summer

『痛っ』
「何してるのさ」
『シャツのボタン取れちゃって』
「なまえって昔から不器用だよね」
『それはどう頑張っても否定出来ない』
「俺のだろ?自分でやるから貸して」
『いやいや亮介それじゃ私の立場ってものが!』
「俺のシャツが血まみれになっても困るでしょ。ほら貸してごらん」
『あっ』


アイロン掛けの最中に勢い余ってワイシャツのボタンを飛ばしてしまったのだ。それをチクチク縫ってたら亮介に見付かってしまった。
抵抗も空しく私の手元のワイシャツは亮介に持っていかれてしまう。


「あの時もさ、なまえの手傷だらけだったよね」
『あの時?』
「高三の夏だよ」
『あぁ、あの時かぁ』
「裁縫苦手なのに無理してさ」


私の代わりに亮介がボタンを縫い付けながら思い出すようにふっと微笑んだ。
懐かしい、あれからもう何年も経ったんだ。
それは私と亮介と野球部と夏の思い出だ。


『貴子?何やってるの?』
「もうすぐ夏の甲子園の予選が始まるからお守り作ってるの」
『貴子が三年の分作ってたり?』
「一軍の三年のは私が作ってるかな。と言うか一軍は私の担当」
『もしかして全員分作るの?一軍だけじゃなくて?』
「当たり前でしょ」


高校三年の六月の終わり、クラスメイトで野球部マネージャーの貴子が休み時間にせっせと裁縫に勤しんでいた。
貴子とは一年から仲が良くて私はそれを隣から興味深そうに見つめる。野球部のマネージャーは四人いるけど全員分のお守りを作ると聞いて驚いた。てっきりこういうのは一軍の選手だけに作るものだと思ってたから。


「なまえ、小湊の分作りたいなら早く言ってよ」
『え』
「じゃないと私が作っちゃうから」


手元から一切視線を動かさずに貴子が言った。裁縫は昔から大の苦手で、その申し出にぴたりと固まってしまう。


「え?小湊の分を私が作るか聞きたかったんでしょう?なまえは前からあいつのこと好きなんだし」
『う、うん。そうなんだけど部外者だよ私』
「気持ちが込もってたら別にいいよ。小湊の分はなまえのが気持ち込もりそうだし」


本当にいいのかな?でも私不器用だよ?貴子は簡単そうに縫ってるけど本当に私にこれが作れるのだろうか?じっと貴子の手元を凝視するも自分が作れるかどうかの自信が全然湧いてこなかった。
そんな私を余所に貴子はお守りをどう完成させるかを説明しながら一から作業を始める。イニシャルも縫い付けないといけないらしい。これはなかなか私にはハードルが高そうだ。


「これで完成かな」
『うん』
「じゃあこれが小湊兄の分だから宜しくねなまえ」
『えっ』
「ちゃんと気持ち込めて作ってね」


チャイムが鳴る直前に貴子に小湊の分の素材を手渡された。私はそれを持ってまたもや固まる羽目になるんだった。


『痛いっ』
『何で上手く行かないの?なんでだろ』
『貴子は簡単そうにやってたのに』


小湊の分のお守りを家に帰ってから作ることになった。『やっぱり無理だ』と貴子に告げても「なまえが作らないと小湊の分のお守りだけなくなっちゃうね」と一蹴されてしまったのだ。それですごすごと小湊の分の素材を持ち帰ることになった。
気合いを入れて作り始めたのに前途多難で、作業はなかなか進まず私の指の絆創膏ばかり増えていく。


針を指に刺すたびに痛さと情けなさで涙が目に溜まる。それを溢さないように歯を食い縛って少しずつ少しずつ作業を進めていった。
どれだけ失敗をしてもどれだけ傷が増えようとも作業は少しずつ進んでいく。
後は綿を詰めてそこを縫えば完成だ。時刻は既に日付が変わって深夜になっている。そこでふと閃いた。


『確かここにあったはず、よし見付けた』


一目見て衝動買いしてしまった野球ボールの形のメモ帳を引き出しから取り出す。衝動買いしたものの使い道が無くて新品のままずっとしまってあったのだ。そこに『好きです』と書いて小さく折り畳んで綿と共にお守りに詰めようと閃いたのだ。直接は言えなくてもこれなら私の気持ち少しは伝わるかな、そうなるといいな。そう願ってメモ帳に『好きです』の一言を丁寧に書いた。


後はこれを折り畳んでお守りに詰めるだけ。
そこでふいに手が止まった。野球部のマネージャー達が予選を勝ち抜けますようにと願って作っているお守りにそんな邪な気持ちを詰めていいのか悩んだのだ。彼女達は純粋にマネージャーとしてお守りを作ってるはず。
そう考えたら自分の邪な閃きが途端に気恥ずかしくなって『好きです』と書いた言葉を消した。私、何考えてたんだろ。ここに相応しい言葉は『好きです』じゃない。
そう、きっとここに相応しい言葉は…。


