自覚

バレンタインが近付いていた。
二人に出逢ってから毎年毎年チョコレートはあげている。
でもこの年はどうしようか悩んでいた。
国見と金田一と影山にあげるだけにしておこうかな。そう思ってた。


二月になると朝練はなくなる。
だから朝の登校ははじめちゃんとトオルちゃんと一緒だ。
嬉しいはずなのに私の心は弾まない。
壊れたピアノみたいに歪な音がするだけだ。
何でだろう?前は凄く楽しかったのに。
二人といるのが少し苦痛だった。


「みき、最近機嫌悪いの?」
『え?何で?』
「最近、眉間に皺が寄ってること多いよ」
『そんなことないよ!ちょっと勉強が難しいだけだよ!』
「嘘つけ。お前が出来ねーの体育ぐらいだろ」
『はじめちゃん!中学入ってからは体育頑張ってるもん!ちゃんと3貰ってるもん!』


トオルちゃんが心配するからちゃんとしなくちゃとわざと心を弾ませた。
不協和音がぐちゃぐちゃと頭に響く。
じわりとまた染みが広がった気がする。
でもそれに気付かないふりをした。


バレンタインの前日の夜。
トオルちゃんが珍しくうちに遊びにきた。


『トオルちゃん?どうしたの?』
「みきの様子がおかしいと思ってさ」
『何で?』
「俺を誰だと思ってるのさ。お兄ちゃんだぞー」
『別に何にもないよ?』


自分の部屋へと案内して二人でこたつへと潜り込む。
急に何を言うんだろうか。
私はちゃんと上手くやってた、はずだ。


「みき、痩せたでしょ」
『ダイエットだもん。トオルちゃんデリカシーがなさすぎだよ』
「痩せる必要なんかない癖に何を言ってるの」
『そんなのトオルちゃん基準じゃん』


あまりご飯が食べれなくなってたのは事実だ。
どうして大好きな二人と居て苦痛なのか分からなくてしんどくなってたから。
考えても考えても答えは出なくて。
誰にも相談出来なかった。
あぁ、今思うときっとこの時も国見がどうにかしてくれたんだな。
じゃなきゃトオルちゃんがうちに来ることはなかっただろう。


「みき、ちゃんと話して」
『何にもないって』
「岩ちゃん居ないんだから話してよ。そのために今日来たんだから」
『何ではじめちゃん?』


トオルちゃんが急にはじめちゃんのことを口に出した。
意味が分からない。
私は二人といるのが苦痛なのだ。
はじめちゃんだけじゃない。


「岩ちゃんは気付いてないけど、みきは岩ちゃんと話すとき一瞬表情が歪むんだよ」
『嘘だ』
「ほんと。俺と話すときはそんな風にならないんだよね。だから俺が話しにきたの」
『そんなことない』
「みき、どうして?何があったの?」


トオルちゃんが優しく私を諭す。
急にそんなこと言われても。
私の心はぐちゃぐちゃのままだ。


『分かんないよ』
「分かんないって何が?」
『全部。二人と一緒に学校行けるのに楽しくなくて何でか分かんなくてぐちゃぐちゃしてる』
「いつから?」
『今月』
「その前に何があったの?」
『マラソン大会の日』
「うん」
『はじめちゃんとトオルちゃんが女の子と居たの見てから』
「あぁ、コンビニに行った時?俺もみき達を見た気がする」
『そう』


ぐちゃぐちゃの心をトオルちゃんに離してみた。どうなるかは分からない。
でももうとりあえず誰かに吐き出したかったのだ。限界だった。


「ねぇみき」
『何?』
「今俺と話してるのしんどい?」
『トオルちゃんと話すの?別にしんどくないよ』
「じゃあここに岩ちゃんが居たら?」


二人と話すのが苦痛だと思ってたのに今目の前にいるトオルちゃんと話すのは不思議だけど苦痛じゃなかった。
トオルちゃんに言われた通りはじめちゃんが居たとして過程してみる。


『ちょっとしんどいかも』
「何でしんどいと思う?」
『分かんない』
「及川さんが思うにね、みきは岩ちゃんのことが好きなんじゃない?」
『え』
「俺と岩ちゃんが彼女といるのを見てそこから俺たちといるのがしんどくなったんでしょ?」
『うん』
「それって知らないうちに失恋したからじゃないの」
『あぁ』


私がはじめちゃんのことを好き?


それはまさに晴天の霹靂だったと思う。


そして思ったよりその事実をすんなりと受け入れることが出来た気がする。
トオルちゃんは優しく私のことを見ている。


『そうか、失恋したからか』
「俺じゃなかったのは少しショックだけどね」
『トオルちゃんも好きだよ』
「お兄ちゃんとしてでしょそれ」
『うん』
「泣いたり凹んだりしないのはちょっと意外だった」
『私、失恋したことより何でこんな風にしか思えないのか分からなくてそれがずっと気持ち悪かった』
「うん」
『二人とも大好きなのに一緒にいるのが苦痛でどうしてそんな風に思うのか分からなかったの』
「その理由が分かったからスッキリしたの?」
『多分そう』
「まぁならいいか」
『トオルちゃんは何で分かったの?』
「簡単だよ。昔は絶対にトオルちゃんはじめちゃんって呼んでたのにいつの間にかそれがはじめちゃんトオルちゃんに変わってたからね」
『それだけ?』
「うん、それだけ」
『そっか』


トオルちゃんのおかげで自分の中のぐちゃぐちゃしてた所がスッキリしたと思う。
失恋はしたわけだけど。
でもこの時の私は別にそれを悲観してなかった。
そんなことよりもはじめちゃんが好きなんだって自覚出来たことが嬉しかったのだ。
自分の気持ちにちゃんときづけたことに心底ホッとした。


「で、みきはどうするの?」
『何もしないよ』
「えっ?何も?」
『うん』
「何で?俺に協力してとかないの?」
『協力って何を?』
「岩ちゃんに好きになってほしいとかないの?」


トオルちゃんは急に何を言ってるのだろうか。


『私、さっきはじめちゃんが好きだってことにきづいたから。それで充分』
「もっと欲張りなよ。みきは可愛いんだから」
『まだまだお子ちゃまだと思うよ。だからねまだいい。はじめちゃんの妹分から脱出出来なさそうだし。彼女いるんだし別に今のままでいい』
「みきがそう言うならいいけどさ」
『トオルちゃん、今日はわざわざ来てくれてありがとう』
「いつでも協力するからね。ちゃんと頼ってよ!」
『分かった』


トオルちゃんを玄関まで見送った。
この時の私もまだまだ子供だったと思う。
はじめちゃんを好きなんだって気持ちだけでいっぱいでその先のことなんて全く考えてなかった。
実際にトオルちゃんに協力してもらうのは二年後の話になるのだ。

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