狂犬ちゃん

インターハイは県予選決勝で白鳥沢に負けた。
烏野には勝ったのに。
白鳥沢はとても強かった。
悔しい、とてつもなく悔しい。
3年生が春高目指すって言ってくれたから良かったけど。
春高だって白鳥沢も出てくるだろう。
私は青城バレー部のために何が出来るだろうか?


「みき」
『何、はじめちゃん』
「面倒臭えこと考えるだろ」
『面倒臭くないし』
「眉間に皺が寄ってんぞ」


部活の帰り道。
トオルちゃんは彼女とデートって言ってたけど多分一人で自主練してる。
一緒に残ろうかと思ったけどはじめちゃんに止められた。
今日だけは好きにやらせてやれって言うから。


『トオルちゃん大丈夫かな?』
「さぁな。明日からはやりすぎたらぶん殴るけどな」
『普通に止めてあげたらいいのに』
「普通に止めても止めねぇだろあいつ」
『確かに』
「京谷を呼ぶっつってたな」
『京谷?』


聞き慣れない名前だ。
新しくスカウトでもしたのだろうか?


「2年な。まぁちょっと問題児だ」
『問題児?』
「少しな。まぁ黙らすけど」
『私はさ』
「なんだ?」
『もっと出来ることあるんじゃないかと』
「お前は精一杯やってるだろ?」
『違うんだよ。多分それじゃ足らないんだと思う。もっと色々やれるようにならなきゃ』
「気負うなよ」
『うん』
「分かってりゃいい」


普通にマネージャーしてるだけじゃ足らない気がする。
でも私に何が出来るかな?
これ以上何が出来るかな?
とりあえずはじめちゃんとトオルちゃんの負担を減らすことから初めてみよう。
2年の京谷って人の勧誘からだな。


「あ?京谷?」
『はい!何組か教えてください!』
「渡知ってるか?」
「1組じゃなかったかな?」
『1組ですね!ありがとうございます!』
「ちょっと待て」
『何ですか矢巾さん』
「何であいつのクラスなんて聞いたんだよ」
『勧誘しに行こうかと』
「は?」
『トオルちゃんが呼び戻すって言ってたから』
「及川さんマジか」
『白鳥沢倒すためには必要なのかと』
「そう、だな」
『ってことで頑張ります!』
「や、おい!ちょっと待て」
『矢巾さんまだ何かありますか?』
「気を付けろよ」
『了解であります!』


朝練が終わってから矢巾さんと渡さんに京谷って人のことを聞いてみた。
二人とも物凄い驚いた顔をしてたけど、反応的に歓迎はしていないみたいだ。
そんなに問題児なのかな?
はじめちゃんは「少し」って言ってたのにな。


『すみません、京谷って人居ますか?』
「京谷ー!呼ばれてんぞ!」


決めたからには早速行動だ。
お昼ご飯を国見と金田一と食べてから2年生の校舎までやってきた。
あんまり来たこと無いから新鮮だ。
2ー1とかかれた教室から出てきた人に京谷さんを呼んでもらった。


「お前誰だ」
『バレー部マネージャー1年の香坂みきです』
「あ?で、何の用だよ」
『先輩、バレー部に戻ってください』
「嫌だ」
『3年生と白鳥沢倒して春高行きたいんです』
「まだ3年いるのかよ」
『先輩バレーが上手いんじゃないんですか?』
「は?」
『3年生居たらレギュラー取れないから部活来ないんですか?』
「今なんつった?」
『3年生が居るから部活来たくないって言ってるのかと思って』
「下手くそばっかだべ」
『先輩の方がバレー上手いならいいじゃないですか』
「はぁ?」
『では、放課後お迎えに来ますので!』
「行かねーし」
『ちゃんと待っててくださいね!』
「おい!」


ちょっと怖い人だったけど話はちゃんと聞いてくれた。
体育館にまで連れて行けば後は何とかなるだろう。
よし、放課後また迎えに来よう。
あれだけ大きい声で話したからきっとクラスメイトの方達が足止めしてくれる、はずだ。
喋り方はキツそうな人だったけど多分それだけだ。
冷たい人には見えなかった。


『京谷先輩お迎えにあがりました!』
「京谷ー昼間のこが来たぞー」
「はぁ?お前らそのためにだらだら喋ってたのかよ」
「そろそろ部活戻れよ。2年になってから行ってないんだろ?」
『協力ありがとうございました』
「岩泉先輩の未来の嫁なんだろ?」
『あ、知ってたんですね』
「結構有名人だよ君」
『ありがとうございます。さぁ先輩行きますよ!』
「行かねぇ」
『まぁまぁ照れないで』
「照れてねーし!」
『とりあえず見るだけ見に行きましょう!ほら!』


ぶつくさと文句を言う京谷さんの腕をぐいぐいと引っ張って体育館へと向かう。
その気になれば振り払うことも出来るだろうにそこまでの抵抗はされなかった。
バレーは好きなのかなやっぱり。


『先輩、部活に来てない割には腕の筋肉ついてますね』
「な!揉むな!」
『もしや学校以外でバレーしてるんですか?』
「してねぇ」
『引っ越し系のバイトとか?』
「うちの学校はバイト禁止だべ」
『先輩意外と真面目なんですね』
「普通だろ」


見た目が怖いだけみたいだ。
思ってたより中身は怖い人じゃなさそうで安心した。
トオルちゃん喜んでくれるかな?


