不器用なオトコゴコロ

「みきちゃーんタオルそろそろ乾いたかもー」
『はーい』
「みきー試合のデータ取っておいてね」
『はーい!』
「香坂、新しいドリンクは?」
『おっと!今から作ってくる待っててツッキー!』
「みきちゃんみきちゃん!」
『木兎さん?どうしました?』
「赤葦が今日はもうトス上げないって言うんだよ!」
『何しちゃったんですか木兎さん』
「俺何にもしてない!」


東京での合宿は思ってたよりかなりハードだ。
あれ?何で私ばっかりにみんな頼むんだろう?
…これもかれもあの超絶美人な都会マネさんが先日のはじめちゃんの一言が原因で辞めちゃったせいだろう。
東京組も普段は三人のマネさんが居るらしいけど今回の合宿に一人家庭の事情で参加出来なかったのだ。
二人しか居ないマネさんのうち一人が辞めちゃったから向こうは深刻なマネージャー不足になりつつあった。
三人で回すのも結構大変なのに一人とか絶対に手が回らないもんね。
と言うことで四人で何とかやりくりしようって話になったんだけど一番新米の私にあれこれ仕事が回ってくるのだった。


そもそもね、しょぼくれモードの発動した木兎さんの慰め方なんて私は知らないんだよ?
それなのに何故木兎さんはわざわざ私に報告にくるのか。困ったものだ。
朝から晩まで動きっぱなしではじめちゃんとのんびりお話する暇すら無いんですけども!


「みき?眉間に皺が寄ってるよ」
『寄ってない』
「珍しくゴキゲンナナメだね。岩ちゃんと喧嘩でもしたの?」
『してない』
「あ、じゃあツッキーと喧嘩?」
『ツッキーとなんてもっと喧嘩しないし』
「笑ってないと岩ちゃんが心配しちゃうよみき」
『えっ?それは困る!』
「じゃあちゃんと笑ってて。その方が岩ちゃんだけじゃなくて俺達も練習頑張れるんだからさ」
『うーん、頑張る』


あまりのはじめちゃん不足で酷い顔をしていたらしい。
トオルちゃんに心配されてしまった。
はじめちゃんにまで心配させるわけにはいかないので表情を引き締めて頑張ることにした。


かと言ってだ!なんでこんなにも忙しいのか!
五人が四人になっただけって言うのに仕事がどっと増えた。
もしやあの超絶美人な都会マネさんは仕事まで出来る有能さんだったのか?
眉間の皺に気を付けながらもマネージャーの仕事をせっせと頑張った。
宮城に戻ったらはじめちゃんにご褒美貰わなきゃ。


「お疲れ様香坂さん」
『あ、赤葦さん』
「木兎さんがあれこれすみません」
『木兎さんって元気の塊ですよねー』
「人見知りとか全くなくて新しい人見掛けるといの一番に仲良くなりに行こうとするので。あ、これ良かったらどうぞ」
『わ!ありがとうございます』


一日が終わってお風呂上がりに赤葦さんに遭遇した。
身体はクッタクタだったけどトオルちゃんの言ったことを思い出して表情に気を付ける。
疲れた表情なんて誰にも見せられない。
新しい人を見掛けると仲良くなりに行っちゃう木兎さんの話を聞いて納得した。
うちの1年の選手達にも鬼絡みだったもんなぁ。あれは良かれと思ってやってたのか。
赤葦さんが紙パックのイチゴミルクをくれたので喜んでいただくことにした。


『赤葦さんって甘いもの好きなんですか?』
「あんまり得意では無いですよ」
『え、じゃあ何で』
「内緒です」
『内緒?』
「頑張ってるからご褒美みたいなものです」
『赤葦さんから貰えるほどは頑張ってないですよ!』
「ちゃんと周りから見られてるから大丈夫ですよ」
『へ?』
「じゃあ俺行きますんで」
『あ、これありがとうございました!』
「俺が買ったんじゃないんで気にしないでください」


よく分からないことを言って赤葦さんは行ってしまった。
甘いもの好きじゃないのに誰かにイチゴミルクを貰ったから私にくれたってことかな?
でも誰が赤葦さんにイチゴミルク買ってあげたんだろ?
部員なら好みは知ってるはずだよね?
うちの先輩マネさんが赤葦さんを密かに好きでイチゴミルクあげたのかな?
んー?それも何かしっくり来ないよなぁ。
考えてもよく分からなかったけど甘いイチゴミルクのおかげで疲れは吹き飛んだ気がした。


その次の日もそのまた次の日も誰かしらが私にイチゴミルクをくれる。
なんだこの計ったかのようなタイミングの良さは。
それはトオルちゃんだったりうちの先輩マネさんだったりツッキーだったり黒尾さんだったり木兎さんだったりした。
タイミングは良いけどみんな理由がそれぞれ違ったからたまたまなのかな?
それは最終日前夜まで続いた。


