夏祭り

私は只今絶賛迷子中。
四日間の合宿を終えて日曜日は早めに部活が終わった。
ちょうど青城の近くで夏祭りがあるから皆で行こうってことになったんだ。
一回うちに帰ってから皆で集合することになった。


お母さんに言ったら浴衣でも着て行けばって言ってくれたから今年新しく仕立てた浴衣を着付けしてもらった。
高校生になったからって去年より大人っぽく黒地の浴衣だ。
赤い金魚が泳いでいて一目見て気に入ったのだ。
はじめちゃんもトオルちゃんにも褒めてもらったので満足だった。
満面の笑みで「みきちゃん可愛いねー」と言ったトオルちゃんと素っ気なく「似合ってんな」と言ったはじめちゃんじゃあ結構な差があるけども。
はじめちゃんもトオルちゃんも浴衣を着てたからテンション上がった。
二人とも親に着せられたらしい。


『皆どこに消えたんだ』


皆と集まってから夏祭り会場へと向かう。
花火も上がるからって場所取り組と買い出し組に別れた。
私は国見達と買い出し組だ。
2年が場所取りで1年と3年で別れて買い出しに来たはずなんだけど。
屋台に気を取られていたら国見と金田一が居なくなっていた。
あ、これきっと迷子なのは国見と金田一な気がする。
金魚すくいしたかったのになぁ。
二人ともどこに消えたのだろうか?


屋台をふらふらと回りながら一応二人の姿を探す。
何で二人とも浴衣着て来なかったんだ!
私服の学生っぽい人なんてそこら中にいるから全然分かんないし。
歩き回ったせいで足まで痛くなってきたぞ。
お財布だけ持って来たことが悔やまれる。
スマホは置いてきてしまったのだ。
戻った方が早いのかな?


「香坂!」
『あ、国見だ』


途方に暮れて屋台の人混みから少し離れて休憩しようかと思ってたら国見が居た。
息をぜえぜえと切らしている。


「お前!何やってんだよ!」
『何って屋台ふらふらしてたよ』
「迷子になったのなら戻れよ。馬鹿だろ」
『だって買い出ししなくちゃだし』
「迷子になるなよって京谷さんに言われただろ」
『うん。でも気付いたら国見と金田一居なかったよ』
「ちゃんと付いてこいって言ったと思うんだけど」


国見は汗だくだ。
こんなに汗だくになるなんて珍しい。
相当あちこち探してくれたんだろう。
私の前でしゃがみこんでしまった。


『国見、心配かけてごめんね』
「俺だけじゃねえよ」
『買い出し終わった?』
「まだだよ。お前探すのが優先だったからな」
『そうか、すまん』
「本当にね。もしもし金田一?香坂見付けたから先輩達に伝えといて。ん、焼きそばとたこ焼?分かった」
『金田一?』
「そう」
『焼きそばとたこ焼買って来いって?』
「そうだね」


しゃがんだまま金田一に連絡したのだろう。
通話が終了して大きく溜め息を吐いた。


「香坂連れて焼きそばとたこ焼とか」
『ちゃんと付いてくって』
「迷子になられても面倒だから手貸して」
『お、これなら迷子なりませんね』
「そうだな」


諦めた様に立ち上がって私に手を差し出してくれた。
凄い嫌そうだけど。
一日に二回迷子になったらそれこそはじめちゃんとか狂犬ちゃんに怒られる気がする。
国見の提案にありがたく乗ることにした。


『国見、ちょっと待って』
「何」
『歩くの速いよ』
「いつもよりゆっくり歩いてるつもりなんだけど」
『ちょっと足痛い』


迷子の間に歩き回ったつけがきたのだろう。
靴擦れ?鼻緒擦れって言うのかな?
多分それになってる。
焼きそばとたこ焼は無事に買えたのだけど足が痛い。
せっかくたこ焼屋のおじさんに「カップルにはサービスだよ」ってたこ焼サービスしてもらったのに。


「靴擦れか?」
『下駄なんて普段履かないからね』
「浴衣なんて着てくるからだろ」
『お祭りの時くらいしか着れないじゃないか!似合ってるでしょ?』
「馬子にも衣装だね」
『ちょ!それ悪い意味!』
「なんだ知ってたんだ」
『こないだ習ったばっかりだよ!』


