愉快犯の誤算

「椎名、部室で幸村が呼んどる」
『ほんと?』
「早くいかんと怒られるぜよ」
『わかった、ありがとね仁王』


神妙な顔をして椎名へと告げれば疑いもせず部室へと向かっていった。
幸村は今日遅れるって朝練で言うとったのに相変わらず抜けとるのう。込み上げてくる笑いを抑えてテニスコートへ入る。
幸村はおらんが生徒会で遅れてきた柳が着替えてるはずじゃ、遠くから甲高い叫び声が聞こえてひっそり笑いを噛み殺した。


『にーおーうー!』


鬼の形相の椎名が視界の端でこっちに歩いてくるのがわかった。可愛い顔が台無しじゃ。
ブンちゃんと軽く打ち合いをしてるからテニスコートには入って来れず、コート際でピーピー喚いている。


「お前今度は何したんだよ」
「さあのう」
「あんまりからかうとそのうち幸村君に怒られんぞ」
「からかってなか。遊んでやっとるんじゃ」
「お前ほんと性格わりー」
「ブンちゃんと良い勝負だと思っとったんじゃけど」
『ちょっと!二人して無視しないでよ!』
「お前はさっさと準備しねーと真田に怒られっぞ!」
『あ!…二人とも後から覚えておきなよ!』
「俺別に何もしてねーし」
「ドンマイ、ブンちゃん」
「完全にお前の巻添えじゃねぇか」


巻添えも何も俺は椎名に怒られるようなことはしてない。実際に幸村が椎名に用事があったのは事実で、遅れてきた幸村に早速呼ばれておった。


『こーらー何一人で帰ろうとしてるのかな?』
「俺に何か用事か?」
『丸井はもう捕獲したから後は仁王だけだよ』
「ほお、ブンちゃんに何かされたんか?」


部活が終わり制服に着替えて帰ろうとしたところを椎名に腕を掴まれて止められる。
素知らぬふりをして返事をすればぴくりと眉を吊り上げた。


『丸井じゃなくて仁王がでしょう?』
「俺は何もしとらんよ」
『幸村が呼んでるって嘘吐いた!』
「事実呼ばれたじゃろ?」
『ぐ』
「ブンちゃん今日マフィン差し入れに貰っとったからそれで機嫌直しんしゃい。ほんじゃまたの」


悔しそうな椎名の頭を一撫ですれば腕を掴む力が緩んだのでその隙に部室を出た。
椎名はいつ見てもいつ話しても本当に飽きんの。そこがかなり気に入ってたりする。


「お前さ、いい加減椎名にほんとのこと教えてやれよ。つーか昨日俺のマフィン食われたんだけど」
「えー嫌じゃ」
「あんなことばっかしてっといざ告白した時に信じてもらえねぇぞ」
「そう簡単に言ってしまったらつまらんし」
「お前なぁ、まぁ俺には関係無いからいいけどよ」


椎名にマフィンを食われたわりにブンちゃんはあまり怒ってなさそうだ。まぁ今日は今日で差し入れを貰っとるから気にならんのかもしれん。今も差し入れのマドレーヌを頬張ってご機嫌じゃし。


「いつまでも言ってこん椎名が悪いぜよ」
「俺からしたらわかってて告白しねぇお前も同罪な」
「見とって面白いじゃろ?俺の悪戯にあんなに引っ掛かるのは赤也と椎名くらいしかおらんし」
「あーまぁな。つーかそれ関係あるか?付き合ったとしてもお前ぜってーに椎名のことからかうだろ」
「さぁな、どうかのう」


今の友達以上恋人未満の曖昧な関係をもう少し楽しんでたいってのが本音だった。ブンちゃんは何も変わらんって言ったけどそれは違う。
悪戯したりからかうのを止めたりはせんがそこに彼氏彼女の関係性が加わったらそれはもう今とは別のものになってしまう。
今しかないこの曖昧な関係をもう少しだけ楽しんでいたかった。


