揺れる

年が明けて1月末のお話。
お母さんが言うにはトオルちゃんもはじめちゃんも推薦でさくっと高校が決まったらしい。
二人には年末年始に会ったきりだ。
初詣に連れてってもらったのだ。


1月末のマラソン大会の帰りのこと。
その日はさすがに部活も休みで、この1年を通して仲良くなった国見と金田一と影山と一緒に帰ってる時のことだった。


『コーンービーニー!』
「だから買い食いは禁止だって」
「金田一、それ守ってるのお前くらいだから大丈夫だよ」
「俺も腹減った」
『先生達に見付かっても大丈夫らしいから行こうよ金田一!頼むよ!寒くて死んじゃうよ!』
「しょうがねぇなぁ」


金田一が渋々と了承してくれたので喜んでコンビニへと走りだそうとした時だった。
急に国見に腕を掴まれたのだ。
ぐっと身体がぐらつく、転けそうになるのを何とか堪えて国見の方を向いた。


『いきなり何なのさ!』
「やっぱり違うコンビニ行こうぜ」
「は?」
「直ぐそこにコンビニあるじゃん」


国見は直ぐそこのコンビニの方をじっと凝視している。
何を見てるんだ?
私がそちらを見ようとしたらくるっと方向を変えてもう一軒のコンビニへと歩き出した。


「あっこの肉マン不味いんだよ」
『そうなの?金田一知ってた?』
「俺、買い食いしねえから知らない」
「あ、及川さんと岩泉さんだ」
「チッ」
『え?はじめちゃんとトオルちゃん?』


ぐいぐいと歩く国見と私の後ろで影山がぼそりと言う。何故かそれに国見が舌打ちをしたけれどそんなことには気にも止めず私は国見の手を振り払った。
二人には久々に会うのだ。かなり会いたい。


『影山!二人はどーこー?』
「ほらあっち」


影山に近付いて聞くと指を指して教えてくれた。
そこにははじめちゃんとトオルちゃんと知らない女子生徒が二人居た。
国見が肉マンが不味いと言ったコンビニへと入ってく所だ。


どうしたらいいのか正直分からなかった。
自分が今どんな気持ちなのか説明出来る言葉もなかった。
ただ茫然とそれを見ている。
何をしているのか、気にせずに話しかけに行けばいいじゃないか。
でも私の足はその場から動いてはくれなかった。
二人がその女子生徒達に笑いかける優しい表情を私は見たことがなかったのだ。
私にだって優しく笑ってくれる。沢山ある。
でも何故かその時の二人の表情は私の知らないはじめちゃんとトオルちゃんだった。


「香坂?」
「おい、大丈夫か?」
「影山のせいだぞ」
「え、俺?」
「おい、風邪ひくから行くぞ」


三人に何も答えることが出来なかった。
国見がもう一度舌打ちして私の腕を掴んで歩き出す。
今度はちゃんと足が動いてくれた。
大人しく国見にされるまま着いていく。


「香坂?大丈夫か?」
『うん、ごめん。大丈夫だよ金田一』
「二人に会わなくて良かったのか?」
「影山!お前なぁ」
『大丈夫。知らない先輩と居たし今度にする』
「ならいいけど。何で国見がイライラしてんだよ」
「あぁ?お前が」
『国見、ごめん。大丈夫!ちょっとびっくりしただけ』
「何でびっくりしたんだ?」
「影山、お前頼むから黙っててくれよ」


影山の言葉に国見がイライラしてる。
影山は金田一から黙ってろと言われて不満そうだ。何かを言おうとして口を開くも声に出すことはしなかった。
私は影山が無神経なことばかり言うから国見がイライラしてるんだと思ってた。
でもこの時も違ったね。確か影山以上に自分にイライラしてたんだ。


何でこんな気持ちになるのかこの時もまだ分かってなかった。
ただ何と無く、二人はもう私だけのお兄ちゃんではないんだなって悟ったと思う。
あの二人の女子生徒はきっとはじめちゃんとトオルちゃんの彼女なんだ。


結局コンビニに行くことはなく何と無くその日は解散したと思う。
国見は無言でうちまで送ってくれた。
何も話さないで居てくれたことがこの日ほど助かったと思ったことは他にないと思う。


うちまで着くとまた明日なと国見は帰っていった。


帰ってこたつへと潜り込む。
冷えた身体を暖めながら今日見たことを考える。
それでもまだ何故自分が二人に話しかけれなかったのかは答えが出なかった。


ただじわりと半紙に墨汁を落としたみたいに自分の心に染みが出来たのは分かった。


私はこの時もまだまだ子供で自分の気持ちにも誰の気持ちにも気づけなかった。

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