君をときどき呪ってるんだ

「椎名さんて何で部長と付き合うとるんですか?」
『そんな決まりきった質問聞いてどうするの?』
「や、後ろに部長おるんで何て答えるか興味あっただけですわ」
『あぁ、そっか。蔵ノ介の反応を見たかったのんだね』


そこでようやく凜は振り返った。視線がかちあってふっと表情を和らげる。小言の一つでも言わなあかんかったのに視線を外せなくて、そうこうしとるうちに財前の姿は消えていた。


「財前に遊ばれてもうたわ」
『単なる好奇心だったんじゃない?気にしない気にしない』
「せやなぁ、けどお前は周りに甘過ぎるんとちゃうか」
『そうかな?至って普通なんだけど』


俺の彼女は周りの誰よりも優しい。比喩でも俺が大袈裟に言っとるわけでもない。影で凜のことを女神と呼ぶファンがおるくらいに優しいんや。
そんな誰にでも優しい凜だからこそ惹かれたんやった。せやけど付き合うてからはそれがほんの少しだけ面白ない。
凜は彼氏の俺も後輩の財前にも平等に優しいから。財前だから面白ないんやなくてそれがケンヤだろうと金ちゃんだろうと同じやった。


「俺もまだまだ修行が足らんなぁ」
「白石どうしたん?腹の具合でも悪いんか?」
「そんなんとちゃうで。さ、金ちゃんは今から俺と試合やからコート行こか」
「今日は勝てる気がすんで!昨日負けたから今日は絶対に勝つでぇ!」
「俺もそう簡単には負けへんよ」


こっちは日々成長する金ちゃんに追い越されんように必死やけどな。金ちゃんにしろ財前にしろ後輩達の成長には目まぐるしいものがある。気を抜いたらあっちゅーまに置いてかれそうや。凜のことを気にしとる場合とちゃうな。気合いを入れ直して金ちゃんの待つコートへと足を踏み入れた。


「相変わらず凄かったわ金ちゃん」
『他にも推薦で来ないかって話があったらしいけどうちの学校入ってくれて良かったねぇ』
「せやなぁ」
『これでまたみんな揃ったね』
「正直みんな同じ高校に進学するとは思っとらんかったわ」
『小春ちゃんも千歳もどうなるかわかんなかったもんね、金ちゃんだってそうだし』
「またみんなで一緒にテニス出来るのは嬉しいことや」
『そうだね、また全国目指せるもんね』


ふっと凜の表情が柔らかいもんへと変わる。部員一人一人のことを想ってそんな風に微笑んだんやろうけど、やっぱり面白くない。
あかんなぁ、最近こんなこと考えてばっかや。
好きな理由の一つにこんなにも心を乱されるとは正直思っとらんかった。こんなん矛盾もええとこや。


『でね、次の休みに小春ちゃんと買い物に行くんだけど』
「そうか、ええんとちゃう?楽しんできてや」
『え?』
「は?」


ぐるぐると出口のない迷路に迷いこんで一人物思いにふけっとったら凜の話を聞き逃してた。
小春と買いもん行くのもいつものことやからと普通に返したつもりやったのに凜は俺の言葉に首を傾げる。何かあかんこと言うたか?いや、前半は聞いとらんかったけど俺の返し何もおかしないよな?


『そういうことじゃなくてユウジも来るから蔵ノ介も来ないかなって誘いたかったの。謙也と財前も誘ってさ、みんなで遊びに行こうよ』
「あぁそういうことやったか」
『最近蔵ノ介たまに一人で考え込んでるよね。何かあった?』
「あー」


対応を焦ったのがあかんかったのか、柔らかな表情が心配そうなものへと変わる。俺らしくもない、何を焦っとるんや。この返事やって何かあったって肯定しとるようなものだ。


『何かあったの?』
「そんなんとちゃうで、俺がまだ未熟なだけや」
『本当に?』
「本当やって」


凜を安心させるために笑ってみせる。俺の都合で表情を曇らせたくはなかった。


『じゃあ未熟って何が?』
「そら言えんことや、男の沽券に関わることやからな。凜は気にせんとって」
『なら聞かないけど、あんまり無理はしないでね。蔵ノ介は何でも一人で乗り越えちゃうから。そういうところ尊敬してるけど、心配でもあるんだ』


