雛菊のように咲いて

『巻島さん!大変です!』
「今日は何があったっショ」
『英語がさっぱり分かりません!』
「こないだ教えたとこじゃなかったかぁ?なぁ巻島!」
「田所っち、コイツの頭ン中には英語って言語が無いんだよ」


そもそもオレ達は今から部活だ。いきなり部室に飛び込んできて何やってるショ。寒咲さんの妹はもう準備を始めてるっつーのに苗字は英語のプリントらしきモノを握りしめてがっくりと肩を落としている。
春休みの課題も散々見てやったのに何やってんだ。苗字と同じ二年の手嶋と青八木にチラリと視線を送るもさっとそらされた。


『やっぱりダメですかね』
「…部活終わってからなら教えてやってもいいショ」
『ありがとうございます!じゃあ準備しますね!』
「ガハハ!アイツはお前がいねーとほんとダメだよなぁ!」
「別にオレじゃなくても」
「いや、苗字の担当は巻島さんですから」
「オレもそう思ってます」


慌ただしく苗字が出て行った後に田所っちが豪快に笑いながらオレの背中を叩く。
げんなりしてそろそろ苗字のことを手嶋達に任せようかと思ったら提案をする前に言葉を遮られた。担当ってなんだよソレ。いつの間にかオレが世話係になってるショ。そういうのはオレ向いてないっつーのに。


「ま、間違ってねぇな!頑張れよ巻島!」


抗議するようにジトリと田所っちを睨むもそれを笑って跳ね返された。田所っちは完全に他人事だからいいショ。此方を気にする素振りなく部室を出て行く。それに続くようにそそくさと手嶋達も出て行ったので小さく息を吐いてそれに続いた。


「そこはこないだ教えたとこな」
『あれ?そうでしたっけ?』
「春休みの課題に出たっショ」
『うーん、ううーん』
「関係代名詞と関係副詞はそもそも違うってこないだも言っただろ」
『でもどっちもダブリュー使ってるじゃないですか』


コイツこんな英語の成績でよく高校入学出来たよな。オレの教え方が悪いのかだんだん不安になってくるレベルだ。
部活が終わってプリントを見てやることになったけど前回やったとこ全く覚えてねぇ。
苗字は真剣な表情で机に座りプリント格闘している。それを反対側で頬杖付きながら見てやる。間違いばっかっショ。


「あ、苗字さんそこも間違ってますよ」
『え!今泉くん本当に!?』
「後輩の今泉に負けてんな」
「なんやスカシ横から偉そうに」
「鳴子くん邪魔しちゃ悪いよ」
「せやけど高二の問題やで小野田くん!」
「ボクも分からないから今泉くん凄いや」
『ね!今泉くん凄いよね小野田くん!』
「や、お前は感心したらダメっショ」


おいおい、確かにパッと見て間違った箇所を指摘した今泉は凄いけどお前は集中しろ。坂道と盛り上がってる場合じゃないショ。
人差し指でコンコンと机を叩くと四人が同時に口をつぐみ苗字は再びプリントと向き合った。


『巻島さぁん!』
「今日は何っショ」
『ヘアゴム貸してください』
「は?」
『次、体育なんです!早く!』
「お前クラスの女子に借りれば良かったんじゃねーの」
『あ』


休み時間でも苗字の突撃はお構い無しだ。最初は興味津々に成り行きを見守ってたクラスメイト達も最近は慣れたらしく大して気にも止めない。呆れたように指摘してやれば苗字は図星だったらしく口をあんぐり開けて制止した。


「巻島、そう言わず貸してやればいいじゃないか」
「貸してやらないとは言ってないショ。ほら早くしねーと授業遅刻すんぞ」
『ありがとうございます!このご恩は必ずお返しします!』


ヘアゴムを手渡してやれば苗字は何故か金城に深々と頭を下げて去っていった。や、オレとの扱い違い過ぎるショ。昨日の今泉を褒めちぎったのといいなんなんだ。
何となく面白くなくて苗字が消えた教室の入口を見ていると視界の端でふと金城が小さく笑ったように見えた。確認するようにそっちに目をやると確かに口元が緩んでいる。


「何」
「苗字はお前には甘えているんだな」
「クハ、たまたまっショ」


アイツがオレに懐いたのだってたまたまだ。去年の入学式が終わって部活の自主練で走ってる最中に迷子の苗字を見付けただけ。行きに見掛けて帰りも一人で心細そうにうろうろしてたからつい声を掛けちまった。
それからバス停までの道を教えてやっただけ。最初はただそれだけだった。
今にも泣きそうな顔してスマホとにらめっこして歩いてるヤツが居たら、行きも帰りもそんなヤツを見たら、きっと金城も田所っちだって同じことをしたはずだ。あの時オレが話し掛けた時のアイツの心底ホッとしたような顔を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになった。
それから苗字はオレのことを探し出して、いつの間にかうちの部のマネージャーになっている。懐かれたのはそれからだ。
金城の言うように甘えてるとかじゃねぇよ。


『あ、巻島さん!』
「何やってるショ」
『寒咲さんが差し入れ持ってきてくれたんです!』
「よお、巻島」
「ちわっす」


放課後、部室に向かう途中で段ボールを運ぶ苗字と寒咲さんに遭遇した。


『巻島さん!寒咲さんも英語得意だったんですって!』
「もうあんまり覚えてねーぞ」
「や、こいつよりは覚えてると思いますケド」
「そんなに出来ねーのか?」
『全然ダメです!それでこないだも巻島さんに教えてもらいましたし!』
「へぇ、巻島にねぇ」
『巻島さんの教え方上手なんですよ』
「その割に教えたとこ覚えてないショ」
『それはそれこれはこれですよ!』
「そういうの屁理屈って言うんだよ」
「お前ら仲良いんだなぁ」