小さく折り畳んだメモと一緒に丁寧に綿を詰めていく。『好きです』とは書けないからせめてもと気持ちだけは沢山詰め込んだ。そのおかげか最後の仕上げまでは指に針を刺すこともなく無事にお守りを完成させることが出来た。


『終わった』


貴子が作ったやつに比べたらかなり不恰好だとは思う。けど私くらい不器用な子が一年生にいるって聞いたし、何とか諦めずに作り上げたことに満足だった。


「そこまで不器用だとは思ってなかった」


翌日、朝練を終えて登校してきた貴子へと小湊のお守りを渡せば彼女は私の絆創膏だらけの指を見て苦笑いだった。


『でもちゃんと作ったよ』
「うん、頑張ったねなまえ」


お守りを確認して貴子が頷いてくれる。どうやら合格点は貰えたみたいだ。それにホッとして後は貴子に任せることにした。


『懐かしいねぇ』
「そうだね」
『そう言えばどうして亮介は私の指が傷だらけなの知ってたの?クラス別だったよね』
「あぁそれ?鉄が空気読まずに教えてくれたんだ」
『えっ』


懐かしい昔話を思い出していて気にしてなかったけれどあの時は亮介と接点があまり無かった。一年の時は同じクラスだったけど二、三年は別のクラスだったし。貴子がそんなこと亮介に言うはずもなくてふと気になったことを聞いてみれば想像してなかった言葉が飛び出した。


「お守りをマネージャーが配ってくれた時にね、鉄が言ったんだよ"それはみょうじが作ったやつだな"って」
『私その話知らない』
「俺は結構その後大変だったけどね」
『結城君何でそんなこと』
「悪気は無かったんじゃない?鉄はそういうやつだし。それに鉄がいるのにそんなこと話してたなまえ達が悪いでしょ」


慌てる私を横目に亮介は楽しそうに笑う。確かに結城君が同じクラスに居たと言うのに気にせずに話していた私と貴子も悪いような気もする。まさか亮介がその時から知ってただなんて。


『てっきり付き合い始めた時に知ったと思ってたのに』
「鉄がみょうじの手傷だらけだったぞだなんて言うから俺達わざわざ見に行ったんだよ」
『え』
「俺が行きたいって言ったわけじゃないけどね。純が煩かったし」


亮介と付き合い始めたのは彼が野球部を引退してからだ。その時に実はお守りは私が作りましたって暴露してそれで済んだと思っていたのに。まさかみんなが知ってただなんて!


「まぁでも鉄のあの言葉があったから今があるんじゃない?」
『あ、そういうこと?』
「そりゃあれだけ手を絆創膏だらけにしてるの見たらね。俺じゃなくても気になるよ」


亮介は楽しげに言葉を続けているけど、私は恥ずかしくてかなり照れ臭い。あの夏に裏でそんなことがあっただなんて全然知らなかった。


『あぁだから部活引退してから亮介と話す機会が増えたのか』
「そういうことになるかな」
『そっか』
「なまえあの時やけに野球部から話し掛けられるって言ったの覚えてない?」
『あ、そうそう。亮介と付き合い始める少し前くらいからそんなことあった』
「あれもみんな知ってたからだよ」
『私だけ知らなかったとかズルい』


一度、全然話したことのない一年生の子にも話し掛けられたことがあったもんなぁ。沢村君だっけな?私の名前を確認した所で確か伊佐敷君に回収されてったけど。


『てことは貴子も知ってたってことだね』
「俺が口止めしたからなまえには話が回らなかったんじゃない?」
『え、何で?』
「夏の大会前だったからまずはそっちに集中したかっただけだよ」
『あぁ、そうだよね』


本当に懐かしいなぁ。あの夏はほぼ全ての試合の応援に行った。決勝で稲代実業に負けて一人大泣きして帰ったのも覚えている。
あれからもう何年経ったんだろう?


『あれ?じゃあ亮介はいつから私のこと好きなの?』
「いつからだろうね?よし、出来た。ほらそろそろ出掛ける時間だよ」
『え、ちょっとちょっと!気になる!』
「そろそろ出ないと青道の決勝間に合わないよ」
『あ、それも困るけど!ねぇ!聞かせてよ!』
「また今度ねなまえ」


亮介が急かすからそこでその話は強制的に終わってしまった。あれ?結局いつからだったんだろう?
それから何個も下の後輩達の甲子園行きの切符を賭けた戦いの応援に向かった。
いつかまたちゃんと聞かせてもらおう。きっと私はその話を聞いてまた驚くんだろうなぁと何となく想像した。


綿とともに詰め込んだ好きの感情
水棲様より
夏は亮さんで。またもや夏の要素が薄い。リクエストくださったとりーさんありがとうございました!どれも書いててとても楽しかったです!
2019/05/12
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