君想う夜

大学卒業と同時に光と一緒に住みはじめて早くも三年が経つ。
付き合いはじめから数えると丸七年だ。
こうも長くいると、慣れて当たり前。
二人でいて会話がなくてもへっちゃらだったりする。


「それ倦怠期やろ」
『違っ、違います!ユウジ先輩いきなりなんてこと言うんですか!』
「ユウくん、そないなこと言うたら可哀想よぉ」
『そもそも何でユウジ先輩がここに』
「暇やった。ほんで小春に連絡したらお前と約束あるっちゅーから来た」


今日は半年ぶりに小春先輩と二人で出掛ける予定だったのに、待ち合わせ場所に来てみれば何故かユウジ先輩までいた。
先輩が小春先輩と仲良しなのは昔からだし過去にもこうやって乱入してきたことはあった。
だから気にしてるわけじゃないけど、乙女の語らいにいきなり口を挟んで「倦怠期」って言い切るのは酷いと思う。


「そんなことは別にええやろ。それよりお前や。財前と上手く言ってないんか?」
『そんなことないですよ。喧嘩だってしてないし』
「高校ん時は喧嘩ばっかやったのにねぇ。二人とも成長したわね!」
「あれはまだ付き合う前やったなぁ。些細なことが原因で喧嘩ばっかして周り巻き込んで」
「痺れを切らしたアタシ達が二人をくっつけたんやったわ」
『昔の話は恥ずかしいんで止めてください!』


高校時代は喧嘩を繰り返してた。
お互い素直になれず憎まれ口ばかりだったような気がする。
先輩達が卒業してもその関係は変わらなくて、私達が卒業する年に先輩達が一芝居打ってくれたんだ。
そのおかげで光と付き合えたけど、今思い出しても恥ずかしい。
二人は昔を懐かしんでるんだろうけど、当事者にしてみると複雑だ。
視線から逃げるようにアイスコーヒーのストローに口を付ける。
そもそも小春先輩の「最近財前くんと仲良おしとる?」って質問に答えただけなのにどうして倦怠期だなんて疑われなきゃいけないのか。


「せやけど心配ねぇ」
「小春もそう思うやろ?大学ん時かてそこそこ喧嘩しとったやないか。ほんで俺と小春の時間邪魔してピーピー泣いて」
『あれはまだ若かったんですよ!』
「今やって充分ピチピチよ。名前ちゃん我慢したりしてへん?財前くんには言うたらんと伝わらんよ」
『我慢ですか?』
「喧嘩せえへんのが仲良しの証やないんよ」
「俺と小春はせえへんけどな」
「アタシとユウくんは相性バッチリやからね」
『特に我慢はしてないです』


考えてみたけど、特に思い当たる節はない。
小春先輩とユウジ先輩の絆にはどこのどんな仲良しカップルも勝てない気がする。
今だって片手合わせて笑い合ってるしなぁ。


「聞き分け良すぎる女も飽きられんで」
『えっ!』
「毎回毎回はあかんけど、たまには財前くん振り回したってもええかもね」
「せや、そうしたり!困らせたったらええねん!」
『それユウジ先輩の願望じゃないですか』
「当たり前やろ!小春の休み奪った罰や!財前は何しとるん!あいつも休みやろ!」
『作曲が大詰めとかで部屋に缶詰めです』
「お前放ったらかしやないか!」
『や、別に不満とか無いんで』


最近作曲の仕事が少しずつ増えてきている。
だからそれを応援したいと思ってるし、光がそっちを優先することに不満もない。
放ったらかしにされてるとも思ったこと無いのに、返答にユウジ先輩はあんぐりと口を開ける。


「あかん、こいつ自分から都合のいい女になりよる」
「財前くんのこと考えとるってことやけどねぇ」
『え、駄目ですか?』
「アホ、自ら居っても居らんくても同じ女に成り下がるようなもんやぞ。しっかりせえ」
『そんな大袈裟な』
「もうちょい可愛いワガママ言うてもええと思うで」
「がつんと言ってやればええねん」


駄目女の烙印まで押されてしまう始末。
あげく昔を思い出せとユウジ先輩に散々言われてしまった。
確かに大学の時はあれこれ喧嘩もしたし、ワガママも沢山言ったような気がする。
かと言って、今はそのワガママもなかなか見付からない。


「名前ちゃん、可愛いワガママでええんよ」
『可愛いワガママ?』
「その顔やと無さそうやねぇ。せやったらたまには気持ちを伝えたり」
『え、気持ちですか?』
「そうよ。好きとか愛してるとか伝えるのは大事なことやから恥ずかしがらず財前くんに伝えたり。ときめくんは何歳になっても大事やで」