苗字とのやり取りを聞いて寒咲さんは愉快そうに喉を鳴らして笑った。


「や、べつ」
『はい!いつも巻島さんにはお世話になってるので!』


どこか居心地が悪いようなむず痒い気分になって否定をしようとしたら苗字がオレの言葉を遮る。それを聞いてまた寒咲さんが笑った。
その余裕のある表情がなんだか見透かしてるようで面白くない。


「巻島、まだ車に段ボール積んであるから取ってきてくれるか?」
「っす」
「苗字も手伝ってやれ。今運んでんのはオレが持っていってやるから」
『はい!』
「別にオレだけでも」
「頼んだぞ苗字」
『はい!巻島さんのサポート頑張ります!』


ダメだこりゃ、オレの言うこと二人して完全に聞いてないショ。小さく息を吐いて苗字と寒咲さんの車へと向かうことにする。


「別にオレだけでも良かったショ」
『ダメですよ!寒咲さんに言われましたもん!』
「お前はなんだかんだオレより金城や田所っち、寒咲さんの言うことの方を優先して聞いてねぇか?」
『えぇ、そうですかねぇ?』


オレの問いに不思議そうに首を傾げている。いや、否定しなくても絶対そうだろ。


『あ!巻島さん電話です!』
「さっさと出ればいいショ」


結局寒咲さんの車には段ボールが1つしか残ってなかった。苗字はやっぱり必要なかったし。寒咲さんの余裕のある表情を思い出してまたげんなりする。あの人は結局何で苗字に手伝ってやれだなんて言ったんだ?
段ボールを持つと言って譲らなかった苗字を丸め込んで部室へ戻る最中にケータイの着信音が鳴った。オレはマナーモードにしてあるから苗字のだ。つーか、何で校内なのに着信音が鳴る設定になってるショ。
コイツまさか授業中に同じことしてねぇか?…苗字といると心配事がムダに増えていくような気がする。


『もしもしこんにちは!あ、お世話になってますー!巻島さんですか?隣にいらっしゃいますよ!』


はぁ?誰と電話してんだコイツ。電話中の苗字から自分の名前が飛び出てぎょっとした。オレ達の間で共通の電話してくるようなヤツ居たっけな?学校にいるから部員は違うはずだ。じゃあ誰と電話してんだ?訝しげに苗字を見ればぱちりと目が合って満面の笑みだ。


『あ、代わりますか?』
「誰と電話してんのかその前に教えろっての」
『東堂さんです』
「はぁ?」


今日一番の大声だったと思う。自分でも驚くくらいの大声が口から飛び出た。東堂ってあの東堂だよな?お前何で東堂と連絡取ってるショ。


「巻ちゃーん!調子はどうだ?体調は崩してないか?季節の変わり目は風邪を引きやすいから気をつけなくてはな!そうだ、インフルエンザも流行っているから手洗いうがいも徹底せねばならんぞ!」


呆気に取られていると苗字がケータイを此方に向ける。そこから東堂の声が矢継ぎ早に聞こえてきた。言ってやりたいことは多々あるけど今日はそんな気分じゃない。苗字からケータイを引ったくるとブチリと通話を終わらせた。


『あ!』
「東堂の電話は出なくていいショ」
『でも多分巻島さんに用事があったんですよ?』
「オレに直接電話してくるからお前は相手にしなくていいっての」
『でも、東堂さん巻島さんが電話に出てくれないってこないだ言ってましたよ』


またもやオレの言うことより東堂の言うことを優先しやがった。それがかなり面白くない。


「お前の担当は誰なんだよ」
『巻島さんですかね?』
「ならオレの言うこと聞いてればいいショ」
『あ、確かに!じゃあちゃんと東堂さんの電話出てあげてくださいね!』
「あーそれは気が向いたらな」


気が付けば出ていた言葉に内心驚くも何でもないフリをする。何言ってんだオレ。
何でこうも苗字の一挙一動に振り回されてんだ?
ちらりと隣の様子を伺うも大して気にする素振りもなくいつも通りの苗字がいる。
はぁ、オレほんと何やってんだろな。
まぁいいか色々諦めるショ。こうやって自分が思う理由は何となく分かってる。


『公式にお許しが出た!』
「オレが担当ならオレの言うことちゃんと聞くショ」
『はい!それはもう勿論ですよ!』


お前全然信用ないけどな。嬉しそうなので水を差すようなことを言うのは止めておいた。
ったく、最初は災難だと思ってたのにオレもだいぶ苗字に感化されてんだな。
けど、こういうのもたまには悪くない。


「クハ、どっちが担当なんだかわかんねーな」
『何か言いました?』
「いいや、お前は気にすんな」
『はーい』


こうやって無邪気に笑ってるコイツを見てんのも悪くない。明日からは今よりもう少しだけ優しくしてやろう。そう決意して二人で部室に戻るのだった。


「オッサン、巻島さんと苗字さんてどないなっとるんすか?」
「ガハハ!アイツら面白いだろ?」
「田所、そう笑ってやるな」
「あの様子じゃどちらも前途多難っぽいですけどね」
「巻島さんなんだかんだ苗字さんのこと可愛がってますよね」
「小野田くん!分かっとったんか!」
「え?いやいや仲良しだなぁと思ってただけで」
「小野田の方が鳴子より鋭いんだな」
「うん、そうみたいだね」
「名前先輩のが多分鈍感ですよ」
「寒咲まで分かっとるんか!」
「そりゃあ見てたら分かるよ」




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