はじめちゃんが一番

これからどうしようか。
宛もなく歩き続けるも雨は止みそうにもない。
気付けば身体は芯から冷えきっていた。
このままじゃ風邪をひいちゃうかもしれない。
家に帰らなきゃいけないのに足がどうしてもそちらには向いてくれなかった。


『トオルちゃん』


はじめちゃんに合わせる顔が無いのなら私にはもうトオルちゃんしか居ない。
グズグズと鼻を鳴らしながら震える手でトオルちゃんへと電話をかけた。
何度目かのコールで電話は無情にも留守電へと繋がる。


「みき、これ俺の住所ね。何かあったらここに来るんだよ」
『1年の時と住所違うよ?』
「今は殆どこっちにいるから」


ぼんやりとトオルちゃんに言われたことを思い出した。
確かちゃんとLINEにも送ってもらったはず。
住所を地図アプリで検索するとここからでも歩いて行けそうだった。


「はーい」
『あの、わ、私トオルちゃんに言われて』
「あぁ、もしかしたらみきちゃんですか?」
『はい』


何とか目的地まで辿り着いてインターホンを鳴らすと出てきたのはトオルちゃんじゃなくて優しそうな女の人だった。
そうか、この人はきっとトオルちゃんの彼女なんだろう。


「ずぶ濡れですね。早く中に入ってください」
『でも』
「徹君の大事な妹分を放っておけないですから。徹君はまだ帰ってないですけどね」
『急にごめんなさい』
「大丈夫ですよ」


部屋の中へと招いてくれた。
初対面だと言うのにこのお姉さんはどれだけ優しいんだろうか。


「タオルと着替えです。先にシャワー浴びてきてください」
『そこまでは』
「風邪をひいちゃいますよ。だからシャワーは絶対です。帰る選択肢ももう無いですけどね」


バスタオルと着替えを私ながらお姉さんは優しく微笑んだ。
あぁきっとこの人だからトオルちゃんは落ち着いたのかもしれない。
今の彼女とは長続きしてるって誰かが言ってた気がする。
選択肢は無さそうなのでお姉さんの好意に甘えることにした。


「はい、ホットミルクです」
『ありがとうございます』
「少しは落ち着きました?」
『いきなり押し掛けてごめんなさい』
「こちらこそ徹君に会いに来たのに居なくてごめんなさい。今日は練習が長引いてるみたいで」
『そうなんですか』


そうか、部活中だったからトオルちゃん電話に出なかったのか。
すっかりそのことを忘れていた。
ホットミルクはほんのり甘くて冷えた身体に体内からじんわり染み入っていく。


「何かありました?」
『えぇと』
「はじめさんとのことですか?」
『はじめちゃん知ってるんですか?』
「一度お会いしたことがありますよ」


トオルちゃんの彼女ならはじめちゃんとも面識があるのか。そうだよね、当たり前だ。
はじめちゃんのことを想ってまたじんわりと涙が込み上げてくる。


「ごめんなさい。はじめさんと喧嘩でもしちゃいました?」
『違うんです。そうじゃなくて』


お姉さんの声色があまりに穏やかで優しくて再び涙が溢れ落ちた。
そこからは泣きながら今日あったことをお姉さんへと説明する。
話し始めたら止まらなかった。
国見の誕生日会と金田一と日菜ちゃんの送別会。国見にキスされたこと。国見がずっと私を好きだったこと。それにずっと気付かなかった自分。はじめちゃんに会うのが怖いこと。
全部全部今の自分の気持ちを聞いてもらった。
その間お姉さんはただ相槌を打つだけで静かに聞いてくれた。


「そうですか。今日は一度に沢山のことがあったんですね」
『はい』
「みきちゃん、きっと徹君は今のみきちゃんを見たら甘やかしちゃうと思うんです」
『え』
「可愛い妹ですからね。だから私はちゃんと甘やかさずに言いますね?聞いてくれますか?」
『……はい』