「じゃあまた夏合宿でねー!」
「みきちゃんまたなー!」
「夏は確実に宮城より暑いから覚悟しときなよ」
『ツッキーもバテないようにね』
「試合で負けんなよ」
「勝ちますよ。岩泉さん達も頑張ってくださいね」
「俺がいるんだから負けるわけないでしょー!」
「影山が白鳥沢入ったんだろ?負けんなよ及川」
「はっ!飛雄が入ったくらいで俺達の強さは揺るがないよ」
『また夏に会いましょー!』


GWの合宿も終わってみればあっという間だった。やること沢山で大変だったけどちゃんと最後までやりきれたから良かった。
帰りの新幹線は爆睡だった。
気付いた時には仙台ではじめちゃんに頬を叩かれて起こされたのだった。


『眠い』
「荷物が多いから寝るなよ」
『うん』
「言ってるそばからふらふらすんなよ。ほら行くぞ」
『はぁい』


疲れが溜まってるせいか歩いてても眠い。
はじめちゃんが手を引いてくれるからそれに合わせて歩くことしか出来なかった。
もうほんっとに眠かったのだ。


「みき、うちに着いたぞ」
『うーん、眠い』
「靴をちゃんと脱げ」
『無理かも』
「ったくしょうがねぇなあ」


家に着いて眠気がピークに達したのだ。
むしろここまでよく歩けたなぁと思う。
はじめちゃんが指示してくれるのでふらふらしながらも足をあげて靴を脱がしてもらった。


「おい、そこで寝んな。後少しだぞみき」
『眠い』
「お前は子供か」


玄関を上がったところでぺたんと床に座り込んでしまう。もう一歩も動けないよはじめちゃん。
睡魔が直ぐそこまで迫ってくる中ふわふわと身体が浮いたような気がした。
あぁもう駄目だ寝ちゃう。


ゆっくりと意識が覚醒する。
ここは?自分のうちだよね?
でもなんだかいつもより狭い気がする。
寝返りをうって驚いた。
はじめちゃんが私の隣で寝ていたのだ。
え?何で?どうして?何があったの?
慌てて上半身を起こすも服はジャージのままで何も無かったことは分かる。
それはそれで切ないけど寝てて覚えてないのも問題だからそれはいい。
と言うか何故はじめちゃんが隣で寝ているのだろうか?


「おい、さみぃ」
『あ、ごめんなさい』
「何時だよ?まだこんな時間だろ。さっさと寝ろ」
『はい』


布団が捲れたことによってはじめちゃんが起きたらしい。
と言うかまだ半分くらい寝てるのかな?枕元の時計を確認して不機嫌声だ。
怒られたので大人しく布団の中に潜り込むことにした。
言われてみればまだ寒い気がする。
はじめちゃんと一緒に寝るとか久しぶりだなぁ。と言うか同じ布団なのは初めてか。
昔はトオルちゃんちに二人でよく泊まったもんね。
隣の温かな体温に釣られて私ももう一眠りすることにした。


「みき、起きろ」
『んー』
「腹減ったから起きろって」
『えぇ』


腹減ったから起きろとかはじめちゃん酷くない?
まだ眠たいのにはじめちゃんが言い出したら諦めないので渋々起きることにした。
朝御飯は一緒に食べる約束だもんね。


『でも簡単なものしか出来ないよ?』
「何でもいい」
『何か冷蔵庫にあったかなぁ?』


冷凍のうどんがあったからそれにしよう。
お肉も冷凍のがあるからそれで肉うどんにしたらはじめちゃんも満足してくれるだろう。
一週間も合宿だったから冷蔵庫の中整理したんだよね。
おかけでめぼしい物があんまり入ってない。


『はい、出来ました』
「おお、ありがとな」
『これくらいしか作れなくてごめんね』
「充分だろ。いただきます」
『召し上がれー』


はじめちゃんって何でも文句言わずに食べてくれるからいいよねぇ。
ほんといい旦那さんになれるよきっと。
私もちゃーんとその隣にいれるようにしなくちゃなぁ。


『ねぇはじめちゃん』
「ん?」
『何で今日うちに泊まってったの?』


うどんを食べてる最中にそんなことを聞いたら盛大にはじめちゃんが噎せた。
タイミングを間違えたかもしれない。
慌てて手元の麦茶の入ったグラスをはじめちゃんへと差し出す。
それを一気に飲み干しているからとりあえずは大丈夫そうだ。
うどんが気管に入ったら洒落にならないよね。


「お前それ何で知ってんだよ。起きる前に帰っただろ」
『夜中に起きた。はじめちゃんも起きたけど寝惚けてたんだね』
「お前が俺のジャージ掴んで離さなかったんだよ」
『へ』
「ご褒美に一緒に寝るって聞かなかったんだって」


はじめちゃんが気恥ずかしそうに言って再びうどんを食べはじめる。
寝惚けてたとは言えそんな恥ずかしいことを言ったのか私。
と言うかご褒美はそこに使う予定じゃなかったんだけど!