俺の言葉にふっと表情を和らげる。
深追いせんとってくれるのも凜の良いとこの一つやった。
有り難いことやけど、そんな俺を尊重してくれんのも嬉しいけどやっぱりどこか物足らん。
俺かて男や、意地もある。せやからこんなことで悩んでるのを凜に知られたくなかった。
あかん、ほんまに矛盾しとる。
知られたくない自分もおるけど、どっかでこの気持ちをわかってほしいって思っとるのは完全に俺のワガママや。
凜を家に送り届けて一人苦笑する。
俺がこんな風に悩んどるのを知ったらケンヤも財前も笑うやろなぁ。


***


最近の蔵ノ介は何か悩んでるように見える。
会話の最中に上の空になることも増えた。
心配だけど強くその理由を話してとは言えない。
こういう時に深追いをしない私のことを蔵ノ介は好きなのだから。


周りは揃って私のことを優しいって言ってくれるけど実際のところ全然そんなことはない。
私はただ怖いだけだ。
周りから嫌われたくなくて気を配っているうちにいつの間にかそう言われるようになってただけ。


蔵ノ介がそんな私を好きだと言ってくれたことは本当に嬉しかった。
私からすると蔵ノ介の方がよっぽど周りに優しいと思うのにそれを伝えると「そんなことあらへん」と否定されてしまう。
蔵ノ介の優しさは私の偽物の優しさとは違う。
彼は相手の望んでる優しさを周りに与えるから。
時にそれは厳しかったりもするけど確実に相手のためになっている。
そんな蔵ノ介を私は心から尊敬しているけど、半面最近は時々羨ましくて眩しすぎる時があった。


「どないしたん凜ちゃん。浮かない顔しとるやないの」
『あ、小春ちゃん』


ついつい考え込み過ぎて表情に出てしまっていたらしい。
休み時間にユウジのクラスに遊びに行ってた小春ちゃんがいつの間にか戻ってきている。
いけないいけない、周りに心配をさせる私を誰も求めていないのだから。
気を取り直して表情を和らげる。


『おかえり。新ネタまとまった?』
「せやねぇ、後もうちょっとやわ。ってそないなことより凜ちゃん」
『私?』
「最近蔵リンと何かあったとちゃう?さっきユウくんとも話とったんやけど二人ともたまーに黙り込む時あるやろ?せやから喧嘩でもしとるんかなって話になったんよ」
『喧嘩なんてしないよ。したことないし』
「蔵リンと凜ちゃんやからねぇ。せやけどちゃんと本音で話し合わんとアカンよ」
『やだなぁ大丈夫だよ』
「凜ちゃん」


小春ちゃんもユウジも人のことよく見てるから私達の些細な変化に気付いたのかもしれない。
こんなことを言うのは小春ちゃん達くらいだ。
これ以上心配をさせたくなくて笑ってみせる。
蔵ノ介と喧嘩してるわけじゃないし不満があるわけでもない。
ただ単に手持ちぶさたな感情を持て余してるだけだ。


「溜め込んでも後からしんどくなるだけやで」
『うん、わかってる。ありがとね小春ちゃん』
「ほんなら今度の休みに行く場所考えよか」
『小春ちゃん何を買いに行きたいんだっけ?』
「次のコントで使うグッズの材料と──」


小春ちゃんも蔵ノ介に負けないくらい優しい。
結局は私の気持ちを優先してくれて話を変えてくれた。
やっぱり私が学校で一番優しいだなんて大嘘だ。周りには私より優しい人達で溢れてるんだから。


「凜?どないした?」
『あ、ごめん』
「昨日と立場が逆やな。何かあったん?」
『ううん、そうじゃないよ。ごめんねぼーっとしてて』
「体調でも悪いんか?」
『全然大丈夫。ちゃんと蔵ノ介の言った通りに健康には気を付けてるから』
「ほんならええけど」


部活を終わらせた帰り道、蔵ノ介と二人歩いていたものの私は休み時間に小春ちゃんに言われたことをぐるぐる考えていた。
本音で話し合うってことは私の思ってることを全て蔵ノ介に吐き出すってことだ。
優しい私を好きな蔵ノ介にそれを吐き出すのは正直キツい。
彼の好きな私じゃなくなってしまうのが怖かった。
うじうじそんなことを考えていたら昨日私が心配したことをそっくりそのまま蔵ノ介に返されてしまった。
誤魔化したはいいものの、何とも言えない気まずさだけが残る。


「なぁ」
『あのね』


どうしようかと思って口を開けば蔵ノ介と言葉が重なった。
それだけでふっと場の空気が優しいものへと変わって自然と笑顔が零れ落ちる。


「凜からでええよ」
『蔵ノ介からどうぞ。私は後でいいから』
「せやけど」
『あ、ちゃんと私の話も後からするから』
「ほな俺からやな」
『うん』


譲り合いをした結果蔵ノ介の話を先に聞くことになった。
蔵ノ介の表情が引き締まって緊張したものへと変わっていく。
昨日の男の沽券に関わることだろうか?
蔵ノ介に未熟なところなんて一つもないと思うのに何を言うつもりなんだろう?