別れ際、ユウジ先輩がお手洗いに行った隙に小春先輩がアドバイスをくれた。
気持ちを伝えるとか、付き合いはじめたあの日以来言ってないような気がする。
私が光に気持ちを伝えるの?そんな分かりきったことでいいの?
もう少し具体的なアドバイスが欲しかったのにユウジ先輩が戻ってきて話は終わってしまった。
たまには言ってみてもいいのかな?
光びっくりしたりしないかな?
どう伝えるか考えながら夕食の買い物をして帰る。
家に帰ってからも、夕食を作り終えても、理想的なシチュエーションは浮かばない。


『光ーご飯どうする?』
「何作ったん?」
『パスタとサラダ。おにぎりもあるよ』
「ほんならおにぎり食うわ」
『はーい』


どうやらまだ曲が完成してないらしい。
片手で食べれるおにぎりも用意しておいて良かった。
お腹が膨れ過ぎると眠くなるからと二つだけにしたおにぎりを仕事部屋に運ぶ。


『他に何か必要なものある?』
「んーとりあえずはいらんかも」
『わかった』


パソコンの横の机に邪魔にならないように夕食代わりのおにぎりをおいて声を掛ける。
光の視線はパソコンに釘付けのまま。
最近はブルーライトカットの眼鏡を掛けていて、この横顔もだいぶ見慣れてきた。
私だけが眼鏡姿の横顔を見られると思うと悪くない。
仕事中だけど、切羽詰まってるようには見えないから言うなら今かもしれない。
迷うと気恥ずかしいからさらっと何気無く伝えてしまおう。


『光』
「なん」
『愛してるよ』
「…は」


初めて言う言葉なのに意外にもさらっと口に出せた。
実際に光の横顔を見てたらそんな気持ちになれたからかもしれない。
驚いたような声を上げた光が手元の動きを止めて此方を向く。


「急に、なんやねん」
『言いたかっただけ』
「アホ」
『うん、ごめんね』


じわじわと赤く染まる耳と戸惑うような表情が見れたからこれで充分だ。
と言うか、久しぶり照れた光を見たせいかこっちまでドキドキしてしまう。
なんだ、やっぱり倦怠期なんかじゃないよ。
だってたった一言でこんなにドキドキ出来るんだもん。
小春先輩のアドバイスは有効だったってことだ。


「怒っとらんし」
『うん』
「…はよメシ食わんと冷めるで」
『わかった』


素っ気なく言うと光は作業を再開する。
長居すると邪魔になるから私もリビングに戻ろう。
緩む口元を押さえてそっと仕事部屋を出る。


「名前」
『何?』
「明日の朝までにはこれ終わらすから」
『うん』
「せやから出掛けるで」
『わかった』


扉を閉めるギリギリに声が掛かる。
あぁ、ちゃんと光も私のこと考えてくれている。
返答を求めてたわけじゃないけど、こうして提案してくれたのは嬉しかった。
これは光なりの『愛してるよ』の返答だ。
今度こそ扉を閉めてリビングに戻る。
次にユウジ先輩に会う時は自信を持って倦怠期じゃないと伝えよう。
それで、小春先輩には感謝の気持ちを伝えよう。
さっきの照れたような光の顔を思い出すだけで今日もぐっすりと眠れそうだ。


***


あいつ急になんやねん。
あんなこと言われたら驚くやろ。
あー小春さんと会うって言うとったからそれか?ほんでなんか言われたんか?
相変わらずお節介過ぎるわあの人。
せやけど最近全然構っとらんかったのも事実で、良い機会やと思って明日は名前に使うことに決めた。
見透かされてんのがおもろくないけど、先輩達のおかげで今があるのも事実や。
しゃーない、こればっかりは手のひらで転がされたるわ。
あんな顔して言われたら何が何でも時間作ったろって気になった。
驚いて咄嗟に何も返せんかったやろ。


焦ることなく、作詞作曲を終わらせる。
作詞込みでの仕事は初めてで、手間取ったものの名前のおかげでええもん出来たような気がする。
喧嘩ばっかの毎日も面倒やったけど楽しかった。
落ち着いた今やって悪いもんじゃない。
それも俺のこと想ってくれとる証拠やし、その分一人の時に名前のことを考える時間が増えた。
その気持ちを作曲に変換するようにもなった。
後はタイトルを付けて完成や。


タイトルは───


fin
お誕生日おめでとうございます。今年はこっそりとお祝いさせてもらいます。ふふふー




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