僕のティエルナ

時刻は午後22時を過ぎたとこ。彼女の名前さんは明日の早朝から韓国へ出張のため既にベッドで熟睡中。俺はと言うと風呂上がりに彼女の寝顔を薄明かりの下眺めていた。
ストレッチをせないかんのやけど、明日からこの寝顔を見れないと思ったらなかなか離れられない。起こさんようにそっとベッドへと座ったら尚更動けなくなってしまった。


「どんだけ見とっても飽きんなぁ」


普段はしゃんとしとるのに寝顔は随分と無防備で、実年齢よりも幼く見える。
この寝顔は俺だけしか知らない、彼女自身ですら気付いていない。自分だけの秘密の宝物みたいで自然と頬が緩んだ。


「そろそろストレッチせんとあかんのに。そうや、荷物の確認もしたらんと」


名残惜しく思いつつも彼女の前髪を撫でて寝室を後にした。
日課のストレッチを終わらせて開いたままのスーツケースの中身をしっかりと確認していく。


『お風呂入って先に寝るね』
「あかんて、スーツケース開きっぱなしや。準備終わってへんのやろ?」
『終わったよ。でも蔵ノ介くんが後から確認してくれるでしょう?』
「まぁ、そうやけど」
『だから後は宜しくお願いします!』


名前さんとのやり取りを思い出して、再び頬が緩む。最初は照れて拒否しとったのに今は遠慮せずに俺に任せてくれる。その変化が嬉しかった。
衣服は大体大丈夫そうや、この辺はいつもしっかり準備しとる。問題はそれ以外やった。
辛いもんが苦手な名前さんが韓国に二泊三日なんて大丈夫なのか心底心配で、どうしたら乗り切れるかをここ数日考えていた。
俺も一緒に行ったりたかったのにどうしても休みが取れなかったのだ。
名前さんが仕事の間、韓国ドラマのロケ地回りしたかったんやけどなぁ。


「薬が入っとらんやんか」


ポーチの中身を確認すれば歯ブラシや基礎化粧品、シャンプーの類いは入っていた。肝心なもん忘れとんで。救急箱から胃腸薬や鎮痛剤風邪薬、必要そうなものをチョイスしてポーチへと詰めていく。優しい名前さんのことやから一緒に行く同僚さんに何かあったら自分の分を渡すだろう。容易に想像が出来たので念のため二人分の薬を用意した。
それから折り畳み傘と電源変換プラグ、変圧器も詰める。ついでにウェットティッシュとポケットティッシュも入れておいた。鞄に入っとるやろうけど一応な。パスポート関係はしっかりしとるから大丈夫なはず。後は食べ物関連や。
日本食がブームになっとるからそこまで心配はいらんのやろうけど、心配なもんは心配で、名前さんの好きそうなカップラーメンと即席の味噌汁をいくつか詰め込んだ。
最後にもう一つ、絶対に入れると決めていたものを潜ませる。


「こんなもんやな」


お土産を入れるスペースは残してあるから帰りも困らんやろ。最終確認をしてしっかりとスーツケースを閉じてからベッドで寝ている名前さんの隣へと潜り込んだ。
そっと腕を回して隣で熟睡している彼女を抱きしめる。寝苦しいかもしれへんけど堪忍な。


早朝、名前さんは俺に見送られて眠そうにしながらも出勤していった。
今日が月曜やから帰ってくるのは水曜日だ。たったの三日、されど三日や。短いようで長い三日間、寂しくなるのはきっと彼女やなくて俺の方だとなんとなく予測した。


「寝られへん」


ついさっきまで韓国にいる名前さんと電話しとった。寝る前に電話を掛けてきてくれたことが嬉しかったしそれで満たされたはずやった。
どうやら俺の考えが甘かったらしい、全然満たされへん。
過去にだって一泊でおらんことは何回もあった。せやけど今回は二泊や、そのたった一泊の差が俺をこんなにも寂しくさせるとは。


「正直思っとらんかったわ」


寂しさを紛らわすためにカブリエルを見とってもどこか満たされない。


「お前も名前さんおらんと寂しいよな」


いつもより緩慢な動きのカブリエルへと声を掛けて仕方無しにベッドへと潜り込む。
無意識に名前さんの使ってる枕を抱きしめると彼女の使ってるシャンプーの香りが鼻を霞めた。
名前さんの匂いや、安心出来る彼女らしい香り。目を閉じれば彼女の一挙一動が鮮やかに浮かんでくる。俺に向けられる穏やかな声、腕の中での安心しきった表情、ベッドでの艶やかな姿。…あかん、これ余計に寝れんくなってまう。
高校生みたいなこと考えとらんとはよ寝んと。そうは思うのに名前さんの枕は手放せず、なかなか眠りに付くことが出来なかった。


『蔵ノ介くん!なにこれ!』
「誕生日おめでとう名前さん」


次の日の夜に掛かってきた電話の向こうで彼女はしきりに感嘆の声を上げている。
昨日の夜に見つかっとっても良かったんやけど、誕生日当日に見つけてくれたのなら尚更良い。嬉しそうな声色に寂しさが癒えていく。


『え、サプライズ?本当に?嘘?夢?』
「夢やったら会いに行っとるよ」
『今からでも会いに来て蔵ノ介くんー』
「跡部にでも頼んだら直ぐに連れてってくれそうやなぁ」
『冗談だよ!?今すぐ会いたいけどお仕事優先だよ!』
「冗談やったんか、俺は半分本気やったのに」
『駄目駄目、嬉しいけど会いたいけどそれは絶対に駄目ー』


この人には敵わんなぁ。昨日あんだけ俺を寂しくさせたのに次の日にはその寂しさを和らげてしまうんやから。しかもたったの三分でや。


『手紙もありがとう、嬉しくて泣ける』
「抱きしめてあげられへんから泣かんといて」
『うっ、我慢する』
「明日帰ってくるんやろ?そん時に抱きしめさせてな名前さん」
『私も蔵ノ介くんのこと抱きしめてあげるからね』
「それほんまズルいで」
『だって私がこれだけ寂しいんだもん。きっと蔵ノ介くんも同じ気持ちだろうなって思って』
「せやなぁ、はよ帰って来てな。あ、安全に迅速にやで」
『わかった!蔵ノ介くんもお仕事頑張ってね!』
「名前さんのおかげで頑張れそうや」


電話を切っても幸せな余韻は続き、枕を抱きしめてもすっと眠ることが出来た。


翌日、空港にサプライズで迎えに行くと俺を見つけた名前さんは目を丸くする。それから涙ぐんで、腕の中へと人目も憚らず飛び込んできた。


『蔵ノ介くんそれは反則だよ!』
「はよ会いたかったし、待ってる間心配やったから」
『もう!ズルいズルいズルい!』


俺の首に腕を回し、ぐりぐりと肩に頭を埋める。その行動が愛しくて腰に回した手に力を込めた。


「おかえり名前さん」
『ただいま蔵ノ介くん』
「誕生日おめでとう。昨日やったけど」
『昨日は電話で言ってくれたでしょう?でも直接聞けるのも嬉しい』
「ほんなら良かった」


少しだけ抱きしめる力を緩めて視線を合わせる。あぁ俺の大好きな名前さんが帰ってきた。きっと彼女も同じことを思ってくれてるだろう。絡めた視線が嬉しくてどちらからともなく微笑んだ。




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