『寝る前に戻りたい』
「あ?何でだよ」
『ご褒美ちゃんとお願いしたかったのに』
「そこかよ。まぁマネージャーの仕事大変だったもんな。何がいいんだ?」
『えっ?いいの?』
「聞いてから考える」
『ですよね』


無条件では聞いてくれないとこさすがはじめちゃんな気がする。
かと言ってご褒美を貰うことは考えてたけど何をしてもらうかまでは全く考えてなかったからなぁ。


『はじめちゃん今日一日予定ある?』
「部活も休みだし今日まではバイトも休みだぞ」
『じゃあ今日一日私に付き合って!』
「いいけどどっか行きたいとこでもあるのか?」
『無いけどいいでしょ?』
「まぁみきがいいなら別にそれでいいぞ」
『わ、やったー!』


別に何がしたいとかでは無かったけどはじめちゃんと一緒に居たかったのだ。
お願いしなくても一緒に居てくれたかもしれないけど一日独占出来ちゃうなんて贅沢だよね!


それから食料の買い出しに付き合ってもらって新作のDVDを借りてきて帰宅した。
ツッキーが面白かったよって言ってた作品はがっつりホラーなお話で私は隣のはじめちゃんにしがみつきながらも何とか最後まで観ることが出来た。せっかく借りてきたのに最後まで観ないってのは勿体無いって思っちゃったのだ。


『こ、怖かった』
「月島のヤツにからかわれたんじゃね?」
『騙された!』


ツッキーに文句を言ってやらねばとポチポチスマホを触っていた時だった。
突然隣のはじめちゃんが私の頭をわしゃわしゃと撫ではじめたのだ。


『どうしたの?』
「お前成長したよなぁ」
『何が?』
「別に出掛けても良かったんだからな」
『スーパーに行ったよ』
「ちげーし。普通に遊びに行っても良かったんだぞ」
『はじめちゃんと二人でいれたらそれでいいし』
「そうか。合宿も泣き言言わずに頑張ってたな」
『はじめちゃんとあんまり話せなくてイライラしてたんだけど何でだっけ?あ、赤葦さんがイチゴミルクをくれて。そうそう!その日から誰かしら毎日イチゴミルクくれたから何とか頑張れた!』
「それなら良かったな」


隣のはじめちゃんと視線を合わせて『ツッキーまでくれたからびっくりしちゃったんだよ!』と報告をしてみれば何だか穏やかな表情をしている。
そんなはじめちゃんの表情はあんまり見たことなくて何だかドキドキした。
いつの間にあんな大人な表情をするようになったんだろ?
それはとっても優しい眼差しでなんだかこっちが気恥ずかしくなってしまった。


「今日は逃げんなよ」
『な』


顔を反らそうとしたら遅かった。
片手ではじめちゃんの方を向いたまま固定されてしまったのだ。
今!?このタイミングなの?え、困る。
はじめちゃんが格好良いなとか思ってたからこのタイミングは凄い恥ずかしい。


『はじめちゃん、それは』
「却下」
『まだ何にも言ってない』


とびきり優しいのは表情だけだったらしい。
言葉はいつも通りのはじめちゃんだ。
確かにキスしたいって言ったのは私だけど心の準備ってものがありましてですね!
ちょ、ちょっと待っ。


私の心の声なんて聞こえるはずもなくあっという間にはじめちゃんの顔が近付いてきて唇に柔らかいものが触れた。
女の子らしく目を瞑ることも出来なかったし!


「お前もそんな照れたりするんだな」
『はじめちゃんがいきなりするから!』
「帰ったらでいいってみきが言ったんだろ」


はじめちゃんは特に照れたりもせず私の抗議を笑って受け流している。
今まで彼女が居なかったなんて嘘だったのかもしれない。
それくらい普通のキスだった。
や、私も二回目だからよくわかんないけど。


「みき、腹減ったー」
『もう!二言目にはそれだ!』
「お前の作るメシが一番旨いんだよ」
『な!』
「また照れたなみき」


何なの何なの何なの!
はじめちゃんの方が一枚も二枚も上手な気がして悔しい!
けれど言ってくれたことは嬉しかったから素直にお昼ご飯を作ることにした。
次は絶対にはじめちゃんを照れさせてやるんだから!


長くなりすぎちゃった。みんなにイチゴミルクを渡してとお願いしたのは岩ちゃんだったり(笑)
自分で毎日渡しに行くのは照れ臭かったんだよね。その割に二人きりだと大胆な岩ちゃんでした(笑)

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