「カッコ悪いこと言うで」
『そんなことないと思うけど』
「や、これは多分カッコ悪い」
『どうして?』
「俺はな最初お前の誰にでも優しいとこに惹かれたんや。誰にでも分け隔てなく接する凜やから好きになった」
『…うん』
「せやけど…最近な、それが少し面白ないねん」
『…うん?』
「矛盾しとるけど、どうしたら凜の一番になれるか、オンリーワンになれるか最近悩んどった。カッコ悪いやろ?」


蔵ノ介からの言葉はかなり意外なものだった。
小春ちゃんの言う通り蔵ノ介は蔵ノ介で今の私達のことについて悩んでいてそれを話してくれている。
私が小春ちゃんに言われたように蔵ノ介もユウジに何か言われたのかもしれない。
気弱そうな言葉を否定するように首を横に振る。


『私ね蔵ノ介がカッコ悪いだなんて思わないよ』
「思いきり矛盾しとるやん。せやからあんま言いたくなかったんやけど」
『私もね似たようなこと悩んでたの』
「やっぱ何か悩んどった?」
『私ね、みんなが思ってるような優しい人間じゃないから。ただ周りに嫌われたくなかっただけなんだよ。蔵ノ介や小春ちゃんユウジの方がよっぽど優しい人だと思うの』
「何言うとんのや凜」
『え』
「別に嫌われたくないから周りに優しくしとったって問題ないやろ。無理しとったらアカンけどそういうわけやないんやろ?」
『無理はしてないと思う』
「まぁ俺はいつでも女神辞めてもええと思うけどな」
『女神になった覚えはないよ』


たったこれだけのことを言うのに何を私はずるずると悩んでいたのか。
言ってしまえば蔵ノ介が笑って一蹴してくれる。
それだけで胸のつかえがすっと楽になった。


「逆にその話聞けて良かったわ」
『どうして?』
「こないな話すんの俺だけにやろ?」
『蔵ノ介にしか話してないよ。と言うか人に話したのは初めて』
「ほんなら俺も嬉しい」
『そっか、それなら良かった』
「俺な思ったことこれからちゃんと凜に話すわ。せやから凜もちゃんと言わなアカンで」
『わかった。…嫌われたくないけど』
「大丈夫やって。俺はそう簡単に人を嫌いになったりせんから。俺もやけど凜も相手の迷惑になるようなことは言わへんやろ?」
『うん、多分』
「ワガママくらいたまには言おな。俺も言うから」
『えっと、じゃあ手を繋いで帰りませんか?』
「…ええよ。そないな可愛らしいワガママならいつでも聞いたるで」
『今更だけど改めて手を繋ぐのってなんだか恥ずかしいね』
「せやな」


一人で思い悩むくらいならさっさと蔵ノ介に話してしまった方がいいのかもしれない。
小春ちゃんの言ってることやっぱり正しかったんだろなぁ。


「せや、俺のことオンリーワンにしてくれなアカンで」
『蔵ノ介は付き合った時からオンリーワンだよ?』
「…せやったか」
『だから付き合ってるんだよね?あれ違った?』
「や、そうやな。当たり前か」
『ん?』
「もっと早く話しとけば良かったわー。アカン俺結局カッコ悪いやん!」
『えっと不安は消えた感じ?』
「何もない、すっかりなくなったわ。アホやほんまに」
『これからはちゃんと話すね』
「俺も一番に凜に話聞いてもらうわ」


結局互いに悩んでたことは些細なものだったのかもしれない。
話してしまえば直ぐに払拭出来たんだから。
それなら一人で悩まず次からは蔵ノ介に話そう。
そしたらいつまでも悩まずに済むのだから。
改めて繋がった手はいつもよりずっと熱を持っていた。


title by ユリ柩
ちょっとスランプ。久しぶりのスランプです。
書き直し案件。
2020/03/01
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -