。


『えぇ、本気ですか!?』
「全員一致で決まったんだよ」


監督に連れられて食堂に来てみれば【苗字名前マネージャー誕生日おめでとう!】と書かれた横断幕が飾られている。
自分の誕生日を忘れていたわけではないけど、まさかこんな風にお祝いしてもらえるとは思ってなかった。


『もしかして監督の態度がおかしかったのもこれが原因ですか』
「あ?俺そんなおかしな態度取ってたか!?」
『男鹿コーチとツネと伸一郎以外みんなおかしかったですよ』
「名前さんケーキっすケーキ!」
「ツネ!お前それもう少し丁寧に運びやがれ!」


ツネを筆頭にわらわらと部員達が集まってくる。監督は照れ臭そうに慌てていたけど、他に何かあったわけじゃないのならそれでいい。
しかもみんなにこんな風に祝ってもらえるなんて想定外で嬉しすぎる。
伸一郎に叱られながらツネが目の前のテーブルに特大のケーキを置いた。


「お前ならこれで理解出来ただろ」
『うん』
「今年は絶対に祝ってやろうって話になったんだよ」
『去年のこと気にしてるの?』
「まぁそれなりに。俺だけじゃなくてこいつら全員な」


伸一郎と付き合いだしたのは二年の夏が終わってからだ。
既に私の誕生日は過ぎていて、何かのきっかけで誕生日を聞かれたんだった。
誕生日が過ぎてたことに伸一郎も長田達も驚いてたからなぁ。
そんなこと全然気にしなくてもいいのにと思いつつも気遣いが嬉しくて自然と頬が緩む。


『私を太らせたいのかな?』
「あいつらの頭ん中食いもんのことしかねぇからなぁ」


ハッピーバースデーの大合唱と共に部員達から大量のプレゼントを貰った。
笑ってしまったのがみんながみんなお菓子をくれたってことだ。
監督とコーチまで駄菓子の詰め合わせをくれたんだからもう笑うしかなかった。
いやお菓子好きだけど、駄菓子大好きだけど。
手作り横断幕には部員一人一人からのメッセージが書いてあってそれもプレゼントに貰った。
ケーキをみんなで食べて帰りは何故か伸一郎が送ってくれることになった。
いつもより遅くなったからってことなんだろうけど、こんなこと普段は無いから少しむず痒い気持ちになる。
ニヤニヤと送り出してくれた部員達の顔が浮かんで、それに対して伸一郎が珍しく「俺しか居ねぇだろ」って言い切ったことを思い出して気恥ずかしくなってしまった。
気恥ずかしさを誤魔化すように矢継ぎ早に話し続ける。


『太ったらどうしよ』
「普段あんだけ動いてりゃ大丈夫だろ」
『伸一郎達程は動けてないよ』
「あんまり気にすんな。それよりちゃんと食ってやれよ」
『それは勿論だよ。誰にもわけてあげないんだから』


あんなに盛大に祝ってもらったんだから言われなくともそのつもりだ。
太ったら文句くらいは聞いてもらおうとは思ってるけども。
お菓子の山は紙袋に詰められて今は伸一郎が持ってくれている。
張り切って答えれば伸一郎もふっと表情を綻ばせた。
暗くて微かにしか見えなかったけど伸一郎のこういう表情は珍しい。
普段は部員に怒ってばっかりだからなぁ。
私にだけ見せてくれる表情だ。


「急に黙るなよ」
『や、ちょっと珍しいこと続きでニヤニヤしちゃって』
「あ?何だよそれ」
『こうやって送ってもらうのも初めてだしさっきのさ』
「さっき?」
『俺しか居ないってやつ』
「あぁあれか」
『嬉しかったのー』
「あんくらい普通だろ」
『だって男鹿コーチが車で送るって言ってくれてたし』
「今日くらいはいいんだって」
『うん、ありがとね』


お礼を伝えると伸一郎はさっと視線を逸らす。
これは彼なりの照れ隠しってとこだろう。
気付くまでは苦手意識を持たれてるのかと心配したこともあったけど今はそうじゃないのを知っている。


「名前」
『何ー?』
「これ」
『え?』
「お前、俺からのプレゼント無いと思ってたとかじゃねぇよな?ほらやる」
『え、え?でも伸一郎から何にも聞かれてないし』
「欲しいもん聞いて用意するって違くねぇか?だから考えた。まぁ周りには一応参考がてら聞いてみたけどな」


一人でニヤニヤしていたら紙袋から伸一郎が何かを取り出した。
どうやらお菓子の詰まった紙袋にプレゼントを潜ませていたらしい。
素っ気ない言い方なのはまたもや照れているらしい。
伸一郎が周りに意見を求めたってのことに驚いてしまう。誰が話を聞いてくれたんだろう?長田かな?
押し付けられた小さな紙袋の中にラッピングされた小箱が入っている。