『仁王!今日という今日は帰さないんだから!』
「そんなに怖い顔しておったら可愛い顔が台無しじゃ」
『〜っ!そんなこと言っても誤魔化されないんだからね!』
「本心で言っとるのに」
『もう!お世辞はいいから!今日は絶対に私達に付き合ってもらうよ!』


ミーティングだけで部活が終わった後椎名にあっさりと捕まった。逃げられんように俺の腕をしっかりと両手で握っている。
何か約束してただろうか?ブンちゃんと赤也を見やれば何やら雑誌を指差しながら盛り上がっていた。


「何かあったかの?」
『赤也と丸井とジャンボパフェ食べに行くの』
「…」
『なにその嫌そうな顔』
「甘いもんは好かん」
『知ってて誘ってるの!ほら今日は強制だよ!』
「椎名に捕まっては逃げられんからな」
『そんなこと言っていつも逃げてばっかだし』
「そんなことないぜよ」
『いや、ある。昨日だって逃げたし』
「ちゃんと捕まえておかんかった椎名が悪い」


そう耳元で囁いてやれば頬は赤く染まり動揺からか腕を掴む力が緩んだ。可愛いんだがこの隙に逃げるとするか。するりと両手から逃げ出して部室から出る。
後ちょっとなんだが、なかなか捕まえとってくれんなぁ。さて、明日はどうして椎名と遊ぼうか。思案しながら歩けば自然と頬が緩んでいく。


『今日は帰さないって言ったでしょ!』


後ろからぐっと腕を引かれた。振り向けば椎名が頬を赤くしたまま此方を睨んでいる。今日はいつになくしつこいが、甘いものは気分じゃない。そう説明しようとした時だった。
再びぐっと腕を引かれ上半身が不自然に傾く。俺が口を開く前に頬に柔らかい何かが触れた。


『ほら、今日は私に付き合ってよ仁王』


柔らかい感触は直ぐに離れ俺の腕を引いて椎名が部室へと戻っていく。これはさすがの俺も驚いた。おかげで何も言えんかったし。
調子を取り戻して歩みを止めると俺の腕を引く椎名もそれに合わせて止まる。恥ずかしいのか此方を振り向きもせん。


「付き合うのは今日だけでいいんか?」
『…』
「ほれ素直に言ってみんしゃい」
『言うわけないでしょ!仁王のバカ!』
「お前さんは本当に面白いぜよ」
『笑わないでよ!バカ!今日は仁王の奢りだからね!』
「まーくんは甘いもの食べんよ」
『可愛く言ってもダメ!』
「ほんじゃせめて俺のこと名前で呼んでくれんかの?」
『はぁ?そ、そんなこと』
「ほら言ってみんしゃい凜」


振り向かせたくて言った言葉に椎名は固まった。素直じゃなくてその反応が可愛くて笑ってしまう。何を言っても面白い反応をする椎名が悪い。
困らせたくて言ったお願いにやっと此方を振り向いた。


『まさ、……はる』
「なん?」
『もう!自分が呼べって言ったんじゃん!』
「好いとうよ」
『〜〜っ!』


名前を呼んだ顔があまりに可愛くてつい気持ちが言葉に乗ってしまった。
そろそろ互いに気持ちを隠しておけんくなったってことにでもしとくかの。
その勢いで腕の中に閉じ込めてしまえば、もう凜は何も言えんようじゃった。


(あのーこれいつ俺達帰れるんすか?)
(切原君、野暮なことをしてはいけませんよ)
(やっとかよ。腹減ったー)
(幸村!そろそろ注意してやらねばだな!)
(もう少し放っておいてあげよう真田。面白いじゃないか)
(幸村まで面白がってるのかよ)
(椎名の性格上持って後三分だな)


レイラの初恋様より
立海勢は書いてて楽しいです!
2019/09/21
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