馬子にも衣装だなんて失礼な!
国見は私の良さ全然分かってないな!
しかし足が痛い。ジンジンしてきた。


「仕方無いな。香坂、これちょっと持ってて」
『女子に荷物持たせるのか国見は』
「はぁ?仕方無いでしょ。両手塞がるんだから」
『両手塞がるってまだ何か買うの』
「違う。このままじゃ花火に間に合わないでしょ」
『え?』


眉間に皺を寄せて何言ってんのお前みたいな顔をされた。
私こそ何言ってんだ国見と言ってやりたい。


『え?国見何するの?』
「足が痛いなら大人しくしててよ」
『ちょ!国見!?私重たいよ!?』
「うん、知ってる。金田一も連れて来れば良かった」
『ごめん』


大きく溜め息を吐きながら国見が私のことを抱き上げる。
手も繋いでくれちゃうし今日の国見はどうしちゃったんだろうか?
あれこれ言っても怖いので黙っておくことにした。


「去年のやつよりは似合ってるんじゃない」
『ん?』
「浴衣」
『ほんと?』
「重たいから動かないでくれる」
『あ、すみません』


もうすぐ皆がいる場所に着くって手前で国見に下ろされた。
どうせならそこまで連れてってくれたら良かったのに。


「限界だから無理。疲れたし」
『すまぬ』


言いたいことが顔に出ていたらしい。
国見はほんと察しが良いよね。
今度は私の歩く速度に合わせて歩いてくれている。


『デレ期?』
「何がだよ」
『や、何でもない』


珍しく優しい気がしたけど気のせいかな?
あんまり言うと不機嫌になるから止めておこう。


「みきちゃん!心配したんだから!」
「迷子になるなって言ったべ」
『ごめんなさい。屋台に夢中でつい』
「何も無かったか?」
『うん、今日は大丈夫』
「国見ちゃんみき見付けてくれてありがとね」
「たまたまですよ」
『迷子になるつもりは無かったんだけど』
「香坂、迷子になろうと思って迷子になるやつは居ないよ」
『矢巾さん!?それ言ったら駄目ですよ』
「みき、足どうした?」
『ん?靴擦れ?みたいなやつになった』


わざわざビニールシートを矢巾さん達が用意してくれてたらしい。
高台にあるこの公園はお祭りの会場からは少し離れている。
けど花火は綺麗に見れるらしい。
花巻さんと松川さんと金田一が居ない。


『はじめちゃん三人は?』
「飲み物買いにコンビニ行ったぞ」
『なるほど』
「みきちょっとこっち来い。あ、国見も」
「分かりました」
『何?』
「ハンカチ持ってるよな?」
『うん』


はじめちゃんに連れられて公園の洗い場まで行く。
洗ってどうするんだろ?染みそうでやだなぁ。


「バランス崩すと危ねえから国見の腕にでも掴まっとけよ。後浴衣の裾ちょっと上げとけ」
『わかった』


私の隣にしゃがむと片足の下駄をそっと脱がしてくれる。
そしてその足を洗ってくれた。
なんだろ何か気恥ずかしいよねこれ。


「ハンカチ貸せ」
『はい』
「どーするんすか岩泉さん」
「下駄で靴擦れになるからって絆創膏だけ持たされたんだよ」
「なるほど」
『はじめちゃんママ有能ですね』
「しかもお前か及川が靴擦れするっつってたからな」


私の足の水滴をハンカチで拭くと絆創膏を丁寧に貼ってくれた。
片方が終わってもう片方だ。
絆創膏のおかげでさっきより痛くない気がする。
はじめちゃんママありがとう。
また今度ケーキでも作って持っていこう。


「これでさっきより少しはマシだろ」
『うん!はじめちゃんありがと!国見もありがとね』
「別に」
「お、松川達帰ってきたな」
『飲み物部隊が帰還しましたね』
「みきちゃん迷子になったんだってー?」
『心配かけてごめんなさいー!』
「見付かったのならいいよ」


ビニールシートまで三人で戻ると松川さん達もちょうど帰ってきた所だった。
タイミング良しですなぁ。


みんなで座って屋台の食べ物を堪能する。
何で屋台の食べ物ってこんなに美味しいんだろ?
みんなで食べるから美味しいんだろうなぁ。


「香坂、かき氷買いに行くけど食うか?」
『じゃあ私も一緒に』
「その足じゃ無理だべ。買ってきてやるから」
『狂犬ちゃんが優しい!』
「今日だけだぞ」
『じゃあイチゴ!ありがとうございます!』


狂犬ちゃんが矢巾さんと渡さんと金田一と二回目の買い出しに行った。
あ、2年は最初の買い出しかな?
またもや矢巾さんと言い合いをしながら去っていった。
金田一は確実に巻き込まれたな。
少しずつは仲良くなってきてるのかなぁ?