正直このお姉さんが甘やかさないってのが想像出来なくて怖かった。
でも私の話を最後まで聞いてくれたんだから私もお姉さんの話を最後まで聞くべきだと思ったんだ。


「泣かないでください。大丈夫ですから」
『でも』
「はじめさんが悪いんですよこれは」
『えっ』
「みきちゃんは悪くないですよ。勿論方法は間違ったとしても国見君も」
『でも…』
「きっと国見君なりのけじめだったんです。いきなりキスするのは駄目ですけどね。はじめさんがさっさとみきちゃんのこと受け入れていたらこうはならなかったでしょう?」
『それは…』
「だから今はまだ無理かもしれないですけど国見君のこと許してあげてくださいね」
『はい』


許すも何も国見に対してはそういう感情では無かったと思う。
確かにキスされた瞬間はそうだったかもしれないけれど。


「国見君もきっと今頃後悔してますよ。だからまたいつか仲良くしてくださいね。だからこそ彼は謝らないって言ったんですから」
『そうなんですか?』
「謝らないから謝るなよってことは痛み分けってことでしょう?だから気にしなくていいんですよ。彼の気持ちを踏みにじってたみたいで苦しいんでしょうから」
『いいんですか?』
「痛み分けってことにしておきましょう?」


お姉さんの言うことはなんとなく分かった。
私が国見の気持ちに気付かなかったことと国見が私にキスしたことで痛み分けか。
そうやって考えたら少し気が楽になった。


『ありがとうございます』
「1つ問題が片付きましたね。もう1つはみきちゃんの気持ちをちゃんとはじめさんに話すことです。今日のことも含めて」
『はじめちゃんに嫌われたりしない?』
「それはあり得ないですよ。怒るかもしれないですけれど」
『国見に?』
「そうですね。けれどちゃんと話さないといけませんよ。もし怒ったら私がはじめさんのせいでこうなったって言ってたことを伝えてください」
『話していいの?』
「その方がはじめさんには伝わりますからね。ちゃんと全部自分の気持ちを伝えるといいですよ」
『分かりました』
「涙が止まりましたね。良かったです」


お姉さんと話してトオルちゃんが帰ってくる前に私も帰ることにした。
トオルちゃんには全部終わってから報告した方が良いってのがお姉さんの意見だったからだ。
丁寧にお礼を言って傘まで貸してもらった。
トオルちゃん良い彼女に出逢えたんだねぇ。


「みき、おいみき起きろ」
『ん』
「お前何でうちで寝てんだよ。驚いただろ」
『はじめちゃん遅かったね』
「練習の後に飲み会あったんだよ。お前も国見んちに行ったんだろ?」
『ちょっと色々あって』


帰って直ぐにはじめちゃんの家に合鍵を使って入ったんだった。
家で待ってて寝ちゃったらはじめちゃんが帰ってきたのに気付かないと困るし。
話すって決めたら早くはじめちゃんに話したかったんだ。


「どうした?」
『あのね』


私の横にどかっと座ってくれた。
ちゃんと話を聞いてくれるんだろう。
今日あったことを包み隠さずはじめちゃんに話すことにした。
それがお姉さんとの約束だから。


『それで国見の誕生日祝わずに出てきちゃって』
「…アイツ!」
『はじめちゃん!ちょっと!どこに行くの!』
「は?んなもん決まってんだろ!」


お姉さんははじめちゃんに一回しか会ったことないはずなのに行動パターンが分かってるみたいだ。
やっぱり怒ったみたいだった。
いきなり立ち上がるからその腕にしがみついてはじめちゃんを止める。


『まだ続きがあるの!』
「そんなの後でいいだろ!」
『トオルちゃんの彼女さんがはじめちゃんが悪いって言ってたよ!』
「は?お前何で知りあいなんだよ」
『はじめちゃんに合わせる顔がなくてトオルちゃんが教えてくれた住所に行ったら彼女さんがいたの』
「そうか」
『国見を殴りに行かない?』
「……」
『駄目だよはじめちゃん。私と国見はそれで痛み分けしたんだから』
「なんだよそれ」
『私も国見の気持ちずっと気付けなかったもん』
「それでもしていいことと悪いことがあんだろ」