『これ何?』
「腕時計のバンド」
『え、嘘』
「嘘なんがじゃねぇよ。腕時計大事にしてんだろ?だから替えのバンドにした。ちゃんとお前の付けてるやつと同じとこのだから」
『開けていい?ねぇねぇ開けていい?』
「帰ってからにしとけ」
『えーやだやだ。今見たい』
「暗いし落としても知らねぇぞ」


まさか伸一郎からのプレゼントが大事にしてる腕時計の替えのバンドだとは想像してもなかった。
プレゼントが貰えることだって嬉しいのに私が大事にしている腕時計の替えのバンド。
直ぐにでも中身を確認したかったのに全力で拒否されてしまった。
眉間に皺が寄ってるからこれ以上しつこくすると本気で怒りそうだから諦めよう。
伸一郎が私のために選んでくれたバンドはどんな色をしてるんだろう?
それを想像してるだけでニヤニヤが止まらない。


「名前」
『ふふ、何ー』
「お前には感謝してる。色々と。あいつら面倒ばっかかけんだろ?お前のこと何も考えねーで直ぐに脱ぐしうるせーし」
『慣れっこだからなぁ。賑やかなのは良いことだよ。みんな仲良いし監督のこと大好きだし』
「お前甘やかしすぎな」
『私が何か言う前にいつも伸一郎が叱ってるからじゃん。それなら私は飴を与える側なんですー』


一年生の時はさすがに面食らったけど部員の半裸なんてもう見慣れてしまった。
賑やかなのも嫌いじゃないし、何より監督の目指してる野球を部員全員で体現しようとしているのが好きだから気にしたことはない。
本心からそう言ったのに伸一郎は何だか面白くなさそうだ。
あ、今舌打ち聞こえた。


「お前がそんなんだからあいつら甘えたい放題なんじゃねーか」
『いいじゃん、私がお母さんで伸一郎がお父さんで良くない?監督がそんなようなこと言ってたよー』
「チッ」
『ヤキモチですか?』
「違え」
『えー嘘だぁ。大丈夫大丈夫、私は伸一郎のこと一番大好きだから』
「急にそんなこと言うなよ!?」


監督もコーチも部員も勿論大切だけど、大事な家族だけど一番はやっぱり伸一郎だ。
部内恋愛云々あるかなって不安もあったけど、彼らはそんなこと微塵も気にしなかった。
やっぱり一つの家族みたいなものなのかもしれない。


『野球部のマネージャーやって良かったなぁ』
「そんなこと言えんのお前くらいだからな。動物園だぞ」
『じゃあ私は飼育員さん?』
「あー違え。それは監督とコーチだろ」
『えぇ、じゃあ私は』
「お前は、どっちかっつーと…た」
『…た?』


伸一郎からの返事を待ってみたものの返ってこない。開きかけた口が閉じてさっと顔色が変わった。
「た」って何だろう?続きが聞きたくて顔を覗きこんだら今度は顔を背けられてしまった。


『え、何?"た"って何?』
「何でもねぇよ!ほら早く帰んぞ!」
『タヌキ?タヌキとか反応に困るなぁ』
「んなわけねーだろ!」
『えぇ、じゃあ何ー』
「ほら早く行くぞ」


伸一郎は空いた方の手で私の腕を掴む。
もうこうなったら絶対に教えてくれないだろうなぁ。
ずんずんと私を引っ張る伸一郎におとなしく付いていく。


『伸一郎』
「あ?」
『プレゼントありがとう大事にするね』
「おう」
『もうすぐ予選が始まるし頑張ろうね』
「当たり前だ。甲子園連れてってやるから楽しみにしとけ」
『うん、みんなと行けるの楽しみにしとく!』
「お前はそうやって俺達のこと照らしてくれればいいから」
『照らすなんて大袈裟な』
「〜っ!いいんだよ!細かいことは気にすんな!」


照らすなんて大袈裟な、太陽じゃあるまいし。
…あ!ってことはさっき言いかけたのってもしかして…。
街灯に照らされた伸一郎の耳が赤くなってるように見えたからこれ以上は何も言わないであげよう。
太陽だなんて本当に大袈裟だ。
そしたら部員は向日葵になってしまう。
部員が向日葵ならば太陽はやっぱり野球だろうなぁ。
それでも伸一郎が私を太陽だと思ってくれたことが嬉しくて一人でニヤニヤしてしまう。
そうか、私が太陽か。大袈裟だとは思うけどせっかくそうやって例えてくれたのだから明日からも精一杯伸一郎達を支えていこうと強く決意した。


誰そ彼様より
タコスさんお誕生日おめでとうございます!素敵なイラストをありがとうございますヽ(●´∀`●)ノ
20200624




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