『トオルちゃーん!』
「みき、遅いと思ったら何やってたのって狂犬ちゃん!?」
「チッ。まだ居たのかよ」
『狂犬ちゃん?』
「まさかみきが狂犬ちゃん連れて来たの?」
『勿論!』
「戻ってくれるの狂犬ちゃん!」
「うぜぇ」
「相変わらず尖ってるね」
『まぁまぁ狂犬ちゃん』
「その呼び方止めろ」
『狂犬さん?』
「チッ」
「まぁまぁ、せっかく来たんだから及川さんのトス打っていきなよ」
『トオルちゃんのトスは気持ちよくスパイク打てるよ』
「今日だけな」
「じゃあ気が変わらないうちに着替えておいでよ」


部室から出てきたトオルちゃんを呼んで京谷さんと会わせることに成功した。
ミッションその1クリアだ!
狂犬ちゃんだなんてどうしてそんなあだ名になったのか。
でも妙に似合っている。私もそう呼ばせていただこう。
トオルちゃんの言葉を無視して狂犬ちゃんは部室へと無言で入っていった。
部室の空気が少し心配な所。


「みき、何で狂犬ちゃんと知りあいなの?」
『はじめちゃんから聞いた』
「そうなんだ」
『バレー多分他で続けてたみたい』
「分かった。ありがとうみき」
『マネージャーの仕事だよ』
「お前のおかげで助かったよ」
『毎日呼びに行くから。部内のことはトオルちゃん宜しくね』
「分かったよ。お前いつからそんな出来るこになったの」
『昔からだもん』


さて、私も着替えて準備しなくちゃな。
2年生の先輩達大丈夫かな?
そこだけ少し心配だった。


ドリンクの準備をして体育館へと行ってみれば案の定空気がギスギスしてる。
主に2年生。
狂犬ちゃんと2年生の間に何があったのだろうか?
はじめちゃんに聞いてみよ。
思い立ったら即行動だ。
練習前にはじめちゃんを捕まえる。


『はじめちゃん』
「どうした?」
『2年生は何であんなにギスギスしてるの?』
「京谷が来たからだろ」
『呼んで来ちゃ駄目だった?』
「や、及川も言ってたからな。そのうち呼ぶつもりだったし手間も省けた」
『でも歓迎ムードじゃないね』
「まぁ部活に来なくなって一年立つからな」
『そんなに?』
「前の3年とそりが合わなかったんだよあいつ」
『あぁ』
「京谷の暴言であいつらへの当たり強かったからな」
『そしたらしょうがないか』
「お前は気にすんな。何とかするべ」


頭をぽんぽんとはじめちゃんがしてくれたけど私はそんなに気楽にいれなかった。
中学3年の時のこと思い出したのだ。
もうあんな風になるのは見たくない。
影山のことはもう少しで何とかなりそうだけど。
どうやったら仲良くしてもらえるだろうか?


私のこの努力が実るのは一年後のことになる。
2年の先輩達と狂犬ちゃんの確執は思った以上に深かったのだ。
ほんと大変だったなぁ。
今じゃ矢巾さんと狂犬ちゃんがたまに一緒に飲みに行くって言うんだから頑張ったかいがあったと思う。


『2年の先輩達大丈夫かな?』
「まだ心配してるの?」
『仲良くしてて欲しいもん』
「直ぐには無理だろ」
「みきちゃんは心配性だね」
『ギスギスするの嫌だ』
「かと言って矢巾達に言いたいこと我慢させるわけにもいかないんだよ」
「あれは京谷が悪かったからな」
『今ははじめちゃんもトオルちゃんも居てくれるからいいけど、3年生居なくなったら困るもん』
「まだ時間はあるから焦らないでよみきちゃん」
『分かってるけど』
「周りのこと考えるのはお前の良い所だけどな」
『うん』
「そう簡単には人は変われないからな」
『そっか』
「諦めの悪いのもお前の良い所だろ」
「そうだよみきちゃん」
『分かった。焦らず2年の先輩達に仲直りしてもらう』
「無理すんなよ」
『はい!』


一週間土日月除いて毎日お迎えに行った結果、狂犬ちゃんは部活に来てくれるようになった。
狂犬ちゃんと呼ぶことも諦めてくれたみたいだ。なんだかんだ優しいんだと思う。
ちゃんと行くからもう迎えに来るなと今日言われてしまったけども。
これで土日も来てくれるといいなぁ。
後は2年生から漂うギスギス感をどうにかしたい。
部活に来てくれても言い合いになって帰ってしまったりするからだ。


トオルちゃんが呼び戻したいと言ってただけのことはある。
狂犬ちゃんのバレーは凄かった。
協調性は皆無だけど。何ならスパイク打ちたいばっかだし。
でもこれなら白鳥沢に勝てるかもしれない。
ちゃんとパワーアップしてる。
打倒白鳥沢打倒牛若。
この時はそれしか考えてなかった。

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