私が腕にしがみついてるからはじめちゃんの歩みはそこで止まっている。
あぁでもはじめちゃんの気持ちは落ち着きそうにもない。
お姉さんが最後に言った言葉を思い出した。


「それでも気が治まらなかったらこう言えばいいんですよ」


余計に怒りそうな気がしなくもないけど国見が殴られるのもはじめちゃんが国見を殴るのも見たくはない。
その言葉を使わせてもらうことにした。


『私とはじめちゃんは付き合ってないからはじめちゃんに怒る権利は無いんだよ』


そうやって言った瞬間、はじめちゃんの身体から力が抜けた。


「それもアイツが言ってたのか」
『う、うん』
「悪い、熱くなってたわ。酒が入ってるせいだな」
『国見を庇ってるとかじゃないからね?』
「おお、分かってる。ちょっと頭冷やしてくるわ」
『えっ!?』
「水頭から被ってくるだけだ。心配すんな」


私の手をすり抜けてはじめちゃんが洗面所へと向っていった。
水の音が聞こえるから本当に頭に水をかけてるんだろう。
怒りは落ち着いたから良かったのかな?
まだ話は途中だけれど。


「悪かったな」
『大丈夫。それでね』
「みき」
『何?』


頭をタオルで拭きながらはじめちゃんが戻ってくる。
元の場所で続きを話そうと思ったのに名前を呼ばれた。
振り向いてはじめちゃんを見るも続く言葉が出てこない。


『はじめちゃん?』
「俺さっきすげえショックだった」
『何が?』
「お前が俺と付き合ってないから怒る権利が無いって言った時な」
『それは』
「お前の考えじゃねえのは聞いた。それに今ならアイツが俺が悪いって言ったのもなんとなく分かる」
『うん』


これはどうしたことだろう?
私の話を最後まで聞いてほしいんだけどな。
急にはじめちゃんの話に変わってしまった。


「だからなもうこんな思いはしたくねぇしお前も約束通り大学入るからそろそろ俺と」
『付き合ってくれるの?』
「お前!今俺が言うとこだったろ!」
『どっちから言っても同じだよはじめちゃん!』


俺と付き合うか?って言ってくれるとは思ってたけれどそんなの待てなかった。
今日は色々あったけれど私が今までで一番欲しかった言葉だ。
国見とのことはお姉さんと話し合った結果痛み分けだと割り切ることに決めたから後はこの話だけだった。


「遅くなって悪かったな」
『約束だったから大丈夫だよ』
「国見にも悪いことしちまったな」
『国見とはいつかちゃんと仲直りするから』
「そうだな」


国見の名前を出しても不機嫌にならなさそうだから良かった。
はじめちゃんと国見もある意味痛み分けなのかもしれない。


『はじめちゃん』
「なんだよ」
『大好き』
「知ってる」


なんだよなんだよその返事。
あぁでもはじめちゃんらしいかもしれない。
堪らずはじめちゃんに抱きついたらぎこちなく腰に手が回された。
前はもっと自然だったと思うのだけど何でこんなにぎこちないんだろ?
これも彼女に昇格したからかな?
どっちでもいいか。やっとはじめちゃんが私の方を向いてくれたから。


『はじめちゃんが一番だよ』
「それも知ってんぞ」


がっと進めてしまった。さくさく進めすぎちゃったかもしれない。
もう少し山あり谷ありでも良かったよね(´・ω・`)
やっとはじめちゃんと付き合えた夢主ちゃんでした。
及川さんの彼女は20000hitの「1・君との出会いが僕の幸運の始まりだったのかもしれない。」の夢主がモデルです。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -