軋轢

はじめちゃんに怒られたりなんやかんやありながらも私は無事に第一志望の大学に合格した。
周りも無事にみんな大学に合格したらしい。
離れるのは寂しいけど喜ばしいことだ。
日菜ちゃんと金田一が県外に行っちゃうのは寂しいけれど。


『でね、明日が国見の誕生日祝いと金田一と日菜ちゃんの送別会なの!』
「金田一はそんな遠くに行くのか?」
『青森だよ』
「なんだ意外と近えじゃねえか」
『もう!はじめちゃん!毎日会ってたのが会えなくなるんだからね!寂しいよ!』
「あぁ、金田一の彼女と会えなくなるのが寂しいんだな。お前、女友達少ないもんな」
『事実だけど!事実だけど酷いよはじめちゃん!』
「みきー!ベッドの位置どうするのか引っ越し業者さんが聞いてるよー!」
『トオルちゃん今行くー!』


今日は私の引っ越しでそれをはじめちゃんとトオルちゃんが手伝ってくれている。
高校3年になって少し疎遠になってた気がするけどそれも気のせいだったみたいだ。
引っ越し業者さんが運ぶ荷物にあれこれ指示を出してくれている。
これなら今日中にどうにかなりそうだ。


「これで荷物は全部だね」
『ありがとうトオルちゃん!』
「みき、何だよこのバカでかいオーブンレンジ」
『大学の入学祝いにお父さんに買ってもらった』
「大学の入学祝いがオーブンレンジって」
「運転免許を取るかって聞かれて断ってそれにしたんだよね」
「はぁ?」
『だって免許ははじめちゃんが持ってるし』
「女だって免許は必要だろ」
『そのうち取るからいいの!』


どうしても一人暮らしにオーブンレンジは必要だったのだ。
ついでにそこそこ大きい冷蔵庫。
部屋を冷蔵庫が占領してるけどそこはあえて気にしない。
じゃないと明日の国見の誕生日のケーキ作れないもんね。


「荷物も大体片付いたしご飯でも食べに行く?」
「腹減ったもんな」
『あ!ついでにスーパーも行きたい!』
「じゃあお昼は外で食べて夜はみきにご馳走してもらおうかな。ね?岩ちゃん!」
「そうだな」
『何食べたいー?』
「みきの作るものなら何でもいいよー」
「肉」
「ちょ!岩ちゃん!適当過ぎるでしょ!」
「あぁ?別に肉でいいだろ」
『はいはい喧嘩しない!じゃあハンバーグにしちゃいまーす!』


いっそシチューバーグにしてしまおう。
後はサラダと金平牛蒡と何にしようかな?
お昼は引っ越しだからってお蕎麦をトオルちゃんに御馳走してもらった。
安易だけどはじめちゃんがよく利用するって言ってたマンションの近くの蕎麦屋さんは安くてとっても美味しかった。


「結局どうするかと思ったらさ」
「栄養士とはな」
『色々悩んだんだけどさ、アスレチックトレーナーとか』
「あぁあれね」
『運動は苦手だからさ』
「頑張ってたけどな」
『苦手なことには変わらなくて、それって仕事にして大丈夫か不安でさ。そしたらはじめちゃんの大学にも健康栄養学科あったから』
「ま、その方がお前らしいな」
「これ美味しいもんね岩ちゃん!」
「あぁ」
『料理もお菓子作りも好きだからちょうど良かったかもしれない』
「ぴったりだよ」
「あ、お前マネージャーはどうするんだ?」
『勿論やるよ!』
「合宿の時に助かるよね?」
『何で?』
「他にもマネージャーいるんだけど料理がイマイチなんだよ」
「去年は結局コーチが作ってたもんね」
「それもカレーとか簡単なやつばっかな」
『あぁそういうこと』
「みきが作ってくれるなら大助かりだよ!」
「頼むな」
『勿論!』


夕飯を食べ終わってトオルちゃんはさっさと帰っていった。
はじめちゃんは何故かうちで寛いでいる。
まぁ家は隣の部屋だからね。
帰っても私の部屋でも大差無いだろう。


「みき、さっきから何やってんだ?」
『明日の国見の誕生日ケーキ作ってるー』
「あーそういうことな」
『今年ははじめちゃんとトオルちゃんにもちゃんとケーキ作るからね!』
「あんまり甘くないやつな」
『任せといて!』
「じゃあ俺もそろそろ帰るかな」
『えぇ』
「隣だしなんかあったら連絡しろよ」
『分かった』
「これも置いてってやるから」
『何ー?』
「うちの合鍵な。なくすなよ」
『おお!』
「じゃあな」
『おやすみはじめちゃん!』
「おやすみ。ちゃんと鍵閉めろよ」
『はーい』


バタンと玄関の扉が閉まる音がしたので手を止めてそちらへ向かう。
鍵を閉めてから下駄箱の上の鍵をそっと握りしめた。
合鍵をくれたってことはやっぱりそういうことでいいのかな?
でもやっぱりちゃんと確認しなきゃ駄目だよね?明日日菜ちゃん達に相談してみよう。
あ、国見のケーキ!今年も喜んでくれるといいな。


次の日、男子バレー部の寮となってるマンションへと金田一達と向かう。
国見は白鳥沢の大学で影山と一緒だ。
一棟丸々白鳥沢の生徒のための学生向けマンションになってるらしい。
関係者以外の立ち入りはそこまで厳しくはないらしいから良かった。
国見引っ越しの荷物ちゃんと片付いてるかな?


マンションの受付で来客名簿に記入して身分証を管理人さんへと見せる。
国見の名前を告げると確認をとって部屋番号を教えてくれた。
後は学生の自主性に任せる方針らしい。


『国見ー!誕生日おめでと!』
「引っ越し片付いた?」
「全然」
「国見君は片付け苦手そうだもんね」


部屋を訪ねてみれば不機嫌そうな国見が出迎えてくれた。
日菜ちゃんの言う通り片付け苦手だったらしい。
中へ通されたけど想像以上に部屋は散らかっていた。


「午前中から来て正解だな」
「だねぇ」
『あ、ケーキだけ冷蔵庫に入れて!』
「分かった」
「じゃあさっさと四人で片付けますか!」
『だね!』
「雨降りそうだよなー?」
「その前に買い物も行きたいよね」
『最低限の調理器具は揃ってるみたいで良かったー!』
「疲れた」
『いやいや!国見!今からだよ!』
「これでも朝から頑張ったし」
「さ、頑張っちゃおう?」
「俺も手伝うからさ」
『今日やっとくと明日が楽だよ?』
「分かった。やればいいんでしょ」


そうそう。今からやれば絶対明日が楽だからさ。頑張ろうよ国見!
面倒臭そうに動く国見の間を縫って私達三人はテキパキと部屋を片付けていく。
今のままじゃ四人が座るスペースすらないのだ。


『へ?じゃあ両側に影山と五色君がいるの?』
「そう」
「昨日何かあったのか?」
「五色に捕まって大学の練習連れてかれた」
「「『あー』」」


だから朝から疲れてたのか。
今日はバレー部の練習が休みらしい。
それでも朝から自主練に誘われたらしく国見はげんなりしてた。
影山は当たり前にだけど五色君もバレーバカっぽいからなぁ。これから四年間頑張れ国見。
言うとバカにしてるっぽい気がするから口に出さずに応援しておいた。


昼食に簡単に蕎麦を茹でてみんなで食べる。
ちゃーんとケーキの他にも昼食の材料は持参したのだ。乾麺の蕎麦だけどね。
鶏肉の掛け蕎麦。シンプルだけどこれが意外と美味しいんだ。


それから日菜ちゃんと二人で夕食の買い出しに出た。雨が降る前に行っちゃおうってことだったのだ。
初めてだけどなんだかこういうの楽しいよね。


「何にするー?」
『主役は国見と日菜ちゃんと金田一だから三人の好きなものにしようよ』
「何がいいかなぁ?」
『どうしようね?』
「昨日は岩泉さんと夕飯食べたんだよね?」
『トオルちゃんと三人だよ』
「何にしたの?」
『シチューバーグ』
「じゃあハンバーグは止めておこうか」
『何がいいかなぁ?』
「勇君好き嫌い無いからなぁ」
『日菜ちゃんが作ったやつなら何でも美味しいって言いそうだよね』
「そうなんだよね」


日菜ちゃんも最近は照れなくなってきたなぁ。
からかったつもりで言ったのに本人はそれが結構な悩み事らしい。困ったように小さく溜め息を吐いている。


「あ、岩泉さんとはどうなったの?」
『どうって?』
「だってほら高校卒業したでしょ?」
『合鍵は貰ったよ』
「それより大事なことあるでしょ」
『そうなんだけど』
「ちゃんとみきちゃんから言ってみたら?」
『言った方がいい?』
「当たり前でしょ。あ、豚ロース肉が安いからしょうが焼きにしちゃおうか」
『あ、それいいね』


主菜が決まったらさくさくとメニューが決まっていく。
後は食器が無いから使い捨ての紙皿やら割箸を買っていく。
お味噌汁だけは即席のやつで我慢してもらおう。
やっぱりはじめちゃんとちゃんと話さないと駄目だ。


「美味しかったねー」
「旨かった」
『国見は?国見も美味しかった?』
「ちゃんと料理も作れたんだね」
『合宿の時だって朝食は作ったじゃん!』
「保護者の手伝いでしょ」
「あーそんなこともあったな」
『私が献立考えたんだぞ!』
「ちょっとちょっと!次はケーキでしょ?」
『あ、そうそう』
「つーか飲み物が無いな」
「あ、ほんとだ」
『じゃあ私が』
「俺と日菜で買いに行ってくるわ」
「香坂、ライターかマッチ持ってきたの?」
『あっ』
「だって金田一」
「分かった。ライターも買ってくるな」
『雨だから気をつけてね二人とも』
「直ぐそこだから平気平気ー」


夕方からポツリポツリと降り出した雨は夜には本降りになっていた。ちゃんと傘も持参して良かった。
大荷物だったけど全部役に立ったよね。
国見と二人で金田一達が帰ってくるのを待つことになった。
と言うかやっぱり私が行かなきゃいけなかったんじゃないのかな?


『金田一達の送別会でもあったのに』
「今更気付いたの」
『うん』
「そう言えばちゃんと岩泉さんとは付き合えたの?」
『まだ』
「は?昨日引っ越しだったんでしょ?」
『そうなんだけど、はじめちゃん何にも言ってくれなかったんだよね』
「やっぱり他に女でもいるんじゃないの」


こっちに視線もくれずに素っ気なく国見が言った。テーブルに頬杖をついて大して興味も無さそうにテレビを見つめている。


『そんなこと無いもん。合鍵だってくれたし』
「あっそ」
『前から思ってたけど何で国見はいつもいつもそうやって冷たいのさ!そんなこと言うの国見だけだよ!』


声を少しだけ荒らげたらやっと国見がこっちに視線を寄越した。
その瞳に怒気が混じってるように見えるのは何故だろうか?


「何でか知りたいの?」
『だっていつも国見だけだよそうやって酷いこと言うの』
「香坂が悪いんだけど」
『は?なんっ!』


私の言葉は声にはならなかった。
気付いた時には腕を引かれて国見の顔が近くにあって唇に柔らかい感触がして………これって私今国見にキスされてるの?何で?どうして?
自覚した瞬間に驚いて思いっきり国見を突き飛ばした。


「痛っ」
『何で』
「何でっていい加減分かれよ」
『からかったにしろ酷いよ国見』


衝撃で本棚へと頭をぶつけた国見が頭をさすりながらこっちを見上げた。
私は突き飛ばした後に立ち上がったのだ。
ファーストキスだったんだよ?何でこんな酷いことするんだ国見。じわりと涙で視界が滲む。


「からかったんじゃないし」
『じゃあなんでこんなこと』
「お前が俺の気持ちに気付かないからだろ!」
『国見の気持ちって何だよそれ!』
「お前のことずっと好きだったんだよ!気付けよ!お前だけだぞ気付いてないの」
『嘘』
「嘘じゃないし。みんな他は知ってたし」


国見が私のことをずっと好きだった?
その衝撃的な言葉に頭が真っ白になった。
そんなこと考えたことも無かったんだ。
私はいつもはじめちゃんのことしか見てなかったから。
ぽろりと涙が一筋頬を伝う。


『国見、その』
「謝るなよ」
『でも』
「俺もお前にキスしたの謝らないから」
『国見、ご』
「だから謝るなって!帰れよ」
『でも』
「いいから。頼むから香坂帰ってくれないかな」


さっきまで怒ってた気がしたのに国見の表情は悲痛さに包まれていた。
どう声をかけていいか分からなくて謝ろうとしたらそれすら拒否されてしまった。
何も言えなくてただ言われた通りに部屋を出てくしかなかった。
荷物をかき集めて部屋を飛び出す。
金田一と日菜ちゃんに会わなくて良かった。
こんな顔は誰にも見られたくなかったから。


最初はずっと友達だと思ってた国見にキスされてファーストキスを奪われてそれがとても悲しかったのに今はそれ以上に自分がしでかしたことの大きさに押し潰されちゃいそうだった。
国見が私を好きなこと私以外みんな知ってただなんて。
私は全然そんなこと気付かずに呑気に毎日過ごしてきた。
ずっとずっと国見の隣ではじめちゃんのこと話してきた。
私が国見の立場だったらそんなの辛すぎる。


今からどうしたらいいんだろう?
隣にはじめちゃんがいる自分の家には戻れなかった。


国見の家に傘を忘れてきた。全身が雨に晒される。
頬を伝うのが雨なのか涙なのか私にはもう分からなかった。


ここからぐっとぐっと話は加速してきます。
2018/05/25

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