「みきちゃんだいぶ京谷と仲良くなったね」
『狂犬ちゃん結局優しいですもんねぇ』
「お前にだけだろ」
『かなぁ?』
「みきちゃんが無駄に狂犬ちゃんのこと怖がったりしないからだろね」
『そうなの?』
「京谷は2年の女子の間じゃ怖いって有名人だよ」


狂犬ちゃんそんなに怖いのかなぁ?
目付きは確かに悪いけど言葉遣いも悪いけど態度も悪いけど…あ、悪いことだらけだ。
でも乱暴とかじゃないもんなぁ。


『狂犬ちゃんは言葉遣いも態度も目付きも悪いけどそれだけだよね』
「それだけ悪いと相当なんだけどねぇ」
「みきちゃんが居たら来年も大丈夫そうだな」
「早く2年がまとまるといいんだけどな」
「まだ無理だろな」
『うん。でも少しずつ仲良くなってくれたらいいよ』
「まだ諦めて無いんだね」
『仲良しのがチームワークも良くなるよ国見』


もう中3の時みたいなギスギスは見たくないのだ。
国見だってあの時の空気が最悪だったの知ってるでしょ。


狂犬ちゃん達が帰ってきたと同時に花火が上がり始めた。
ちゃんとイチゴのかき氷を買って来てくれたので嬉しい。
はじめちゃんと国見の間で花火を見る。
花火って何回見たって飽きないから不思議だ。


『こういうときってたーまやー!だっけ?』
「今時そういうことって言わないんじゃない?」
『国見ノリが悪いな』
「みき、本当は鍵屋だぞ」
『鍵屋さんだったの?』
「ちげぇ。花火作ってるとこの名前だ」
『へぇ。じゃあかーぎやー!だね』
「香坂目立ってるよ」
『公園はうちらしかいません』
「や、他にもいるよ」
『もう国見!風情を大事にしようよ!』


いいじゃないか。
浴衣にかき氷に花火だぞ!
これはもう叫ぶしか無いのだ!
国見は隣で呆れた様な顔をしているけどそんなの気にしない。
国見のこの表情も慣れたものです。


「暑い」
『へばったの国見?』
「誰かさんを運んだからだよ」
『ぐぬぬ。かき氷食べる?』
「イチゴだよね」
『いいじゃん、はいあーん』


花火を見上げて居たらぼそりと隣で国見が呟いた。
もう、体力無いんだから。
まぁ半分は私のせいだ。
仕方無いからかき氷をお裾分けしてあげることにする。
あ、また嫌そうな顔してるし。
けどかき氷の誘惑には勝てなかったらしい。
渋々口をあけたからかき氷を入れてあげた。


『イチゴもたまには美味しいでしょ?』
「まぁ」
「みきちゃーん俺にもかき氷頂戴!」
『トオルちゃんも?さっき矢巾さんが聞いてくれた時に頼めば良かったのにー』
「国見ちゃんだけずるいよずるい!」
『イチゴが食べたかったの?』
「一口でいいから頂戴!」
『仕方無いなぁ』


後ろからトオルちゃんの声がする。
振り向くとかき氷をねだられたのでトオルちゃんにもお裾分けしてあげることにした。
みんなかき氷食べたいのなら頼めば良かったのにね。


『はい、トオルちゃんあーん』
「あーん」
「なんだろ絵面が微妙」
「汚くは無いんだけど及川は裏がありそう」
「ちょっと!二人とも聞こえてるよ!」


トオルちゃんの口にかき氷を放り込めば即座に花巻さんと松川さんから突っ込みが入った。
絵面とは?
まぁいいか。後ろでわいわいしてるけど私は花火鑑賞に戻ることにする。


『あれだね!打上花火だね!』
「何言ってんだよ」
「みき、いきなりどうした」


花火を見てたら頭に曲が流れたのだ。
そのことを言いたかったのに両側から突っ込みが入る。


『違うよ!うーたー!』
「あぁあれか」
「国見は分かるんだな」
「よく香坂が帰りに歌ってましたから」
「あ、俺もそれは聴いたな」
『そうそうそれ!ぱっとひかってさいたーはーなびをみーていたーきっとまたーおわーらーない夏がー』
「急に歌うの香坂」
「国見、みきはいつだってこんなんだろ」
『いいじゃんいいじゃん!今日にぴったりの歌だよ!』
「みきちゃん、そういう時は流せばいいんだよ」
『矢巾さん仕事が早いですね』
「スマホで流すだけだよ香坂」


打上花火の曲をバッグに皆で花火を見上げる。
やだなぁ、なんか泣いちゃいそうだ。
何でだろう?感傷的になってるのだろうか?
似合わないよねきっと。
花火を見上げで込み上げる涙をぐっと我慢した。


もうすぐ最後なんだろう。
沢山の花火が次々に上がっていく。
最後に大輪のしだれ柳が空いっぱいに咲いた。
言葉にならない感情が込み上げてくる。
なんだろう?なんて言ったらいいんだろう。


「みき?大丈夫か?」
『うん』


心臓ががギュッと鷲掴みにされてるみたいだ。
苦しいんじゃないけどなんなんだろう?


「香坂?」
『また来年も皆で見れたらいいのにね』
「そうだね」


この感情に説明が出来ない。
国見も心配そうにこっちを見てるから無理だと分かってても私の希望を伝えた。
国見は意外にも無理だとは言わなかった。
きっと気遣ってくれたんだろな。


また来年もここで花火は見れるだろう。
でも今年見た花火は今日だけだ。
今日で終わりだ。
打上花火の曲も流れててそれに感化されて物悲しくなっちゃったんだろな。
映画観てないけど。


「みきちゃん片付けして帰るよー」
「明日もお前ら朝練あるからな」
「真っ直ぐ帰るって岩泉」
「大丈夫っすよ」
『楽しかったから皆ありがとう!』
「お前は来年は迷子になるなよ」
「狂犬ちゃん来年も来てくれるんだね」
「なっ!」
『今度からは誰かにくっついてるから大丈夫だもん』


はじめちゃんが手を差し出してくれたからその手を取って立ち上がる。
皆が片付けしてるからそれを手伝おうとしたのに負傷者は大人しくしてなさいと言われてしまった。
負傷者だなんて大袈裟な。
最後に矢巾さんと狂犬ちゃんがビニールシートをたたんで片付けが終わった。
何故言い合いになるの分かってて二人でやったのか謎だ。
でもやっぱり少しずつ仲良くなっているんだろう。
言うと二人とも否定するから誰も口には出さないけど。


「楽しかったねー」
『かなり!』
「みき、迷子にならない努力しろよ」
『あ、ごめん』
「あんまり周りに心配かけんな。来年は俺達居ないんだからな」
「岩ちゃんそんなキツく言わなくても」
『そうだね。来年ははじめちゃんもトオルちゃんも居ないんだよね』
「夏休みだろうし帰ってくるよ!ね?岩ちゃん」
「おい及川、どうなるか分かんねえのにそんな約束するな」
『え』
「花火を一緒に見れるかは分かんないけど里帰りくらいするでしょ!」
『はじめちゃん怒ってるの?』
「そんなんじゃねえよ」


皆と別れた後、三人で歩いていたらはじめちゃんにやっぱり注意されてしまった。
迷子になったことは謝ったけど機嫌があんまり良くない。


「岩ちゃんその態度説得力無いよ」
『はじめちゃんは来年帰って来ないの?』
「まだ分かんねえよ」
「何でそんなに不機嫌なのさ」
「そんなの」
『はじめちゃん?』
「分かんねえ」
「どうしたのさ」
『分かんないなら仕方無いよトオルちゃん』
「えぇ」
『はじめちゃん、分かったらちゃんと教えてね』
「分かったらな」


不機嫌なまま素っ気なく返事をされてしまった。
はじめちゃんが分からないのならいくら聞いても仕方無いだろう。
だから諦めることにした。
落ち着いたらきっと話してくれると思う。
でも何でこんなに急に不機嫌になったのだろう?
いくら考えても分からなかった。


『トオルちゃん、はじめちゃんどうしたんだろね?』
「岩ちゃんねーよく分かんないよね」
『私何かやったかなぁ?』
「うーんみきが原因なら言ってくれても良さそうなのにね」
『ま、いいか。明日も様子が変だったらまた聞いてみよ』
「そうしよっか」


次の日はじめちゃんはいつもと同じ態度で夏祭りの時に不機嫌だった理由を聞くことを私とトオルちゃんはすっかり忘れた。
この時にちゃんと問い質してたらもっと色々回り道しなくて済んだのかもなぁ。
惜しいことをしたよね私。

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